1:名無しのJ民
あんなもん誰も得せんかったやろ
5:名無しのJ民
細川と山名ガイジ定期
9:名無しのJ民
将軍の足利義政も大概やろ
10:名無しのJ民
結局日野富子が悪い
13:名無しのJ民
いや、そもそも管領家の跡目争いに将軍家が巻き込まれたのが発端じゃね?
14:名無しのJ民
義政がアホすぎて周り振り回しただけやろ
15:名無しのJ民
京都が焼け野原になったのホンマひで
16:名無しのJ民
戦国時代の始まりって考えると結構重要な戦いではある
20:名無しのJ民
でも内容が複雑すぎて歴史の授業でもスルーされがち
24:名無しのJ民
「とりあえず細川と山名がやりあって、京都が燃えました、以上!」みたいな説明だったわ
26:名無しのJ民
日本史の授業で一番眠くなったやつ
28:名無しのJ民
まあ結局は守護大名同士の勢力争いに、幕府の権威が落ちてたのが拍車かけただけや
32:名無しのJ民
室町幕府自体が元々ガバガバな統治機構だったからな
34:名無しのJ民
義政は銀閣寺建ててる場合じゃなかった
37:名無しのJ民
銀閣寺は応仁の乱後やぞエアプ
40:名無しのJ民
ファッ!?そうなんか!?てっきり戦中に建てて世間から批判浴びてたのかと
43:名無しのJ民
銀閣寺着工は乱が終結した8年後やね。まあ乱中に文化人ごっこしてたのは事実だが。
47:名無しのJ民
なるほどねサンガツ
48:名無しのJ民
結局、有力守護大名が将軍を担ぎ上げて自分の都合の良いように使おうとしたのが原因やん
51:名無しのJ民
畠山と斯波の家督争いに細川と山名が首突っ込んだのが発端じゃなかったっけ?
52:名無しのJ民
あれって将軍の後継者問題も絡んでたよな
56:名無しのJ民
義政が弟の義視を次の将軍にしようとしてたのに、富子が息子産んだからゴタゴタになったんやろ?
59:名無しのJ民
そうそう、義視は元々僧侶だったのに還俗させられたのに、富子が義尚産んだから義視も「は?」ってなったやろ
61:名無しのJ民
これもう完全に家族会議失敗やん
65:名無しのJ民
草
69:名無しのJ民
歴史の舞台で家族会議失敗は洒落にならんわな
70:名無しのJ民
「すまん、やっぱり息子生まれたからそっちに将軍継がせたいンゴ」とか言われた義視の気持ち考えろ
71:名無しのJ民
そら義視も「は?ふざけんな」ってなるわな
72:名無しのJ民
で、義視を山名が、義尚を細川がそれぞれ担いで代理戦争したんだっけ
76:名無しのJ民
結局は細川勝元と山名宗全の個人的な感情的な対立も大きかったんやろ?
78:名無しのJ民
両方とも有能なのは間違いないけど、敵対したら終わりってタイプ
82:名無しのJ民
勝元は「大賢」、宗全は「赤入道」って呼ばれててカリスマ性あったんやろ?
85:名無しのJ民
いや、赤入道は宗全だけやろ。勝元はむしろ冷静沈着なイメージ。
87:名無しのJ民
どっちも最後は病死やからな。お互い長生きしすぎたのが悪い
90:名無しのJ民
戦いの途中で両方死んで、そのままグダグダになったんやっけ
92:名無しのJ民
トップが死んだのにやめないとか、もう統率取れてないやん
96:名無しのJ民
ワイが思うに、一番悪いのは義政やろ。優柔不断の極み。
98:名無しのJ民
まあ将軍がしっかりしてたらここまで拗れることはなかったやろな
101:名無しのJ民
でも、幕府の統治能力が限界だったって見方もできるやろ
104:名無しのJ民
地方の守護大名が勝手に勢力拡大して、幕府の言うこと聞かなくなってたからな
106:名無しのJ民
荘園制度も終わりかけで、財政的にもカツカツだったんちゃうの
109:名無しのJ民
それな。根本的には室町幕府の構造的欠陥が原因。地方の支配を大名に任せすぎてた。
110:名無しのJ民
これもう日本の南北戦争やん
114:名無しのJ民
アメリカの南北戦争は奴隷解放という大義があったけど、応仁の乱には何があったんや?
118:名無しのJ民
大義?そんなもん金と権力に決まってるやん
120:名無しのJ民
草
121:名無しのJ民
「なんか知らんけど京都燃えてるわ、ついでに隣の家も焼き払っとくか」みたいなノリやろ
125:名無しのJ民
地獄やん
126:名無しのJ民
京都の街が焼けたことで、公家文化とかもめっちゃ衰退したんだっけ?
129:名無しのJ民
天皇とか公家は戦火を避けて地方に疎開しまくってたんやろ
132:名無しのJ民
室町文化とか言ってるけど、戦乱でまともに文化を享受できる奴なんて一握りやろ
136:名無しのJ民
京都が焼け野原になって、文化財とか書物とかめちゃくちゃ失われたって聞くと悲しいンゴねぇ
137:名無しのJ民
京都の旧家とかが持ってた貴重な記録とかも灰になったんやろな
140:名無しのJ民
結局誰も勝者になれず、戦国時代突入してさらに混沌としただけという
141:名無しのJ民
戦国時代は下剋上で面白くなったけどな
143:名無しのJ民
むしろ応仁の乱があったからこそ、織田信長とか豊臣秀吉とか出てきたわけだし
145:名無しのJ民
信長がいなかったら日本は統一されずにバラバラのままだった可能性も?
147:名無しのJ民
それはそれで面白い世界線だな
148:名無しのJ民
まあ、応仁の乱は結果的に室町幕府の寿命を縮めたってのは間違いない
151:名無しのJ民
悪いのは足利幕府のシステムそのものやろ
155:名無しのJ民
将軍のカリスマと実力でごまかしてただけやからな
156:名無しのJ民
足利尊氏の時からガバガバだったからね
160:名無しのJ民
尊氏が悪いってこと!?
161:名無しのJ民
室町幕府は室町時代を通じてずーっと内乱と権力闘争やってるからな
163:名無しのJ民
観応の擾乱とかもわけわからんかったし
164:名無しのJ民
室町幕府「内乱は文化」
167:名無しのJ民
草
168:名無しのJ民
応仁の乱がきっかけで、地方の国人とか地侍が台頭してきたんだよな
169:名無しのJ民
守護大名が京都で消耗してる間に、地方で力蓄えた連中が下剋上していく
172:名無しのJ民
まさに歴史の転換点
174:名無しのJ民
この頃の日本、マジでカオスすぎて面白い
178:名無しのJ民
これって「誰が悪い」ってより「みんな悪い」って結論でいいんか?
181:名無しのJ民
全員が悪かったし、全員が被害者でもある
183:名無しのJ民
そして未来永劫語り継がれる謎の戦い
186:名無しのJ民
応仁の乱をちゃんと理解してる奴、ガチで歴史学者くらいやろ
190:名無しのJ民
ワイ、戦国武将好きやけど応仁の乱はパス
191:名無しのJ民
将軍の義政は、乱が終わった後も政治に関心なく庭いじりとか文化人ごっこに熱中してたらしいな
192:名無しのJ民
まさに無能の極み
194:名無しのJ民
でもそういう無関心な将軍の元だからこそ、文化が発展したという見方もある
195:名無しのJ民
京都が燃えて、文化人が地方に散らばったことで、地方文化も発展したとか
198:名無しのJ民
ポジティブすぎる解釈で草
199:名無しのJ民
それは結果論やろ
200:名無しのJ民
真面目に考えると、室町幕府って有力な守護大名に権力を委譲しすぎたせいで、幕府自体の基盤が弱かったんやろな
203:名無しのJ民
将軍が地方の守護を直接コントロールできない時点で詰んでる
204:名無しのJ民
だから有力守護大名が対立したら、幕府は止められない
207:名無しのJ民
結局、足利尊氏が「武士は自分の領地を自分で守れ」って言ったのが原因や
208:名無しのJ民
尊氏「後は頼んだぞ」
足利将軍家「ファッ!?責任重すぎやろ」
209:名無しのJ民
草
212:名無しのJ民
日本史って結局、権力争いと内ゲバばっかりやな
216:名無しのJ民
人類の歴史なんてそんなもんやろ
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