1:名無しのJ民
ぐうの音も出ない正論
2:名無しのJ民
いきなり核心突いてて草
4:名無しのJ民
漢化政策やりすぎたせいやろなあ
7:名無しのJ民
いや、あれ自体は良い政策だったんだよ
11:名無しのJ民
ワイは後の君主が引き継げなかったのが悪いと思うわ
14:名無しのJ民
結果論で言えばそうなるけど、当時の状況考えたら仕方なかった部分もあるやろ
16:名無しのJ民
辺境の鮮卑を冷遇しまくったのが最大の原因やろ。六鎮の乱とかまさにそれ
17:名無しのJ民
あれで鮮卑族としてのアイデンティティぶっ壊れたよな
20:名無しのJ民
でも北方民族が中原支配したら漢化するのは自然な流れじゃね?
22:名無しのJ民
孝文帝がいなかったら北魏なんてとっくに終わってた可能性もある
25:名無しのJ民
むしろ孝文帝のおかげで文化的に発展したんやろ
27:名無しのJ民
結局、統治の根幹を揺るがすような急進的な改革はアカンってことや
29:名無しのJ民
六鎮の乱とかいう北魏版「もう終わりだよこの国」
33:名無しのJ民
結局、あれが爾朱栄とか高歓とか宇文泰とかいう連中を生み出したわけで
37:名無しのJ民
六鎮の兵士からしたら「なんやねん急に都に移住しろとか、辺境守ってたワイらはなんやねん」ってなるわな
41:名無しのJ民
しかも都に移住した鮮卑貴族は漢人化して優雅な生活、辺境は粗末な扱い
43:名無しのJ民
身分制度がガバガバになったんやろ?
47:名無しのJ民
漢化政策で鮮卑語禁止とか、もうこれ差別だろ
50:名無しのJ民
孝文帝はマジで優秀な皇帝だったとは思うけど、やり方が急進的すぎたのがね
53:名無しのJ民
急進的すぎて反動がデカかったんやろ
56:名無しのJ民
結局、民族融和は失敗したんやね
59:名無しのJ民
隋とか唐はなんでうまくいったんや?
61:名無しのJ民
隋唐はもう完全に民族融和が進んでたからな。李淵とか鮮卑系だぞ
64:名無しのJ民
北魏がその礎を築いたとも言える
67:名無しのJ民
つまり孝文帝は功罪両方あるってことやな
71:名無しのJ民
功績はデカいけど、その負の側面もデカかったと
74:名無しのJ民
でもさ、北魏って元々鮮卑族が漢族を支配する歪な構造だったわけやん
78:名無しのJ民
それをどうにかしようとした結果があれだったんやろ?
81:名無しのJ民
爾朱栄とかいう畜生が全部ぶっ壊しただけやろ
82:名無しのJ民
爾朱栄はマジでヤバい
86:名無しのJ民
河陰の変とかいうリアルタイムグロ
88:名無しのJ民
あれで北魏の貴族層が壊滅したからな。残ったのが高歓と宇文泰
89:名無しのJ民
爾朱栄こそ真の戦犯
90:名無しのJ民
孝文帝「ワイが作った礎が…」
91:名無しのJ民
孝文帝が長生きしてればなあ
94:名無しのJ民
歴史にIFはない
95:名無しのJ民
でも孝文帝ってめっちゃ賢帝って評価じゃなかったっけ
99:名無しのJ民
賢かったからこそ、先を見据えすぎたのかもしれない
101:名無しのJ民
先見の明がありすぎた結果、周りがついていけなかったパターンやな
105:名無しのJ民
魏晋南北朝時代ってマジでカオスだよな
106:名無しのJ民
三国志も好きだけど南北朝も面白いよな
107:名無しのJ民
五胡十六国もな
108:名無しのJ民
春秋戦国時代もな
110:名無しのJ民
日本史もカオスだぞ
112:名無しのJ民
結局、トップのカリスマがいないと崩壊するってことや
115:名無しのJ民
孝文帝の息子がアレやったからな
119:名無しのJ民
息子が無能だったのも大きい
121:名無しのJ民
後継者問題も絡んでくるのか
122:名無しのJ民
鮮卑族が漢族化して、漢族が胡族化するって面白い現象だよな
123:名無しのJ民
文化って交ざり合うもんやしな
126:名無しのJ民
今の日本もそうやろ。アメリカ文化に染まって、それが日本文化になる
129:名無しのJ民
例えが壮大すぎるだろ
130:名無しのJ民
つまり孝文帝はグローバリズムの先駆者だった…?
132:名無しのJ民
草
135:名無しのJ民
歴史って繰り返されるんやな
137:名無しのJ民
北魏の分裂は必然だったんやろな
139:名無しのJ民
孝文帝が急進的な政策じゃなくて、もっと段階的にやってればどうだったやろ
141:名無しのJ民
それでも不満は溜まったと思うけどな
142:名無しのJ民
結局は権力闘争やろ
143:名無しのJ民
高歓とか宇文泰とかいうクソ有能なのにクソ野心家な連中
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