1:名無しのJ民
暇どころか、隠岐番鍛冶とかいう最高級ブランド刀生み出してたんだよなぁ…
2:名無しのJ民
ヒマだったからこそやで
創作活動に没頭できたんやろ
4:名無しのJ民
結局京都から流されるってどういう気分だったんやろな
8:名無しのJ民
当時の隠岐ってまじで何もないド田舎やろ?
今でもそこそこ秘境感あるのに
11:名無しのJ民
承久の乱で負けたからな
武士に逆らった天罰みたいなもんやろ
15:名無しのJ民
なお、隠岐に流されても院政の真似事をしてた模様
17:名無しのJ民
まじかよストイックすぎやろ
19:名無しのJ民
流されても貴族的な生活は一定維持されてたみたいやで
ただ都から送られてくるものがしょぼいとかで不平は言ってたらしいが
23:名無しのJ民
上皇様やぞ
ワイらと感覚がちゃうやろ
26:名無しのJ民
現代でいうと、東京から離島に飛ばされた高級官僚みたいなもんか
でも離島でも仕事してるんだよな
29:名無しのJ民
スマホもないしネットもないしテレビもない
娯楽は読書と詩と刀いじりくらいか?
32:名無しのJ民
当時はそういうのが最高の娯楽やぞ
34:名無しのJ民
後鳥羽院って和歌も刀も一流やからな
多才すぎやろ
36:名無しのJ民
しかも自らも刀研いだり打ったりしてたらしいし
ガチの職人やん
38:名無しのJ民
職人天皇とかかっこええやん
42:名無しのJ民
むしろ島流しは彼にとって才能開花のきっかけになったんやないか?
都にいたら政治に忙殺されてたかも知れんし
46:名無しのJ民
ポジティブすぎやろ草
承久の乱の敗北は後鳥羽院にとって精神的にデカかったやろ
50:名無しのJ民
あんなに武士討つ気満々だったのに
53:名無しのJ民
鎌倉武士舐めすぎたな
56:名無しのJ民
後鳥羽上皇の政治手腕自体は有能だったと言われてるが、御所の警護とか軍事面の詰めが甘かった
60:名無しのJ民
いや政治もワンマンすぎたやろ
公家も武士もついてこれんかった
63:名無しのJ民
承久の乱ってなんで起きたんだっけ?
64:名無しのJ民
後鳥羽上皇が鎌倉幕府倒そうとしたんやで
北条義時追討の院宣出して
66:名無しのJ民
京都と鎌倉の全面戦争やな
結果、ボロ負けして後鳥羽院は隠岐、土御門院と順徳院も佐渡や土佐に流された
69:名無しのJ民
後鳥羽上皇、北条義時を名指しで「俺はあいつが気に入らねえ」って言っちゃったからな
そら幕府もガチになるわ
70:名無しのJ民
あの時源頼朝が生きてたらどうなってたんだろ
71:名無しのJ民
頼朝も承久の乱の時には死んでるやろ
北条政子が「頼朝の恩に報いるべし!」って演説したの有名やん
72:名無しのJ民
政子の演説は当時マジで感動したって言われてるからな
あれで士気上がった武士は多いやろ
75:名無しのJ民
尼将軍かっけー
77:名無しのJ民
あれで鎌倉武士は完全に朝廷から独立した権力になったんだよな
80:名無しのJ民
隠岐の話に戻るけど、上皇として流人なのにめっちゃ和歌詠んでたり、刀作ったりしてたってのがすごいよな
普通の人間なら絶望して病んで終わりやろ
82:名無しのJ民
趣味に没頭するほどストレス発散になるんやろ
わからんでもない
83:名無しのJ民
でも島流しって当時の貴族にとっては死刑宣告に等しいと思うんだが
87:名無しのJ民
まぁ事実上その通りやな
都に戻ることは二度と許されなかったし
88:名無しのJ民
それでも隠岐で20年近く生きたってのがね
91:名無しのJ民
隠岐には行幸とか言って観光気分で行ったわけじゃないしな
95:名無しのJ民
そりゃそうや
当時は流されるってだけでも相当な屈辱やし
97:名無しのJ民
でも、その屈辱をバネに和歌や刀剣制作に打ち込むってのは見習うべきやろ
ワイなんてちょっと仕事で嫌なことあったらすぐ酒飲んで寝るだけやのに
100:名無しのJ民
お前と上皇様を一緒にするなw
104:名無しのJ民
後鳥羽院が作った刀って現存してるんか?
106:名無しのJ民
本人が直接作ったわけじゃなくて、彼の命令で番鍛冶って呼ばれる刀工たちが作ったやつね
国宝とか重要文化財になってるの結構あるで
109:名無しのJ民
すげえ
じゃあ隠岐でそんな刀作ってたんか
113:名無しのJ民
いや、番鍛冶は全国から招かれて京で作ってた奴らやな
後鳥羽院は隠岐に流された後も、都の刀工たちに影響力を持っていた、ってことや
直接指導したりとかはしてたと思うで
115:名無しのJ民
なるほど、じゃあ「隠岐番鍛冶」ってのは「隠岐の島で」じゃなくて「隠岐にいる後鳥羽院に気に入られた」刀工のことか
117:名無しのJ民
いや、そこはちょっと誤解があるかも。
番鍛冶は後鳥羽院が全国から選りすぐって宮中に集めた刀工たちのこと。彼らが活躍したのは院政期、つまり隠岐に流される前。
隠岐に流されてからは、自身の元に刀工を招いたりして、作刀を奨励したんやで。だから「隠岐に流されても刀に熱中していた」は正しい。
119:名無しのJ民
ほー勉強になるわ
122:名無しのJ民
要するに後鳥羽上皇は刀オタクだったってことやな
124:名無しのJ民
当時のトップオタやろ
127:名無しのJ民
しかもその道で頂点極める才能まであるとかなんなんだよ
130:名無しのJ民
ワイが流されたらソシャゲの周回すらやる気無くしそう
133:名無しのJ民
お前はスマホ持ってるからな
134:名無しのJ民
上皇様が作った刀で幕府に殴り込みとか考えてたんちゃうか?
138:名無しのJ民
さすがに草
140:名無しのJ民
隠岐の島って確か黒曜石が採れるんだよな
石器時代から刃物作りには適した場所だったのかも
141:名無しのJ民
へえー、なんかロマンあるな
142:名無しのJ民
結局、後鳥羽上皇って最期どうなったんや?
143:名無しのJ民
隠岐で病死したんやで
都に戻ることは叶わなかった
144:名無しのJ民
悲しいなあ
145:名無しのJ民
でも彼の遺志は、鎌倉幕府が滅んだ後に形になったと考えることもできる
建武の新政とか
147:名無しのJ民
後醍醐天皇も後鳥羽院の院政復興を目指してた節はあるな
148:名無しのJ民
やっぱ皇族ってすげーわ
簡単に諦めない
151:名無しのJ民
天皇・上皇の権威が地に落ちた事件だったけど、その後の武家政治の形にも影響を与えたしね
154:名無しのJ民
後鳥羽院って諡号もカッコいいよな
鳥羽院ってのもいるから紛らわしいけど
158:名無しのJ民
平安末期の鳥羽院と室町前の後鳥羽院か
紛らわしいのは同意
162:名無しのJ民
後鳥羽院は、現代で言えばノーベル賞受賞レベルの芸術家であり、同時に政治家でもあったって感じか
164:名無しのJ民
なんか凄いな
島流しで花開く才能とか、ドラマチックやん
165:名無しのJ民
NHK大河ドラマでやってほしい
主人公 後鳥羽上皇
169:名無しのJ民
地味すぎィ!
173:名無しのJ民
いやいや、承久の乱とかドラマチックやろ
朝廷vs武士のガチバトルやぞ
174:名無しのJ民
でも主演が刀に夢中のオジサンって視聴率取れなさそう
176:名無しのJ民
隠岐の自然をバックに刀を研ぐ上皇とか渋すぎるだろ
178:名無しのJ民
なんか、当時の天皇が趣味に没頭してるってのが親近感湧くわ
ワイらと変わらんのやな
179:名無しのJ民
いや、全然変わらんわけではないやろw
最高権力者やぞ
183:名無しのJ民
でも隠岐での生活は質素だったって聞くからな
贅沢はできなかったんやろ
184:名無しのJ民
そりゃ流刑地やからな
ただ貴族としての最低限の衣食住は保証されてたやろ
186:名無しのJ民
隠岐の島民からしたら、突然上皇様がやってきてビビったやろな
189:名無しのJ民
当時の島民からしたら神様みたいなもんやろ
193:名無しのJ民
そりゃあんな偉い人がいきなり来たらびびるわな
195:名無しのJ民
後鳥羽上皇って死ぬまで都に戻れること諦めなかったんかな
197:名無しのJ民
どうだろうな、希望は持ち続けてたんじゃないか
それが創作活動の原動力にもなったかも
199:名無しのJ民
なんか切ないな
202:名無しのJ民
でも歴史に名を残したわけだから、ある意味で勝利と言えなくもない
204:名無しのJ民
歴史に残る刀匠兼歌人とかいうチートスペック
206:名無しのJ民
承久の乱さえ起こさなければ、もっと違う人生だっただろうな
208:名無しのJ民
武士に権力を奪われたことを許せなかったんやろな
212:名無しのJ民
当時の天皇や公家からしたら、武士は野蛮な奴らって認識やったやろうし
214:名無しのJ民
そら源氏が天下取って、公家が政治の蚊帳の外に追いやられたら悔しいわな
217:名無しのJ民
しかし負けて島流しされてもなお、その才能を極めようとする姿勢は見事やわ
220:名無しのJ民
今のワイも後鳥羽上皇見習ってなんか始めようかな
224:名無しのJ民
ええやん!なんJ卒業してなにか始めろ!
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