1:名無しのJ民
あれって結局律令制の建て直し試みたけど、結局荘園だらけになったし、失敗じゃね?
4:名無しのJ民
失敗っていうか、もう時代の流れには逆らえなかった感
5:名無しのJ民
ワイ詳しくないんやけど、整理令ってどんなもんだったの?
7:名無しのJ民
簡単に言うと、勝手に土地を私有するな!国の税収減るだろ!って貴族とか寺社から土地を取り戻そうとしたやつや
10:名無しのJ民
なお取り戻せなかった模様
11:名無しのJ民
草
12:名無しのJ民
でも、まったく効果がなかったわけではないやろ
一時的には抑制されたって話も聞くで
16:名無しのJ民
抑制されたというより、潜り込んだり隠したりするテクニックが上がっただけじゃね?
18:名無しのJ民
それはある。整理令で一回きれいになったフリして、また新しい形で私有地が膨張していくという
22:名無しのJ民
もぐら叩きやんけ
24:名無しのJ民
つーか、国司が自分で荘園持ってたのがアカンやろ
25:名無しのJ民
国司が一番の悪徳業者だったってマジ?
26:名無しのJ民
マジやぞ。地方に赴任した国司が、任期中に私腹を肥やして荘園を作りまくる。そして帰京したら次の国司も同じことする
29:名無しのJ民
現代の政治家と変わらんな
33:名無しのJ民
人間の本質は変わらんってことやな
36:名無しのJ民
結局、墾田永年私財法が諸悪の根源では?
39:名無しのJ民
いや、あれはあれで、荒れ地を開墾するインセンティブを与えたから、経済発展には繋がったとも言える
41:名無しのJ民
でも、それが無制限になったから、結局貴族とか寺社が美味しいとこだけかっさらっていったわけでしょ?
43:名無しのJ民
せやな。当初は「荒れた土地を開発してね!」やったのが、「開発したら永続的にあんたのもんやで!」ってなったから、そらデカい権力持った奴らが荒地買い漁って開発して囲い込むわな
44:名無しのJ民
もうこの時点で詰んでたやん
45:名無しのJ民
詰んでたっていうか、当時の律令制が、あまりにも時代に合わなくなってたんやろ
49:名無しのJ民
公地公民を維持しようとするのが無理ゲーだったんやろ
52:名無しのJ民
そら貴族も自分の領地の方が税金ウハウハやし、頑張って国に税金納めるより自分のとこ囲った方が得やもん
56:名無しのJ民
てか延喜って醍醐天皇の時代やろ?あの頃ってまだ朝廷が力あったイメージあるけど
59:名無しのJ民
醍醐天皇が理想主義者だったんやろな。「もう一度律令制を機能させる!」って意気込んだものの、現実は厳しかったと
63:名無しのJ民
理想は高かったけど、根っこはもう腐りきってたんやろ
64:名無しのJ民
平安時代前期の頑張りやったけど、結局中期の摂関政治に繋がるしな
67:名無しのJ民
整理令も何回か出てるけど、後三条天皇の延久の荘園整理令は少しは効果あったんやっけ?
68:名無しのJ民
延久の方が徹底してたな。記録所作って厳しく審査したし。あれは貴族の中でも力関係が崩れて、天皇が力を取り戻そうとしたタイミングやったからな
70:名無しのJ民
醍醐天皇の時代はまだそこまでだったんやな
72:名無しのJ民
延喜の時代は、天皇は権威あっても、実務は藤原氏に牛耳られてたからな。藤原氏自体も荘園持ってる側やし、本気で取り締まる気なんかあるわけない
74:名無しのJ民
国賊藤原氏
77:名無しのJ民
草
79:名無しのJ民
整理令出した醍醐天皇も、結局は藤原氏の協力なしには政治できなかったんやし、限界あったわな
82:名無しのJ民
まあ、結局何回整理令出しても、根本的な解決にはならんかったわけや
83:名無しのJ民
荘園を無くすってことは、貴族とか寺社の経済基盤を潰すってことやから、そら大反発されるわな
87:名無しのJ民
現代でいうと、既得権益潰すようなもんだしな
88:名無しのJ民
日本の歴史っていつも既得権益との戦いよな
89:名無しのJ民
その結果、武士が出てきて、武士も荘園持っちゃったっていうね
93:名無しのJ民
鎌倉時代も荘園だらけだったしな。室町も戦国も。
94:名無しのJ民
もはや荘園が当たり前の世界やん
98:名無しのJ民
日本の土地制度の根幹だよな
100:名無しのJ民
てか、整理令の具体的な内容ってどんな感じだったん?
104:名無しのJ民
確か、「それ以上荘園増やしちゃダメだよ」ってのと、「過去に違法に作られた荘園は返せ」ってのがメインやったと思う
105:名無しのJ民
でも違法かどうか判断するのも難しいし、誰が判断するんだって話になる
108:名無しのJ民
国司とか有力貴族が自分とこは合法!って言い張って、他所は違法!ってやるんやろ
109:名無しのJ民
そりゃ揉めるわな
110:名無しのJ民
当時の記録とか残ってるんかな?「うちの荘園は正当な理由でゲットしました」とか言い訳文書とか
111:名無しのJ民
ああ、そういう文書は残ってるで。それこそ延久の荘園整理令の記録所文書なんかは有名。あれで荘園の実態がわかった部分もある
114:名無しのJ民
へー、面白いな
118:名無しのJ民
延喜の荘園整理令は、その後の歴史の流れを変えられなかったって意味では失敗だけど、問題意識を持ってて改革しようとしたこと自体は評価できるんちゃう?
121:名無しのJ民
無駄な努力ではなかったと?
125:名無しのJ民
せや。少なくとも、このままじゃアカンって空気はあったってことやし
126:名無しのJ民
でも、空気だけじゃどうにもならんのやろな
129:名無しのJ民
改革ってのは、単なる理想だけじゃなくて、それを実行できるだけの権力と、反対勢力を抑え込む力がいるからな
132:名無しのJ民
醍醐天皇にはそれがなかったと
133:名無しのJ民
いや、当時の醍醐天皇は結構力あった方やで。延喜の治とか言われるくらいだし。でも、その力でも荘園の根深さには勝てなかったってことや
136:名無しのJ民
根が深すぎるわな
138:名無しのJ民
結局、荘園っていつまであったんや?
141:名無しのJ民
太閤検地で実質的に終わったとされてるな。戦国末期まであったんやで
142:名無しのJ民
マジか。めっちゃ長生きした制度やん
145:名無しのJ民
日本の土地制度のビッグボスやな
146:名無しのJ民
なんか現代の土地所有権とか固定資産税とかにも繋がるルーツがあると思うと面白いわ
147:名無しのJ民
日本史って、結局権力闘争と金の話ばっかりやな
149:名無しのJ民
それが人間ってもんよ
150:名無しのJ民
整理令を出す→貴族がごまかす→新しい整理令を出す→貴族が新しい方法でごまかす
このループが平安の貴族文化を育てたと言っても過言ではない
154:名無しのJ民
貴族「整理令?知らんがな。とりあえず歌でも詠むか」
155:名無しのJ民
貴族「ワイの領地でとれた米、美味いなぁ。税金?知らん」
157:名無しのJ民
平安貴族ニート説
159:名無しのJ民
彼らも彼らで政争とかで大変やったんやで。歌や和歌が武力闘争の代替だったみたいな話もあるし
161:名無しのJ民
そう思うと、延喜の荘園整理令って、単なる経済政策じゃなくて、当時の政治権力の限界を示した出来事でもあるんやな
162:名無しのJ民
まぁ失敗は失敗やけど、歴史を語る上では重要なターニングポイントやな
166:名無しのJ民
日本の歴史は荘園と共にあり、荘園は延喜の荘園整理令の屍の上にあるんやな
170:名無しのJ民
かっこいい締め方やな
173:名無しのJ民
平安時代って地味なイメージあったけど、意外と泥臭いことやってたんだな
176:名無しのJ民
歴史ってのは、教科書に載ってる綺麗な部分だけじゃないからな
180:名無しのJ民
真面目に言うと、延喜の荘園整理令の失敗は、後の時代に律令制が完全に崩壊し、武士の時代が来ることを決定付けた一因とも言える。その意味で、非常に重要な転換点だった
184:名無しのJ民
お、真面目レスやんけ
188:名無しのJ民
確かに、朝廷がいくら頑張っても地方を掌握できなくなっていく過程やもんな
192:名無しのJ民
地方豪族や国司の力が強まっていく過程が見えるわ
196:名無しのJ民
現代の地方創生とか格差問題とか、なんか通じる部分あるよな
198:名無しのJ民
結局、中央の理想と地方の実情のギャップが大きすぎたってことやな
200:名無しのJ民
延喜の荘園整理令は、中央政府が地方をコントロールしきれなくなるという、日本の歴史における大きな流れの始まりを象徴してるのかもしれんな
202:名無しのJ民
そう考えると、ただの失敗とは言えんかもな。歴史の必然って感じ
205:名無しのJ民
この時代を境に、日本の統治体制が大きく変わっていくんやからな
209:名無しのJ民
うん、失敗だったけど、その失敗が次の時代への扉を開いたとも言える
210:名無しのJ民
なんか、胸熱になってきたわ
214:名無しのJ民
歴史って奥深いな
215:名無しのJ民
醍醐天皇、無念だったやろうな
219:名無しのJ民
でも、その挑戦自体が意味あったってことや
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