1:名無しのJ民
はいはい歴史修正主義
2:名無しのJ民
でも「百姓の持ちたる国」って響きはかっこいいよな
5:名無しのJ民
なお信長に焼かれる模様
9:名無しのJ民
当時の加賀って実質的に独立国やからな
10:名無しのJ民
言うて一向宗の支配やろ?
13:名無しのJ民
農民が主体的に運営してたってのがポイントやろ
宗教指導者がトップでも、実質的な行政は民衆合議制に近かったんやないか?
14:名無しのJ民
理想郷なわけないやろ
宗教的排他主義の塊やんけ
17:名無しのJ民
実際、加賀の守護だった富樫氏を追放したんやっけ
そこから約100年近く、本願寺と門徒衆が支配してたんだよな
20:名無しのJ民
これって「戦国時代のコミューン」みたいなもんか?
23:名無しのJ民
現代の民主主義の萌芽みたいなもんやろ
27:名無しのJ民
民主主義とは全然ちゃうやろ
仏教教団による神権政治やぞ
29:名無しのJ民
神権政治だけど、その神権が「民衆の信仰」に支えられてるってのがミソやないか?
31:名無しのJ民
まぁ、当時は門徒衆全員がガチガチの信仰心持ってたわけじゃなくて、経済的・政治的理由で参加してたやつも多かったらしいけどな
35:名無しのJ民
一揆って聞くと暴徒のイメージだけど、加賀一向一揆は組織力と継続性が段違いやからな
36:名無しのJ民
蓮如とかいうカリスマ性やばすぎやろ
39:名無しのJ民
マジで蓮如の布教戦略がすごいんよ
「阿弥陀仏にすがるだけで救われる」って、当時の厳しい世の中でどれだけ響いたか
42:名無しのJ民
その結果、みんなで武器持って国を奪ったと
44:名無しのJ民
まぁ、最初は富樫氏の内紛に乗じた形やけどな
45:名無しのJ民
でもこれって結局、本願寺の権威を背景にした支配であって、純粋な「百姓による自治」とは違うやろ
46:名無しのJ民
いや、でも当時の村の自治組織がそのまま国の運営に影響与えてたんやぞ
他の大名領国とは全然違う
50:名無しのJ民
年貢も税金も、自分たちで決めてたんかな
51:名無しのJ民
一応、本願寺が徴税権持ってて、坊主が徴収してたけど、額とか使途は門徒衆の意見もかなり反映されてたらしいで
52:名無しのJ民
現代の感覚で「民主主義」とか「理想郷」とか言うのは無理があるけど、
当時としては画期的な統治体制だったのは間違いない
55:名無しのJ民
戦国大名「は?ワイの領地やぞ」
58:名無しのJ民
大名「門徒どもが…」
62:名無しのJ民
一揆衆「南無阿弥陀仏!富樫は滅びる!」
63:名無しのJ民
富樫政親、自害させられたんだっけ
無能すぎて草
67:名無しのJ民
信長がいなけりゃ、もっと続いてた可能性もあったんかな?
69:名無しのJ民
信長がいなくても、どっかの大名に食われてたやろ
72:名無しのJ民
いや、あれだけ強固な組織力があったら、下手な大名じゃ手出しできなかったかもしれんぞ
76:名無しのJ民
北陸の雄、朝倉氏も苦戦してたしな
80:名無しのJ民
でも、一向一揆って聞くと、ワイは一向宗徒がみんなでご飯食べてるイメージなんだよな
82:名無しのJ民
それは一向宗じゃなくて「一向宗」と「一向に食べない」をかけたボケやぞ
86:名無しのJ民
草
90:名無しのJ民
門徒衆の団結力が生み出した飯やぞ
93:名無しのJ民
石山合戦とかもそうだけど、宗教的な結束力ってやっぱすげーわ
94:名無しのJ民
加賀一向一揆って、最終的にどうなったん?
96:名無しのJ民
信長による鎮圧や。徹底的に焼き討ちされて、最後は柴田勝家が平定した。
98:名無しのJ民
手取川の戦いの後だっけ?
101:名無しのJ民
手取川の戦いは信長が上杉謙信にボコられたやつや。
加賀一向一揆の本格的な鎮圧は、それより後、謙信死後の1580年やね。
102:名無しのJ民
信長ってマジで宗教勢力潰すの上手いよな
比叡山とかもそうやし
103:名無しのJ民
「仏敵」認定されたら終わりやからな
105:名無しのJ民
でも信長は延暦寺を焼き討ちしたけど、加賀一向一揆は柴田勝家が平定したんやろ?
109:名無しのJ民
いや、信長の命令で柴田勝家が指揮して鎮圧したんや。
信長自身も直接加賀に入ってる。
110:名無しのJ民
信長にとっては、経済的な要衝である加賀を抑える必要があったからな
宗教的な理由だけじゃなく
112:名無しのJ民
まぁ、信長にしてみりゃ、自分の支配が及ばない「百姓の持ちたる国」なんて邪魔でしかないわな
113:名無しのJ民
加賀の門徒衆って、最盛期には数十万規模やったらしいで
116:名無しのJ民
当時はマジでガチで信じてるやつが多かったんやろうな
現代の宗教とは規模が違う
120:名無しのJ民
現代でもカルトとか見てると、その規模の片鱗は見えるけどな
123:名無しのJ民
規模が違いすぎるわ
当時の門徒は「死んだら極楽に行ける」ってマジで信じてたんやから
124:名無しのJ民
現代の民主主義が成熟する前に、一度試行錯誤された事例と見るべきか
127:名無しのJ民
でも、そこには「本願寺」という強固な権威と、「往生」という強固なイデオロギーがあったわけやしな
130:名無しのJ民
一向一揆の統治って、どれくらい機能してたんだろ?
治安とか、経済とか。
132:名無しのJ民
意外と機能してたらしいぞ。
年貢は重かったけど、その分、門徒衆には生活保障とか相互扶助の仕組みがあったし、
外部からの侵略に対しては結束して戦うから、他国からみても攻めにくい国だった。
135:名無しのJ民
へー、意外としっかりしてたのか
139:名無しのJ民
でも、内紛とかはなかったんか?
141:名無しのJ民
あったで。本願寺内部の派閥争いが、加賀の門徒衆にも影響及ぼしてたし。
あと、地域ごとの門徒のリーダー同士の対立とかもあったらしい。
142:名無しのJ民
結局、人間の欲が絡むとどこも一緒やな
145:名無しのJ民
人間はどこまで行っても人間やからな
149:名無しのJ民
でも、戦国時代にこれだけ大規模な民衆自治が成立したってのは、もっと評価されてもいいと思うわ
153:名無しのJ民
教科書ではサラッと流されるけど、結構面白いテーマだよな
155:名無しのJ民
歴史って、勝者の目線で語られがちだから、
一向一揆みたいな「敗者」側の視点から見ると、また違った側面が見えてくる
156:名無しのJ民
信長が強すぎただけやろ
159:名無しのJ民
信長いなかったらどうなってたかは、永遠のifやな
162:名無しのJ民
ワイが加賀に生まれてたら、絶対一向宗に入ってたわ
163:名無しのJ民
たぶん、生まれた時点で強制的に門徒やぞ
165:名無しのJ民
それはそれで息苦しそう
167:名無しのJ民
宗教の自由とかないからな、当時
169:名無しのJ民
もし一向一揆が存続してたら、日本史どうなってたんだろ?
加賀国が宗教国家として独立し続けてたとか?
173:名無しのJ民
流石に周りの大名が許さんやろ
どっかしらに吸収されて、本願寺の勢力も縮小してたと思うわ
177:名無しのJ民
信長が破壊したものは多いけど、その後の日本を考えると、必要な破壊だったのかもしれない
178:名無しのJ民
必要悪ってやつか
179:名無しのJ民
でも、もっと違う形で共存する方法はなかったんかなあ
182:名無しのJ民
当時の価値観では無理やろ
宗教と政治がガチで結びついてる時代やからな
184:名無しのJ民
一向一揆の滅亡って、ある意味で中世的な社会秩序の終わりを告げる象徴的な出来事なのかもしれない
187:名無しのJ民
それはあるかもな。近世大名による中央集権化への流れの中で、ああいう民衆自治は邪魔だったんだろう。
191:名無しのJ民
スレタイに戻るけど、理想郷ではなかったけど、
当時の民衆にとっては「ましな統治」だった可能性は高いよな
192:名無しのJ民
戦国時代に「ましな統治」とか贅沢やろ
196:名無しのJ民
確かに。大名に搾取されるよりは、自分たちで年貢とか決める方がマシか。
197:名無しのJ民
蓮如「ワイの信者になれば救われるで!」
門徒「よし、国を奪うか」
199:名無しのJ民
飛躍しすぎやろw
202:名無しのJ民
でも実際、そうなったんやからしゃーない
204:名無しのJ民
なんか、現代のSNSとかで「〇〇すれば世界は変わる!」って言ってるやつと、
蓮如のカリスマ性ってちょっと通じるものがあるようなないような
208:名無しのJ民
草
あるかもな
212:名無しのJ民
いや全然違うやろ
216:名無しのJ民
でも、結局は権力闘争と宗教が絡み合った、ドロドロした話やんな
219:名無しのJ民
歴史のロマンってそういうドロドロの中にこそあるんやで
222:名無しのJ民
信長のやったことは評価されてもいいと思うけど、
一向一揆の鎮圧は、やりすぎだった部分もあるとは思う
225:名無しのJ民
信長は目的のためなら手段を選ばないからな
227:名無しのJ民
結局、加賀の民衆はその後、どうなったんや?
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