1:名無しのJ民
なんか数百万人が一気に伊勢目指して移動するって聞いたんやけど、想像つかんわ
5:名無しのJ民
現代でいうコミケとかフェスの一斉移動の上位互換やろあれ
9:名無しのJ民
しかも交通機関とか整備されてない時代にやぞ?
そりゃカオスになるわな
12:名無しのJ民
街道は人で埋め尽くされて、野宿してる奴とかたくさんいたらしいな
13:名無しのJ民
道中で野垂れ死んだ奴とかも結構おったんやろ?
14:名無しのJ民
まぁそれは現代のフェスでも起こりうることやけどな…過酷さが違うわな
15:名無しのJ民
しかも金ない奴でも行けたってのがすごいよな
道中施し受けながらとか、無賃で渡してくれる渡し守とかおったらしいし
18:名無しのJ民
パチンカスが旅打ちしてるみたいなもんか?
22:名無しのJ民
>>8
もっと純粋な信仰やろがい!
でもまあ、旅費を「おかげ銭」って言って寄付する文化もあったから、そういう意味ではパチンコで勝った金で寄付するみたいなもんか?
24:名無しのJ民
おかげ参り、ええじゃないか、打ちこわし、この辺のワード並ぶと江戸時代の民衆エネルギーのヤバさを感じる
26:名無しのJ民
>>10
ええじゃないかは別物やぞ
あれはもっと終末的な雰囲気があった
30:名無しのJ民
お蔭参りは純粋な信仰心やからね。でもそのエネルギーが社会を動かすのは一緒か
32:名無しのJ民
1830年の天保のお蔭参りは、年間400万人以上が伊勢に行ったとかいうからな。当時の日本の総人口が3000万人くらいやろ?ヤバすぎんか
34:名無しのJ民
日本の人口1割以上が移動するって考えると、現代なら1000万人以上が東京ディズニーランド目指すみたいなもんか?
37:名無しのJ民
>>13
しかも何回も起こってるからな、お蔭参りって。
39:名無しのJ民
20年とか60年に一度とか言われるけど、実際はもっと不定期に発生してたっぽいな
なんか社会不安が高まると流行るみたいな
40:名無しのJ民
疫病とか飢饉とかあったんやろ?神頼みしたくなる気持ちはわかる
44:名無しのJ民
幕府的にはどう思ってたんやろ?
民衆が勝手に動くのって治安的にまずいんちゃうんか
46:名無しのJ民
>>18
最初は取り締まろうとしたけど、あまりにも人が多すぎて諦めたらしい
むしろ村とか藩レベルで参加を許可したり、旅費を補助したりする動きもあったとか
49:名無しのJ民
へえー、結構寛容だったんやな
52:名無しのJ民
多分、圧力をかけすぎると、それが不満となって別の形で爆発しかねないって判断もあったんやろな
ガス抜きやろ
53:名無しのJ民
結局、お蔭参りって何が目的やったんやろ?
御利益だけじゃない気がする
56:名無しのJ民
>>22
旅行欲、非日常への憧れ、世間からの解放感、信仰心、色んな要素が混ざり合ってたと思うで
現代で言うところの「聖地巡礼」みたいなもんやろ
57:名無しのJ民
確かに、普段村から出ることない庶民にとって、大旅行ってだけでめちゃくちゃ刺激的やろな
59:名無しのJ民
あと「抜け参り」っていう、子供だけで伊勢に行くやつもヤバい
61:名無しのJ民
>>25
これマジで怖い
親はよく許したな
65:名無しのJ民
子供だけで行った方が御利益があるって信じられてたらしい
道中で出会った大人たちが飯食わせたり、宿提供したりしてくれたらしいけど
67:名無しのJ民
無事帰ってくるまで心配で夜も眠れんわ
今の時代なら確実に誘拐されるやつ
71:名無しのJ民
まあ今みたいに誘拐とかの概念が浸透してなかった時代やからな。人の往来も今よりは少なかったし
73:名無しのJ民
江戸時代って結構フリーダムな側面もあるよな
76:名無しのJ民
伊勢にたどり着いても、宿とかどうしてたんだろ?
数百万人が泊まれるわけないよな
77:名無しのJ民
>>31
野宿したり、軒先借りたり、あとは簡素な仮設小屋みたいなのもあったんちゃうかな
神社周辺は完全にカオス状態だったはず
81:名無しのJ民
衛生面とかめちゃくちゃヤバそう
疫病の温床になりそうやん
82:名無しのJ民
実際に疫病が流行ることもあったらしいな。
84:名無しのJ民
やっぱ現代の感覚とは違いすぎるな
86:名無しのJ民
現代で例えるなら、全国民がスマホの充電器持って徒歩で東京ドームに集結する感じか?
88:名無しのJ民
>>36
規模が違うし例えが下手くそすぎるやろ
92:名無しのJ民
もっとこう、世界中で「謎の現象」が起こって、みんなが同じ場所を目指すみたいなSFチックな感じ?
96:名無しのJ民
いや、そこまでSFじゃなくて、あくまで現実的な社会現象やから。
97:名無しのJ民
江戸時代の庶民のエネルギーってすげえな
98:名無しのJ民
>>40
むしろ、普段抑圧されてるからこそ、ああいう場で一気に解放されたんちゃうか
99:名無しのJ民
そういや、道中での飲食とかどうしてたんだろ?
101:名無しのJ民
>>42
村々で施ししたり、茶屋があったり。
あとは持ち歩いてるやつもいたんやろな。
でも飢え死にしたやつもいるって話だから、かなり厳しい旅だったのは間違いない
105:名無しのJ民
施し文化があったからこそ成立したんやろな
現代なら「タダ飯寄越せ」とか言って炎上するやつや
107:名無しのJ民
なんかちょっと羨ましいわ
みんなで同じ目標に向かって旅するって
108:名無しのJ民
確かに、SNSとかない時代に、みんなが同じ熱量で集まるってすごいことやな
110:名無しのJ民
伊勢神宮も大変やったやろな
112:名無しのJ民
>>47
伊勢神宮側も、これだけ人が来るとは思ってなかったやろな
116:名無しのJ民
でもこれだけ人が来ると、周辺の経済は潤うよな
120:名無しのJ民
>>49
そりゃあもう大儲けよ。
物販、宿泊、飲食、なんでもありや。
122:名無しのJ民
まさに「観光業」の萌芽みたいなもんか
125:名無しのJ民
これだけ人が集まると、祭りとか縁日みたいな雰囲気だったんかな
129:名無しのJ民
>>52
そうやろな。お祭り騒ぎよ。
非日常の体験やから、みんな羽目を外してたはず。
131:名無しのJ民
現代の聖地巡礼も、アニメとかアイドルのイベントに合わせて人が集まるのって、お蔭参りと通じるものがあるよな
135:名無しのJ民
確かに、ファンが経済回してる構図とかそっくりやな
137:名無しのJ民
江戸時代のサブカルチャーみたいなもんか
140:名無しのJ民
幕府も、このエネルギーをどうにか利用できないかとか考えなかったんかな
141:名無しのJ民
>>57
ガス抜きって意味では利用してたかもしれんけど、組織だって何かをさせるのは難しかったやろな
あくまで民衆の自発的な動きやったから
142:名無しのJ民
現代ならインバウンド誘致とか言ってるレベルやな
143:名無しのJ民
当時の為政者からしたら、こんな大規模な人の移動、統制不能で怖かったやろな
146:名無しのJ民
飢饉とかで苦しんでる人が、最後の望みで伊勢を目指すみたいな悲壮感もあったんやろな
150:名無しのJ民
でも、旅の途中でみんなで助け合うって話聞くと、なんか感動するわ
151:名無しのJ民
現代人が失った何かがある気がする
155:名無しのJ民
SNSとかない時代に、どうやって情報共有してたんだろ
157:名無しのJ民
>>64
口コミやろな。「どこどこの村から〇〇人が伊勢に行ったらしいぞ!」みたいな噂が広がっていくんや
158:名無しのJ民
噂が噂を呼んで、雪だるま式に人が増えていく感じか
159:名無しのJ民
それこそ現代のバズりとか炎上と似たような現象やな
161:名無しのJ民
まさに「情熱大陸」レベルの旅路やな
162:名無しのJ民
「お蔭参り」って言葉自体が「神様のお蔭で無事に旅ができた」って意味合いなんやろ?
163:名無しのJ民
>>69
そうそう。だから無事帰ってこれるだけでも奇跡に近い旅やったんやろな
164:名無しのJ民
当時の人々にとって、伊勢参りってどれくらいのステータスだったんやろ
165:名無しのJ民
>>71
一生に一度の大イベントやろな。
帰ってきたら村の英雄扱いよ。
167:名無しのJ民
お土産とか何持って帰ったんやろ?
168:名無しのJ民
>>73
伊勢暦とか、伊勢土産の定番品とかやろな。
あとは旅の土産話が一番の価値やったんやないか。
170:名無しのJ民
話のネタには困らんな
171:名無しのJ民
今の感覚だと、コロナ禍で「移動は自粛!」って言われてる中、数百万人規模で移動してるのが信じられん
175:名無しのJ民
当時はコロナどころか、もっとヤバい疫病が蔓延してた時代やからな
それよりも信仰が勝ったんやろ
178:名無しのJ民
いやでも、あの時代にアレだけの人数の食料と宿泊を、どうにかして賄ってたってのが凄すぎるわ。
180:名無しのJ民
経済活動が止まらなかったのもすごい
181:名無しのJ民
むしろ経済を回してたのがお蔭参りやろ
182:名無しのJ民
お蔭参りの旅路を描いた浮世絵とか残ってないんかな
183:名無しのJ民
>>81
結構あるで。道中の賑わいや、伊勢神宮の様子とか描かれてる。
184:名無しのJ民
見てみたいわ。当時の人の熱気が伝わってきそう
187:名無しのJ民
ネットで検索したらすぐ出てくるで。当時の庶民の表情とか見てると面白い
189:名無しのJ民
天保のお蔭参りって、幕末の動乱期に入るちょっと前くらいやろ?
民衆のエネルギーが溜まってた時期なんかね
192:名無しのJ民
>>85
まさにそうやろな。
世の中に対する不満とか不安が、ああいう形で噴出したんやろ。
195:名無しのJ民
歴史って、民衆の動きから見るともっと面白くなるな
197:名無しのJ民
為政者の記録だけじゃ見えない部分やな
199:名無しのJ民
お蔭参りって、ある意味で庶民の「自由」の象徴だったのかもしれんな
200:名無しのJ民
移動の自由とか、信仰の自由とか。
普段制限されてるものが、あの時だけは許されたみたいな
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