1:名無しのJ民
誰だよそいつ
2:名無しのJ民
ソウギ?ソギ?
5:名無しのJ民
連歌師って何する仕事なん?
9:名無しのJ民
歌詠んで金もらうってこと?
11:名無しのJ民
和歌を複数人でリレー形式で詠み繋いでいくやつ
室町時代とか戦国時代初期に流行った文化
15:名無しのJ民
はぇ〜そんな平和なもんが応仁の乱の真っ只中で成り立ってたんか
16:名無しのJ民
京が焼け野原になってんのに歌詠んでたとか空気読めなさすぎだろw
20:名無しのJ民
でもそういう文化人ってむしろ重宝されてたって聞くけどな
地方大名とかが文化レベルの高さアピールするために呼んでたとか
23:名無しのJ民
せやな
当時のインフルエンサーみたいなもんや
宗祇は特に有名人やったから、幕府も守ってたし地方も呼んでた
24:名無しのJ民
マジ?戦火の中でセレブ生活やんけ
26:名無しのJ民
連歌とかいう地味な文化
今でいう俳句みたいなもんか
27:名無しのJ民
俳句の源流みたいなもんやで
31:名無しのJ民
なんでそんなんで飯食えるんや
絵描きとか茶人ならわかるけど
33:名無しのJ民
いや、歌詠むって当時の教養の最高峰やぞ
字が書けるだけでもエリートなのに、さらに言葉で美を表現するんや
34:名無しのJ民
確かに現代でいうと文学賞総なめにしてる作家みたいなもんか
38:名無しのJ民
応仁の乱っていつ終わったんやっけ?
40:名無しのJ民
1467年から1477年までや
宗祇はバリバリその時代を生きてる
1421年生まれで1502年没
42:名無しのJ民
うわー、人生の半分以上が戦乱の時代じゃん
よく生きてたな
44:名無しのJ民
てか宗祇って名前もなんか渋いな
45:名無しのJ民
宗祇ってあの『新撰菟玖波集』編纂した人か
あれ室町連歌の集大成みたいなやつやろ
48:名無しのJ民
せやで
他にも有名なのは『水無瀬三吟百韻』とかやな
飯尾宗祇、肖柏、宗長っていう三大連歌師での合作
50:名無しのJ民
水無瀬とかいうなんか聞いたことある地名
51:名無しのJ民
なんか宗祇の旅日記みたいなのもあったよな
『白河紀行』とか
54:名無しのJ民
そうそう
東北まで連歌の旅に出てたんだよな
奥の細道の芭蕉の先駆けみたいなもんや
56:名無しのJ民
はぇ〜ガチでインフルエンサーやん
全国行脚とかやばいな
戦乱の世に旅とか命がけやろ
60:名無しのJ民
山賊とかに襲われなかったんかな
「おい、歌詠めや!面白い歌詠まんとぶっ殺すぞ!」みたいな
61:名無しのJ民
ありそうw
「す、すみません…昨晩からずっと旅で…句が…句が浮かびません…」
64:名無しのJ民
実際、旅の途中とかで大名に保護してもらったりしてたらしいな
それがコネクションになって、また別の土地に行ったり
66:名無しのJ民
現代でいうと、Twitterでバズってる詩人が全国のイベントに呼ばれて行くみたいなもんか?
70:名無しのJ民
そうそう、めちゃくちゃ的確な例えやな
71:名無しのJ民
宗祇って確か三条西実隆の師匠筋だったよな?
73:名無しのJ民
その通りや
古典の伝授とかもしてたから、文化継承の面でも超重要人物
76:名無しのJ民
連歌ってなんかルール難しそう
前の句に繋がってないとダメとか
77:名無しのJ民
そうやね
最初の句(発句)と次の句(脇句)が特に重要視される
発句は五七五、脇句は七七、第三の句(平句)は五七五…って繋がっていく
80:名無しのJ民
あー、これ俳句甲子園とかで出てくるやつやん
83:名無しのJ民
今更やけど、飯尾って珍しい名字やな
84:名無しのJ民
飯尾氏自体は結構いたみたいやで
武家にもいたし
87:名無しのJ民
連歌とか正直面白さがわからん
なんかこう、エモさがないというか
88:名無しのJ民
当時の人にとっては最高の娯楽やったんやろ
和歌が貴族の教養だったのに対して、連歌は武士とか庶民層にも広まったし
90:名無しのJ民
庶民にも広がったんか
じゃあラップバトルみたいなもんだったんかな
韻踏んで、相手の句にうまく繋げて
94:名無しのJ民
お、それはあり得るかも
即興性も求められたし、才能と教養の見せ所やったんやろな
96:名無しのJ民
宗祇「この戦乱の世に、歌を詠むことこそが我らの務め!」
とか言ってそう
99:名無しのJ民
実際、文化って戦争の最中でも生き残るもんなんだな
102:名無しのJ民
むしろそういう不安定な時代だからこそ、癒しとか拠り所を求めて文化が発展するのかもな
104:名無しのJ民
宗祇ってどんだけ稼いでたんだろ
米俵何俵分くらい?
108:名無しのJ民
具体的な記録はないけど、かなり羽振りは良かったはず
屋敷とかも持ってたし、弟子もたくさんいたからな
112:名無しのJ民
弟子もたくさんいたってことは、塾の先生みたいな感じ?
115:名無しのJ民
まさにそうやで
古典とか連歌の作法を教える
今の予備校講師みたいなもん
118:名無しのJ民
連歌師って意外とリア充やんけ
戦乱の世でも人生謳歌してたんだな
122:名無しのJ民
なんか宗祇の生涯見てると、文化って強いなって思うわ
刀や槍じゃ守れないものを、言葉で守り繋いだみたいな
123:名無しのJ民
かっこよすぎだろ宗祇
126:名無しのJ民
平和な仕事とか言ったけど、これ現代だったらめっちゃ稼げるクリエイターやんけ
130:名無しのJ民
応仁の乱とかいうクソゲーの最中に、文化人というチート職で無双してた宗祇
133:名無しのJ民
宗祇「連歌詠むわ」→京の有力者「おお、ぜひ」→地方の大名「うちにもお越しください」→爆益
135:名無しのJ民
宗祇「和歌と古典を極めし者なり」→弟子「先生パネェっす!」
137:名無しのJ民
宗祇って晩年は奈良の興福寺で亡くなったんやっけ
139:名無しのJ民
そうやで
諸国を巡って、最後に奈良で亡くなった
141:名無しのJ民
死ぬまで現役バリバリやん
145:名無しのJ民
生涯現役のインフルエンサー宗祇
149:名無しのJ民
連歌の面白さってどこにあるんやろな
パッと見地味やけど
151:名無しのJ民
いや、当時の人にとってはめちゃくちゃ刺激的だったと思うで
言葉遊びのセンス、教養の深さ、機知に富んだ表現力
153:名無しのJ民
現代で例えるなら、即興ラップバトルと謎解きと大喜利を同時にやってる感じ?
156:名無しのJ民
それ聞くとちょっと面白そうに聞こえてきたわ
160:名無しのJ民
宗祇とかいう、戦国時代の陰キャ文化人かと思いきや、実は陽キャインフルエンサーだった男
162:名無しのJ民
陽キャではないやろw
164:名無しのJ民
陰キャが全国行脚とか無理やろ
165:名無しのJ民
まあ、陽キャってよりはカリスマ性のある文化人って感じやな
167:名無しのJ民
応仁の乱の焼け野原を見ながらも、美しい句を詠み続ける宗祇
169:名無しのJ民
「世は乱れても、この歌心だけは守り抜く」みたいな
171:名無しのJ民
なんか感動してきた
175:名無しのJ民
宗祇って歴史の教科書ではそこまで目立たないけど、実はめちゃくちゃ重要な人物だったんやな
179:名無しのJ民
文化の灯を消さずに繋いだ人やからな
182:名無しのJ民
このスレ見て宗祇に興味持ったわ
ちょっと調べてみるか
184:名無しのJ民
連歌って意外と奥深いんやな
187:名無しのJ民
宗祇は日本の文化史の影の立役者みたいな存在やな
188:名無しのJ民
応仁の乱の裏側で、こんなすごい人がいたとはな
191:名無しのJ民
平和な仕事とか馬鹿にしてごめん宗祇
194:名無しのJ民
まさに文化は力なり、やね
198:名無しのJ民
宗祇がもし現代に転生したら、間違いなく人気VTuberか売れっ子詩人になってるわ
202:名無しのJ民
ライバーとして全国ツアーとかしてそう
「みんな、コメントで次の句ちょうだい!」みたいな
204:名無しのJ民
草
207:名無しのJ民
それはそれで見てみたいwww
208:名無しのJ民
いや、歌詠むっていうより、古典解説系youtuberとかやろ
211:名無しのJ民
でも即興連歌ライブとかしてほしいわ
214:名無しのJ民
「今日の配信は『水無瀬三吟百韻』リメイク版!」
215:名無しのJ民
宗祇の人生、波乱万丈だったけど、結局好きなこと極めて大成したってことか
216:名無しのJ民
うらやましいな、宗祇
217:名無しのJ民
結局、平和な仕事じゃなくて、平和を創り出す仕事だったのかもな
220:名無しのJ民
うん、いいこと言うね
224:名無しのJ民
文化的サバイバー、宗祇
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