1:名無しのJ民
そら動物愛護やろ
3:名無しのJ民
動物愛護の精神が200年早すぎた男
7:名無しのJ民
ワイ将、犬公方とかいうニックネームだけで笑う
9:名無しのJ民
ぐう畜定期
10:名無しのJ民
マジレスすると儒教思想に基づいてたんだろ?
13:名無しのJ民
儒教っていうか個人の信仰心が強すぎただけちゃうんか?
17:名無しのJ民
結局、天下の悪法として解除されたんやろ?無能すぎひん?
19:名無しのJ民
まぁでもあれのおかげでホームレスの犬とかめっちゃ増えて疫病とかも流行ったらしいしな
21:名無しのJ民
当時の江戸の犬の数ヤバかったらしいな。犬屋敷とかいう豪華施設まであったんだろ?
23:名無しのJ民
犬屋敷とかいう動物シェルターの究極系
26:名無しのJ民
犬公方って言われるけど、令の対象は犬だけちゃうんやで。虫とか鳥とか魚とか全部や。
30:名無しのJ民
へー、そうなんや。知らんかった。
32:名無しのJ民
鳥も魚もあかんのか。じゃあ漁師とか猟師とかどうしてたんだ?
36:名無しのJ民
それ真面目に考えると仕事なくなるし餓死するやつ続出するんちゃうの?
39:名無しのJ民
規制の対象は幅広いけど、特に厳しかったのはやっぱり犬猫だったみたいやね。庶民がちょっとでも虐待したら重罪とかあったし。
41:名無しのJ民
いやいや、農作物を荒らす鳥とか害虫とか殺したらあかんとかありえへんやろ
45:名無しのJ民
そこまでガチガチだったわけじゃないで。令の適用には濃淡があった。犬猫はめちゃくちゃ厳しかったけど、農業害虫なんかは限定的だったはず。
47:名無しのJ民
へぇー勉強になるわ。サンガツ
49:名無しのJ民
つまり「犬公方」はキャッチーなだけで実態は「動物全般公方」ってことか
53:名無しのJ民
なんか一説によると、跡継ぎができなかったから、徳の高い行いをすれば子が授かるって迷信を信じてたとかない?
56:名無しのJ民
その説は結構有力やで。生母の桂昌院が深く仏教に帰依してて、息子にもその影響があったって話。
60:名無しのJ民
はい論破
63:名無しのJ民
なるほど、個人的な理由やったんか。そりゃ周りも困惑するわ
64:名無しのJ民
あと、武士の奢侈を禁止したり、綱紀粛正も目的の一つだったって話もあるで。
67:名無しのJ民
え、どういうこと?動物愛護と武士の贅沢がどう繋がるん?
69:名無しのJ民
要は、生類憐みの令は「命を粗末にするな」っていう道徳的な規範を押し付けることで、武士にも質素倹約を促そうとしたんじゃないか、って説やね。
70:名無しのJ民
なるほどねー、そういう回りくどいことするんやな。
72:名無しのJ民
徳川家康が作り上げた強固な幕府体制が、綱吉の代には緩み始めてたから、引き締めを図りたかったんちゃうか?
75:名無しのJ民
でも引き締め方間違ってない?なんで犬猫なんや…
82:名無しのJ民
それが綱吉の「天才的発想」だったんやろなあ…(震え声)
85:名無しのJ民
結果的に犬が増えすぎて、野犬が人を襲うとか、逆に人が犬に反撃して重罪になるとか、なんかもうめちゃくちゃだったらしいな。
87:名無しのJ民
犬小屋ならぬ犬屋敷に犬用の餌、獣医まで常駐とかどんだけ金かかってたんやろ
88:名無しのJ民
しかもその費用は庶民の税金からやろ?ほんまクソやな
90:名無しのJ民
江戸の庶民、たまったもんじゃないわな
93:名無しのJ民
でもあれって、最初はもっと緩い内容やったんやろ?徐々にエスカレートしていったんちゃうの?
94:名無しのJ民
そうそう。最初は犬の虐待禁止とかだったのが、どんどん対象が広がって、刑罰も重くなっていった。
95:名無しのJ民
綱吉が権力を掌握するにつれて、だんだんブレーキが効かなくなった感じか
99:名無しのJ民
ある意味、江戸幕府の権力の肥大化を表してるのかもしれん
101:名無しのJ民
犬を飼い殺しにした奴が斬首とかいうエピソードすき
102:名無しのJ民
犬を轢き殺した者が流罪になったり、鶏を殺した者が投獄されたり、ガチでヤバかった。
103:名無しのJ民
これもう動物園公方だろ
107:名無しのJ民
動物園公方は草
108:名無しのJ民
当時の人たちはどんな気持ちでこの命令を受け止めてたんやろな
111:名無しのJ民
そら不満爆発よ。特に江戸近郊では野犬が増えすぎて生活に支障が出てたし。
115:名無しのJ民
でも、幕府の政策に表立って文句言ったらどうなるか、当時の庶民もわかってるからな
118:名無しのJ民
そっと犬の首に縄つけて隣村に捨てに行くとかそういうのが横行したんやろな
122:名無しのJ民
現代の動物保護団体が綱吉を見たらどう思うんやろ?
126:名無しのJ民
「先駆者!」って持ち上げるか、「やりすぎ!」って批判するか、意見割れそう
130:名無しのJ民
ワイ的には評価するべき点もあると思うんやけどな。例えば、当時の倫理観からすれば画期的な部分もあったわけで。
134:名無しのJ民
でも結局、極端すぎて無理があったんやろ。なんでもほどほどが肝心や
135:名無しのJ民
生類憐みの令って、動物の権利を主張するっていう点では世界史的に見てもかなり早かったんちゃうの?
136:名無しのJ民
それはそうかも。ただ、現代の動物福祉とはちょっとベクトルが違う気がするけど。
140:名無しのJ民
現代の動物福祉は「人間が動物を大切にする」という視点だけど、生類憐みの令は「殺生は徳を積む上で良くない」という宗教的な側面が強かったからな。
142:名無しのJ民
深いな。
146:名無しのJ民
あと、綱吉の出自も関係あるって説もあるで。武士なのに父親が鷹狩り中に死んだから、それがきっかけで殺生を嫌うようになったとか。
147:名無しのJ民
家光だっけ?鷹狩りの帰りに落馬して亡くなったの。
149:名無しのJ民
そう、家光。綱吉はその四男坊や。
152:名無しのJ民
じゃあ個人的なトラウマも絡んでるのか。
154:名無しのJ民
そりゃ四男坊で、お兄ちゃんたちより先に家を継いだわけでもないのに将軍になったんやから、後ろ暗い部分もあったんやろ
157:名無しのJ民
権力握ったら自分のコンプレックスをルールに反映させるタイプか
161:名無しのJ民
歴史上の独裁者によくあるパターンやな
163:名無しのJ民
結局、綱吉が死んで、次の将軍が就任するやいなや、即刻廃止されたんだっけ?
165:名無しのJ民
うん、綱吉の死後、宝永六年(1709年)に将軍になった家宣が直ちに廃止した。
166:名無しのJ民
家宣ニキ、有能。
167:名無しのJ民
よくぞやってくれた感はんぱなかったやろな当時の人々は
171:名無しのJ民
この一連の流れが、後世の「犬公方」っていう蔑称に繋がったんやな
174:名無しのJ民
まあでも、今の時代から見ると面白いエピソードではあるよな
176:名無しのJ民
平和な時代だからこそ、こんな珍妙な法令が出せたとも言える
180:名無しのJ民
戦国時代だったら犬猫どころじゃなかっただろうしな
183:名無しのJ民
なんか江戸時代って平和すぎて変なこと色々起きてるよな
184:名無しのJ民
平和ボケってやつや
188:名無しのJ民
犬公方って、つまり現代で言う「意識高い系」が暴走した結果みたいなもんか?
189:名無しのJ民
それは草
191:名無しのJ民
「命を大切に!」って言い過ぎて周りに迷惑かける奴おるよな
193:名無しのJ民
でも、もし犬公方がいなかったら、犬の命の価値って江戸時代にはもっと軽んじられてた可能性もあるわけやろ?
196:名無しのJ民
結果オーライの部分も少しはあるのかもしれんな
199:名無しのJ民
歴史ってほんま奥が深いわ
202:名無しのJ民
綱吉自体は学問好きで頭良かったらしいけどな。ただちょっとズレてただけ。
206:名無しのJ民
頭良いからこそ、変な方向に突き進んでしまったのかもな
210:名無しのJ民
天才と狂気は紙一重って言うしな
211:名無しのJ民
じゃあ、結局犬公方は何がしたかったの?っていう最初の質問に戻るけど
218:名無しのJ民
綱吉としては、儒教的・仏教的な道徳観に基づいて、社会全体の倫理レベルを引き上げようとしてた、ってのが一番しっくりくる結論かな
220:名無しのJ民
あと、それに加えて将軍としての権威を再構築しようとした、とか。
224:名無しのJ民
それに加えて個人的な信仰心と世継ぎへの執着が暴走した結果、ってとこか。
227:名無しのJ民
複雑やな。一枚岩の目的じゃなかったってことか
230:名無しのJ民
人間だもの
233:名無しのJ民
人間だもの、公方だもの
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