1:名無しのJ民
マジ?俺てっきり士農工商でガッチガチだと思ってたわ
3:名無しのJ民
嘘ンゴ。そんなわけないやろ。階級社会の極地だぞ
5:名無しのJ民
いやマジやで。少なくとも前期と後期じゃ全然違う
7:名無しのJ民
はえ~、詳しく
8:名無しのJ民
でも侍は侍、農民は農民やろ?生まれが全てやん
11:名無しのJ民
ワイもその認識だったわ。水戸黄門とか観てたらそう思うやん
12:名無しのJ民
あの印籠の力って身分固定されてるからこそやろ
15:名無しのJ民
あれはフィクションだろガイジか?
17:名無しのJ民
身分制度が固定されてたのは建前で、実態は結構カオスだったって話は聞いたことあるわ
20:名無しのJ民
ソースは?なんJ民が信じるわけないだろ
22:名無しのJ民
例えば武士は禄が低くて食えなくなることがザラにあったから、農民や町人に落ちぶれることもあったし、逆に金持ってる町人が武士株買って武士になることもあったぞ
24:名無しのJ民
武士株ってなんだよw 株主優待で刀もらえるのか?
27:名無しのJ民
武士の株って言うか、御家人株みたいなもんや。財政難の藩が金持ち町人から金借りて、その見返りに名目上武士の身分を与えたりする
30:名無しのJ民
はえー、金で身分買えるとか夢あるな
34:名無しのJ民
今の感覚からするとそうやろな。でもその武士って形だけの名誉職で、実質は商人やからな
37:名無しのJ民
そらそうやろ。急に侍になっても刀振るえんし
39:名無しのJ民
でも子供を養子に出したり、養子を取ったりってのはかなり一般的だったんやで
特に武士階級だと家を絶やさないために血縁関係なくても養子にするのは普通
42:名無しのJ民
養子で家督継ぐとかは今もあるしな。あれの延長線上か
46:名無しのJ民
今も家継ぐために他所から婿養子とか来るしな。そういうノリか
50:名無しのJ民
それは武士内部での話だろ。士農工商の壁はデカすぎやろ
53:名無しのJ民
いや、違うんだなこれが。町人から武士の養子に入るケースもあったし、逆もあった
55:名無しのJ民
マ?じゃあ農民の子供が侍になれたんか?
59:名無しのJ民
ケースとしては稀やけどゼロではなかった。特に才能があったり、金回りのいい家の養子になったりとかね
61:名無しのJ民
金があれば何でもできるってコト!?
64:名無しのJ民
今と変わんねーじゃねーかよ!
66:名無しのJ民
身分制度って言ってはいるけど、実際にはカースト制度みたいに絶対的なもんじゃなかったんやな
67:名無しのJ民
カーストはマジでヤバいからな。江戸時代はまだマシ
71:名無しのJ民
カーストは宗教と結びついてるからね。そこが決定的に違う
75:名無しのJ民
でも農民は基本、村から出られへんかったし、納税の義務とか重かったやん
78:名無しのJ民
それはそう。でも災害とか飢饉で村が潰れたら、農民は流民になって別の土地に移住したり、都市に出て日雇いになったりした
79:名無しのJ民
あー、じゃあ飢饉とかで住む場所失って身分落ちたヤツもいれば、逆に新天地で頑張って身分上げていったヤツもいたってことか
80:名無しのJ民
そういうこと。ただ身分を上げるのはめちゃくちゃ大変やったろうけどな
83:名無しのJ民
実力と運次第ってのは今と一緒やね
84:名無しのJ民
あと商人とか町人も、めっちゃ金持ちになったら寺社に寄付したりして名誉的な地位を得ることもあったし
85:名無しのJ民
金持ちの成金が金で名誉を買うってのも今も昔も変わらんわ
87:名無しのJ民
成金が札束で頬を叩く構図、美しい
89:名無しのJ民
江戸時代って貧乏武士が借金まみれで、金持ち町人が羽振りきかせてたイメージあるわ
92:名無しのJ民
まさにそれ。武士が町人から金借りて踏み倒したりもしてたしな
94:名無しのJ民
貸し金踏み倒すとかクズやんけ!
98:名無しのJ民
武士の特権やからな。武士道とか言ってる割には汚いことしてたで
100:名無しのJ民
武士って思ったよりクズが多いんだな
102:名無しのJ民
それは一部の武士やろ。真面目に働いてた武士もいたわ!
105:名無しのJ民
ワイの先祖は刀振り回してただけやで
109:名無しのJ民
お前の先祖はチャンバラごっこしてたのか
113:名無しのJ民
士農工商ってのはあくまで幕府が定めた大まかな枠組みで、実際はもっと複雑だったってことやな
114:名無しのJ民
現代の企業もそうやん。正社員、契約社員、派遣社員って枠組みあるけど、実際はもっと多様な働き方してるし
115:名無しのJ民
なるほど、わかりやすい例えやな
118:名無しのJ民
じゃあ百姓一揆とかって身分制度への抵抗でもあったんか?
119:名無しのJ民
せやで。過酷な年貢に耐えかねて、生活の改善を求めて起こした反乱や。あれも身分を超えた行動と言える
122:名無しのJ民
一揆で要求が通ることもあったんか?
124:名無しのJ民
あるで。幕府や藩が農民の反発を恐れて、要求を一部受け入れることもあった。ただし、首謀者は処刑されることも多かったけど
126:名無しのJ民
首謀者は犠牲になるんやな…なんか悲しい
129:名無しのJ民
まあでも、身分制度って現代の「階級」みたいなもんやろ。金持ちは金持ち、貧乏人は貧乏人みたいな
131:名無しのJ民
今の世の中も親ガチャとか言われるくらいやしな。江戸時代も親ガチャみたいなもんやろ
132:名無しのJ民
親ガチャはええかげんにせえ!自分の努力次第や!
136:名無しのJ民
言うて親の財産とかコネはデカいやろ
138:名無しのJ民
江戸時代も、商人の息子は商人、武士の息子は武士っていうのが基本ではあったんやで。流動性があったって言っても、現代の転職みたいにホイホイ身分変えられたわけじゃない
141:名無しのJ民
まあそりゃそうやろな。現代だって外資系行くとか、医者になるとか、簡単じゃないし
145:名無しのJ民
士農工商以外にも、穢多・非人とか差別される身分があったやろ?あそこはガッチガチやったんちゃうんか?
148:名無しのJ民
あれは確かに極めて厳しかった。流動性はほぼ皆無と言っていい。ただ、彼らのルーツや役割は時代によって変化したりもしたんや
152:名無しのJ民
ルーツが時代で変わるってどういうこと?
156:名無しのJ民
元々、一部の職人や芸能民、あるいは犯罪者やその子孫が賤民とされたりしたんやけど、差別が固定化されていく過程で色々な人がそこに含まれていったってことやな
160:名無しのJ民
なんかややこしいな。結局、一言で「流動的だった」とは言えんってことか
164:名無しのJ民
そういうことや。かなり複雑やったんや
166:名無しのJ民
じゃあ「流動的だった」って言うのは「絶対固定ではなかった」ってくらいの意味合いか
169:名無しのJ民
それやね。カースト制みたいな厳格なものではなかった、ってのが正確な表現かもしれん
173:名無しのJ民
ワイが中学校で習った歴史とは全然違う…
176:名無しのJ民
教科書は簡略化して教えるからな。深掘りすると面白いんやで
180:名無しのJ民
でも士農工商って言葉が一般的になるくらい浸透してたのは事実やろ?
184:名無しのJ民
それはそうやね。幕府が民衆を統治しやすいように簡略化した枠組みだったからな。でもその枠組みに収まらない人々もたくさんいた
187:名無しのJ民
例えば、浪人とか僧侶、医者、学者とかってどういう扱いだったの?
191:名無しのJ民
浪人は武士の身分を失った者で、定まった身分がない。僧侶や医者、学者は士農工商の枠外で専門職として扱われたりした。彼らは身分というより職業集団に近い
192:名無しのJ民
へぇ~、じゃあ医者とか結構自由な立場だったんか
195:名無しのJ民
そこそこやな。でも医者もピンキリで、大名抱えの医者から、町医者、蘭方医とか色々おったし
197:名無しのJ民
なんか時代劇のイメージと違うな。もっと固定された世界観やと思ってた
198:名無しのJ民
時代劇は脚色が多いからな。娯楽として面白いけど、歴史の真実とは違うこともある
199:名無しのJ民
そういや三国志とかでも、劉備とか最初はしがない席売りの子孫だったのに、皇帝にまでなったしな
200:名無しのJ民
それは中国史やろガイジ。しかも劉備は末裔やし
203:名無しのJ民
劉備は漢の皇室の末裔だから、元々そこそこエリートだろ。そこらへんの席売りとは違う
205:名無しのJ民
あ、ごめん。間違えたわ。でもそういう例もあるってことで
206:名無しのJ民
まあ、どの時代も「成り上がり」は一定数いたってことやな
209:名無しのJ民
結局、いつの時代も金とコネと運ってことか
212:名無しのJ民
結局そこに行き着くの草
213:名無しのJ民
歴史から学ぶことって、結局人間って変わらんってことなんやな
214:名無しのJ民
せやね。社会の仕組みは変わっても、人間の本質はあんまり変わらん
218:名無しのJ民
ワイも江戸時代に生まれてたら金持ち町人の息子になって、武士株買うか
222:名無しのJ民
いや、お前絶対貧乏百姓やろ
224:名無しのJ民
それな。米作りに追われる人生
227:名無しのJ民
「武士は食わねど高楊枝」とか言いつつ、裏では町人に頭下げてた武士とかおったんか?
231:名無しのJ民
全然おったで。そういう困窮した武士のために、町人から資金を借りる「御用金」とかの制度もあったし
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