1:名無しのJ民
マジでさ、東大寺の大仏とか奈良の巨大な仏像群とか、当時の技術と財力でどうやって作ったんやあれ?
3:名無しのJ民
当時の人口とか技術レベル考えたら頭おかしいレベルの国家プロジェクトだよな
5:名無しのJ民
聖武天皇ってガチでメンタルやられてたからああいうことになったんやろ?
8:名無しのJ民
疫病とか飢饉がやばすぎて、仏の力にすがるしかなかったんやぞ
9:名無しのJ民
でもさ、その仏像作るためにどんだけ国民が酷使されたかって話よ
12:名無しのJ民
銅とかどこから調達したん?山から掘り出すだけでも大変やろ
15:名無しのJ民
しかも金とかも使っとるやん。黄金って当時どんだけ貴重やったんや
19:名無しのJ民
当時の国のGDPの半分くらい使ったって聞いたことあるけどマジ?
20:名無しのJ民
半分は盛りすぎちゃうか?でもかなりの額なのは間違いないやろ
23:名無しのJ民
資材調達もそうだけど、運搬がエグいよな。重機もない時代にどうやってあんなデカいもん運んだんや
24:名無しのJ民
当時の土木技術って実はかなり高かったらしいで。人力と滑車とテコの原理や
25:名無しのJ民
つーかよく溶かした銅をあそこまで均一に流し込めたよな。今の技術でも難しいらしいやん
27:名無しのJ民
複数回に分けて鋳造する技術があったらしい。層を重ねていく感じで
30:名無しのJ民
奈良時代って今から考えたらめっちゃワイルドな時代だよな
32:名無しのJ民
聖武天皇「せや!デカい仏像建てたろ!」
国民「は?正気ですか?」
36:名無しのJ民
国民「田畑耕すので精一杯ですわ…」
37:名無しのJ民
聖武天皇「ええからやれ」
39:名無しのJ民
これ完全に宗教に狂った指導者やろ
41:名無しのJ民
でもそれが当時の民衆の心の拠り所になった側面もあるんやろ?
43:名無しのJ民
そらデカい仏像見たらビビるし、なんかご利益ありそうって思うわな
47:名無しのJ民
鎮護国家とか言うけど、実際にそれで国が良くなったかは謎だよな
51:名無しのJ民
むしろ財政破綻しかけて、その後しばらく混乱したんちゃうかったっけ
53:名無しのJ民
東大寺大仏殿って何回も焼けてんのよね。そのたびに再建する根性もヤバい
57:名無しのJ民
再建するたびに規模が縮小されたりしたらしいけど、それでもすごいわ
58:名無しのJ民
最初の大仏はもっとデカかった説とかあるん?
61:名無しのJ民
初代のサイズが一番デカい。平安末期と戦国時代に焼失して、その都度再建されたけど、特に戦国時代の再建は織田信長とか絡んでくるから歴史の皮肉
62:名無しのJ民
戦国時代に再建する金なんてあったんか?
66:名無しのJ民
織田信長が焼いたんちゃうの?
69:名無しのJ民
違うわ。信長はむしろ大仏再建を支援した側。敵対勢力の松永久秀が焼き討ちしたときに燃えたんや
72:名無しのJ民
へえーそうなんや。なんかイメージと違う
76:名無しのJ民
信長って仏敵みたいなイメージあるけど、東大寺はむしろ保護してたんだよな
77:名無しのJ民
まあ、延暦寺とかは焼き討ちしたけど、それは政治的・軍事的な理由があったからね
81:名無しのJ民
大仏鋳造に携わった行基菩薩とかいうレジェンド
83:名無しのJ民
行基は民衆を動員するリーダーとして優秀だったらしいな。カリスマや
87:名無しのJ民
今の感覚だと、国家予算つぎ込んでピラミッド作るようなもんやろ
91:名無しのJ民
いやピラミッドはもっとヤバいぞ。大仏はまだ技術的な合理性がある。
92:名無しのJ民
ピラミッドは死体入れやしな
95:名無しのJ民
大仏もそうだけど、巨大古墳も正気の沙汰じゃないよな。仁徳天皇陵とかあれどうなってんの?
98:名無しのJ民
古代の人ってなんであんな巨大なもん作りたがるんやろな。権力の象徴なんか?
101:名無しのJ民
あとはあの世への信仰とか、神への畏敬の念とか。現代にはない感覚やろね
102:名無しのJ民
現代なら東京スカイツリーとか大阪城とかか?規模は違うが
105:名無しのJ民
スカイツリーは完全に商業目的やからな。大仏は宗教と国家安寧が目的
107:名無しのJ民
東大寺の大仏建立は、当時の仏教がもたらす国家鎮護の思想と、度重なる疫病や飢饉に対する聖武天皇の焦りが合わさった結果なんやで
109:名無しのJ民
ガチ勢きた
113:名無しのJ民
当時、天然痘が大流行して皇族や貴族もバタバタ死んでいったんや。それで「これは仏の怒りだ!」ってなったんやね
116:名無しのJ民
なるほど、背景を知るとまた見方が変わるな
117:名無しのJ民
でも、そのために国民を疲弊させたのも事実やろ?
120:名無しのJ民
結果論で言えばそうかもしれないけど、当時の人々にとってはそれが唯一の希望だったのかもしれない
123:名無しのJ民
希望って言っても無理やり働かされた人もいるやろ…
125:名無しのJ民
たぶん今でいう公共事業に「寄付」という形で強制的に協力させられた感じやろな
127:名無しのJ民
つまり半強制募金
128:名無しのJ民
全国の金とか銅とか集めまくったらしいからな。寺社とかからも徴収したんちゃうか?
131:名無しのJ民
銅の調達源としては、長門(今の山口県)とかで大規模な銅山が開発されたらしいで。
132:名無しのJ民
へぇー!だから東大寺の近くに長門って名前の地名があったりするんか?
135:名無しのJ民
いや、それはちょっと違うと思うぞ。長門は山口県の古い地名や
139:名無しのJ民
草。地理ガバガバ民
142:名無しのJ民
でも、それだけの銅を掘り出す労力もすごいよな
145:名無しのJ民
日本の金産出量も当時世界トップクラスだったとか聞いたことあるけど
147:名無しのJ民
東北の金山とか、この時代から使われとったんかな?
150:名無しのJ民
確か陸奥(今の東北地方)の小田郡で金が発見されて献上されたんや。それがあまりに大量だったから、年号を天平感宝って変えたくらいや
151:名無しのJ民
すごい。金の採掘地まで覚えてるとか先生やん
154:名無しのJ民
まあ、当時は砂金とかも多かったらしいけどね
158:名無しのJ民
それでもあれだけの量を集めるのは尋常じゃない
162:名無しのJ民
大仏作るのにどれくらいの期間かかったんや?
166:名無しのJ民
着工から開眼供養まで10年くらいかかったんやなかったっけ。鋳造自体は数年やったはず
170:名無しのJ民
10年でよく作ったな…今の感覚だと公共事業で10年は普通かもしれんけど、当時はヤバい
174:名無しのJ民
そう考えると聖武天皇の執念ってすごかったんやな
178:名無しのJ民
というか、国家が一体となってあの事業に取り組んだことにロマンを感じるわ
181:名無しのJ民
ロマンで飯は食えんけどな
182:名無しのJ民
当時の人々にとって、あのデカい仏像は国のシンボルであり、精神的支柱やったんやろな
184:名無しのJ民
実際、その後の日本文化に与えた影響は計り知れないしな。仏教文化の中心地になったわけやし
185:名無しのJ民
なんだかんだで成功したプロジェクトと見ていいんかな
187:名無しのJ民
成功っちゃ成功やけど、その後の財政に大きな傷を残したのも事実や
188:名無しのJ民
でも、それによって国が滅びたわけじゃないから、バランスが取れてたんちゃう?
190:名無しのJ民
当時の朝廷の求心力とか、そういうのがあって初めてできたことやろ
193:名無しのJ民
地方豪族とかも駆り出されて協力させられたんかな
197:名無しのJ民
もちろんで。全国の民衆から資材、労役、寄付が集められたんや。行基が全国を回って説いて回ったんやで
198:名無しのJ民
行基すごいやん。インフルエンサーやん
199:名無しのJ民
まさに行基菩薩って感じやな
203:名無しのJ民
現代でいえば、AIが滅亡させるって言い出して、その対策として巨大なAI像を全国民が金出し合って作ってるみたいなもんか
204:名無しのJ民
例えがSFすぎるやろw
205:名無しのJ民
でもちょっとわかる。なんかヤバいぞって雰囲気になると、人間ってすごい力出すよな
208:名無しのJ民
大仏建立って、日本人のある意味での狂気と、それを受け入れる寛容さの現れかもしれんな
210:名無しのJ民
良い事言った風
213:名無しのJ民
でもなんか、ちょっと分かる気がする
217:名無しのJ民
権力者が何か巨大なものを作ろうとしたときに、民衆がついていくっていうのは、どこの国にもある話やな
219:名無しのJ民
エジプトのピラミッドも中国の万里の長城もそうやな
221:名無しのJ民
人間ってデカいもん作るの好きだよな
223:名無しのJ民
まあ、正気の沙汰ではないけど、結果として今の我々が歴史遺産として楽しめるのはありがたいことやな
227:名無しのJ民
修学旅行で東大寺行った時、大仏のデカさにビビった記憶あるわ
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