1:名無しのJ民
マジ?ワイずっと台風って教わってたんやけど
5:名無しのJ民
え、そうなの?普通に台風やろ
6:名無しのJ民
ワイも台風やと思ってたわ
10:名無しのJ民
神風とかいう都合のいいネーミングセンスがもう怪しいやろ
13:名無しのJ民
結局プロパガンダだったってこと?
16:名無しのJ民
いや、実際に嵐は来たんやろ?それが台風じゃなかったって話?
17:名無しのJ民
そもそも秋の台風って珍しくないんやろ?
19:名無しのJ民
歴史の教科書もそういう曖昧な表現になってた気がするわ
23:名無しのJ民
日本書紀とか古事記レベルのファンタジーやろアレ
26:名無しのJ民
神国思想の根拠にされたのが嫌われてるだけやろ
28:名無しのJ民
でも元寇の被害ってモンゴル軍側もデカかったんでしょ?嵐が来なかったら日本終わってたんちゃう?
30:名無しのJ民
一回目の文永の役は台風関係ないしな
32:名無しのJ民
二回目の弘安の役の話やろ?
33:名無しのJ民
船団が壊滅したんやろ?あれが台風じゃないってどういうことやねん
35:名無しのJ民
季節風とか低気圧とか諸説あるんやで
特に弘安の役の時は、季節的に台風が来やすい時期ではあるけど、
当時の記録だと「一夜にして大風が吹き荒れた」みたいな記述が多いらしくて
一般的な台風の進路や規模とはちょっと違うって指摘もあるらしいわ
37:名無しのJ民
はえ~勉強になるンゴねぇ
39:名無しのJ民
じゃあ何だったんだよ結局
42:名無しのJ民
ただの暴風雨だっただけ?
44:名無しのJ民
神風って名前がついてるから、なんか特別なもんを想像しちゃうだけなんかな
45:名無しのJ民
むしろモンゴル軍が無理な遠征しすぎた結果やろ
戦力が分散してたとか、船の質が低かったとか
48:名無しのJ民
高麗史とか元史にも記録残ってるんやろ?向こうの記述ってどうなってんの?
52:名無しのJ民
そっちの記述も「暴風によって壊滅」みたいな感じらしいで
まあ「神風」なんて記述はないけどな
55:名無しのJ民
そりゃ敵国が日本の神様のおかげとは書かんわな
58:名無しのJ民
当時の造船技術が未熟やったから、ちょっとした嵐でも壊滅するような船だったってだけやろ
60:名無しのJ民
船団をまとめて停泊させてたのがアホだったって説もあるな
64:名無しのJ民
台風じゃなくてただの嵐だったとしても、あの規模で敵を壊滅させるってことは、やっぱり「運」が良かったのは事実やん
65:名無しのJ民
運も実力のうちやで
67:名無しのJ民
それ言ったら元寇自体がフロックやろ
攻めてくるたびにトラブル続きとか
68:名無しのJ民
でも普通に陸で戦っても日本の武士じゃ勝てなかったやろ?
72:名無しのJ民
モンゴルの戦闘スタイルが日本と違いすぎたからな
集団戦法と弓騎兵には苦戦してたやろ
76:名無しのJ民
いや、博多湾ではかなり奮戦しとるで
むしろ地の利があった日本有利だった部分もある
78:名無しのJ民
結局どっちが勝ってたかはたらればの話でしかないけどな
82:名無しのJ民
神風がなかったら日本はモンゴル帝国の属国になってた可能性大やろ
84:名無しのJ民
世界史の授業で「神風が日本を救った」ってマジ顔で教わったんやが…
85:名無しのJ民
まあ当時の日本人にとっては「神様のおかげ」としか思えなかったやろ
科学的な説明なんて出来んし
88:名無しのJ民
そらそうよ
89:名無しのJ民
ワイが神風論者やけど、あれは台風とは違うんや
もっと突発的で、まるで神意が働いたかのような…
93:名無しのJ民
神風ニキ草
97:名無しのJ民
実際、気象学的にもちょっと疑問視されてる部分はあるらしいね。
台風はもう少し広範囲で、時間かけて進むものだけど、元寇の時の暴風は局地的かつ急激だったと。
それが季節風による低気圧の発達か、もっと別の要因かは研究が進められてる。
101:名無しのJ民
ほーん
でも結果的に日本側から見たら神風なんやろ
105:名無しのJ民
結果オーライやね
107:名無しのJ民
もしあれが本当に台風じゃなかったら、なんかロマンあるよな
110:名無しのJ民
ロマンで歴史語んなや
112:名無しのJ民
しかしあの時代に、これだけの規模の国際戦争が起きてたってのがすごいわ
114:名無しのJ民
元寇ってモンゴル軍が日本に来るまでに、既に高麗とか女真族とかを従えてたからな
大遠征やでホンマ
115:名無しのJ民
日本も一枚岩じゃなかったしな
得宗専制の不満も溜まってたし
118:名無しのJ民
神風が来てなかったら鎌倉幕府は崩壊してたんちゃう?
119:名無しのJ民
いや、崩壊してたのは元軍の方やろ
122:名無しのJ民
元寇って鎌倉幕府滅亡の遠因になったって習ったわ
恩賞問題で不満が高まって
123:名無しのJ民
それはそう
124:名無しのJ民
神風がなければ蒙古に蹂躇なく蹂躙されてたと思うとゾッとするわ
127:名無しのJ民
いや、当時のモンゴル軍は既にピークを過ぎてたって意見もあるで
チンギスハンの頃のような勢いはもうなかった
130:名無しのJ民
それでも欧州まで行ってんやぞ?化け物やろ
132:名無しのJ民
モンゴルの陸軍と海軍って別物やろ
海戦は得意じゃなかったんちゃうか?
134:名無しのJ民
船も現地徴発の高麗の船やからな
モンゴル人自身は海戦慣れてないし
136:名無しのJ民
じゃあ神風関係なしに元々詰んでたんやん
137:名無しのJ民
日本側も油断してたって説もあるしな
文永の役で懲りて石塁築いたけど、それまでは博多湾ノーガードやったし
138:名無しのJ民
石塁も時間稼ぎにはなったけど、決定的な防御にはならんかったやろ
142:名無しのJ民
あの石塁って今も残ってるんだっけ?
145:名無しのJ民
博多湾岸とか福岡市博物館の近くとかに一部残ってるで
元寇防塁っていうやつ
148:名無しのJ民
へえ~見に行ってみる価値ありそうやな
151:名無しのJ民
まあでも神風って言うと、特攻隊とか連想しちゃうから、あんまり良いイメージはないよな今となっては
152:名無しのJ民
それはそう
戦争プロパガンダに利用された側面もあるし
156:名無しのJ民
本来は良い意味だったはずなのにね
160:名無しのJ民
結局、嵐が来たのは事実、それがなぜあれほど被害を出したのか、という話なんやろ
162:名無しのJ民
船の強度、船員の練度、気象条件、停泊地の問題、日本側の奮戦、モンゴル軍の疲弊
色々な要因が重なってあの結果になったってのが通説やろ
163:名無しのJ民
神風ニキの意見も聞いてみたい
166:名無しのJ民
ワイ神風ニキやけど、全ては必然やったんや
日本が神国であることの証明や
170:名無しのJ民
出たな陰謀論者
172:名無しのJ民
まあでも、当時の人たちにとってはそう思いたくなる気持ちはわかるわ
173:名無しのJ民
ワイらの時代で言ったら、未曾有の災害が起きて、それがたまたま敵を壊滅させたみたいなもんやろ
176:名無しのJ民
いや、神風じゃなくて単なる台風って言っとけばよかったんちゃうの?
180:名無しのJ民
台風じゃなくて、ただの低気圧の発達による暴風雨だったとしても、
当時の船団にとっては致死的な出来事だったのは事実やろ
183:名無しのJ民
歴史って解釈でコロコロ変わるから面白いよな
184:名無しのJ民
結局、何だったのかハッキリしないからこそ、ロマンがあって語り継がれるんやろ
188:名無しのJ民
はえ~
歴史の闇は深い
191:名無しのJ民
個人的には、台風というより、季節風と低気圧が合わさっての局地的な超暴風雨だったって説を支持してるわ。
急激な気圧の変化で、短期間に猛烈な嵐になった可能性は十分ある。
194:名無しのJ民
真面目ニキ現る
195:名無しのJ民
なるほどね。季節性があるってことか。
197:名無しのJ民
でもさ、もし台風じゃなかったとして、じゃあ日本の神様が起こしたって信じるのが当時の普通の人にとっては一番しっくりくるわけやろ?
199:名無しのJ民
そらそうよ
203:名無しのJ民
現代の俺らからすると、ただの自然現象なんやろうけど、当時の人には奇跡としか思えんかったやろなぁ
205:名無しのJ民
神風とか言われると宗教じみてて胡散臭く感じるけど、結局は強運だったってことでしょ
206:名無しのJ民
運も実力のうちって言ったやろ
210:名無しのJ民
それにしても、日本がモンゴル帝国に攻められたっていう事実自体がすごいよな。
ユーラシア大陸の端と端やで?
214:名無しのJ民
それだけモンゴルが強大だったってことや
215:名無しのJ民
当時、欧州でもビビりまくってたらしいしな
219:名無しのJ民
結局、元寇は日本の独立を守った大きな出来事ではあるよな
その要因が何だったにせよ
221:名無しのJ民
まあね
224:名無しのJ民
その後の日本史にも大きく影響与えたしな
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