1:名無しのJ民
普通に東京に移住させられて華族になったんだろ?
2:名無しのJ民
知らんけどたぶん優遇されたんやろ
なんか爵位とかもらって
6:名無しのJ民
そらそうよ
明治政府もいきなり全部取り上げるわけにもいかんしな
7:名無しのJ民
華族とかいう勝ち組
8:名無しのJ民
尚泰って名前は聞いたことあるけど、あんまり詳しく知らんな
沖縄の歴史って日本史でも触れられる部分少ないし
11:名無しのJ民
でも急に国取り上げられて、東京連れて行かれて、本人どんな気持ちだったんやろな
王様やってたのに
14:名無しのJ民
プライドズタズタやろ
沖縄のこととか心配だったんちゃうの
18:名無しのJ民
そりゃ不満はあっただろうけど、政府の圧力には逆らえんやろ。武力でどうこうできる時代でもなかったし。
20:名無しのJ民
でも明治政府としては琉球を中国から完全に切り離したい思惑があったから、尚泰を懐柔するのはかなり重要だったはず
23:名無しのJ民
はい真面目なレス
24:名無しのJ民
真面目ニキ助かる
28:名無しのJ民
へー、中国からの切り離しね
そらそうか、ずっと清の属国でもあったわけやし
32:名無しのJ民
属国って言い方も時代によってニュアンス違うぞ
冊封体制は貿易とか外交関係でメリットもあったし
35:名無しのJ民
めんどくせぇ
39:名無しのJ民
まあ、要は清と日本が琉球の宗主権を争ってたってことやな
日本が勝ったと
41:名無しのJ民
尚泰はどんな人だったん?
有能だったの?それとも傀儡?
42:名無しのJ民
そこまで強権的な君主じゃなかったみたいやね。むしろ学者肌でおとなしい人だったとか
そういうタイプだからこそ、時代の波に逆らえなかったんちゃうかな
43:名無しのJ民
なるほどねー
逆らったらもっとひどいことになってたかもな
47:名無しのJ民
実際、廃藩置県の時、琉球側は抵抗したんだけど、日本軍艦が那覇港に停泊してて、威圧されて従ったって話もある
50:名無しのJ民
物騒やねぇ
53:名無しのJ民
でも廃藩置県って、全国の藩が対象になったわけでしょ?琉球だけ特別扱いってわけでもないよな
57:名無しのJ民
いや、そこがミソなんだよな
琉球の場合は、藩じゃなくて「国」だったから、他の藩とはちょっと事情が違う
58:名無しのJ民
なるほど、国が藩になって、それがさらに県になったわけか
59:名無しのJ民
で、東京で華族になったってのはガチなんか?
61:名無しのJ民
ガチやで。侯爵に叙せられて、多額の年金も支給されてる
64:名無しのJ民
侯爵!すげーじゃん
65:名無しのJ民
今でいうと大手企業役員の悠々自適隠居生活みたいなもんやな
66:名無しのJ民
そんな楽園生活送れたなら良かったんちゃうの?
70:名無しのJ民
実際、尚泰本人は東京での生活を満喫してたって話もあるで
向こうの文化にも積極的に触れてたとか
72:名無しのJ民
へー意外やな
故郷への郷愁とかは無かったんかな
74:名無しのJ民
あっただろうけど、表には出さないんやろ
それが貴族のたしなみや
75:名無しのJ民
でも沖縄の人からしたらどうなんだろ
裏切り者!とか思われなかったんかな
78:名無しのJ民
それは複雑やろな
当時の沖縄は貧しくて、日本政府の支配下に入ったことで恩恵を受けた人も多かったはずやし
82:名無しのJ民
でもやっぱり文化とかアイデンティティは侵害されるわけやから、反発する人もいたやろな
84:名無しのJ民
それこそ士族とか、今まで優遇されてた層は不満が大きかったはず
86:名無しのJ民
尚泰自身は、東京で琉球の旧臣たちと交流することもあったらしいで
89:名無しのJ民
それでも故郷を失った喪失感はあったんやろなぁ
90:名無しのJ民
結局、尚泰は明治36年(1903年)に東京で亡くなってる
享年62歳
93:名無しのJ民
結構長生きしたんやな
97:名無しのJ民
そのあとどうなったん?
子孫は?
100:名無しのJ民
もちろん子孫も華族として続いたで。尚家は今も続いてる。
101:名無しのJ民
え、マジで?
じゃあ今の沖縄にも尚家の子孫とかいるんかな
102:名無しのJ民
いるぞ
現在も尚家の当主はいて、沖縄の文化継承とかに尽力されてる方もおる
103:名無しのJ民
すげえな
歴史って繋がってるんやなあ
106:名無しのJ民
でも戦争で大変だったんちゃうん?沖縄戦とか
107:名無しのJ民
当然や。沖縄戦の際、尚家の一族もかなりの苦難を経験してる
一部は日本本土に疎開、一部は沖縄に留まってて、悲惨な目に遭ってる
111:名無しのJ民
想像を絶するな
元王族なのに、そんな目に
114:名無しのJ民
戦後、GHQによって華族制度が廃止されるけど、尚家は沖縄の旧王家ということで、特別な存在として扱われたりもしたらしい
117:名無しのJ民
へー、また特別扱い
121:名無しのJ民
結局、尚泰は沖縄を日本に引き渡す決断を迫られた人やけど、その後の沖縄の発展を考えれば、結果的に良かった部分もあったんちゃうか
124:名無しのJ民
いやいや、それは現代の視点での結果論やろ
当時は誰もそんなこと分からんし、無理やり奪われたってのが実態やで
126:名無しのJ民
まあ、歴史にIFはないからな
128:名無しのJ民
でも沖縄って独自の文化とか歴史があって、本土とは違うから、日本人として一括りにされるのはしっくりこない人もおるんちゃう
129:名無しのJ民
それは今も議論されてるテーマやね
沖縄のアイデンティティって複雑や
131:名無しのJ民
尚泰が生きてるうちに、琉球の復興とか独立とか考えたりしなかったのかな
133:名無しのJ民
そこまで具体的な行動を起こすようなタイプではなかったみたいやな
あと、完全に東京に抑えられてたから、行動も難しかったやろ
136:名無しのJ民
東京での生活は優雅だったかもしれんけど、自由はなかったんやろな
137:名無しのJ民
まあ、国が滅びるってこんなもんやろ
138:名無しのJ民
国が滅びるって、なんかロマンあるよな
142:名無しのJ民
お前のようなニートが言うな
146:名無しのJ民
国が滅びるはロマンあるけど自分が当事者になるのは嫌やな
149:名無しのJ民
そらそうよ
153:名無しのJ民
てか琉球って清に朝貢してたけど日本も朝貢してたことあるん?
155:名無しのJ民
室町時代の日明貿易は朝貢形式やな
勘合貿易ってやつ
159:名無しのJ民
へー、日本も頭下げてた時代あったんやな
161:名無しのJ民
時代によって力関係なんて変わるもんやからな
165:名無しのJ民
つまり尚泰は時代の流れに身を任せるしかなかったっていう悲劇の人物ってことでええんか?
166:名無しのJ民
悲劇の人物であり、ある意味では琉球の平和的編入に貢献した人物とも言える
立場によって評価は変わるやろな
170:名無しのJ民
平和的編入?
いや、威圧されて無理やりやろ
174:名無しのJ民
武力衝突にはならなかったって意味では平和的やろ
175:名無しのJ民
そこを平和的と言い張るのはちょっと無理があるぞ
179:名無しのJ民
まあ、平和的って言葉の定義次第やな
181:名無しのJ民
琉球処分って言葉が、日本側からの視点やからな
沖縄側からしたら「侵略」だったって意見もあるし
183:名無しのJ民
歴史ってほんま難しいな
正義なんてないんやな
187:名無しのJ民
それな
勝者が歴史を作るってやつや
189:名無しのJ民
尚泰の直系の子孫は、今でも沖縄のシンボル的存在なん?
190:名無しのJ民
そこまでではないかな
ただ、文化活動とか保存活動には積極的に関わってる方が多いから、間接的な影響力は大きいと思うで
192:名無しのJ民
なるほどね
政治的リーダーではなく、文化的リーダーって感じか
195:名無しのJ民
むしろそれが望ましい形かもしれん
196:名無しのJ民
日本史とか世界史の教科書で琉球処分の部分ってもっと詳しくやるべきやと思うわ
197:名無しのJ民
わかる
特に近代史はサラッと流されることが多いからな
201:名無しのJ民
沖縄ってなんで日本に返還されるまでアメリカ領だったん?
202:名無しのJ民
米軍基地があるからやろ
205:名無しのJ民
いや、そこは沖縄戦で米軍が占領して、日本が独立する際にも返還されずにアメリカの統治下に置かれたからや
冷戦下の戦略的要衝として重要視されたんやな
206:名無しのJ民
ぐう詳しいニキおるな
209:名無しのJ民
沖縄の歴史ってほんま波瀾万丈やな
212:名無しのJ民
尚泰は東京で何の遊びしてたんやろ
麻雀とか?
215:名無しのJ民
明治時代に麻雀はまだないやろ
216:名無しのJ民
囲碁とか将棋ちゃうか
あと書画とか
217:名無しのJ民
風俗とか行ってたんちゃうの?
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