1:名無しのJ民
え、普通に漁とかしてたの?
2:名無しのJ民
隠岐ってどこだよレベル
5:名無しのJ民
承久の乱で負けて隠岐島流しやろ?
暇すぎて死にそう
9:名無しのJ民
ワイなら発狂するわ
あの帝がまさか隠岐でカニ漁してるなんて
11:名無しのJ民
絶対和歌しかやってないやろ
他になんもねえもんあそこ
15:名無しのJ民
和歌詠んでたのはガチ
歌人としては一流やからな
16:名無しのJ民
当時の隠岐ってまじで何もないやろ
本土との交流もほとんどなさそう
20:名無しのJ民
帝「今日の夕飯はアワビか…またアワビか…」
23:名無しのJ民
贅沢言うなや
26:名無しのJ民
流刑地暮らしも極めれば仙人みたいになれるんやろか
29:名無しのJ民
隠岐に飛ばされたのって何歳くらいやったっけ?
結構若かったイメージ
30:名無しのJ民
確か40前後ちゃうかったっけ?
院政バリバリやってた頃からの落差エグいやろな
33:名無しのJ民
そらもう毎日海見て和歌詠むしかないわな
あと地元の女に手出したり
35:名無しのJ民
それはないやろ
監視も厳しいやろし
38:名無しのJ民
いや実際どうなんやろ
天皇やぞ
地元民からしたら神様みたいなもんやん
41:名無しのJ民
史料によると、隠岐では和歌や連歌の他、書道や作庭にも勤しんだとされてるで。特に庭園造りに関しては、現地にその遺構と伝えられるものもある。
45:名無しのJ民
ほーん、文化活動は続けとったんか
流石は帝やな
47:名無しのJ民
でもやっぱり都が恋しいって毎日思ってたんやろな
ワイでも地元離れたら寂しいのに
51:名無しのJ民
隠岐で院政ごっこしてそう
「今日の庭園の進捗は?」とか
55:名無しのJ民
草
それ絶対やってるわ
59:名無しのJ民
監視役の幕府の役人も大変やったやろな
「帝…今日もお歌ですか…」
61:名無しのJ民
帝「ワシはまだやれる…!もう一度都に…!」
↓
帝「……今日もいい波が来ておるな」
63:名無しのJ民
承久の乱とかいうドタバタ劇
結局、後鳥羽上皇が若すぎて周りにイキって失敗したみたいな感じやろ?
66:名無しのJ民
イキったというか、武士舐めてたって感じやな
結果的に幕府の権威を強固にしただけやった
69:名無しのJ民
隠岐って今でも交通の便悪いのに当時どんだけ大変やったんやろ
72:名無しのJ民
島民からしたら迷惑だったんかな
天皇が来るとかいうよくわからん事態
75:名無しのJ民
多分、最初はビビりまくりやろ
そのうち慣れて世話焼くようになってそう
76:名無しのJ民
漁師「上皇様、今日の魚は鯛でございます!」
帝「うむ、大儀であった。今宵はこれで酒を嗜もう」
みたいな会話してそう
77:名無しのJ民
上皇が直々に釣りしてたとかないんか?
79:名無しのJ民
ありそうやな
最初は下手くそで、島民にコツを教わってそう
80:名無しのJ民
「お、上皇様、竿の振り方がさまになってきましたな!」
帝「ふふ、これも日々の鍛錬の賜物よ」
82:名無しのJ民
そんなわけねーだろ
帝やぞ
86:名無しのJ民
いやでも他にすることないやろ
マジで暇やぞあそこ
90:名無しのJ民
娯楽の少ない時代やしな
自然と触れ合うのが一番の楽しみやったかもしれん
91:名無しのJ民
島民の子供とかに和歌教えたりしてたんかな
94:名無しのJ民
そういう話、実際に伝わってるで。後鳥羽上皇が隠岐で文化活動を続けたことで、隠岐の文化水準が向上したという見方もある。
95:名無しのJ民
へー、なるほどね
単なる流刑じゃなくて、文化伝播の役割も果たしてたのか
96:名無しのJ民
なんだかんだで帝は帝なんやな
負けても格が違う
100:名無しのJ民
でも、晩年は故郷の都を偲んでばかりだったらしいで。
103:名無しのJ民
そらそうよ
隠岐の島民には悪いけど、比べ物にならんやろ
105:名無しのJ民
京都が恋しくて、毎日のように方角を見てたって聞くわ
107:名無しのJ民
ワイが隠岐に流されたらスマホどころか電気もない生活で一週間で死ぬわ
110:名無しのJ民
スマホはなくても和歌があるやろ
114:名無しのJ民
平安時代の貴族って基本的にインドア派やろ
そんな人が島暮らしとか拷問やん
118:名無しのJ民
でも後鳥羽って結構アクティブなタイプやなかったっけ?
鷹狩り好きとか聞いたような
120:名無しのJ民
流刑中に健康を害して亡くなったんやっけ?
124:名無しのJ民
そうそう、隠岐で崩御されてる
享年60歳くらいやったはず
127:名無しのJ民
幕府からしたら、隠岐で大人しくしてくれてるのが一番だったんやろな
都に戻られても困るし
130:名無しのJ民
帝「もう一度だけ、雅な都の生活を…」
幕府「ダメです」
134:名無しのJ民
このやり取りが何回あったんやろな
135:名無しのJ民
隠岐の島民からしたら、後鳥羽上皇は英雄みたいな存在になってるんかな
136:名無しのJ民
「わしらの島には天皇がおったんじゃぞ!」って自慢してそう
138:名無しのJ民
世界史だったらナポレオンのセントヘレナ島流しみたいなもんか
140:名無しのJ民
規模は全然違うけど、流刑地での孤独感は似てそうやな
143:名無しのJ民
ナポレオンはもっと騒がしかったイメージ
手記書きまくってそう
147:名無しのJ民
後鳥羽は和歌と庭園、ナポレオンは手記と戦略論か
149:名無しのJ民
なんかちょっとロマンを感じるな
流刑地での帝の暮らし
153:名無しのJ民
当時は流刑って死刑の次くらいに重い罰やったんやろ?
156:名無しのJ民
身体を損なうことないから、名誉と自由を奪う最上級の罰やったな
160:名無しのJ民
それでも最後まで帝としての矜持は失わなかったってのがすごいわ
161:名無しのJ民
隠岐って今もなんか観光スポットあるんかな?
後鳥羽上皇ゆかりの地とか
162:名無しのJ民
もちろんあるで。隠岐神社の祭神は後鳥羽上皇だし、行在所跡や御火葬塚もある。史跡巡りもできるよ。
163:名無しのJ民
へー、行ってみたいわ
歴史を感じられそう
166:名無しのJ民
でも交通費高そう
170:名無しのJ民
フェリーや飛行機があるけど、まあそれなりにかかるね。
171:名無しのJ民
ワイ将、隠岐で後鳥羽上皇ごっこを計画
173:名無しのJ民
まずは承久の乱で負けてこい
175:名無しのJ民
草
それ前提なんか
179:名無しのJ民
源頼朝とか藤原道長とか、勝者の歴史は語られるけど、負けた側の歴史も面白いよな
181:名無しのJ民
平家物語とかもそうやしな
勝者の陰に敗者のドラマがある
182:名無しのJ民
後鳥羽上皇も敗者ではあったけど、文化的には偉大な人やったんやな
185:名無しのJ民
鎌倉幕府も流石に天皇を殺すのは憚られたんやろな
祟られるとか考えて
187:名無しのJ民
そうやね、朝廷の権威はまだ完全に失われてなかったから、表立って殺すのはさすがに無理があった
189:名無しのJ民
生かして都から遠ざけるのが一番って判断やったんやろな
193:名無しのJ民
結果的に隠岐に文化が伝わったと考えると、ええことあったんちゃう?
197:名無しのJ民
隠岐の民「うちらの島に天皇が来たったぞ!歌詠むのが上手いんじゃ!」
198:名無しのJ民
鎌倉幕府もまさか隠岐で文化人として生きてるとは思わなかったやろな
201:名無しのJ民
流刑地でも楽しんでた説
203:名無しのJ民
帝「隠岐はええぞ…都の喧騒がない。静かに和歌が詠める」
監視役「(本当は都に帰りたがってるくせに…)」
205:名無しのJ民
ワイは隠岐の海で泳ぎたい
帝も泳いどったんかな
207:名無しのJ民
さすがに帝が庶民みたいに泳ぐことはないやろ
足湯くらいはしてそう
210:名無しのJ民
隠岐の海は綺麗そうやな
透明度とか半端ないやろ
211:名無しのJ民
あの時代に隠岐まで行ってた人ってどのくらいおるんやろ
214:名無しのJ民
基本、流人とか役人とか、あとは一部の商船くらいちゃう?
217:名無しのJ民
でも、当時の日本人にとっては、果てしない海の向こうってイメージやったやろな
219:名無しのJ民
隠岐は西の果てみたいなもんやしな
222:名無しのJ民
帝の流刑地にしては、ちょっと豪華すぎた説
224:名無しのJ民
場所は豪華かもしれんが、環境は質素やろ
227:名無しのJ民
鎌倉幕府が隠岐を選んだ理由ってなんかあるんかな?
228:名無しのJ民
地理的に本土から離れてて逃げ出しにくい、だけどそこまで生活環境が過酷すぎない場所ってことで選ばれたらしいで。
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