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あの『平将門の乱』って、現代の感覚だと地方の一揆レベルだったんか?

1:名無しのJ民

いやいや、朝廷に反旗翻して新皇名乗ったんやぞ?規模が違うやろ

3:名無しのJ民

でも関東ローカルの話やろ?京から見たら「なんか東夷が騒いでんな」くらいの認識やったんとちゃうか?

6:名無しのJ民

当時は中央集権って言っても、地方の統治はガバガバやったからな

9:名無しのJ民

一揆とかデモのレベルとはちゃうやろ
朝廷の任命した国司追っ払ってるんやぞ

10:名無しのJ民

そら朝廷はビビったやろ。まさか東夷が新皇とか言い出すとは夢にも思わんかったはず

14:名無しのJ民

所詮は関東のチンピラ同士のいざこざがエスカレートしただけちゃうんか?親族争いから発展しただけやし

16:名無しのJ民

そら当時の情報伝達速度考えたら京に届く頃には「関東で独立国家できたらしいぞ!」みたいな話になっててもおかしくないわ

17:名無しのJ民

将門は将門で「俺は朝廷に認められてる!」って思ってたフシもあるからな。微妙なラインや

18:名無しのJ民

地方豪族の内ゲバと、朝廷転覆狙うのは全然別モンやろ

21:名無しのJ民

将門、当時の関東ではめちゃくちゃ人気あったらしいで。カリスマ性が高かったんやろな

23:名無しのJ民

実際、関東の勢力ほとんど味方につけてたからな。伊豆・駿河以外はほぼ掌握してたとかヤバすぎやろ

25:名無しのJ民

結局朝廷側が討伐軍出さんと、地元勢力の平貞盛とか藤原秀郷にやられたんやろ?それって「中央の権威」ってそこまで強くなかった証拠ちゃうか?

28:名無しのJ民

それは中央軍が到着する前にケリがついたってだけやろ。甘く見すぎや

30:名無しのJ民

京から派遣された追捕使が到着する前に将門が死んだから、そういう解釈もできるわな

31:名無しのJ民

将門の首が京まで運ばれて晒されたってエピソード、めっちゃドラマチックやん。首が笑ったとか、白髪になったとか

35:名無しのJ民

将門の首塚って今でも東京のど真ん中にあるのビビるわ。あれ触ると祟られるとかいう都市伝説あるよな

38:名無しのJ民

実際、首塚移転させようとしたら事故ったり病気になったりしたって話は有名やで。ガチでパワースポットや

41:名無しのJ民

ワイ将門ゆかりの地の住人、高みの見物

44:名無しのJ民

首塚のせいで大手町の再開発が進まなかった時期もあったらしいな

48:名無しのJ民

平将門とかいう厨二病拗らせて新皇名乗っちゃった男

52:名無しのJ民

新皇って響きはかっこいいけどな

53:名無しのJ民

まーでも、地方に武力が集中し始めて、後の武士の世の始まりって考えたら、ただの一揆とは言えんわな

57:名無しのJ民

結局、将門を倒した平貞盛も藤原秀郷も、後にめちゃくちゃ出世してるからな。京から見たら「上手いこと地方の奴ら使って鎮圧したわ」って感じやろ

58:名無しのJ民

将門の子孫ってどうなったん?

62:名無しのJ民

将門の子孫、実は坂東平氏として生き残って、鎌倉幕府の有力御家人になったりしてるで。千葉氏とか上総氏とか

63:名無しのJ民

え、じゃあ将門って結果的に武士の世のパイオニアだったってこと?

67:名無しのJ民

まあ、そうとも言えるし、単純に朝廷に反逆した逆賊とも言えるし。歴史は多角的やからな

68:名無しのJ民

将門が死んだ後、関東が一時的に混乱したけど、すぐに朝廷の支配下に戻ったんだから、やっぱり一時的な反乱やったんやろ

70:名無しのJ民

一時的っていうか、朝廷の対応の遅さと、将門の勢力のデカさで、ああなっただけやろ

72:名無しのJ民

将門がもう少し運が良かったら、日本の歴史変わってた可能性あるよな

75:名無しのJ民

日本史三大怨霊の一人やぞ?一揆レベルとかナメすぎやろ

78:名無しのJ民

菅原道真、崇徳上皇、平将門やな

81:名無しのJ民

日本の政治中枢に祟りまくった結果、神として祀られてるのほんと草

83:名無しのJ民

将門、実はちゃんと朝廷から地位も認められてた武士なんやで。急に反乱起こしたわけじゃない

86:名無しのJ民

元々、東国の紛争解決を朝廷から頼まれてた立場やったんやろ?それがエスカレートして…

87:名無しのJ民

関東で力持ちすぎて「こいつら京に文句言わなくても自分らで何とかできるんちゃう?」って空気になったんやろ

90:名無しのJ民

その辺が律令制崩壊の兆候なんだよな。朝廷の支配が末端まで届かなくなってた証拠

93:名無しのJ民

だからこそ「関東の独立運動」って側面もあるんよな

94:名無しのJ民

でも将門、京に攻め上る気はなかったって説もあるやん?関東独立で満足するつもりだったとか

96:名無しのJ民

そら京まで攻め上ったら流石にヤバイって分かってたやろ。実質不可能やし

97:名無しのJ民

新皇名乗った時点でアウトやろ。どう弁明しても許されん

100:名無しのJ民

将門が朝廷に反抗した理由って結局何だったの?

102:名無しのJ民

元々は親族との領地争いが発端やな。あと藤原玄明という役人に嫌がらせされたのがキレた直接の原因とか

103:名無しのJ民

一族内の抗争に朝廷が介入しようとしたけど、将門がそれを拒否して、みたいな

106:名無しのJ民

で、最終的に朝廷側の役人ボコボコにして、国司の権威を否定したと

108:名無しのJ民

地方の一揆とは決定的に違うのは、将門が「自分こそが新たな国の主」を名乗ったことやろ

111:名無しのJ民

そう、その「新皇」ってのがヤバイ。ただの不満爆発じゃない

114:名無しのJ民

関東で独自の新政府作ろうとしてたってことやろ?ガチで革命家やん

117:名無しのJ民

まあでも、結局は短命に終わったしな。その後の影響はでかいけど、乱そのものはね

121:名無しのJ民

いや、短命だったからこそ「ヤバい奴出てきたけどすぐ鎮圧できた」ってイメージで終わっただけで、もし将門があと数年生きてたらマジでヤバかったと思うで

122:名無しのJ民

結局は京の貴族たちの怠慢が招いた結果でもあるんだよな。地方の不満を放置しすぎた

124:名無しのJ民

将門の時代、武士っていう概念がまだ明確じゃなかったからな。豪族とか兵(つわもの)って呼ばれてたし

128:名無しのJ民

将門はそういう「兵」を束ねる能力に長けてたってことか

132:名無しのJ民

武士の台頭っていうよりは、律令制が機能不全に陥って、地方の有力者が実力で国を動かすようになった時代の幕開けって感じやね

136:名無しのJ民

そういう意味では、将門の乱は日本史の大きな転換点の一つや

139:名無しのJ民

この頃から、貴族が権力握ってるけど、地方では武力が物を言う時代になっていくんやな

141:名無しのJ民

結局、将門が「新皇」を名乗るという明確な反逆行為に出たのが、ただの一揆と一線を画す点やな

143:名無しのJ民

関東の一大勢力として、朝廷に代わる秩序を作ろうとした試みやね

147:名無しのJ民

でも実際、将門って朝廷に敵対するつもりはなかったって研究者もおるやん?なんか冤罪に近いような経緯で新皇名乗らざるを得なくなったみたいな

150:名無しのJ民

将門の伝記みたいなの読むと、結構複雑やねんな。正義の味方ってわけでもないし、ただの悪党ってわけでもない

153:名無しのJ民

将門を討った藤原秀郷も、本来は将門と対立する立場ではなかったらしいしな。運命の悪戯や

155:名無しのJ民

運命の悪戯というか、結局は自らの生き残りのためにどちらかを選ばざるを得なかっただけやろ

156:名無しのJ民

将門は鬼門を守る神として祀られたりしてるのが面白いよな。怨霊でありながら守護神

157:名無しのJ民

それだけ「鎮める必要がある」ってことやろ。祟りが怖いから神として祀る

158:名無しのJ民

平将門とかいう死んでからの方が有名になった男

161:名無しのJ民

東京を守ってる(?)んだぞ!一揆じゃない!

163:名無しのJ民

首塚に手を出すと、とんでもないことになるってのは、もはや日本人の共通認識やろ

164:名無しのJ民

もし将門が現代に蘇ったら何するんやろ。東京タワーとか見てたまげるんかな

167:名無しのJ民

「わしの首塚、めっちゃいいとこにあるやんけ!」って喜ぶやろ

169:名無しのJ民

将門「都の真ん中でわしの名前が祀られとるんか…感無量や」

171:名無しのJ民

スマホとか見せたらフリーズするやろな

173:名無しのJ民

新皇名乗った将門が、現代の天皇陛下見たらどう反応するんやろ?

177:名無しのJ民

それはヤバい質問やめろ

181:名無しのJ民

将門の子孫が現代にもおるとしたら、どんな感じなんやろ

185:名無しのJ民

千葉氏とか桓武平氏の末裔はいっぱいおるで

189:名無しのJ民

ワイ将門ゆかりの地の住民、今日も将門神社にお参り

192:名無しのJ民

地方の英雄ではあったけど、国の形を変えるまでの力はなかったってのが実情やろ

194:名無しのJ民

いや、変えられなかっただけで、変えようとした試みそのものが評価されるべきやろ

198:名無しのJ民

少なくとも、将門の乱が武士の世の到来を予感させたのは間違いない

202:名無しのJ民

まさに時代を動かそうとした男やな

206:名無しのJ民

結局、誰かに討たれる前に死んでたら、もっと評価変わってたかもな

210:名無しのJ民

その「誰かに討たれる」ってのが地方の豪族同士の争いの延長線上にあったのが、なんとも言えないよな

213:名無しのJ民

一揆レベルじゃないにしても、やっぱり地方の争いが拡大したって側面は否定できんよな

215:名無しのJ民

だからこそ、「現代の感覚」でどう見るか、ってスレタイが秀逸やと思う

216:名無しのJ民

当時の朝廷が腐敗してて、地方の不満が溜まってたって背景もあるしね

219:名無しのJ民

将門、もし成功してたら「平朝」とか出来てたんかな?

220:名無しのJ民

それもう日本じゃなくて別の国になってそう

224:名無しのJ民

歴史のifを考えるのは楽しいな

227:名無しのJ民

将門の乱と同時期に瀬戸内海で藤原純友の乱も起きてるんだよな。東西で同時多発的に反乱が起きてたのがすごい

229:名無しのJ民

あの二つを「承平天慶の乱」って呼ぶんだよな

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