1:名無しのJ民
そら無能やったからやろ
2:名無しのJ民
将軍が飾り物やからな
6:名無しのJ民
足利将軍とか言う名前だけの存在
8:名無しのJ民
まあ最後の義昭までは一応続いたわけやしな
10:名無しのJ民
逃亡っつーか、傀儡やったから追い出されたり追放されたりしとるんちゃうの?
13:名無しのJ民
家康も三方ヶ原で逃げてるやん
16:名無しのJ民
それは戦場での撤退であって逃亡とはちゃうやろ
19:名無しのJ民
足利義稙とかいう逃げまくり将軍
20:名無しのJ民
義稙は2回将軍やってるからな。追放されて逃げて、また将軍に返り咲くという離れ業。
22:名無しのJ民
草
24:名無しのJ民
なんでや?追い出した奴らは何がしたかったんや?
28:名無しのJ民
結局、将軍の権威は利用したいけど、将軍自身に実権は握らせたくなかったってことやろ
32:名無しのJ民
室町幕府って将軍と管領と守護大名がぐちゃぐちゃになってるイメージ
35:名無しのJ民
実際ぐちゃぐちゃやで
39:名無しのJ民
応仁の乱とか言う地獄
41:名無しのJ民
つまり「将軍職」というシステムは機能してたけど、「足利将軍個人」は機能してなかったってことか
45:名無しのJ民
それや
48:名無しのJ民
天皇みたいなもんやな。権威は必要だけど実権は要らない。
52:名無しのJ民
でも天皇と違って、将軍はちゃんと武家の棟梁っていう建前があったわけやろ?
53:名無しのJ民
建前はな。でも実際は有力守護大名にいいように使われてた。
56:名無しのJ民
細川とか畠山とか山名とかか?
59:名無しのJ民
そうそう。三管領四職とかいうシステムがあってな。
62:名無しのJ民
あれも結局、有力者が輪番で将軍の補佐役やるけど、実態は自分らの好き勝手やってただけやろ
63:名無しのJ民
室町幕府って実質、守護大名の連合政権みたいなもんやったからな
67:名無しのJ民
将軍は連合のトップってだけで、個々の守護大名には直接命令できる権限がなかったんちゃう
70:名無しのJ民
むしろ逃げたり追放されたりすることで、いろんな大名に担がれる存在になって、結果的に幕府という枠組みが長く続いたって見方もできるんちゃう?
72:名無しのJ民
うーん、それはちょっと都合よすぎないか
75:名無しのJ民
だって鎌倉幕府は将軍が源氏の血筋途絶えたら終わりやったし、江戸幕府は盤石やったけどな
76:名無しのJ民
足利将軍は血筋が途絶えても適当に養子取って凌いでたからな。良くも悪くもフレキシブルやった。
78:名無しのJ民
足利将軍家自体が足利尊氏の子孫で続いてたわけやから、血筋としては盤石やろ。問題は権力なだけで。
79:名無しのJ民
いや、尊氏の直系は途絶えまくってるやろ。
82:名無しのJ民
義満の頃がピークで、あとは尻すぼみやな
84:名無しのJ民
金閣寺だけは有能だった義満
86:名無しのJ民
足利義政とかいう無能将軍の代で応仁の乱とかいう地獄
88:名無しのJ民
東山文化はそこそこ評価されとるやろ
91:名無しのJ民
文化と政治は別物やで
93:名無しのJ民
室町幕府って現代で言うと社長がコロコロ変わるけど、会社自体は倒産しないゾンビ企業みたいなもんか
94:名無しのJ民
わりと的を射てる
98:名無しのJ民
で、新しい社長を外部から連れてくるパターンもあると
102:名無しのJ民
足利義澄とかいう傀儡将軍
105:名無しのJ民
将軍が京都から逃げて地方の大名に頼るって、もはやただの浪人やんけ
106:名無しのJ民
それでも「将軍」っていう肩書きは強かったんやろな。地方大名も、将軍を擁立することで大義名分を得られた。
108:名無しのJ民
将軍を担ぐってのは、自分たちの正当性を主張する上で大事なピースやったわけか
110:名無しのJ民
そうやね。だから、追い出された将軍でも、担いでくれる大名がいれば復活の芽はあった。
111:名無しのJ民
逆に言えば、誰も担いでくれなくなったら終わりやけどな
113:名無しのJ民
足利義昭とか信長に追放されて、その後は毛利に保護されてたらしいな
115:名無しのJ民
信長に京都追い出された後も、「将軍」の権威を利用して信長包囲網を築こうとしてたのはすごい執念やわ
119:名無しのJ民
執念は認めるけど、結局うまくいかなかったのが悲しいところ
121:名無しのJ民
でも名目上は信長も「将軍様を追放した大悪人」って言われてたわけやろ?
123:名無しのJ民
だから信長は義昭を追放したけど、最後まで将軍職を奪わなかったんや。
126:名無しのJ民
え、そうなの?てっきり信長は将軍職を廃止したと思ってた
130:名無しのJ民
信長は征夷大将軍の職に就くことを拒否してるし、義昭を追放した後も将軍職は空位のまま。
132:名無しのJ民
へえー、知らんかった
134:名無しのJ民
室町幕府の終焉って義昭が追放された1573年ってなってるけど、信長が将軍になってないから厳密には幕府が滅んだわけではないんやね
138:名無しのJ民
実質的に機能停止したって意味での滅亡やね
142:名無しのJ民
でも将軍が逃亡したり追放されたりして、それでも幕府という形が残ったのは、やはり「室町幕府」という枠組み自体にそれなりの強度があったってことやな
144:名無しのJ民
それは有力守護大名たちが幕府体制を維持しようと利害が一致してたからやろ
146:名無しのJ民
将軍がいなくても、評定衆とか奉公衆とか、幕府の組織は機能してた部分もあったんかな
150:名無しのJ民
むしろ将軍がいない方が都合良かったんじゃないか説
153:名無しのJ民
将軍が権力を持つと、既存の権力構造が崩れるから、傀儡が望ましい
156:名無しのJ民
戦国時代って、結局室町幕府というトップが機能不全になったから、各地の大名が好き勝手やり始めた時代ってことやろ?
158:名無しのJ民
それがほぼ正解やね
162:名無しのJ民
でも、戦国大名も将軍の権威は必要やったんやな。上洛して将軍に挨拶したりとか、名目上は従うフリしてたし。
163:名無しのJ民
だからこそ、最後の足利義昭が信長包囲網を呼びかけることができたわけや。まだ「将軍」というブランド力はあったんやな。
165:名無しのJ民
戦国大名も、正当性っていうのが重要だったからな。
169:名無しのJ民
織田信長自身も、最初は大義名分が欲しかったから義昭を擁立したわけで
173:名無しのJ民
でもその義昭が邪魔になったから追い出したんやろ。信長は既存の権威をぶっ壊すタイプやからな
177:名無しのJ民
信長がいなかったら、もうちょい粘ったんかな室町幕府
181:名無しのJ民
どうやろな。結局は守護大名同士の争いで消耗してたわけやし。
182:名無しのJ民
室町時代って、将軍が逃げ回ってる割に足利氏が結構長く将軍職を世襲してるよな
185:名無しのJ民
鎌倉は源氏が3代で途絶えて、あとは北条氏が執権として実権握ったけど、名目上は将軍は居たしな
188:名無しのJ民
室町は北条家みたいな絶対的な執権がいなかったから、将軍の存在感は薄かった
190:名無しのJ民
むしろそれが長続きの秘訣だったりしてな。誰も絶対的な権力を握らないから、バランスが取れてた。
194:名無しのJ民
それ言ったら、今の日本の政治も似たようなもんちゃうか?
198:名無しのJ民
総理がコロコロ変わっても、官僚機構が頑張ってるみたいな?
201:名無しのJ民
でも、足利義満とかいう将軍はバチクソに強かったよな?
205:名無しのJ民
義満は別格や。公家衆を抑え込み、明との貿易で富を築き、北朝と南朝を統一して、天皇にまで口出しした。
207:名無しのJ民
義満はマジで足利家を幕府を盤石にした英雄やろ
210:名無しのJ民
だがその息子義持が父の路線を否定して、またぐっちゃぐちゃになったのが室町
211:名無しのJ民
歴史は繰り返す
212:名無しのJ民
義持はなんで義満のやったことを否定したんや?
213:名無しのJ民
義満がやりすぎたって反発やろ。公家や大名も、将軍が強くなりすぎるのは嫌やったんや。
216:名無しのJ民
結局、室町幕府って「将軍の権威」という概念だけは必要だったけど、「強い将軍」は望まなかったってことやな
218:名無しのJ民
まさにその通り
219:名無しのJ民
逃げまわる将軍も、ある意味その要求に応えてたってことか
222:名無しのJ民
なんかちょっとシュールやな
223:名無しのJ民
戦国時代って、結局将軍が弱体化して、地方の武士が成り上がって天下取ろうとした時代やからな
227:名無しのJ民
室町幕府が滅んだというより、有名無実化しただけって感じ
229:名無しのJ民
将軍が逃げ回るっていう状況が、将軍が将軍でなくなっていく過程なんやな
231:名無しのJ民
そういう意味では、将軍が逃亡することで、時代の変化が可視化されてたとも言えるな
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