1:名無しのJ民
まーた蘇我氏が勝ったのか
3:名無しのJ民
物部守屋って結局なんだったん?
4:名無しのJ民
弓の腕は一流なのに政治センスはクソだったイメージ
5:名無しのJ民
仏教なんか持ち込んだから天皇家の権威が相対的に下がったんやぞ
物部氏が正しかった
9:名無しのJ民
でも仏教なしに日本文化語れんやろ
飛鳥文化とかめちゃくちゃ重要やんけ
11:名無しのJ民
守屋は火だるまになって戦ったんだろ?
なんかロマンあるわ
14:名無しのJ民
戦いのスタイルが時代遅れだったんだよ
物部氏って軍事氏族なのに
15:名無しのJ民
時代遅れって、まだ弥生時代とかならともかく古代日本の話だろ?
どんだけ差があったんだよ
17:名無しのJ民
蘇我馬子とかいうヤクザ
21:名無しのJ民
馬子はヤクザだけど頭は切れるからな
外交センスも凄いし
22:名無しのJ民
そりゃ当時の仏教は最先端のハイテク文化みたいなもんだから
医療とか土木技術とかもセットで入ってくるんだよ
守屋はそれを拒否したんだから負けるわ
24:名無しのJ民
はえー仏教=ハイテクって考え方もあるんか
26:名無しのJ民
守屋ってなんかこう…硬派な武人って感じだよな
融通効かなそうだけど
29:名無しのJ民
蘇我氏は渡来人系と結びつき強かったし、そりゃ先進文化に乗り気やろ
物部氏は土着の神道を大事にしてたから対立するわな
32:名無しのJ民
てか聖徳太子ってこの時何歳だよ?
まだ子供じゃないのか
33:名無しのJ民
厩戸皇子ね。まだ若かったけど、蘇我氏側で参戦してる。
四天王像作った話とか有名やん
35:名無しのJ民
物部氏が守ってた神道ってどんな感じだったんだろ
今に伝わってるのかな
37:名無しのJ民
八幡神とかもルーツは物部氏関連らしいで
かなり古い信仰やな
38:名無しのJ民
守屋は結局、戦上手だったのか下手だったのか
42:名無しのJ民
下手だったというか、勢力差ありすぎた上に、最終的に裏切られたからな
44:名無しのJ民
裏切りとかあったんか
物騒やなあ
46:名無しのJ民
守屋は河内(今の大阪あたり)に拠点があったんだよね
最後まで抵抗したらしいけど
47:名無しのJ民
蘇我氏って天皇家の外戚になって権力独占しようとしてたやろ
この事件はその足がかりみたいなもんやん
48:名無しのJ民
まさに権力闘争の極みやな
今の政治家も参考にしろよ
51:名無しのJ民
仏教受容って、当時の最先端技術と国際情勢への対応だったんだよな
守屋は鎖国派みたいなもんか
54:名無しのJ民
鎖国は言い過ぎやろw
ただ、自分たちのアイデンティティを脅かすものと見てたのは確か
56:名無しのJ民
日本書紀とか古事記の記述だと、完全に物部氏が悪役なんだよな
勝者が歴史を作るってやつ
58:名無しのJ民
まあ実際、守屋は仏像燃やしたり仏殿壊したりしてるからな
過激派に見られても仕方ない
62:名無しのJ民
燃やした仏像の中に、後の国宝級の物があった可能性もあるんだよな
恐ろしいわ
63:名無しのJ民
当時仏像なんて希少品やぞ
とんでもない損失や
67:名無しのJ民
でも当時は疫病とかも仏教のせいだって言われてたんだろ?
民衆からしたら不安になるのもわかる
70:名無しのJ民
疫病はなー
仏教が入ってきてから流行ったのは事実やし
関係ないとはいえ、タイミングが悪すぎた
72:名無しのJ民
結局、仏教の力で疫病が収まったってオチになってるんだっけ
うまいことやったなあ蘇我氏
76:名無しのJ民
蘇我氏は大陸文化積極的に取り入れた結果、文化的な先進国になったんだから正解やろ
守屋が勝ってたら今の日本は全く違う形になってたかもしれん
80:名無しのJ民
それな
あのまま神道一本でいってたら、中国や朝鮮半島から遅れまくってたんちゃうか
84:名無しのJ民
飛鳥時代って仏教美術めちゃくちゃ発展するからな
あの時代の文化は世界的に見てもかなりユニークでレベル高い
86:名無しのJ民
法隆寺とかのルーツはこの時代の仏教導入にあるんだもんな
歴史の重みを感じるわ
88:名無しのJ民
聖徳太子ってこの事件でどう立ち回ったの?
本当に参戦したんか?
92:名無しのJ民
戦場では兵を鼓舞して、戦勝祈願してたとかね
後の世の創作も入ってるだろうけど
94:名無しのJ民
聖徳太子は伝説盛られすぎやろ
もっとリアルな姿が見たいわ
96:名無しのJ民
厩戸皇子は仏教を深く学んでたから、蘇我氏側につくのは当然の流れだったんだろうね
97:名無しのJ民
この乱がなければ、物部氏も歴史の表舞台に残り続けてたのかな
101:名無しのJ民
残ってたとしても、蘇我氏みたいに権力握れたかは怪しいけどな
彼らは軍事氏族であって、外交とか政治向きじゃない
105:名無しのJ民
蘇我氏も結局、天智・天武に潰されるわけだからな
諸行無常やな
109:名無しのJ民
それが歴史の面白いところだよな
勝者がずっと勝つわけじゃない
111:名無しのJ民
物部守屋の「俺は日本の伝統を守るんじゃ!」みたいな叫びが聞こえてきそう
113:名無しのJ民
実際、当時の神道を守るって意味ではヒーローだったのかもしれん
116:名無しのJ民
でも天皇まで巻き込んだ争いに発展させてる時点でアカンやろ
119:名無しのJ民
結局は権力争いなんだよな、どの時代も
120:名無しのJ民
なんかこの時代の歴史って、キャラが立ってるから面白いよな
蘇我馬子、物部守屋、聖徳太子
122:名無しのJ民
推古天皇とかもいるしな
女帝の時代もこの頃からか
126:名無しのJ民
日本史の最初の分岐点の一つやね
もし物部氏が勝ってたら、日本は全く別の道を歩んでた可能性大
129:名無しのJ民
物部氏が勝ってたら、仏教伝来はもっと遅れたか、形を変えたかだろうな
130:名無しのJ民
日本古来の信仰がメインの国になってたか
それはそれで面白そうではある
133:名無しのJ民
でも仏教無しで、中国やインドからの文化伝来が滞るのは国として厳しいやろ
137:名無しのJ民
仏教は文化、芸術、学問、技術の宝庫だったからなあ
日本が遅れてた当時としては必須だった
140:名無しのJ民
守屋は先見の明がなかっただけって言われると悲しいな
141:名無しのJ民
てか、聖徳太子って実は蘇我氏の傀儡だったって説もあるよな
144:名無しのJ民
あれは流石に言い過ぎやろ
ただ、蘇我氏との関係は深かったのは間違いない
148:名無しのJ民
なんJ民は守屋派と馬子派どっちなんや?
152:名無しのJ民
ワイは聖徳太子派!(日和見)
156:名無しのJ民
一番賢い選択で草
159:名無しのJ民
守屋は頑固ジジイのイメージ
馬子は切れ者だけど黒いイメージ
163:名無しのJ民
歴史のヒーロー・ヒールって、時代によってコロコロ変わるから面白い
166:名無しのJ民
丁未の乱って、天皇の権威がまだ盤石じゃなかった時代なんだなって思う
氏族が力持ちすぎて
170:名無しのJ民
そっから天皇中心の律令国家に向かっていくんだから、その出発点でもあるな
172:名無しのJ民
蘇我氏が勝ったことで、天皇を中心とする中央集権国家の体制が整っていくんだよな
皮肉にも
173:名無しのJ民
物部氏がいなくなったから、天皇に逆らえる勢力が一時的に減ったしな
177:名無しのJ民
蘇我氏がいなければ、藤原氏もああはならなかっただろうしな
歴史って繋がってるわ
180:名無しのJ民
守屋の弓のエピソードってなんかいいよな
最期まで武人であったって感じ
182:名無しのJ民
火だるまになって戦ったってのは史実なん?
184:名無しのJ民
日本書紀によるとそう書かれてるけど、誇張されてる可能性は高い
でも勇敢に戦ったのは本当だろう
185:名無しのJ民
弓で馬上の太子を狙撃したとかいう逸話もあったような
結局当たらんかったけど
187:名無しのJ民
厩戸皇子は戦場で四天王に祈願して、矢が当たらなかったから勝利したとかいう聖人ムーブ
189:名無しのJ民
いやあ、本当に歴史のIFって面白いわ
もし守屋が勝ってたら、日本史の教科書が別物になってただろうな
191:名無しのJ民
馬子の息子(蝦夷、入鹿)がやらかすからな
慢心はアカン
195:名無しのJ民
蘇我氏も調子乗りすぎたんだよな
結局滅びたし
199:名無しのJ民
物部氏が勝ってたら仏教伝来が遅れて、中国や朝鮮半島からの技術導入が遅れて国力が低下してた可能性もあるし、一概に守屋が正しかったとも言えん
200:名無しのJ民
確かに
鎖国時代の日本みたいになってたかもな
202:名無しのJ民
古代史ってロマンあるけど、資料少ないから想像力膨らませるしかないのがええな
205:名無しのJ民
物部氏って今でも子孫はいるのかな?
207:名無しのJ民
いるにはいるけど、もう古代の氏族としての力はないやろ
211:名無しのJ民
蘇我氏もどこかで残ってるんちゃうか
215:名無しのJ民
結局、この事件は日本が大陸文化を受け入れ、国際社会に開かれた国になるか、それとも独自の道を行くかの大きな分水嶺だったってことやな
216:名無しのJ民
当時の日本人って選択を迫られたんやな
218:名無しのJ民
なんJ民は新しいもの好きだから仏教派が多いか?
221:名無しのJ民
ワイは新しいものにすぐ飛びつく無能やから仏教派や
223:名無しのJ民
守屋も最期は潔く散ったなら、それはそれでカッコいいわ
225:名無しのJ民
丁未の乱、もっと評価されてもええやろ
227:名無しのJ民
教科書だと数行で終わるけど、めちゃくちゃ重要な事件なんだよな
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