1:名無しのJ民
マジかよ、教科書で習ったぞ
4:名無しのJ民
いやガチで論文とかもあるんやで
中国側の記録に一切ないってのがデカい
6:名無しのJ民
は?嘘松とか言ってる奴は頭おかしいんか?
10:名無しのJ民
ワイもこの説聞いてからずっとモヤモヤしてるわ
11:名無しのJ民
当時の中国って、外国人の記録割と残しとるやろ?
フビライ・ハンとかいろんな民族使ってたんやし
14:名無しのJ民
そうなんよ。マルコ・ポーロが仕えたとされるフビライ・ハンの宮廷記録にも、マルコ・ポーロの名前がないんや。
これは不自然すぎると言われとる。
17:名無しのJ民
でも東方見聞録の記述って、かなり詳細で正確な部分もあるんやろ?
全部妄想で書けるもんちゃうやろ
21:名無しのJ民
それは当時のペルシャ商人とかアラブ商人からの又聞き情報をまとめただけって説もあるで
ユーラシア大陸横断するような商人ネットワークは当時からあったし
23:名無しのJ民
あー、なるほどな
当時のベネチアは商業都市やから、いろんな情報が集まってきそうやな
24:名無しのJ民
てかあの本、マルコ・ポーロ自身が書いたんじゃなくて、監獄で同室やった作家に口述筆記させたもんやろ?
記憶違いとか伝聞情報が混ざる可能性は十分あるで
25:名無しのJ民
監獄で同室の作家とかいう設定がもう嘘松っぽいんやが
27:名無しのJ民
いや、それは事実やぞ。ピサのルスティケロやっけ?
28:名無しのJ民
ルスティケロ・ダ・ピーサやね
30:名無しのJ民
じゃあマルコ・ポーロは旅人じゃなくて、ただの監獄で作家と出会った一般人ってこと?
34:名無しのJ民
一般人ではないやろ。ベネチアの商人やぞ。
36:名無しのJ民
でもフビライ・ハンに仕えてたとか、そんな大層な経歴は嘘ってことか
39:名無しのJ民
ワイの憧れの旅人像が崩れていく…
40:名無しのJ民
なんでこんな嘘ついてまで本出したんやろ?
金のためか?
43:名無しのJ民
そらそうよ。当時、東方への関心が高まってたし、ベストセラーになったら儲かるやろ
45:名無しのJ民
夢とロマンは嘘から生まれるんやで
49:名無しのJ民
でもさ、マルコ・ポーロが「フビライ・ハンに重用された」って言っても、当時のベネチアでの評判はそうでもなかったらしいで
むしろ「大嘘つき」扱いされてたとか
52:名無しのJ民
wwwww
大嘘つきマルコ・ポーロwwwww
53:名無しのJ民
それでも後世では「偉大な探検家」扱いされるんやから、歴史って面白いな
55:名無しのJ民
歴史修正主義者きっしょ
58:名無しのJ民
いや、これも立派な歴史研究の成果やぞ
色々な角度から検証するのは大事や
61:名無しのJ民
じゃあ、行った説の根拠は何なん?
63:名無しのJ民
記述の正確性やろな。当時の中国の紙幣制度とか、南宋の滅亡後の状況とか、かなり具体的に書かれてる部分がある。
あと、モンゴル帝国の郵便制度とか。
67:名無しのJ民
それは又聞きでも書けるって言われとるやん
68:名無しのJ民
でも、当時の西欧でそのレベルの情報が入ってたかは疑問視する声もあるで
70:名無しのJ民
結局どっちなんや…ワイは信じたいんやが
72:名無しのJ民
信じるも信じないもお前次第やで。それが歴史のロマンや。
74:名無しのJ民
教科書はいつになったら訂正されるんや?
ワイらの教育が嘘やったってことか?
75:名無しのJ民
嘘ではない。研究の進展とともに解釈が変わるだけや。
これは学問分野ではよくあること。
79:名無しのJ民
でも、マルコ・ポーロが中国にいたっていう物的証拠って本当にないんか?
81:名無しのJ民
ほぼないんよな。それが嘘松説の最大の根拠。
でも当時の記録なんてそんなもんやし、逆に行ったと断言できる証拠もない。
83:名無しのJ民
結局、グレーゾーンってことか
歴史ってロマンあるけど、こういうのもあるから面白いよな
84:名無しのJ民
当時、中国からベネチアまで手紙出すルートとかないやろしな
「元気にしてるか?」みたいな
88:名無しのJ民
今のSNSみたいに「#フビライハンの宮廷なう」とか投稿できたら証拠になるのに
92:名無しのJ民
フビライ・ハンの宮廷でTwitterとかやってたら草
96:名無しのJ民
「#大都グルメ」
97:名無しのJ民
「#チンギスハンの子孫と繋がりたい」
101:名無しのJ民
マルコ・ポーロが中国に行ったと信じてる奴の方が多数派やろ?
102:名無しのJ民
研究者の中では、行った説が有力視されてるけど、嘘松説も無視できない存在やね
104:名無しのJ民
まあ、完全な嘘松ではないにしても、かなり盛ってる可能性は高そうやな
「フビライ・ハンに重用された」とかは多分盛りすぎやろ
107:名無しのJ民
現代のビジネスマンが「シリコンバレーでGAFA幹部と飯食った」みたいなもんか
実は末端の社員と居酒屋で会っただけみたいな
109:名無しのJ民
草
それはありそうやな
110:名無しのJ民
でも、あの時代にユーラシア大陸横断ってだけでもすごいことやろ
行ったか行ってないかより、その旅自体がロマンやん
112:名無しのJ民
行ったならすごいし、行ってないならすごいホラ吹きやん
どっちにしてもすごい
114:名無しのJ民
ワイは行ってない説に一票やな
ロマンがある
115:名無しのJ民
ロマンを求めるなら行った説の方がええやろ
117:名無しのJ民
嘘松説の方がロマンあるわ
監獄で想像力だけで大ベストセラーを生み出したってことやろ?
121:名無しのJ民
それはそれで天才的やな
124:名無しのJ民
人類史上最高の嘘つきはマルコ・ポーロやったんか
125:名無しのJ民
いや、東方見聞録がきっかけでコロンブスが旅に出たって言われとるからな
世界史に与えた影響は計り知れん
129:名無しのJ民
コロンブスも「地球は丸いから東に行けばインドに着くで!」って嘘松やったしな
結局アメリカ大陸やったし
130:名無しのJ民
コロンブスは嘘松じゃなくて勘違いやろ!
133:名無しのJ民
いや、当時の航海士は地球の大きさについてもっと正確な知識があったのに、コロンブスだけが地球の大きさを過小評価してたって説もあるで
134:名無しのJ民
マジかよ、コロンブスも嘘松だったのか…
歴史は嘘松でできてるんか?
135:名無しのJ民
神武天皇とかも嘘松やろ
137:名無しのJ民
いや、神話と歴史をごちゃ混ぜにするな
138:名無しのJ民
歴史には「空白の150年」みたいな期間も結構あるしな
記録がないからって即座に「嘘松」とは言えん部分もある
141:名無しのJ民
でも、中国って当時世界最高レベルの文明やったわけやろ?
そんな国に長期滞在してた外国人の記録がないってのは、他の国より不自然やん
142:名無しのJ民
それはそうやね
モンゴル帝国の多文化主義的な側面を考えると、なおさら
145:名無しのJ民
結局、マルコ・ポーロはどこまで行ったんやろな
せいぜい中央アジア止まりちゃうんか?
149:名無しのJ民
個人的には行ったけど、宮廷でそこまで重用されてなかった、というのが一番現実的やと思う
記録に残るほどの大物ではなかったけど、確かに滞在はしてた、みたいな
150:名無しのJ民
それなら納得やな
「フビライ・ハンと面会!」とかは盛ってるけど、本当に中国には行った、と
152:名無しのJ民
でもさ、東方見聞録に書かれてること、中国の当時の様子とかなり合致してるらしいやん?
特に南宋が滅んだ後の様子とか
155:名無しのJ民
そうなんよ。だから完全に嘘とは言い切れない。
156:名無しのJ民
当時、イスラム商人が中国とヨーロッパの間で活発に貿易してたから、マルコ・ポーロが直接行かなくても情報は集まったんやろ
160:名無しのJ民
それはもちろんそうやけど、その情報だけであそこまで詳細な本を書けるか?って話よな
164:名無しのJ民
歴史学のロマンやな
167:名無しのJ民
ワイはマルコ・ポーロが監獄で口述筆記させたってのが一番好きやわ
囚人たちが「おいマルコ!もっと面白い話ないんか!」って煽ってたんやろ
169:名無しのJ民
wwwww
ありそう
172:名無しのJ民
「もっと盛りまくれや!」とか言われてそう
176:名無しのJ民
「フビライ・ハンがワイにひざまずいた話とかどうや?」
「それはちょっとやりすぎやろ!」
180:名無しのJ民
で、最終的に「東方見聞録」っていうタイトルも囚人仲間が考えたんやろな
181:名無しのJ民
マルコ・ポーロが「東方見聞録」の初版印税で釈放されたって話、胸熱やん
185:名無しのJ民
印税で釈放とか草
189:名無しのJ民
結局真相は闇の中ってことか
192:名無しのJ民
そうやね。確たる証拠がない以上、今後も議論は続くだろうね。
それが歴史研究の醍醐味でもあるんやが。
194:名無しのJ民
でもワイは信じるで。マルコ・ポーロが中国に行ったってことをな。
ロマンが全てや。
195:名無しのJ民
わいも信じるで
だって教科書に載ってたもん
198:名無しのJ民
教科書を信じるな
201:名無しのJ民
教科書は絶対やろ!
203:名無しのJ民
お前らも歴史修正主義者かよ
204:名無しのJ民
ワイが受験でマルコ・ポーロは中国に行ってないって書いたらバツになるんか?
205:名無しのJ民
それはバツやろ。定説は「行った」なんだから。
207:名無しのJ民
定説もいつか変わるかもしれんのやで
208:名無しのJ民
まあ、でも今の段階では「行った」と書くのが正解やね
209:名無しのJ民
結局、今のところは行ったことになってるけど、疑いはある、って感じか
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