1:名無しのJ民
デヴシルメとかいうキリスト教徒の少年を徴収する制度で作り出された奴隷兵士やろ?
エリート中のエリートで最強やったのに、最期はあっけないんよな…
5:名無しのJ民
奴隷から皇帝の懐刀になるってロマンあるよな
まあロマンがあるのは初期だけやが
9:名無しのJ民
最強すぎて逆に邪魔になったパターンやろ
日本史にもあるやん、御恩と奉公の武士が鎌倉末期にブチギレたパターンと似てる
13:名無しのJ民
いや、デヴシルメ自体がヤバすぎやろ
親から子を引き離して強制的にイスラム教徒にして兵士にするって
16:名無しのJ民
でもその少年たちがオスマン帝国の屋台骨を支えたんだから皮肉なもんやで
最初は忠誠心も高かったやろし
19:名無しのJ民
強すぎて勝手に皇帝立てたりするようになるの草
もう軍閥やん
23:名無しのJ民
初期は本当に強かった。ヨーロッパ諸国が震え上がったレベル
火器の導入も早かったし、規律も厳しかった。
26:名無しのJ民
イスラムに改宗して、妻子を持たないってのが初期の規律やなかったっけ?
それがいつの間にか世襲化して、既得権益団体と化したのがね…
30:名無しのJ民
それな。結婚禁止、家業禁止やったのに、結局は家族持ちが増えて世襲化する。
もう単なる特権階級の集団になってただけや。
31:名無しのJ民
オスマン帝国は近代化を迫られてたのに、イェニチェリが抵抗しまくったのがね
新しい軍隊作ろうとしたら暴動起こすし
32:名無しのJ民
そりゃ自分らの職がなくなるんやから抵抗するわ
でも国家の発展を阻害するのはアカンわな
33:名無しのJ民
メフメト2世とかスレイマン大帝の時代はイェニチェリもイケイケだったのにな
最盛期は凄かったんやろ?
34:名無しのJ民
そらもう、ヨーロッパの騎士団なんて目じゃないレベル
火器で武装した歩兵集団なんて、当時としてはマジで革新的やった
36:名無しのJ民
でも末期はもうだめだろ、みんな訓練もせずにカフェで談笑してるだけとか
給料だけはしっかりもらうっていう
38:名無しのJ民
給料日になると暴動起こすのが恒例行事だったらしいで
「給料安すぎる!」って言って宮殿に押しかける
39:名無しのJ民
ただのゴネ得集団と化してたのか…
それで最終的にどうなったんやっけ?
41:名無しのJ民
マフムト2世が「幸運の出来事」って称して粛清したんや
1826年やったかな
45:名無しのJ民
「幸運の出来事」ってネーミングが皮肉効いててすこ
皇帝側からしたら本当に幸運やったんやろな
48:名無しのJ民
オスマン帝国にイェニチェリありきで、他の勢力が介入できなかったから、一度腐敗したら止まらないんよな
49:名無しのJ民
皇帝の軍隊やのに、皇帝の首をすげ替える権力持ってたからな
もう国家内国家やろ
53:名無しのJ民
結局、近代的な常備軍を組織しようとした皇帝とイェニチェリが対立して、皇帝が新しい軍隊で一掃したってこと?
57:名無しのJ民
せやで。新しい軍隊を導入しようとしたら、またイェニチェリが暴動起こして宮殿襲撃。
今回は皇帝が徹底抗戦して、新しい軍隊と市民も巻き込んでイェニチェリの本拠地を包囲したんや
58:名無しのJ民
市民もイェニチェリにブチギレてたってことか
どんだけ嫌われてたんやあいつら
62:名無しのJ民
そりゃ暴動起こして商店破壊したり、勝手に金巻き上げたりしとったんやから嫌われるやろ
もう山賊と変わらん
66:名無しのJ民
草
最強エリートから山賊に成り下がるのか
68:名無しのJ民
んで、イェニチェリ兵舎に砲撃しまくって、生き残りを皆殺しにしたんやで
完全に殲滅した。
69:名無しのJ民
虐殺やんけ…
でもそれくらいせんともうどうにもならんかったんやろな
70:名無しのJ民
一応、正式な裁判を経てから処刑した体裁は取ってたらしいで
数万人規模の虐殺だったけど
74:名無しのJ民
うわー、可哀想やけど、もう手遅れやったんやな
自業自得っちゃ自業自得やけど
77:名無しのJ民
デヴシルメで集められた少年兵からしたら、こんな結末になるなんて思わなかったやろな
忠実に仕えた結果が虐殺とは
80:名無しのJ民
でもその「忠実」ってのが、いつの間にか「自分たちの利益」になってたからなぁ
組織は常に新陳代謝が必要ってことやな
81:名無しのJ民
その点、日本の武士は鎌倉幕府が滅んでも、室町幕府、江戸幕府って形で存続したから、ある意味器用だよな
イェニチェリは一掃されちゃった
83:名無しのJ民
武士は農業もやってたから潰しが効いたんやない?
イェニチェリは兵士専業やったから、他に生きる道がなかったんちゃう
85:名無しのJ民
なるほど、プロフェッショナルゆえの弱点か
89:名無しのJ民
イェニチェリとかいう名前も抹消されて、墓も暴かれたんやろ?
徹底しすぎやろ
93:名無しのJ民
徹底的にやらないとまた復活してくるからな
オスマン帝国の近代化にとっては必要悪だったのかもしれん
97:名無しのJ民
まあでもその後、オスマン帝国も列強に追いつけず衰退していくわけやし
イェニチェリいなくなったからって全てが好転したわけじゃないんやな
98:名無しのJ民
それはまた別の問題やろ
根本的な国力と産業力の差は埋まらなかったんやし
イェニチェリはあくまで足を引っ張ってた要因の一つ
101:名無しのJ民
でもイェニチェリが消えて、近代的な軍隊に移行できたのはデカかったやろ
その後のクリミア戦争とか露土戦争で、なんとか戦えてたのはそのおかげやし
102:名無しのJ民
クリミア戦争、日本史でいう開国に近いインパクトあったよな
欧米の技術力の差をまざまざと見せつけられた
103:名無しのJ民
それはそう。それでもオスマン帝国が第一次世界大戦まで生き残れたのは、結構すごいことやと思うわ
106:名無しのJ民
イェニチェリ「ワイらがいた頃はもっと強かった!」
皇帝「うるせえ!砲撃だ!」
これやろ?
108:名無しのJ民
草
でも実際、イェニチェリは旧態依然の戦術しか知らんかったから、近代戦じゃ使い物にならんかったやろな
111:名無しのJ民
銃剣突撃とかまだやってそう
112:名無しのJ民
イェニチェリのユニフォームとかってどんなんだったんや?
やっぱターバン巻いてる感じ?
115:名無しのJ民
初期は割と質素やけど、後になると派手になっていくんや
頭にはケチェっていう独特の帽子をかぶってたで
これ↓
[画像検索結果:イェニチェリ ケチェ]
117:名無しのJ民
おー、帽子特徴的やな!
なんかフリフリしててかわいい
121:名無しのJ民
可愛い言うなや
あれは格式を表すもんやぞ
122:名無しのJ民
末期はイェニチェリの兵舎の周りにスラム街が形成されて、そこでイェニチェリの家族が暮らしてたらしいな
貧富の差も激しかったとか
125:名無しのJ民
初期のエリートは本当に規律正しかったのにな
栄枯盛衰ってやつか
127:名無しのJ民
日本の武士も江戸時代には旗本御家人とかいう給料泥棒になってたし
既得権益団体化は組織の宿命やね
129:名無しのJ民
現代の企業でも似たようなことあるよな
ベテラン社員が新しい技術導入に抵抗するとか
132:名無しのJ民
そりゃあるやろ。若手が新しいことやろうとしても、古参が「昔はこうだった」とか言って潰すパターン。
結局組織が腐る原因は人間なんやな
134:名無しのJ民
イェニチェリも人間やからな、そりゃ楽な方に流されるわ
でもそれを許したらあかんのが組織のトップや
137:名無しのJ民
皇帝マフムト2世は英断やったと思うわ
リスク高すぎやろ、あそこまでやるの
139:名無しのJ民
そりゃそうよ、下手したら皇帝が殺されてたかもしれんし
イェニチェリは皇帝殺しまくってるからな
143:名無しのJ民
その勇気は評価されるべきやな
でもその後のオスマンは結局衰退の一途やし、悲しい歴史やわ
147:名無しのJ民
歴史にifはないけど、もしイェニチェリがスムーズに近代化に協力してたら、オスマン帝国はもっと生き残れたんかな
150:名無しのJ民
どうやろな。外部からの圧力が強すぎたから、いくら軍隊が近代化しても焼け石に水だった可能性もある。
イェニチェリはあくまで国内問題やし。
151:名無しのJ民
でも強い軍隊は外交に有利やろ?
もし近代的な軍隊を早期に整備できてたら、列強ともうちょっと対等に渡り合えたかもしれん
152:名無しのJ民
結局、欧州列強の植民地争奪戦の道具にされただけやしなぁ…オスマン帝国
155:名無しのJ民
そういやイェニチェリってコーヒー好きやったんやろ?
オスマン帝国がコーヒー文化を広めたっていうけど、イェニチェリも一役買ってたんかな
158:名無しのJ民
コーヒーハウスが情報交換の場になって、イェニチェリ兵士がそこで集まって皇帝批判とかしてたらしいで
161:名無しのJ民
草
マジかよ、そんなとこまで日本の浪人と一緒やん
162:名無しのJ民
イェニチェリの反乱の多くが、給料支払い日とか、コーヒーハウスでの情報共有後に起きてるらしいからな
コーヒーが反乱の燃料になってた可能性もある
163:名無しのJ民
コーヒー怖い((((;゚Д゚)))))))
165:名無しのJ民
でもコーヒー飲んでただけなのに砲撃されるとか可哀想やろ
166:名無しのJ民
飲んでただけちゃうやろ!暴動起こしてたやろ!
170:名無しのJ民
イェニチェリの起源って、イスラム法で許されてるのか?
キリスト教徒の少年を強制的に徴用ってどうなんや?
173:名無しのJ民
イスラム法学者の中でも意見が分かれたらしいけど、戦争捕虜の子孫を奴隷にするのはアリ、みたいな解釈もあったらしい。
「非ムスリムの土地から少年を徴用するのは戦利品の一部」という理屈。
174:名無しのJ民
なんか無理やり感がすごいな
でも当時の世界なんてどこもそんなもんか
176:名無しのJ民
ローマ帝国だって奴隷いなかったら回らなかったしな
どこも都合の良い解釈をしてたってことや
177:名無しのJ民
イェニチェリって楽器隊もすごかったらしいな
メフテルって言うんやっけ?
軍楽隊として初めて打楽器や管楽器を大規模に導入したとか
178:名無しのJ民
せやで。あの独特の行進曲はヨーロッパの軍楽隊にも影響与えたらしいで
「トルコのマーチ」とか言われるやつやろ?
182:名無しのJ民
トルコ行進曲やろ?あれイェニチェリの曲だったんか!
184:名無しのJ民
モーツァルトとかもトルコ行進曲作ってるし、当時のヨーロッパではトルコ=イェニチェリの音楽ってイメージ強かったんやろな
188:名無しのJ民
なんかギャップがすごいな
最強のエリート奴隷兵士で、末期は山賊化して、でも音楽はめっちゃクールって
191:名無しのJ民
日本の武士にも似たような文化的な側面あったやろ
茶道とか能とか
195:名無しのJ民
イェニチェリの最後の暴動って、どこで起きたんや?
197:名無しのJ民
アトメイダン広場やったかな。イェニチェリの兵舎があるあたり。
そこに新しい軍隊が集結して、大砲でぶっ放したんや。
200:名無しのJ民
ストリートビューでアトメイダン広場検索してくるわ
203:名無しのJ民
広場は今でも残ってるけど、もちろん兵舎とかはないで
歴史の重みを感じる場所やな
206:名無しのJ民
一度強大な力を手に入れた組織って、もう自分たちでそれを手放すことできないんやな
207:名無しのJ民
それはそう。特権階級って常にそうやん。
209:名無しのJ民
イェニチェリの歴史って、現代の組織論にも通じるもんがあるよな
変革を嫌う組織は滅びるってことや
210:名無しのJ民
まあでも末路が悲惨すぎやろ
あんな一気に皆殺しにされるなんて
213:名無しのJ民
生き残った奴らはどうなったんやろ
全員殺されたわけじゃないんやろ?
217:名無しのJ民
生き残った奴は流刑になったり、財産没収されたりしたらしいで
イェニチェリの名前を口にするのも禁止されたとか
218:名無しのJ民
徹底的に過去を抹消しようとしたんやな
よっぽど恨まれてたんやろ
222:名無しのJ民
オスマン帝国にとっては、イェニチェリはもはや癌やったんやろな
外科手術で切除するしかなかった
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