1:名無しのJ民
あの裸足で雪の中待たされたやつな。ハインリヒ4世って皇帝なのに可哀想やな。
2:名無しのJ民
歴史の授業で習った記憶あるわ。教皇がクソ強かった時代だっけ?
4:名無しのJ民
まぁ、土下座はしてないけど、それに近い屈辱を味わったのは事実やろ
8:名無しのJ民
あれって、教皇グレゴリウス7世の政治的パフォーマンスだったって説もあるよな。
9:名無しのJ民
パフォーマンスも何も、教皇から破門食らった時点で皇帝の求心力ガタ落ちやったからしゃーないやろ。
13:名無しのJ民
破門ってそんなに影響力あったんか?
17:名無しのJ民
そりゃ当時のヨーロッパやぞ。教皇に「お前はキリスト教徒じゃない」って言われたら、家臣や領民は皇帝に従う義務がなくなるんや。諸侯が反乱起こし放題になる。
20:名無しのJ民
マジかよ。それじゃ皇帝も必死になるわな。
22:名無しのJ民
てか、なんで破門されたん?
25:名無しのJ民
叙任権闘争ってやつや。聖職者を誰が任命するかで、皇帝と教皇が揉めてたんや。
27:名無しのJ民
あー、なんか聞いたことあるわ。教会ってめっちゃ金持ってたし、聖職者は実質的な領主みたいなもんやったからな。
29:名無しのJ民
そう。その聖職者を皇帝が勝手に任命するのを教皇が「けしからん!」ってブチ切れたんや。
33:名無しのJ民
そりゃ教皇からしたら、自分のとこの人事を皇帝に口出しされるのは嫌やろ。
36:名無しのJ民
てか、ハインリヒ4世はカノッサまで行ったんやろ?雪の中三日三晩裸足で待たされたとかいう美談になってるけど、実際どうなん?
39:名無しのJ民
美談ってか、グレゴリウス7世のえげつなさを示すエピソードやろ。
41:名無しのJ民
実際はそこまで過酷じゃなかったって説もあるで。城の中で待遇されてたとか。
44:名無しのJ民
そうなんか?じゃあ、裸足で三日三晩は盛られすぎ?
46:名無しのJ民
盛られてはいるだろうけど、皇帝が教皇に許しを請う姿勢を見せる必要があったのは間違いない。教皇側も、すぐに許すと「教皇は権力を行使しない」って思われるから、一旦引き延ばしたんやろ。
50:名無しのJ民
うわー、どっちもどっちやな。政治的な計算がすごい。
53:名無しのJ民
つまり、あれはグレゴリウス7世がハインリヒ4世に「わからせた」ってこと?
56:名無しのJ民
せやな。教皇権が皇帝権の上に立つことを世界に知らしめる絶好の機会やった。
57:名無しのJ民
でも結局、ハインリヒ4世は後にグレゴリウス7世をローマから追放するんやろ?
61:名無しのJ民
そうやで。それが歴史の面白いとこやな。一時的な屈辱を乗り越えて逆襲するんや。
63:名無しのJ民
え、じゃあカノッサの屈辱って、結局どっちが勝ったんや?
66:名無しのJ民
長期的には教皇権の強化につながったけど、ハインリヒ4世もそこで終わらなかったってことや。
67:名無しのJ民
最終的な叙任権闘争の決着はヴォルムス協約やっけ?
71:名無しのJ民
せやな。1122年のヴォルムス協約で一応の妥結を見た。聖職者の精神的な叙任は教皇、土地や権力といった俗的な叙任は皇帝って感じで役割分担したんや。
73:名無しのJ民
そこまでして教皇と皇帝が争ったんやな。どんだけ権力欲あるねん。
77:名無しのJ民
権力闘争ってのはいつの時代も変わらんな。
80:名無しのJ民
現代だったらどんな事件になるんやろ?大統領が宗教指導者に土下座するんか?
83:名無しのJ民
草。現代ならTwitterで炎上して謝罪会見やろ。
84:名無しのJ民
「大変遺憾に思います」からの「破門です」
85:名無しのJ民
教皇グレゴリウス7世とかいう煽りスキルMAXの人物。
87:名無しのJ民
ハインリヒ4世は「なんJ民に愚弄されてる…」って気分やろな。
91:名無しのJ民
歴史ってそういうの見るの面白いよな。結局人間臭いことしてるだけっていう。
93:名無しのJ民
むしろ、あの時代の教皇がそこまで権力持ってたのがすげえわ。
97:名無しのJ民
当時の信仰心は現代とは比較にならんほど強かったからな。
101:名無しのJ民
教会が世俗権力とガッツリ癒着してた時代やな。
103:名無しのJ民
いや、癒着というか、教会が世俗権力そのものに食い込もうとしてた時代やろ。
107:名無しのJ民
カノッサの屈辱は、教皇が「お前ら世俗の王なんて、キリスト教会の支配下にあるんやで」ってのを明確にしたかったんやろ。
108:名無しのJ民
まさに「教皇の剣と皇帝の剣」の衝突やな。
111:名無しのJ民
中世ってこういうドロドロした権力闘争が結構多いよな。
112:名無しのJ民
なんかスレタイと違う方向に行ってる気がするけど、これってつまり、カノッサの屈辱はハインリヒ4世にとって屈辱だったのは間違いないが、それが全てではなかった、ってことか?
116:名無しのJ民
そうそう。ハインリヒ4世も巻き返しを図るし、叙任権闘争自体も複雑な経緯をたどる。あの事件単体で「皇帝が教皇に完全に屈した」と見るのは短絡的すぎるってことや。
120:名無しのJ民
なるほどねー。勉強になったわ。
122:名無しのJ民
歴史の教科書ってどうしても簡略化するから、裏側とか本質が分かりにくいんよな。
126:名無しのJ民
カノッサの屈辱って響きが強すぎるから、印象に残りやすいんやろな。
129:名無しのJ民
でも、あのエピソードがあったからこそ、教皇権の隆盛が分かりやすく伝えられてるのも事実やろ。
131:名無しのJ民
それはそう。一種の象徴的な事件としては完璧や。
135:名無しのJ民
結局、歴史は勝者によって書かれるんやなって。
136:名無しのJ民
いや、これはグレゴリウス7世が「勝った」と見せかけた事件やろ。
139:名無しのJ民
後世の歴史家が、インパクトのある事件として脚色した部分もあるかもしれん。
140:名無しのJ民
歴史はエンタメやな。
143:名無しのJ民
まあ、ハインリヒ4世も後々教皇を追放したりしてるし、メンツは保ったんやろ。
146:名無しのJ民
当時の皇帝からしたら、屈辱は屈辱だったやろけどな。
147:名無しのJ民
「まーたなんJで歴史議論始まったのか」
149:名無しのJ民
歴史スレって伸びるよな。
150:名無しのJ民
カノッサの屈辱を野球に例えると?
152:名無しのJ民
打者が三球三振してベンチで監督に土下座、と思いきや次の打席で満塁ホームランみたいなもんか?
156:名無しのJ民
無理やりすぎるやろwww
157:名無しのJ民
じゃあ、教皇が審判で、ハインリヒが選手。ルール違反で退場宣告されて、謝り倒して試合に戻してもらったけど、後に審判の自宅に乗り込んで殴り倒した、みたいな?
159:名無しのJ民
なんかちょっと生々しくなってきたな。
162:名無しのJ民
結局、権力ってのは力と正当性の両方で支えられてるってことやな。ハインリヒは正当性を失いそうになったから、屈辱覚悟でカノッサに行ったと。
164:名無しのJ民
うん、それが一番しっくりくるわ。
167:名無しのJ民
教皇もグレゴリウス改革とかいう聖職者妻帯禁止とかシモにも厳しい政策打ち出してたしな。徹底してた。
169:名無しのJ民
お坊さんが結婚しちゃいけないってやつか。あれもこの頃から本格化したんやな。
171:名無しのJ民
そう。その改革の一環として、世俗権力からの介入を排除しようとしたんや。
174:名無しのJ民
世俗権力が聖職者を任命すると、汚職とか腐敗が起きやすかったんやろな。
178:名無しのJ民
教皇は教会の純粋性を守ろうとしたんや。ま、その結果、教皇自身が世俗権力にドップリ浸かることになるんやけど。
181:名無しのJ民
草
183:名無しのJ民
皮肉なもんだな。
186:名無しのJ民
でも、ハインリヒ4世がグレゴリウス7世を追放した後、グレゴリウス7世はイタリア南部で亡くなるんやろ?結局ハインリヒも帝位を追われて失意のうちに亡くなるし、どっちも報われたとは言えん結末やな。
188:名無しのJ民
まさに「歴史にifはない」やね。
190:名無しのJ民
現代でも政治家がメディアに叩かれて謝罪する姿って、カノッサの屈辱と通じるものがあるな。
192:名無しのJ民
確かに。大衆の支持って意味では、当時の信仰心と同じくらいの力があるかもな。
194:名無しのJ民
大衆の「破門」ってか。
195:名無しのJ民
草
198:名無しのJ民
歴史って面白いな。昔の人の行動原理とか考え方が、現代にも通じる部分がある。
200:名無しのJ民
なんJでたまにこういうスレ立つと、知識人が湧いてくるから助かるわ。
204:名無しのJ民
ちょっと調べてみようかな、カノッサの屈辱。
206:名無しのJ民
Wikipediaからコピペするだけの簡単なお仕事やぞ。
209:名無しのJ民
「カノッサの屈辱」ってタイトルがもうキャッチーすぎるんだよな。
213:名無しのJ民
まあ、結局は皇帝と教皇の椅子取りゲームだったってことでFA?
216:名無しのJ民
FAやで。
218:名無しのJ民
この後も神聖ローマ皇帝と教皇はちょくちょく揉めるからな。特にイタリア政策絡みで。
222:名無しのJ民
なるほど、これは序章に過ぎなかったと。
226:名無しのJ民
そう、中世ヨーロッパの壮大な権力闘争の幕開けや。
227:名無しのJ民
面白かったわ、スレ立て乙。
228:名無しのJ民
サンガツ。
231:名無しのJ民
歴史って奥深いなぁ。
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