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八甲田山雪中行軍って結局何が一番アカンかったんや?

1:名無しのJ民

絶対行きたくない

5:名無しのJ民

寒そう(小並感)

8:名無しのJ民

上層部の判断ミスやろ

12:名無しのJ民

ワイなら速攻引き返すわ

15:名無しのJ民

装備が貧弱すぎたんだろ

17:名無しのJ民

でも昔の兵隊って根性あったんやろ?

20:名無しのJ民

根性だけじゃどうにもならんのが自然の力よ

23:名無しのJ民

ワイ将、コタツでぬくぬく高みの見物

25:名無しのJ民

一番は舐めてたことやろな

29:名無しのJ民

当時の軍隊が雪山を軽視してたってこと?

30:名無しのJ民

そうやね。シベリア出兵とか日露戦争とか見越しての訓練だったけど、冬の八甲田山を甘く見てた節はある

33:名無しのJ民

装備、指揮、天候判断、全部がダメだったからああなったんやろ

34:名無しのJ民

結局何人死んだんだっけ?

38:名無しのJ民

199人だったっけ?生存者少なすぎやろ

40:名無しのJ民

210人中199人死亡だからな。ほぼ全滅

44:名無しのJ民

もうそれ災害やん

48:名無しのJ民

食料が足りなかったのもデカいらしいで

51:名無しのJ民

凍傷で指とか足とか失った人もいるんだろ

55:名無しのJ民

雪山の恐ろしさ教訓になったんかな

59:名無しのJ民

むしろそこから学ぶべきことが多すぎた事件だよな

61:名無しのJ民

判断力失った指揮官が変な指示出してそれに従っちゃったのがダメだったんやろ?

65:名無しのJ民

いや、最初から無理な行程だったって意見もある

66:名無しのJ民

当時の天気予報とかどんなレベルだったんやろな

69:名無しのJ民

そんなもん無いに等しいわ

71:名無しのJ民

吹雪の中で方向感覚失ったのが一番怖い

75:名無しのJ民

道がわからなくなったら終わりやな

76:名無しのJ民

地図とコンパス持ってても吹雪じゃ意味ないってことか

80:名無しのJ民

雪洞とか作れなかったんか?

84:名無しのJ民

そんな余裕も体力もなかったらしいで

87:名無しのJ民

集団パニックみたいな状態になったんやろな

88:名無しのJ民

低体温症になると判断力落ちるって言うしな

90:名無しのJ民

人間って追い込まれるとマジでアホになるからな

91:名無しのJ民

極限状態での正しい判断って難しいよな

92:名無しのJ民

結局、指揮官の判断ミスか?それとももっと根本的な組織の問題?

94:名無しのJ民

多分、両方やろ

95:名無しのJ民

現場が「無理です」って言える空気じゃなかったんやろな

96:名無しのJ民

軍隊だから命令は絶対みたいなとこあったやろし

100:名無しのJ民

上の人が「行け」って言ったら行くしかないって状況

102:名無しのJ民

それって今の会社でもあるあるやん…

105:名無しのJ民

社畜ワイ、他人事と思えない

108:名無しのJ民

ブラック企業勤めのワイ、ゾッとする

109:名無しのJ民

雪山にブラック企業を重ねるなw

112:名無しのJ民

でも似たような構造してるよな、トップの無茶振り

114:名無しのJ民

当時の日本の軍隊って精神論が強かったからな

116:名無しのJ民

根性でどうにかなると思ってた節はありそう

119:名無しのJ民

でも真面目な話、当時の装備は現代の登山装備とは比較にならんくらいお粗末やったらしいで。藁沓とか履いてたんやろ?

121:名無しのJ民

マジかよ、藁沓じゃ雪山は無理やろ

122:名無しのJ民

スキー板とかかんじきとかまともなものが少なかったんや

126:名無しのJ民

軍靴もただの革靴だしな。雪道想定してない

130:名無しのJ民

そりゃ凍傷になるわ

134:名無しのJ民

防寒着も今みたいな高機能素材ちゃうし

136:名無しのJ民

食料も凍って食えなくなったりしたらしいな

137:名無しのJ民

生きてる人間を食料にしたとかいう話もあったよな

140:名無しのJ民

それはガセやろ。噂レベル

144:名無しのJ民

いや、本当に追い込まれたらあるかもよ…

146:名無しのJ民

結局、雪山舐めとったんが一番の原因やろな。経験者も少なかったし

150:名無しのJ民

青森に雪山経験者おらんわけないやろ

151:名無しのJ民

でも軍隊のプロフェッショナルな雪山部隊ってわけじゃなかったんやろ?

154:名無しのJ民

専門家軽視ってやつか

158:名無しのJ民

事前に下見とか偵察しなかったんか?

162:名無しのJ民

偵察隊は送ってたけど、報告を軽視したんやなかったっけ?

165:名無しのJ民

あー、上は聞く耳持たなかったと

168:名無しのJ民

まさに組織の病理やな

172:名無しのJ民

でも生き残った人ってどうやって助かったんや?

174:名無しのJ民

後藤伍長やな。彼が奇跡的に意識保って発見されたんや

175:名無しのJ民

それもすげえな

177:名無しのJ民

運が良かっただけか?

179:名無しのJ民

いや、彼は部隊の中で特に体力と精神力があったと言われてる

180:名無しのJ民

あと、ちょっと離れてた別の部隊は生還してるんだよな

183:名無しのJ民

弘前隊は成功してるからな。装備も指揮も違ったんやろ

186:名無しのJ民

弘前隊は地元の猟師とかをガイドに雇ってたからな

189:名無しのJ民

知識と経験の差はでかいな

190:名無しのJ民

弘前隊が成功して、青森隊が失敗した。この対比が重要

193:名無しのJ民

青森隊は「軍人の誇り」みたいなのが邪魔したんやろ

195:名無しのJ民

地元民に頼るのがプライドが許さなかったとか?

199:名無しのJ民

そういう側面もあったかもしれんね

203:名無しのJ民

結局、無能な上層部と現場の慢心、そして自然の猛威が重なった結果か

207:名無しのJ民

どれか一つでも欠けてたら、ここまでひどくはならなかったんやろな

210:名無しのJ民

天候判断のミスが一番デカいんじゃない? あの吹雪さえなければまだなんとかなったのでは

212:名無しのJ民

いや、あの装備と計画じゃ、晴れてても無理ゲーだったと思うで

216:名無しのJ民

食料はやっぱり重要だよな

218:名無しのJ民

おにぎりとか持ってなかったんか?

221:名無しのJ民

持ってたけど凍って石みたいになったらしい

223:名無しのJ民

お湯沸かす燃料とかもなかったんやろ?

226:名無しのJ民

極寒の雪山で火を熾すってだけでも至難の業やしな

229:名無しのJ民

携帯食料の重要性がわかったんやな

230:名無しのJ民

結局、日露戦争に間に合わせるための無理な訓練だったってことでしょ?

231:名無しのJ民

まさにそれ。焦りもあったんやろな

235:名無しのJ民

戦時中の無理な計画って後世から見ると本当に愚かに見える

237:名無しのJ民

当時としては切羽詰まってたんだろうけどな

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