1:名無しのJ民
あれって本当に神様が吹かせた風だったんか?それともただの偶然?
4:名無しのJ民
ワイ的には偶然の台風やと思うんやが、当時はガチで神の力やと思われてたわけやろ?
8:名無しのJ民
マジやろ。二回もピンポイントで台風来るって奇跡すぎん?
9:名無しのJ民
いや、時期的に台風シーズンど真ん中やんけ。たまたま当たっただけやろ。
10:名無しのJ民
モンゴル軍が水軍弱すぎただけちゃうん?船の構造もヤバかったらしいし。
14:名無しのJ民
そもそも日本の防衛陣地が思ったより強固だったんやろ。なんでも神風にするのは思考停止やぞ。
15:名無しのJ民
鎌倉武士が鬼のように強かったからやろ。蒙古襲来絵詞見ろや。
16:名無しのJ民
台風シーズンとかいうけど、あんな大規模な艦隊がピンポイントで全滅レベルの被害受けるってそうないぞ。
18:名無しのJ民
モンゴル軍は中国・高麗の寄せ集め水軍やからな。練度も士気もバラバラだったはずや。
20:名無しのJ民
当時の記録ちゃんと読んだ?「神風」って言葉が使われるようになったのは後世からって話もあるで。
24:名無しのJ民
え、そうなの?じゃあリアルタイムで「神風キター!」ってなってたわけじゃないんか
28:名無しのJ民
最初は日本側も必死に戦ってたって話やろ?神風はあくまで追い打ち、と。
31:名無しのJ民
いやいや、日本も相当ヤバかったらしいやん。博多湾の防塁無かったら終わりやったって聞くぞ。
35:名無しのJ民
防塁有能すぎるな。あれなかったら今頃蒙古語しゃべってたかもしれん。
39:名無しのJ民
蒙古襲来絵詞の竹崎季長ニキかっこよすぎやろ。あんなん見たら神風とか関係なく武士つえーってなるわ。
43:名無しのJ民
なお恩賞問題で荒れる模様
47:名無しのJ民
草
49:名無しのJ民
実際、文永の役(一回目)の時は台風来てないんやで。日本軍が粘って撤退したのがデカい。
53:名無しのJ民
二回目の弘安の役で大規模な台風が来たんや。だから「二度も奇跡が!」ってなるわけやね。
55:名無しのJ民
じゃあ一回目は神風じゃなくて武士の力ってことか。
56:名無しのJ民
そうそう。だから純粋な神風って言えるのは二回目だけって意見もある。
58:名無しのJ民
モンゴル軍も補給線長すぎて、遠征が厳しかったってのもあるやろ。
59:名無しのJ民
高麗と南宋の兵士とか、無理やり動員されてるから士気も低かったんちゃう?
62:名無しのJ民
疫病とかも流行ってて、撤退しようとしてたところに台風が来たって説も聞いたことあるぞ。
66:名無しのJ民
なるほど、複合的な要因だった可能性が高いのか。
67:名無しのJ民
なんでも神風にすると、当時の人々の奮闘が見えなくなってまうからな。
71:名無しのJ民
でもさ、いくらなんでもタイミング良すぎやろあの台風。普通に考えて神の介入やろ。
75:名無しのJ民
昔の日本人はホンマに神国やと信じてたんやろなあ。
77:名無しのJ民
信じる信じないは置いといて、結果的に日本が助かったのは事実やし、国民の士気には繋がったやろ。
79:名無しのJ民
そりゃあんなん体験したら、神様おるって信じるわ。
83:名無しのJ民
当時の科学じゃ台風がどういうもんかも分からんかったやろうしな。
86:名無しのJ民
中国側にも被害の記録って残ってないんか?
88:名無しのJ民
そりゃモンゴルからしたら不名誉なことやから記録残さんやろ。
91:名無しのJ民
なんかモンゴルが日本を舐めすぎてたって話も聞いたぞ。
93:名無しのJ民
日本遠征はモンゴル帝国の末期で、もう攻め込む勢いもあんまなかったんじゃないか?
94:名無しのJ民
モンゴル帝国って世界史最強やん。そのモンゴルを押し返した日本ってすごくね?
96:名無しのJ民
押し返したというより、自然災害に助けられただけやろ。
97:名無しのJ民
結果は結果やからな。モンゴルは来なかった。それでええやん。
98:名無しのJ民
現代でも台風直撃とかで経済活動麻痺するんだから、当時の木造船じゃひとたまりもないわ。
102:名無しのJ民
モンゴル軍の船って、その場しのぎで作った粗悪品やったらしいで。
103:名無しのJ民
そうそう、ちゃんと海戦経験のある水軍が作ったわけじゃないからな。
107:名無しのJ民
高麗とか南宋の職人に急造させたって話やろ。そりゃ脆いわ。
110:名無しのJ民
蒙古襲来絵詞の絵見ると、日本刀でバッタバタ斬り倒してるやん。
112:名無しのJ民
あれはプロパガンダやで。実際は集団戦法に苦戦したって話や。
114:名無しのJ民
日本側も火薬使われてビビったらしいな。
117:名無しのJ民
てつはう、やっけ?あれマジで怖かったんやろな。
119:名無しのJ民
うんうん、見たことない武器出てきてパニックになったとか。
121:名無しのJ民
でも結局、集団戦法も個人戦に持ち込まれてグダグダになったんちゃうの?
125:名無しのJ民
鎌倉武士は名乗り上げてから一騎打ちが基本やからな。モンゴル軍は集団で襲いかかってくるから戦い方が全然違う。
127:名無しのJ民
そこに防塁とかいう要塞が立ちはだかったんやで。そら攻めあぐねるわ。
129:名無しのJ民
二度目の元寇の時って、博多湾の沖合に船団停泊したまま動けなかったらしいやん。
132:名無しのJ民
それが数ヶ月とかやろ?補給も糞もないし、士気もダダ下がりよな。
135:名無しのJ民
しかも船内で疫病蔓延とか。地獄絵図やんけ。
138:名無しのJ民
そこに台風やからな。もう天災と人災の合わせ技一本よ。
142:名無しのJ民
神風というより、蒙古襲来絵詞の兵士がみんな「天罰じゃー!」って叫んでそう。
144:名無しのJ民
なんかもう日本が強かったとかモンゴルが弱かったとかいうより、悪条件が重なりすぎただけちゃうんか?
145:名無しのJ民
両方やろ。日本側も防衛に死力を尽くしたし、モンゴル側も内情がガタガタだったところに、最悪の天候が重なった、と。
149:名無しのJ民
歴史ってそういうもんなんやろな。単一の原因で起こることなんて滅多にない。
152:名無しのJ民
それでも当時の日本人が「神風」って信じたかった気持ちはわかる。
154:名無しのJ民
精神的な支柱になったのは間違いないやろ。
155:名無しのJ民
それが後々の神国思想に繋がっていくわけやし。
156:名無しのJ民
第二次大戦の「神風特攻隊」とかも、この元寇の神風が由来やもんな。
157:名無しのJ民
あの文脈で使われると、ちょっと複雑な気持ちになるわ。
160:名無しのJ民
歴史の解釈って難しいな。
162:名無しのJ民
結果だけ見れば「たまたま台風で助かった」で済むけど、そこに当時の人々の感情とか生活があったわけやし。
163:名無しのJ民
当時の為政者が「神のおかげやで!」って国民に広めたのはあるやろな。
165:名無しのJ民
戦費がヤバくて、御家人たちへの恩賞も満足に払えなくて揉めたんやろ?
166:名無しのJ民
「敵国を撃退したけど領土増えなかったから恩賞なしね」はキツすぎやろ。
167:名無しのJ民
マジで財政破綻寸前やったらしいな。
168:名無しのJ民
モンゴル軍来なくても鎌倉幕府は終わりに向かってた説。
169:名無しのJ民
はい論破。結局は幕府の統治能力の問題よ。
173:名無しのJ民
恩賞問題から御家人の不満爆発、からの滅亡ルートやね。
175:名無しのJ民
神風があったから、なんとか持ちこたえた感もある。
176:名無しのJ民
いや、神風で助かったからこそ、逆に幕府の無策が浮き彫りになったんちゃうか?
178:名無しのJ民
どっちも考えられるな。歴史って奥深い。
181:名無しのJ民
なんか最初より真面目な話になってるやんけ。なんJらしくない。
183:名無しのJ民
たまにはええやろ。
185:名無しのJ民
結論、神風は「偶然の好天候と日本側の奮闘とモンゴル側の悪条件が重なった結果、それに精神的な意味付けがされたもの」ってことでええか?
186:名無しのJ民
ぐうの音も出ない。
189:名無しのJ民
はい、賢者タイム終了。
191:名無しのJ民
つまんねーな。
192:名無しのJ民
でもこれが一番しっくりくるわ。
194:名無しのJ民
歴史厨ニキ有能。
196:名無しのJ民
当時の日本人マジで運良かったな。
198:名無しのJ民
運も実力のうちってやつやろ。
200:名無しのJ民
とりあえずモンゴルは可哀想やな。二度も大艦隊が台風にやられるとか。
202:名無しのJ民
あれからモンゴルが日本に攻めてこなくなったのは、神風がトラウマになったからやろ。
206:名無しのJ民
そりゃなるわ。
210:名無しのJ民
というか、元寇の時のモンゴルってチート級に強かったからな。よく勝てたわ。
214:名無しのJ民
もう一回だけ、当時の記録で「神風」って言葉が使われてないってソースくれ。
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