1:名無しのJ民
ぐうわかる
戦国きっての京文化かぶれ
2:名無しのJ民
京から公家呼んで歌会開いてる間に家臣に裏切られるとかいうギャグみたいな話
6:名無しのJ民
言うても西国一の大大名やぞ?
それがまさか家臣一人に滅ぼされるとはなぁ
9:名無しのJ民
正直、この人いなかったらその後の毛利元就の台頭もあんなスムーズじゃなかったやろ
11:名無しのJ民
陶晴賢の謀反とかいう下剋上の鑑
15:名無しのJ民
鑑ちゃうわガイジ
主君を謀殺するとか畜生以外の何者でもない
17:名無しのJ民
でもさぁ、義隆も悪いよ
軍事とか外交とか全部家臣任せで、自分はひたすら文化活動とかいう職務放棄っぷり
そら陶晴賢もブチ切れるわ
21:名無しのJ民
文化人としては超有能
政治家としては超無能
22:名無しのJ民
それな
ワインもそうだけど、一芸特化型は他に色々犠牲にしがち
26:名無しのJ民
ワインは草
28:名無しのJ民
義隆は自分の代で一気に京文化取り入れて大内文化として開花させたからな
これはすごいことなんやで
29:名無しのJ民
当時の山口は西の京って言われてて、マジで文化の中心地だったらしいな
キリスト教も最初に入ったし
30:名無しのJ民
ザビエルも義隆に謁見しとるからな
ただ、京風のきらびやかな格好で行ったら「お前キモッ」って言われて追い返されたとか
34:名無しのJ民
ファ!?そんなことあったんか?
38:名無しのJ民
いや、それはちょっと違う。
最初はみすぼらしい格好で行ったら軽視されたから、今度は京で仕立てた高価な衣装と献上品持って行ったら歓待された、って話じゃなかったっけ?
42:名無しのJ民
あーそれそれ!
俺の記憶違いやわすまんな
43:名無しのJ民
どっちにしろ、文化に理解があったってことやな
44:名無しのJ民
ザビエル「この山口は私が見たこともないほど裕福で文化的な都です」
48:名無しのJ民
でも、その文化にうつつを抜かした結果があの末路やん
49:名無しのJ民
大寧寺の変とかいう戦国時代の悲劇
52:名無しのJ民
最後は句を詠んで自害やろ?
「討つ者も 討たれる者も 諸ともに 如露亦如電 応作如是観」やったっけ?
55:名無しのJ民
それや
禅の境地よ
58:名無しのJ民
ワイ将、この辞世の句をスマホの待ち受けに
61:名無しのJ民
草
人生ハードモードすぎやろ
62:名無しのJ民
家臣の謀反で追われて、最期は寺で自害
なんか悲哀を感じるよな
65:名無しのJ民
しかも、陶晴賢って最初は義隆の忠臣やったんやで
それが義隆が政治に無関心になりすぎて、どんどん不満が溜まっていった結果があれ
67:名無しのJ民
義隆を改革派、陶晴賢を保守派みたいに言う人もおるよな
義隆は公家趣味が強くて武断派の意見を聞かなかった、とか
69:名無しのJ民
いや、単に有能な家臣に仕事丸投げして自分は遊び呆けてただけやろ
71:名無しのJ民
身も蓋もない言い方やめーや
73:名無しのJ民
結果論で語るのは簡単だけど、当時の大内家は尼子経久ともバチバチやってて大変な時期だったんやで
そこに持ってきて主君が文化活動優先とか、そら家臣も疲弊するわ
74:名無しのJ民
戦国時代に「もう戦はいいから文化を楽しみたいわ~」って言い出した人って感じ
時代に合わなかっただけなんかな
76:名無しのJ民
でも、こういう人がいたからこそ、日本の文化は育まれたとも言える
もしゴリゴリの武闘派だったら、京から文化人なんて来なかっただろうし
77:名無しのJ民
大内家滅亡→毛利元就が西国を統一→中国地方の大勢力に
こういう歴史の流れ見ると、義隆の死ってすげぇターニングポイントだよな
81:名無しのJ民
大内氏って源氏の分家で、室町幕府でもかなり重要な家格だったんやで
それがポッと出の毛利に全部持って行かれるんやから皮肉なもんや
83:名無しのJ民
毛利はポッと出ちゃうぞ
87:名無しのJ民
失礼やで!毛利も安芸の国人領主やから、それなりに歴史あるぞ
90:名無しのJ民
大内氏が滅んだのって、義隆に跡継ぎがいなかったのも大きいんだよな
養子の義長は陶晴賢の傀儡だったし
93:名無しのJ民
毛利元就って、最初は大内の家臣やったんやろ?
それが主家滅ぼして天下取ったんやから、すげーよな
96:名無しのJ民
天下は取ってないぞ
中国地方統一が限界やった
98:名無しのJ民
すまんな、言葉足らずやった
中国地方の覇者って意味や
100:名無しのJ民
毛利元就の三本の矢とかいうエピソード、あれ本当なんかな?
102:名無しのJ民
信長の比叡山焼き討ちとか、元就の三本の矢とか、戦国時代の逸話って創作が多いからな
106:名無しのJ民
結局、戦国時代は力こそ全てってことや
文化とか平和とか言ってる場合じゃない
107:名無しのJ民
でもワイは、戦国時代にも文化を愛した人がいたってのは、なんか救いになるわ
110:名無しのJ民
わかる
殺伐とした時代にも、歌を詠んだり茶を点てたりする人がいたってのは、人間らしさを感じる
114:名無しのJ民
でも、現代の会社でも仕事サボって趣味ばっかやってる奴がトップだったら反乱起きるよな
117:名無しのJ民
草
現代に置き換えると分かりやすいな
「ワイ社長、今日はリモートで茶道。業務は部下に丸投げ」
121:名無しのJ民
そらクーデター起きるわ
122:名無しのJ民
大内氏の滅亡って、そういう意味では現代社会にも通じる教訓があるのかもしれない
リーダーが職務を怠れば、いくら優秀な家臣がいても組織は崩壊する
126:名無しのJ民
真面目なレスやめてくれや
なんJやぞここは
129:名無しのJ民
ファ!?
たまには真面目な話もええやろ
131:名無しのJ民
文化人としては尊敬できるけど、戦国大名としては評価に困るわな
133:名無しのJ民
義隆が生きてた時代が、もう少し平和だったら、もっと評価されてたかもな
安土桃山時代とか、江戸時代とか
137:名無しのJ民
そういや、織田信長も文化好きだったよな?
茶の湯とか能とか
でも信長はめちゃくちゃ有能やった
139:名無しのJ民
信長は文化を利用したって感じやな
茶器で家臣を釣ったり、能を披露して権威を見せつけたり
義隆は純粋に文化を愛した、みたいな違い?
142:名無しのJ民
義隆はインドア派、信長はアウトドア派
143:名無しのJ民
例えがなんJっぽい
147:名無しのJ民
大内氏の家臣団って優秀な奴多かったのになぁ
陶晴賢、弘中隆兼、江良房栄とか
148:名無しのJ民
陶晴賢って「西国の覇者」って呼ばれるほど有能だったのに、なぜあんな最期を…
149:名無しのJ民
厳島の戦いやな
毛利元就の奇襲戦術にやられた
150:名無しのJ民
毛利元就「ふふふ、策士策に溺れるとはこのことよ」
154:名無しのJ民
大内義隆のせいで、有能な家臣が毛利に寝返ったり、滅んだりしたんやから罪深いわ
157:名無しのJ民
でも、大内氏の文化って後世にかなり影響与えてるよな
特に茶道とか
158:名無しのJ民
山口の観光地とか行くと、大内氏関連のものが結構あるらしいで
瑠璃光寺五重塔とか
162:名無しのJ民
国宝やな
あれも大内文化の象徴や
163:名無しのJ民
瑠璃光寺五重塔とかいうぐう美しい建造物
164:名無しのJ民
スレタイで「あっけない」って書いてるけど、あれは義隆自身が覚悟してたからこそのあっけなさやったんちゃうか?
167:名無しのJ民
それな
「もう戦なんて嫌や…」ってなってたのかも
171:名無しのJ民
達観してたのか、諦めてたのか…
まあ、どっちにしても戦国大名としては失格の烙印押されるわな
173:名無しのJ民
俺だったら家臣に裏切られたら絶望するわ
最期に句を詠むとか、やっぱ文化人は違うな
175:名無しのJ民
大内義隆、もし今生きてたら何やってたかな?
177:名無しのJ民
YouTuberとかちゃう?
「京の都で公家と遊んでみた!」とか「雅な和歌、詠んでみた!」
178:名無しのJ民
絶対登録者伸びないやろそんなん
180:名無しのJ民
いや、当時の文化を現代に持ち込むって発想で意外とバズるかもよ?
「平安貴族の食事再現してみた」とか
181:名無しのJ民
大内義隆、なんか現代の意識高い系社長感あるな
「イノベーションは文化から生まれる」とか言って社員を困らせそう
183:名無しのJ民
草
ぐうわかる
「今日から弊社は茶道を取り入れます」
186:名無しのJ民
そして社員がブチ切れてパワハラで訴える、と
187:名無しのJ民
歴史って繰り返されるんやな
190:名無しのJ民
大内義隆って結局、何がしたかったんやろな
西国の統一か、それともただ文化を楽しんで余生を送りたかったのか
194:名無しのJ民
結局、大内氏の滅亡は「文化大国」を目指した義隆と、「武断」を重んじる陶晴賢の路線の違いが原因ってことなんかな
197:名無しのJ民
それもあるし、義隆のリーダーシップ不足が一番の原因やろ
有能な家臣に仕事を任せるのはいいけど、最終的な決断や責任はトップが取らなきゃ
199:名無しのJ民
家臣の進言を聞かなくなったのが致命的やったって話もあるしな
202:名無しのJ民
まあでも、人間として見たら共感できる部分もあるよな
疲弊したくない、好きなことだけしてたい、みたいな
206:名無しのJ民
わかる
ただそれが通用しないのが戦国時代
210:名無しのJ民
歴史上の人物って、みんな人間味があるよな
完璧な人なんていないし
213:名無しのJ民
大内氏の最期って、日本の歴史の転換点の一つとして、もっと語られてもいいと思うわ
216:名無しのJ民
確かにマイナーだけど、知れば知るほど面白い人物やね、義隆
219:名無しのJ民
大内義隆とかいう悲劇の文化人
221:名無しのJ民
最後の最後に「もうええわ」ってなったんかな
辞世の句もそんな感じやし
223:名無しのJ民
禅の精神で悟りを開いたんや
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