1:名無しのJ民
どうせ形だけだろ
3:名無しのJ民
いや、意外と吉宗が真面目に対応してたらしいぞ
6:名無しのJ民
でもさ、庶民が将軍に直接意見するって、それまでの身分制度的に無理じゃね?
9:名無しのJ民
大岡越前とか水戸黄門のイメージが強すぎる
あれフィクションやし
12:名無しのJ民
小石川養生所とかできたのは目安箱のおかげやろ?
あれガチで画期的な医療施設だったらしいし
15:名無しのJ民
へー、マジか
じゃあそれなりに機能してたってことなんかな
19:名無しのJ民
吉宗が設置したのが享保の改革の一環やろ
幕政刷新を狙ってたから、最初はガチだったと思うで
20:名無しのJ民
初期はな
でもだんだん「将軍様におかれましては~」みたいな定型文ばっかになって、中身のない投書が増えたとか聞くぞ
23:名無しのJ民
そらそうよ
将軍に直接なんか言ったら目つけられるかもしれんし
25:名無しのJ民
真面目な投書でも、途中の奉行とかが揉み消してた可能性も大いにあるだろ
26:名無しのJ民
それな
「将軍様におかれましては、この度の年貢の取り立て、厳しゅうございます」とか書いたら、奉行所に睨まれるだけやん
29:名無しのJ民
目安箱に投函した内容が奉行所に筒抜けだった説
31:名無しのJ民
そりゃ当時の情報網を考えたらあり得るわ
下手したら「〇〇村の甚兵衛、妙な投書しとるらしいぞ」ってなる
33:名無しのJ民
実際、目安箱がきっかけで処罰された庶民とかおらんかったんかな
37:名無しのJ民
調べてみたけど、目安箱の投書が直接の原因で処罰された記録はあんまり見つからんね
むしろ、吉宗は「投書の内容がどれだけ的外れでも、処罰してはならない」って言ってたらしい
39:名無しのJ民
吉宗意外と有能やったんか
43:名無しのJ民
ガチで有能やぞ
米将軍の異名も伊達じゃない
47:名無しのJ民
でもそれって、裏を返せば「処罰されないレベルの、当たり障りのない投書」しかできねーってことじゃね?
51:名無しのJ民
核心突くような内容だとどうせ握りつぶされるし、意味ないって思われてたんとちゃうかな
54:名無しのJ民
現代の市役所の意見箱みたいなもんか
58:名無しのJ民
まさにそれ
「いつもありがとうございます」とか「もっと頑張ってください」とかそういうのばっか
59:名無しのJ民
たまにクソガキが石とかゴミ入れてそう
63:名無しのJ民
江戸時代のJ民なら何書く?
「将軍様、ワイの家の隣の浪人、毎日昼間から酒飲んでうるさいンゴ」
66:名無しのJ民
「将軍様、隣の家の娘が可愛すぎます。いっそ側室にでもいかがでしょう?」
69:名無しのJ民
不敬罪で斬首やろそれ
70:名無しのJ民
目安箱って投書用紙とか筆とかどうしてたんだ?
家から持ってきてたのか?
73:名無しのJ民
それ聞くと結構ガチな奴しか書かないイメージになるな
書くハードル高いやん
74:名無しのJ民
だからこそ、本当に困ってる人とか、切実な訴えが届く可能性もあったってことやろ
76:名無しのJ民
でもその切実な訴えを握りつぶす奴らがいるわけでしょ?
80:名無しのJ民
目安箱の設置場所が、江戸城大手門前とかだったらしいから、投函するのも一苦労やろ
地方の人がわざわざ江戸まで行くとか無理ゲー
83:名無しのJ民
じゃあ地方の意見は届かんのか
84:名無しのJ民
基本的には江戸とその周辺の意見やろな
それでも幕府としては画期的な試みだったのは間違いない
86:名無しのJ民
だってそれまでは将軍に直接意見なんて、殿様とか大名しか無理だったんやろ?
87:名無しのJ民
そうそう
庶民の生の声を直接聞くって、当時の感覚だとぶっ飛んだ発想やで
88:名無しのJ民
結果的に小石川養生所や町火消の設置に繋がったんだから、完全に無意味ではなかったな
91:名無しのJ民
でもその後、目安箱が形骸化していく過程もまた歴史よな
92:名無しのJ民
日本の役所が「とりあえず設置するけど、あとは知らん」って伝統、江戸時代からあったんやな
93:名無しのJ民
役人「目安箱に投書?あー、あの吉宗公が始めたやつね、はいはい後で見る後で見る…」
95:名無しのJ民
将軍「何か投書はあったか?」
奉行「はっ、日々庶民の皆様より感謝と激励の声が届いております!」
将軍「うむ、良きことかな!」
99:名無しのJ民
これやろなぁ
103:名無しのJ民
将軍様もよっぽど暇じゃないと全部読めんやろ
105:名無しのJ民
吉宗は結構読んでたらしいぞ
真面目なやつやったから
106:名無しのJ民
現代でも首相官邸に意見箱あるけど、あんなん絶対読まれんやろ
109:名無しのJ民
読まれても「ご意見ありがとうございます」でおしまい
111:名無しのJ民
目安箱って匿名だったん?
113:名無しのJ民
基本的には匿名やけど、ちゃんと身元がわかるように書いてる人もいたみたい
じゃないと、具体的な調査とかできんからな
115:名無しのJ民
身元書くとか怖すぎやろ
119:名無しのJ民
よっぽど切羽詰まってたか、よっぽど幕府を信頼してたか、どっちかやろな
121:名無しのJ民
吉宗が目安箱から得た情報で、裏金作ってた奉行を処罰した事例もあるらしいぞ
122:名無しのJ民
マジか!それはガチで機能しとるやんけ!
123:名無しのJ民
ただ、それは吉宗の時代だからって話やろ
その後、将軍が無能になったら終わり
126:名無しのJ民
結局、制度がどうのこうのより、トップの人間がやる気あるかないかよな
128:名無しのJ民
トップが有能なら、目安箱じゃなくても情報入ってくるしな
130:名無しのJ民
でも、目安箱っていう「庶民の声を聞く窓口」があるってことが大事なんちゃう
形だけでも抑止力にはなるし
134:名無しのJ民
ブラック企業に「意見箱」があるようなもんか
「どうせパワハラ上司が握りつぶすけど、もしかしたら社長の耳に入るかも…」みたいな期待
136:名無しのJ民
庶民のガス抜きにはなってたかもな
「文句言ってもどうせ無理だけど、とりあえず目安箱に投書しといたわ」みたいな
137:名無しのJ民
それも大事なことやで
不満をため込ませるだけだと一揆に繋がるからな
140:名無しのJ民
一揆になったら被害がデカすぎるから、少々の不平不満は聞くポーズも必要やったんやろな
144:名無しのJ民
吉宗「庶民の生活が苦しい?なにそれ美味しいの?」
奉行「いえ、将軍様、庶民は今、空腹で苦しんでおります」
吉宗「ほう。ではその者たちにカツ丼を食べさせよ」
147:名無しのJ民
江戸時代にカツ丼はねーだろw
149:名無しのJ民
将軍様は知らんかったんやろ…
151:名無しのJ民
カツ丼は幕末以降やからな
153:名無しのJ民
江戸時代なら「鰻丼を食べさせよ」やろ
154:名無しのJ民
鰻丼も庶民には高価だったんちゃう?
156:名無しのJ民
まあ、目安箱のおかげで、民衆と幕府の間にわずかながらもコミュニケーションの道ができたのは評価すべきやろな
159:名無しのJ民
現代の民主主義の萌芽、みたいな大げさなもんでもないけど
163:名無しのJ民
いや、当時のアジアを見ても、これほど庶民の意見を聞こうとする制度は稀やで
164:名無しのJ民
たしかにそうかも
中国とかだと皇帝に意見言ったら逆賊扱いされそう
167:名無しのJ民
日本独自の文化かもしれんな
「忖度」と「目安箱」の組み合わせ
168:名無しのJ民
「目安箱に入れる」っていう行動自体が、当時としては勇気のいることだったろうし、その勇気に報いる将軍もいた、ってのがポイントやな
170:名無しのJ民
でもさ、目安箱って将軍がかわればなくなる可能性もあったんやろ?
174:名無しのJ民
実際、機能は低下していったからね
吉宗が亡くなった後も制度自体は残ったけど、重要度は下がっていった
176:名無しのJ民
結局、目安箱は吉宗という稀代の政治家がいたからこそ、一時的に機能した制度、ってことか
177:名無しのJ民
ある意味、独裁者の善意に頼る制度やな
181:名無しのJ民
それでも、江戸幕府が260年以上も続いたってことを考えると、こういう民衆の不満を吸収する仕組みが多少なりとも機能してたのはデカいんやろな
184:名無しのJ民
なるほどね
目安箱一つとっても奥深いな
185:名無しのJ民
最近の政治家も目安箱設置しろよ
187:名無しのJ民
AI目安箱とかできそう
190:名無しのJ民
「あなたの投書はAIにより分析され、優先度低と判定されました」
192:名無しのJ民
絶望しかない
193:名無しのJ民
江戸時代の目安箱の中身、今見たら面白そうやな
194:名無しのJ民
「将軍様、隣の家の犬がうるさくて夜も眠れません」
195:名無しのJ民
「この度、吉宗公には大奥の縮小をご検討いただきたく候。つきましては、私の妹を側室に…」
197:名無しのJ民
そういう色恋沙汰系の投書もあったら面白いな
201:名無しのJ民
でもそういうのは大体、将軍の目に届く前に処分されてそう
202:名無しのJ民
奉行「ん?これは…けしからん!将軍様を惑わすような投書は私が処理する!」
203:名無しのJ民
私腹を肥やす奉行が跋扈してたってイメージもあるしな
204:名無しのJ民
まあ、完璧な制度なんてないってことやね
205:名無しのJ民
でも、機能してた時期もあった、ってのが意外やったわ
207:名無しのJ民
ワイもどうせ形だけやろと思ってたから、勉強になったわ
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