1:名無しのJ民
これ毎回論争になるけど、やっぱり奇跡としか言いようがないやろ。
あんなタイミングで2回も台風が来て、しかもピンポイントで船団を壊滅させるなんて、自然現象としては異常すぎるわ。
4:名無しのJ民
いやいや、台風の時期に行軍したモンゴル軍がアホなだけやろ。
当時の航海技術じゃ、秋の日本海は普通に荒れるわ。
8:名無しのJ民
偶然で片付けるにはデキすぎてるんだよなあ。
神国日本って信じられてたのも頷ける。
11:名無しのJ民
神風って言っても文永の役(一回目)と弘安の役(二回目)で状況ちゃうからな。
文永の役は台風というより、モンゴル軍が長期戦を嫌って撤退したのが大きい。その撤退中に嵐に遭った。
弘安の役はガチで台風直撃。
14:名無しのJ民
ニキ詳しいな。
でもさ、その撤退中に嵐ってのも、日本近海でピンポイントで遭うってのがねえ。
なんかこう、見えざる力が働いたとしか思えん。
16:名無しのJ民
モンゴル軍からしたらたまったもんじゃないよな。
ユーラシア大陸を股にかけた最強の陸戦部隊が、海で敗れるとか屈辱もいいところ。
18:名無しのJ民
神風って名前が付いた時点で、そっちサイドの物語として完成されとるやん。
冷静に分析せな。
21:名無しのJ民
冷静に分析すると、当時の木造船は今と違ってマジで脆かったんや。
しかも、モンゴル軍の船は、元の本土から来た大型船と、高麗で急造した小型船が混在してたらしい。
特に急造船は粗悪で、ちょっと荒れるとすぐバラバラになったって話やで。
23:名無しのJ民
はえ〜、高麗船ってそんなクソだったんか。
そら嵐に弱いわけやわ。
26:名無しのJ民
高麗の造船技術を舐めんなよ。
元々高麗は日本より造船技術高かったくらいやぞ。
ただ、短期間に大量建造を命じられたから、資材の質も建造期間も劣悪だっただけ。
29:名無しのJ民
無理矢理作らされた高麗兵士もたまったもんじゃないな。
逃亡者もめちゃくちゃいたらしいし。
31:名無しのJ民
そりゃ逃げるやろ。上陸したらいきなり日本刀で斬りかかってくるヤバい奴らと戦わされて、海の上では嵐とか地獄かよ。
34:名無しのJ民
神風って言うと、なんか日本が無敵だったみたいなイメージあるけど、九州の武士団はめちゃくちゃ頑張ってたからな。
防塁築いたり、夜襲かけたり。
あの地の利を活かした戦術も忘れたらあかんで。
38:名無しのJ民
まさに命懸けの防衛戦やもんな。
絵巻物とか見ると迫力すごい。
異形の者たちが攻めてくるって、当時の人からしたらマジもんの悪魔に見えたやろ。
40:名無しのJ民
モンゴル軍の兵士も、日本に攻めてきたら想像以上に抵抗が強くてビビったらしいな。
当時の元って向かうところ敵なしやん。
まさかこんな小国で手こずるとは思わなかったやろ。
42:名無しのJ民
言うて、モンゴルがヨーロッパまで進出した時は冬将軍が頑張ってくれただけやろ?
それと一緒やん。
46:名無しのJ民
それはちょっとちゃうぞ。
ヨーロッパ侵攻はオゴタイ=ハンの死去で一時撤退したのが一番の理由。
冬将軍もあったけど、決定打は内政事情。
49:名無しのJ民
まあ、いずれにせよ、自然現象に助けられたのは事実やな。
人間がどうこうできるレベルの話じゃなかった。
50:名無しのJ民
もしあの時、神風が吹かずに元軍が上陸してたらどうなってたと思う?
日本史が大きく変わってたよな。
54:名無しのJ民
そりゃ完全に占領されてたやろ。
元の支配下になって、日本の文化も大きく変わってたんやろな。
漢字の読み方も中国語読みが主流になってたかも。
58:名無しのJ民
日本の武士は強かったけど、さすがにモンゴルの大軍相手じゃ厳しいやろ。
弓の威力も全然違うし、集団戦術も劣ってたし。
59:名無しのJ民
蒙古軍は火薬とかも使ってたらしいな。
当時の日本は知らん技術やろ。
ビビるわ。
61:名無しのJ民
ただ、占領してもモンゴルは遠すぎて支配が難しかったんじゃないかな。
チベットとかは比較的すぐ独立してるし、日本も反乱が頻発して結局撤退とかになったかも。
63:名無しのJ民
逆に日本の文化とモンゴルの文化が融合して、新しい文明が生まれてた可能性もゼロじゃない。
元寇がなければ茶道も武士道も違った形になってたかも。
67:名無しのJ民
それより、もし日本が占領されてたら、その後の世界史も変わってたんかな?
大航海時代とか、日本の存在感はどうなってたのか。
69:名無しのJ民
日本が大陸の一部として機能してたら、第二次大戦も全然違うことになってたやろな。
歴史のifって面白いよな。
71:名無しのJ民
でも神風が吹かなかったら、日本は元王朝の一部になって、世界史の片隅に埋もれてた可能性もあるわけやろ?
そう考えると、やっぱり奇跡やで。
73:名無しのJ民
というかさ、なんで台風シーズンに攻めてきたんや?
馬鹿なの?
77:名無しのJ民
それがさ、文永の役は旧暦の10月だから、新暦だと11月とかやろ。
弘安の役は旧暦の閏7月だから、新暦だと8月とか9月。
どっちも台風シーズンど真ん中なんだよなあ。
79:名無しのJ民
アホやん。
いや、モンゴル側に日本側の気象情報とか航海術に詳しい人間がおらんかったんか?
82:名無しのJ民
情報収集はしてたらしいけど、遠征軍だし、高麗に急かせられてたし、海の事情を陸の将軍がどこまで理解してたかは怪しいな。
あと、台風の時期を完全に避けるってなると、攻めるタイミングが限られすぎるんやろ。
85:名無しのJ民
当時の気象予報技術もやばいやろ。
今みたいに衛星があるわけでもないし。
数日後の天候なんて運任せやで。
86:名無しのJ民
奇跡じゃないと否定してるやつは、神風特攻隊を否定してるのと同じか?
日本を馬鹿にしてるんか?
88:名無しのJ民
↑いきなり話飛躍しすぎやろ。
元寇の神風と太平洋戦争の神風特攻隊は全然関係ないやん。
90:名無しのJ民
関係ない言うけど、同じ「神風」の名称を使ったってことは、日本の歴史観の中では繋がってるんやで。
精神論的な意味合いで。
91:名無しのJ民
その精神論が戦争を泥沼化させた一因でもあるんやけどな。
94:名無しのJ民
まあ元寇の神風は、本当に自然の力だったとしても、当時の日本人にとっては「神の加護」としか思えなかったやろ。
そこから信仰が生まれたのは自然な流れや。
95:名無しのJ民
神風があったからこそ、日本は独立を保てた。
これだけは揺るがない事実。
98:名無しのJ民
仮に神風が吹かなかったとしても、日本が完全に元の支配下になったかは疑問やで。
モンゴル帝国って、支配した土地を徹底的に収奪するから、日本でも大反乱が起きてたはず。
日本の武士は誇り高いから、支配を受け入れるわけないし。
99:名無しのJ民
武士はほんま戦うことしか能がないからな。
反乱起こして自滅しそう。
100:名無しのJ民
言うて、その反乱が元の支配を揺るがす可能性もあったわけやし。
ベトナムも元を撃退してるし、必ずしもモンゴル帝国が完全勝利するとは限らん。
101:名無しのJ民
ベトナムは暑いしジャングル多いから、モンゴル軍が適応できんかっただけやろ。
日本は気候的にはそんなに問題ないはず。
103:名無しのJ民
日本は山ばっかだし、ゲリラ戦には向いてるやろ。
モンゴル騎兵が本領を発揮できる平野も少ない。
104:名無しのJ民
それでも、当時の軍事力差は圧倒的やで。
まともにぶつかったら勝てない。
だからこそ、神風は奇跡なんや。
106:名無しのJ民
結局、奇跡か偶然かは、誰にも証明できんのやろ?
それなら信じたいものを信じればええやん。
110:名無しのJ民
ワイは信じるで。
だって、あの時代の日本にそれ以外の希望なんてなかったんやから。
114:名無しのJ民
信仰は自由やけど、歴史を語る上では客観的な視点も大事やろ。
奇跡と偶然、両方の側面から見ていくべきや。
115:名無しのJ民
でも、モンゴル軍が日本に侵攻してきたのは事実。
そして、日本は独立を保ったのも事実。
その要因の一つが、強力な嵐だったことも事実。
何をもって「奇跡」とするかは、個人の解釈の範疇やな。
118:名無しのJ民
当時の中国の記録には「暴風に遭遇して船が多数沈没した」って普通に書かれてるんやで。
別に「神が助けた」みたいなニュアンスはない。
あくまで日本側がそう解釈しただけ。
120:名無しのJ民
↑はえ〜、当時の中国側史料って何て書いてあるんや?
教えてクレメンス。
121:名無しのJ民
『元史』とか『高麗史』に記述があるで。
「兵船壊破殆尽(兵船がほとんど壊滅した)」とか「士卒死亡者十之三四(兵士の死傷者が10分の3、4に及んだ)」とか。
具体的な被害規模が書かれてる。
125:名無しのJ民
被害規模すごすぎやろ。
そら撤退するわ。
127:名無しのJ民
撤退中に嵐に遭って壊滅って、もうそれ敗走中の壊滅やん。
戦略的撤退じゃなくて。
130:名無しのJ民
結果として日本を救ったのは間違いない。
それが奇跡と呼ぶに値するかは、各自の心の中やな。
132:名無しのJ民
まあ、もし奇跡じゃなかったとしても、日本はあの時本当に運が良かったのは確かや。
それが歴史の流れを変えたんだから、意味は大きい。
135:名無しのJ民
運も実力のうちって言うやろ?
日本は運も味方につける実力があったってことや。
138:名無しのJ民
なんJで歴史語ると毎回熱くなるよな。
みんな歴史好きなんやな。
141:名無しのJ民
神風って聞くと、ワイはいつもパチンコでリーチがかかった時に祈るわ。
結局いつも当たらんけど。
144:名無しのJ民
草
それは違う神風や。
146:名無しのJ民
元寇の時の日本軍の防衛線とか、もっと評価されてもええと思うんやけどな。
防塁築いて上陸を阻んだり、水際での抵抗は凄まじかった。
あれも神風の一部やろ。
149:名無しのJ民
神風って言っちゃうと、人的な努力が軽んじられるのがね。
戦った兵士たちに失礼やわ。
152:名無しのJ民
確かに。彼らの必死の抵抗があったからこそ、嵐が来た時に壊滅的なダメージを与えられたんやからな。
上陸されてたら、どれだけ嵐が来ても被害は大きかったはず。
156:名無しのJ民
結局、神風っていうのは、日本側の勝利を正当化し、誇張するためのプロパガンダみたいな側面もあったんやろ。
まあ、当時の国民の士気を高めるには有効だったやろうけど。
158:名無しのJ民
モンゴルの船団、高麗兵とか南宋兵とかいろんな民族が混じってたらしいけど、統率も大変やったやろな。
言葉も通じないし。
159:名無しのJ民
元寇といえばさ、あの船に鎖かかってる絵巻あるやん?
あれって本当に鎖で繋いでたの?
台風来た時にバラバラになるやん。
162:名無しのJ民
あれは船団の統率を保つためとか、夜間にバラバラにならないようにとか諸説あるで。
ただ、台風来たらマジでアカンやつ。
鎖じゃなくて簡易的なロープだったとか、繋いでない船もあったとか。
全部が全部鎖で繋がってたわけではないやろ。
166:名無しのJ民
てか、元のクビライ・ハンって、日本征服にそこまでこだわってたんか?
他にやることあったやろ。
169:名無しのJ民
こだわってたらしいで。
当時、日本だけが元の支配下に入ってない国で、クビライからしたらプライドが許さなかったんちゃうか。
元は周辺国全部に朝貢させてたし。
173:名無しのJ民
朝貢しないと、やべー奴らが攻めてくるってのが、当時の世界の常識だったんやな。
日本はよく耐えたわ。
175:名無しのJ民
耐えたというか、結果オーライというか。
紙一重だったのは間違いない。
177:名無しのJ民
あのあとさ、日本は元からの再度の侵攻に備えて、ずっと防衛体制敷いてたのに、結局攻めてこなかったやん?
あれなんでなん?
178:名無しのJ民
クビライ死んだからやで。
あと、ベトナムとか他の遠征も失敗して、遠征費用もバカにならなくて、さすがに元も疲弊した。
財政的にもう無理だったんや。
182:名無しのJ民
はえ〜、クビライの死がデカかったんか。
またしても時の運というか。
184:名無しのJ民
そう考えると、日本の歴史って結構運に助けられてる部分多いよな。
地理的な要因も大きいけど。
188:名無しのJ民
まあ、日本が島国だったからこそ、モンゴルの騎馬隊が本領発揮できなかったってのもあるしな。
海を渡るって時点でリスク高い。
192:名無しのJ民
神風は奇跡か、それとも偶然か。
この問い自体が、日本人にとっての「運命」や「必然」について考えさせる問いやな。
196:名無しのJ民
答えは出ないけど、こういう歴史の議論は面白いわ。
結局、歴史は物語やからな。
みんなそれぞれの物語を語ればええねん。
199:名無しのJ民
ワイも奇跡説を信じるわ。
ロマンがあるし。
200:名無しのJ民
結局ワイらのご先祖様が必死で抵抗してたのは忘れちゃいかんよな。
奇跡も偶然も、彼らの努力があったからこそ活かされたんやで。
201:名無しのJ民
せやな。神風ありがとう、武士たちありがとう。
ってことでええやん。
205:名無しのJ民
まあ、そういうことやな。
とりあえず、あの嵐が来なかったら、今の日本はなかったってことだけは確か。
サンキュー神風。サンキュー武士。
206:名無しのJ民
おつかれ、みんな。
たまにはこういう真面目な歴史スレもええもんや。
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