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大友宗麟の晩年って結構悲惨だよな

1:名無しのJ民

だよな
キリシタン大名として派手なイメージあるけど、最後は…

4:名無しのJ民

なんでや?
詳しいこと知らんねんけど

8:名無しのJ民

耳川でやられたのがでかい
あれで一気に転落した

11:名無しのJ民

高野山に遺灰送ったのがもうね…

13:名無しのJ民

キリシタンなのに仏教の聖地へ送ったんか?
そこからもう悲惨さが滲み出とる

16:名無しのJ民

そうだよ
死ぬ間際キリスト教の洗礼受け直したのに、遺言は高野山
信仰心が揺らいでたのか、息子への配慮か…

18:名無しのJ民

耳川の戦いってそんなヤバかったん?

21:名無しのJ民

島津との戦いや
あれで大友家の精鋭や有力な家臣が大量に死んだ
まさに壊滅的ダメージ

22:名無しのJ民

九州の強豪だった大友が、あれで一気に弱体化したんやな

26:名無しのJ民

それまでは九州三国志みたいな感じで、大友、龍造寺、島津で渡り合ってたのに

29:名無しのJ民

宗麟ってザビエルとかと会ったんだろ?
最初からキリシタンだったんか?

31:名無しのJ民

ザビエルに会ったのは若い頃やけど、ガチで洗礼受けたのはもっと後やで
晩年に近い時期だったはず

35:名無しのJ民

貿易で儲けるためにキリスト教利用してた面もあるって聞く

39:名無しのJ民

南蛮貿易で鉄砲とかGETして、軍事力強化してたからな
一時期はそれで九州北部を席巻した

43:名無しのJ民

でもそれが仇になったんちゃう?
キリスト教の布教を強引に進めすぎたから反発も多かったろ

46:名無しのJ民

神社仏閣ぶっ壊したり、仏像焼いたりしたんやろ?
そりゃ家臣も離反するわ

47:名無しのJ民

実際、家臣の反乱とか多発したし、龍造寺や島津に攻め込まれても防ぎきれなくなった

49:名無しのJ民

耳川の戦いでの敗北が致命的やったな
あれで一気に凋落

51:名無しのJ民

当時の島津って化け物やろ?
宗麟も運が悪かったんや

52:名無しのJ民

島津も龍造寺も強かったけど、大友も全盛期はすごかったんやで
あの織田信長からも一目置かれてたレベル

53:名無しのJ民

耳川の戦いってどんな感じやったん?
具体的にやばいエピソードある?

57:名無しのJ民

宗麟が完全に判断ミスったんだよ
「耳川の戦い」は正しくは「高城川の戦い」やな
大友側が攻め込んだのに、島津の誘い出し作戦に乗って深追いして返り討ちにあった

59:名無しのJ民

大友軍の総大将が若造だった上に、宗麟自身も前線で指揮せず後方にいたのも良くなかったとか

61:名無しのJ民

若手の武将が調子乗って突っ込みすぎたんだよな
島津の釣り野伏せにかかったとか言われてる

64:名無しのJ民

それで嫡男の義統の弟とか、宗麟の信頼厚い家臣たちが大量死
家の中枢がごっそりいなくなった感じや

65:名無しのJ民

宗麟、耳川の敗戦でマジで精神的にやられたらしいな
そこから隠居してキリスト教に傾倒するんや

69:名無しのJ民

隠居しても口は出してたから、息子義統も困っただろうな
内政はガバガバになるし

70:名無しのJ民

なんかもう完全に暴走老人やん

72:名無しのJ民

キリシタンの洗礼名がフランシスコってかっこいいな

73:名無しのJ民

で、最終的に島津にボコボコにされて九州ほとんど取られそうになったんだっけ?

77:名無しのJ民

そう
そこで豊臣秀吉に泣きついて、九州征伐のきっかけを作った

81:名無しのJ民

秀吉にしたら都合のいい大義名分やな

82:名無しのJ民

宗麟、九州征伐の時は秀吉軍の先導役やったらしいな
病で担架に乗せられて指揮してたとか

86:名無しのJ民

病気の老人が担架で…悲壮感えぐいな

89:名無しのJ民

元九州の覇者やろ?プライドとかないんか?

91:名無しのJ民

プライドも何も、家存続の瀬戸際やからな
土下座してでも助けを求めるしかなかった

94:名無しのJ民

秀吉に助けてもらったけど、宗麟は恩賞とかもらえたんか?

97:名無しのJ民

大友家自体は存続したけど、領土はかなり減らされた
本拠地の豊後も全部は返してもらえなかったはず

100:名無しのJ民

そりゃ秀吉からしたら、弱体化した大名に昔の勢力与えるわけないわな
九州統治の邪魔になるだけ

103:名無しのJ民

なんとか家は残ったけど、宗麟はその九州征伐の後に亡くなったんやろ?

107:名無しのJ民

そう。病死やね
死の間際、再度洗礼を受けて「ドン・フランシスコ」を名乗ったとか

111:名無しのJ民

なのに遺灰は高野山ってのがね…
真面目レス:高野山への遺灰送付は、息子義統への配慮(キリシタンから離反する形を見せることで領内融和を図る)や、仏教徒の家臣への気遣い、あるいは晩年の信仰の揺らぎなど、諸説ある。

115:名無しのJ民

なるほどねー
単に「俺、やっぱ仏教も捨てがたいわ」ってチャラかったわけじゃないんやな

119:名無しのJ民

まあチャラいというよりは、混乱期のトップとして色々考えてたんだろうな
晩年はその辺のバランス感覚が麻痺してた感もあるけど

121:名無しのJ民

キリシタンという新しい文化を取り入れた先進的な大名
でもそれが最後の最後で自分の首を絞めることになった感じか

122:名無しのJ民

時代の寵児だったのに、時代の変化に対応しきれなかった典型例かもしれんな

123:名無しのJ民

耳川の戦いさえなければ、九州の信長になれた可能性もあったのに

125:名無しのJ民

たらればは禁物やけどな
でもそこまでは順調やったのにね

128:名無しのJ民

なんかもう最後の方は色々なものに振り回されてた感があるな

131:名無しのJ民

結局、大友家ってどうなったん?

133:名無しのJ民

息子の義統が関ヶ原で西軍についたから改易された
豊臣政権下ではなんとか存続したけど、江戸時代には残れなかった

136:名無しのJ民

あーあ、そこまでか
宗麟が築き上げたものも結局全部なくなっちゃったんやな

140:名無しのJ民

でも家系自体は細々と続いたらしいで
江戸時代には旗本になったとか聞く

143:名無しのJ民

なんだかんだすごい人生だよな
ザビエルと会って、南蛮貿易で儲けて、九州の覇者になって
でも最後はボロボロになって秀吉に泣きつく

146:名無しのJ民

漫画とかドラマの題材になりそうやな
波乱万丈すぎやろ

150:名無しのJ民

キリシタン大名で華やかなイメージあるけど、蓋を開ければ悲壮感漂う人生やんけ

153:名無しのJ民

歴史上の人物って、最後はみんな孤独なんかなって思ってしまうわ

157:名無しのJ民

耳川の敗戦とキリスト教への傾倒のバランス崩壊が全てやな

159:名無しのJ民

もう少し冷静に状況判断できてたら、違う結末だったんやろか

162:名無しのJ民

でもそれがあったからこそ、大友宗麟って人物が魅力的なんちゃう?
完璧な英雄より、人間臭い方がええやん

164:名無しのJ民

それはわかる
失敗も含めて歴史やな

165:名無しのJ民

てか宗麟の娘が立花宗茂の奥さんだったんだっけ?
あっちも波乱の人生送っとるし、遺伝かな

166:名無しのJ民

そうそう、誾千代な。雷神の娘やぞ

167:名無しのJ民

大友家、キリシタンになったことで、かえって家臣の不満を増大させたって評価もあるよな

169:名無しのJ民

確かに
一揆とか結構頻発してたはず

170:名無しのJ民

なんだかんだ大友宗麟って、日本史の中でも興味深い人物の一人やな

172:名無しのJ民

晩年が悲惨だったからこそ、前半の栄光がより際立つんやろな

173:名無しのJ民

今の政治家とかも、周りの意見聞かんと暴走したらこうなるんやろな

176:名無しのJ民

歴史は繰り返すってことやな

180:名無しのJ民

なんJで宗麟のスレが立つくらいだから、それだけ魅力的な人物ってことか

183:名無しのJ民

改めて九州の戦国時代って面白いな
島津、龍造寺、大友、三つ巴の覇権争い

185:名無しのJ民

宗麟がもう少し長生きして、秀吉政権下で影響力を持ててたらまた違ったんかな

186:名無しのJ民

いや、無理やろ
秀吉は全国統一の邪魔になるやつは容赦なかったから

188:名無しのJ民

キリシタン大名としては高山右近とか細川ガラシャとか有名だけど、宗麟も負けてないな

191:名無しのJ民

まあ高山右近は信仰貫いて国外追放やから、宗麟とはまた違う悲惨さがあるな

193:名無しのJ民

それぞれの人生にそれぞれのドラマがあるってことか

194:名無しのJ民

歴史って奥深いな、やっぱ

198:名無しのJ民

結論:大友宗麟の晩年は悲惨。ただしそれが彼の魅力の一部。

201:名無しのJ民

異論なし
おつかれ

202:名無しのJ民

おつおつ

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