1:名無しのJ民
江戸幕府の改革ってどれも結局、その場しのぎで終わってね? 享保とか特にひどい
4:名無しのJ民
享保の改革はまだマシな方じゃね? 天保とか寛政のがよっぽどやばい
7:名無しのJ民
いや享保がヤバいのは米価対策だろ。物価統制しようとして逆に流通停滞させてるし
10:名無しのJ民
米将軍とか言われるけど、結局農民苦しめてるだけだったよな
11:名無しのJ民
吉宗って名君扱いされてるけど、実際は緊縮財政で庶民は困窮したって話もあるで
13:名無しのJ民
米価対策は難しいんだよなあ。現代でも苦労してるし
15:名無しのJ民
でもさ、あの時代に赤字財政立て直そうとしたのは評価すべきだろ。当時の幕府、マジで財政破綻寸前だったんだぞ
16:名無しのJ民
いや、米価を上げようと誘導して、結果的に江戸市中が米で溢れて大暴落したんだろ? その後、農村部で飢饉が起きてるし
19:名無しのJ民
それは享保の改革「後」の話だろ。米価が上がりすぎたから調整しようとしたら、今度は下がりすぎて農民が苦しんだ。そして飢饉。
23:名無しのJ民
どっちにしろ、結果的に庶民を苦しめてるやんけ
26:名無しのJ民
じゃあ、お前ならどうするんだよ? 財政破綻寸前の幕府をどう立て直す?
27:名無しのJ民
ワイなら吉宗公のように、まずケチケチ倹約令出すわ。そして目安箱で民の声を聞くフリする
28:名無しのJ民
目安箱は有能だったろ!あれで意見吸い上げてたんだぞ
32:名無しのJ民
目安箱って、庶民が直接意見言える唯一の場だったんだよな。画期的ではある
36:名無しのJ民
でも目安箱も結局は幕府にとって都合のいい意見しか採用されなかったんでしょ?
38:名無しのJ民
ある程度はそうだろうけど、小石川養生所とかは目安箱から実現したんだから、全くの無駄ではなかった
39:名無しのJ民
小石川養生所はぐう聖案件。あれは評価する
41:名無しのJ民
あの時代に無料の病院作るとか、吉宗はさすがにぐう聖だわ
42:名無しのJ民
だけど、改革のせいで幕府の財源が増えた分、農民の負担が増えたのも事実やろ
46:名無しのJ民
年貢の定免法とか、農民からしたら死活問題だったろ
48:名無しのJ民
定免法で安定した税収を得る一方で、豊作不作に関わらず一定の税を取られるから農民は辛かったわな
51:名無しのJ民
つまり、吉宗は名君って言われがちだけど、評価が分かれるってことか
54:名無しのJ民
そりゃそうだろ。政治家なんてみんな評価分かれるわ
55:名無しのJ民
享保の改革って、結果的に飢饉を誘発したって側面もあるからな。それが一番の闇
59:名無しのJ民
享保の大飢饉は西日本中心で、享保の改革による米価調整の失敗とは直接関係ないって説もあるぞ
60:名無しのJ民
飢饉は天候不順が主な原因だろ。改革と結びつけるのは無理がある
61:名無しのJ民
でも、改革の失敗が飢饉の被害を拡大させたって見方もできるだろ。備蓄がなかったり、流通が滞ったり
62:名無しのJ民
まあ、複合的な要因だろうな。当時の技術じゃどうしようもなかった部分もある
65:名無しのJ民
飢饉の時に、大奥の女たちが「米が貴重だ」とか言って米風呂に入ってたってマジ?
67:名無しのJ民
それはさすがにデマだろw どっかの創作物か?
69:名無しのJ民
米風呂はさすがに草。でもそれくらい余裕あったんじゃないの? 幕府上層部は
72:名無しのJ民
そりゃ上層部は食ってるだろ。下々の苦しみなんて知る由もない
73:名無しのJ民
吉宗自身は質素だったらしいけどな。大奥も縮小したとか
77:名無しのJ民
質素な将軍って聞くと、なんか好感度上がるよな
79:名無しのJ民
でも、質素すぎて経済が回らなくなったっていう批判もあるんだよなあ
80:名無しのJ民
倹約しすぎると、かえって景気悪くなるってのは現代でも同じだな
82:名無しのJ民
享保の改革って、貨幣の統一もやったんだっけ?
83:名無しのJ民
貨幣の統一は重要やな。経済の安定には不可欠
84:名無しのJ民
金銀比価の調整もやったな。ただ、これも問題が多かったけど
86:名無しのJ民
結局、何やっても「完璧!」って改革は無いってことだよな
89:名無しのJ民
むしろ、完璧な改革なんて存在しないことを証明してるのが江戸幕府の歴代改革だろ
91:名無しのJ民
徳川家康が作り上げたシステムが盤石すぎたってことなのか、それとも柔軟性がなかったのか
95:名無しのJ民
家康はすごかったけど、200年後には無理があったシステムだよ
96:名無しのJ民
そりゃ時代が変わればシステムも変えないとアカンわ
97:名無しのJ民
でも、あの閉鎖的な社会で変化を起こすのは並大抵のことじゃなかったろう
98:名無しのJ民
鎖国とかいう国策が諸悪の根源だろ
99:名無しのJ民
鎖国は当時の世界情勢考えたら一概に悪とは言えん。むしろ国防のためには必要だった
101:名無しのJ民
鎖国のおかげで日本独自の文化が育ったとも言えるしな
102:名無しのJ民
鎖国がなければ、幕末に黒船来た時にアワアワしなかったんじゃね?
106:名無しのJ民
鎖国しててもオランダ経由で情報は入ってたんだから、知らんぷりしてただけだろ
107:名無しのJ民
それが幕府の無能さよ
108:名無しのJ民
話が享保の改革から逸れてるぞ
109:名無しのJ民
すまん、ついつい
111:名無しのJ民
享保の改革に戻るけど、吉宗ってなんであんなに名君扱いされてるんだろ?
114:名無しのJ民
やっぱり目安箱と小石川養生所のインパクトが強いんちゃう?
117:名無しのJ民
あと、公事方御定書とかの法典整備も評価されてるぞ
119:名無しのJ民
法律をちゃんと整備したってのはデカいな。それまで曖昧だった部分多かったらしいし
122:名無しのJ民
裁判の基準ができたのはいいことだよな
124:名無しのJ民
でも、それも結局は幕府都合の法律だったわけでしょ?
128:名無しのJ民
そりゃ当たり前だろ。誰のための法律だと思ってんだ
132:名無しのJ民
現代の法律だって、結局は支配層にとって都合のいいものなんだよなぁ
136:名無しのJ民
それはそうだけど、表向きは公平に見せないとダメじゃん
138:名無しのJ民
吉宗はそれをわかってたから、目安箱とか法典整備とかやったんだろ
139:名無しのJ民
民衆の不満を逸らすためのガス抜きが上手かったってことか
140:名無しのJ民
ガス抜きも政治の重要な技術やぞ
144:名無しのJ民
享保の改革の負の側面として、庶民の娯楽規制が強化されたのもあったな
148:名無しのJ民
娯楽規制はどの改革でもセットだろ。倹約=贅沢禁止
149:名無しのJ民
風紀の乱れを取り締まるとか言って、庶民のささやかな楽しみまで奪ってたからな
152:名無しのJ民
歌舞伎とか吉原とか、幕府は目の敵にしてたからなあ
156:名無しのJ民
でも、規制すればするほど裏で流行るんだよな。人間ってそういうもん
157:名無しのJ民
水野忠邦もそうだったし、結局禁止令なんて無駄なんだよ
159:名無しのJ民
享保の改革のせいで、歌舞伎役者が田んぼに帰されたとかいう話なかったっけ?
160:名無しのJ民
それは確か天保の改革の方じゃなかったか? 勘違いしてないか?
162:名無しのJ民
あ、ごめん、そうだったかも。ごっちゃになってたわ
166:名無しのJ民
まあ、どの改革も似たり寄ったりってことだよ
167:名無しのJ民
江戸時代って結局、飢饉と改革のループだったな
169:名無しのJ民
いや、享保の改革はまだ「改革」として成立してた方だろ
170:名無しのJ民
天保の改革とか、ただのヤケクソだったし
172:名無しのJ民
水野忠邦は有能だったけど、ちょっと焦りすぎたな
174:名無しのJ民
享保の改革って、最終的にどういう評価で落ち着いてるん?
178:名無しのJ民
功罪相半ばって感じじゃない? 財政再建は一定の成果あったけど、庶民の負担は増えたし、飢饉との関連も指摘される
179:名無しのJ民
歴史家によって評価も全然違うしな
183:名無しのJ民
結局、その時代の為政者って、常に板挟みなんだよな
185:名無しのJ民
現代の政治家もそうやろ。誰かを救えば誰かが苦しむ
188:名無しのJ民
そう考えると、吉宗も大変だったんだなって思うわ
192:名無しのJ民
将軍とかやりたくねーな。責任重すぎだろ
193:名無しのJ民
ワイなら米価安定のために米相場に介入しまくるわ
194:名無しのJ民
それは現代の経済学を分かってるから言えることだろ。当時そんな知識ないわ
196:名無しのJ民
当時の知識でベストを尽くした結果があれなんだから、仕方ないといえば仕方ない
200:名無しのJ民
でも、もしタイムスリップして吉宗にアドバイスできるなら、何て言う?
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