1:名無しのJ民
え、なにそれ?
2:名無しのJ民
ワイ歴史弱者、全くわからん
5:名無しのJ民
ローマ→ビザンツ→モスクワってこと?
8:名無しのJ民
せやで。コンスタンティノープルがオスマンに落とされた後、正教会の総本山(自称)がモスクワになったんや
9:名無しのJ民
はぇ~知らんかったわ
11:名無しのJ民
フィロフェイとかいう奴、当時のロシアを奮い立たせたぐう聖やぞ
14:名無しのJ民
ぐう畜定期
18:名無しのJ民
第三のローマとか中二病こじらせたネーミングやな
19:名無しのJ民
でもこれのおかげでロシアはプライド持てたんだろ?すごいことやん
21:名無しのJ民
正教会的にはビザンツ帝国が神聖ローマ帝国と並んで二大帝国だったからな
そのビザンツが滅んだから「じゃあ次どこが引き継ぐの?」ってなった時に、モスクワが名乗りを上げたって話
25:名無しのJ民
フィロフェイって誰だよ
29:名無しのJ民
プスコフのエレザール修道院の修道僧やで。当時の大公ヴァシリー3世に書簡送って「モスクワが第三のローマや!」って力説したんや
33:名無しのJ民
歴史のロマンやなあ
35:名無しのJ民
でもなんでモスクワなん?
37:名無しのJ民
当時のロシアはビザンツ帝国の皇女と結婚してたから、血縁的にも正当性があるって主張してたんだよ
それプラス、モスクワがモンゴルの支配から脱却して独立を強めてた時期だったから、勢いもあった
38:名無しのJ民
プーチンも第三のローマ論者だからな
39:名無しのJ民
歴史は繰り返すんやね
40:名無しのJ民
いや、そもそも「第一のローマ」とか「第二のローマ」ってなんだよ?
41:名無しのJ民
第一は言わずと知れたローマ帝国、第二は東ローマ帝国(ビザンツ帝国)のことや
42:名無しのJ民
なるほどねー
45:名無しのJ民
フィロフェイって現代で言ったらインフルエンサーみたいなもんか?
47:名無しのJ民
当時の影響力はもっとデカいぞ。宗教と政治が密接だった時代やし
51:名無しのJ民
でも実際、モスクワってローマ感ゼロだよな
52:名無しのJ民
それは今の感覚やろ
当時は正教会の唯一の独立した大国やったからな
53:名無しのJ民
カトリック勢からしたら「は?うちが正当なローマやろ」って感じなんかな
55:名無しのJ民
そりゃそうやろな。だから「第三のローマ」論はあくまで正教会の世界観の中での話や
56:名無しのJ民
「二つのローマは滅びた。第三のローマは立っている。第四のローマは存在しないだろう」
このセリフ、痺れるわ
57:名無しのJ民
厨二病全開で草
60:名無しのJ民
でもこういうロマンある主張って、人心を掴むよな
62:名無しのJ民
ロシアのナショナリズムの源泉やね
65:名無しのJ民
プーチンがこのフレーズ引用してそう
67:名無しのJ民
実際プーチンは引用してるし、ロシア正教会もこの思想を支持しとるで
69:名無しのJ民
やっぱ歴史って繋がってるんやな
71:名無しのJ民
フィロフェイ、当時のロシアの状況をよく見てたわ
ビザンツ滅亡で精神的支柱を失いかけてた正教徒たちに新たな希望を与えたんやから
73:名無しのJ民
現代のワイらから見ると「まじかよ」って思うけど、当時の人からしたら神託みたいなもんだったんかな
75:名無しのJ民
いや、そこまで神託ではないやろw
でも権威付けにはなった
79:名無しのJ民
ロシア皇帝がツァーリ(カエサル)を名乗るのも、この「第三のローマ」思想から来てるんだよな
80:名無しのJ民
へえー!そうなんだ!
83:名無しのJ民
全部繋がってて鳥肌立った
86:名無しのJ民
世界史ガチ勢ニキ詳しすぎやろ
88:名無しのJ民
これってロシアがユーラシア大陸で覇権を握る正当性にも繋がってるんかな?
92:名無しのJ民
そういう側面もあるやろね。選ばれし国、みたいな意識に繋がる
95:名無しのJ民
今のロシアの行動原理にも影響してるんやろな、多分
97:名無しのJ民
まあロシアの民族主義の根幹にある考え方の一つやからな
99:名無しのJ民
日本の天皇制みたいなもんか?ちょっと違うか
101:名無しのJ民
いや、神聖不可侵性とか選民思想みたいな側面では近いかもしれん
103:名無しのJ民
フィロフェイって何人?
107:名無しのJ民
ロシア人や。プスコフの人やから
111:名無しのJ民
そらそうよ
113:名無しのJ民
第三のローマがモスクワなら、第四のローマはどこになるんや?
117:名無しのJ民
フィロフェイは「第四のローマは存在しない」って言ってるから、モスクワが最後ってことや
119:名無しのJ民
世界史の授業でやった気がするけど忘れてたわ
122:名無しのJ民
フィロフェイって何歳でこれ言ったんやろな
123:名無しのJ民
結構いい歳のおっさんやで。修道院長やし
124:名無しのJ民
賢者やん
128:名無しのJ民
ビザンツ帝国滅亡が1453年、フィロフェイが書簡書いたのが16世紀前半やから、そこまで時間経ってないんやな
129:名無しのJ民
混乱期にこれぶち上げたのが凄いよな
133:名無しのJ民
ロシアがモンゴルの軛から解放されて、まさに国としてまとまり始めた時期だったから、この思想がドンピシャだったんやろな
134:名無しのJ民
歴史の転換期を捉えた男か
137:名無しのJ民
現代でもそういう「世界観を再定義する」みたいな人って出てくるんかな
138:名無しのJ民
宗教的な権威が薄れてるから難しいやろね
140:名無しのJ民
でも今でも「選ばれし国」みたいな思想を持つ国はあるやん?アメリカとか
141:名無しのJ民
確かに。形は違えど、そういうナショナリズムはどこにでもあるな
144:名無しのJ民
フィロフェイは今のロシアの行動見たらどう思うんやろな
147:名無しのJ民
「よくぞわが教えを受け継いでくれた!」とか言うんやろか
150:名無しのJ民
いや、案外「なんやこれ…」って呆れるかもしれん
152:名無しのJ民
宗教家やし、今の世俗的な権力争いには辟易するんちゃうか
156:名無しのJ民
まあフィロフェイは正教会の権威を守るってのが第一やったからな
159:名無しのJ民
当時ってモスクワの人口どんくらいだったんやろ
162:名無しのJ民
16世紀前半で10万人くらいちゃうか?正確な数字は知らんけど
164:名無しのJ民
そんなもんか。それでも当時のヨーロッパでは大都市やな
168:名無しのJ民
フィロフェイが書簡を送ったヴァシリー3世は、イヴァン雷帝の親父やで
170:名無しのJ民
雷帝の親父!なんか歴史がグッと近くなった気がするわ
173:名無しのJ民
雷帝の時代にはもうこの「第三のローマ」思想がロシアの国家イデオロギーとして確立されてたんやろな
174:名無しのJ民
そうやね。雷帝も自身を神の代理人と見なしてたし
175:名無しのJ民
なんかロシアってそういう壮大な物語好きよな
179:名無しのJ民
国土が広大やから、そういう求心力が必要だったんちゃうか
181:名無しのJ民
歴史の勉強になるわ
182:名無しのJ民
フィロフェイ「ローマ滅びた、ビザンツ滅びた、じゃあ次はモスクワや!」
当時の人「せやな!」
ワイ「ファッ!?」
185:名無しのJ民
草
189:名無しのJ民
当時の人たちからしたら、滅んだ帝国と同じ名前を冠することに抵抗なかったんかな
192:名無しのJ民
むしろ継承したって意識やろ。滅んだんじゃなくて、精神が移ったんや
196:名無しのJ民
ええこと言うな
200:名無しのJ民
結局、正当性の問題やからな。誰がキリスト教世界の盟主なのか、という
203:名無しのJ民
東欧史ってあんま馴染みないけど、掘り下げると面白いな
205:名無しのJ民
フィロフェイって名前もかっこいい
208:名無しのJ民
フィロフェイ先生の「第三のローマ」講義
209:名無しのJ民
フィロフェイ、ぐう有能
210:名無しのJ民
後世にここまで影響与える思想を構築できるってすごいわ
213:名無しのJ民
今のロシアの行動は許されないけど、歴史的背景を知ると、少しは理解できる部分もあるな
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