1:名無しのJ民
西ローマとかいうゴミカスがサクッと滅んだのに、なんであいつらだけ1000年も粘れたんや?
3:名無しのJ民
コンスタンティノープルとかいう要塞都市がチートだったからやろ
7:名無しのJ民
そら東ローマ帝国やからな。西とは格が違うわ
11:名無しのJ民
西ローマは蛮族にボコられて終わり!w
東ローマは蛮族を手玉にとって終わり!w
12:名無しのJ民
外交が上手かったんやろ。金で解決したり、蛮族同士を争わせたり
16:名無しのJ民
あと、ギリシアの火とかいうチート兵器あったからな
18:名無しのJ民
ギリシアの火はマジでやばい。水で消えないって今のナパーム弾みたいなもんやろ
19:名無しのJ民
まーた歴史エアプが暴れてるンゴねぇ
20:名無しのJ民
西ローマはカトリック、東ローマは正教。宗教的な求心力も違ったんやろ
24:名無しのJ民
皇帝の権力が安定してたってのもデカいよな。西は内乱ばっかだったし
27:名無しのJ民
いや、東も内乱しまくりやぞ。むしろ皇帝が次々代わってる印象すらある
29:名無しのJ民
でも宦官が有能だったり、官僚機構がしっかりしてたからシステムとしては安定してたんだよ
30:名無しのJ民
ローマの伝統とギリシアの文化、オリエントの富が合わさった最強の国家だったわけよ
33:名無しのJ民
ワイ、ビザンツ帝国を Civ で使うの大好き
34:名無しのJ民
ビザンツって聞くと Civ のテオドラが脳裏に浮かぶわ
35:名無しのJ民
テオドラとかいう歴史上の人気キャラ
36:名無しのJ民
テオドラは皇帝ユスティニアヌスを支えた有能妃やで。ニカの乱での演説は震える
40:名無しのJ民
コンスタンティノープルを攻めるのはマジで絶望的だったらしいな。三層の城壁とか無理ゲーやん
41:名無しのJ民
海からも攻めにくいように鎖で港封鎖してたしな
45:名無しのJ民
実際、陥落は十字軍の裏切りとオスマンの火砲っていう反則技でしか落とされてないからな
47:名無しのJ民
十字軍とかいうクズ集団
48:名無しのJ民
第四回十字軍のコンスタンティノープル略奪は人類史に残る愚行だわ
51:名無しのJ民
あれでビザンツは致命傷負ったからな。西ヨーロッパの裏切りで滅んだようなもん
55:名無しのJ民
ビザンツってギリシア語圏だったから、文化的に西欧とは別物になってたのも大きいんちゃう?
57:名無しのJ民
そうやね、公用語はラテン語からギリシア語に変わってたし、ギリシア的なアイデンティティが強かった
60:名無しのJ民
でも、あくまで彼らは「ローマ人」だと思ってたんだよな
64:名無しのJ民
それがなんか尊いよな。自分たちのルーツを忘れなかった
65:名無しのJ民
ユスティニアヌス帝とかいうローマ法大全作った有能
68:名無しのJ民
そいつがニカの乱で「逃げよう」とか言い出したのをテオドラに止められたんやろ?
70:名無しのJ民
あそこでテオドラが「紫衣は最高の死装束」とか言って奮起させなかったら、もっと早く終わってたかもしれん
73:名無しのJ民
ビザンツの外交って、敵に金を払って懐柔したり、敵対勢力同士を争わせたりと、かなり柔軟だったらしいな
76:名無しのJ民
結局は金と情報戦ってことやろ? 今も昔も変わらんのやな
79:名無しのJ民
テマ制とかいう軍事制度も有能だったらしいで
82:名無しのJ民
テマ制は地方行政と軍事を一体化させて、農民を兵士として育成するシステムやね
85:名無しのJ民
自作農民が兵士になるから、土地を守るモチベーションが高かったんやろ
87:名無しのJ民
古代ローマの市民兵制度にちょっと似てるな
89:名無しのJ民
ローマの後継を自称するだけはあるわ
90:名無しのJ民
でも、皇帝が暗殺されたり、失明させられたり、鼻を削がれたりするの日常茶飯事だったじゃん
94:名無しのJ民
それがビザンツやんけ。ドラマティックやろ
95:名無しのJ民
ハゲ皇帝とか鼻なし皇帝とか、まじで皇帝の座を巡る争いがエグい
98:名無しのJ民
そういえば、ビザンツ美術とかモザイク画とか綺麗だよな。イコンとか
101:名無しのJ民
サン・ヴィターレ聖堂とかアヤソフィアとか、見に行きたいンゴねぇ
102:名無しのJ民
なんでイタリアとかヨーロッパ圏の連中ってあんなにモザイク好きなんだ?
105:名無しのJ民
モザイクは耐久性高いし、光の反射が美しいんやで
109:名無しのJ民
あと、ビザンツってあんまり世界史の授業で深く扱われないのが残念
111:名無しのJ民
東側だししゃーない。西欧史中心だからな
115:名無しのJ民
もっと評価されるべき帝国だよな
119:名無しのJ民
世界遺産とかいっぱい残ってるのにね
122:名無しのJ民
最終的に滅ぼしたのはオスマン帝国やっけ?
124:名無しのJ民
せやで。コンスタンティノープル陥落は1453年。世界史の転換点の一つやな
128:名無しのJ民
あの時、西欧諸国は助けなかったんか?
130:名無しのJ民
ちょっとは援軍送ったけど、焼け石に水やった。ローマ教会と正教会の対立もあったし
132:名無しのJ民
結局、自分たちの利益しか考えてなかったんやな、西欧は
133:名無しのJ民
コンスタンティノープル陥落の時の皇帝、コンスタンティノス11世とかいう悲劇のヒーロー
137:名無しのJ民
自ら兵を率いて最後まで戦って戦死したんやろ? 漢やな
141:名無しのJ民
現代でもトルコにはその名残が残ってるんだよな
144:名無しのJ民
アヤソフィアとか、最初は教会でモスクになって、今は博物館やっけ?
146:名無しのJ民
今はまたモスクに戻されたンゴねぇ…
147:名無しのJ民
まあ、歴史の重みを感じるわ
149:名無しのJ民
ビザンツ滅亡で、多くの知識人が西欧に逃れてルネサンスに貢献したとかいう話もあるよな
152:名無しのJ民
それが「ギリシア・ローマ文化の再生」につながったわけや
154:名無しのJ民
ビザンツ帝国が長生きしたおかげで、古代ギリシアの文献がイスラム世界や西欧に伝わったんやで
156:名無しのJ民
まさに文化の貯蔵庫やな
157:名無しのJ民
ビザンツって結局何がしたかったんやろな
160:名無しのJ民
ローマの栄光を継承し続けることちゃうか?
161:名無しのJ民
東ローマの皇帝は自らを「ローマ人の皇帝」と呼んでたしな
164:名無しのJ民
よく1000年も持ちこたえたわ。普通にすごい
166:名無しのJ民
日本史で例えるなら、室町時代から江戸時代までずっと朝廷が実権握り続けてるみたいなもんか?
169:名無しのJ民
いや、例えになってないやろw
171:名無しのJ民
強いて言うなら、平安時代から江戸時代まで、ずっと京都が日本の中心であり続けて、かつ独自の進化を遂げたみたいな感じ?
172:名無しのJ民
それもちょっと違うな。ビザンツはもっと軍事国家としての側面もあったし
173:名無しのJ民
むしろ、中国王朝の継続性に近いんちゃう? 異民族に攻められながらも、王朝として存続し続ける感じ
176:名無しのJ民
あー、それはしっくりくるわ。唐とか宋とかも、何度も危機乗り越えてるし
177:名無しのJ民
ビザンツ皇帝って、初代から最後の皇帝までつながってる系譜なんか?
180:名無しのJ民
いや、王朝は何度も変わってるで。マケドニア朝とかコムネノス朝とか
184:名無しのJ民
でも、「ローマ皇帝」という称号と地位は一貫して受け継がれてたからな
188:名無しのJ民
それがビザンツの強さであり、アイデンティティやったんやろ
192:名無しのJ民
日本の天皇制に似てる部分もあるかもしれんな、血統は途切れてないけど実権は変わるみたいな
195:名無しのJ民
それも違う気がするけど、まあなんかそういう尊厳はあったんやろ
198:名無しのJ民
結局、ビザンツが長持ちした最大の要因って何なんやろな
202:名無しのJ民
複数の要因が複合的に絡み合ってるから一概には言えないけど、個人的にはコンスタンティノープルの地理的優位性と、それを守り抜くための軍事・外交戦略、そして強力な中央集権システムが大きかったと思うわ
205:名無しのJ民
あと、東方正教会が国民をまとめる精神的支柱になったのも大きい
209:名無しのJ民
経済力も凄かったらしいな。シルクロードの終着点だったし、貿易で莫大な富を得てた
211:名無しのJ民
東方貿易ってやつやね。だからイスラム勢力とも揉めるわけや
213:名無しのJ民
しかし、よくもまあ1000年も続いたもんだ。その間に西欧は中世からルネサンス、大航海時代とか色々変化してるのに
214:名無しのJ民
時代の変化に合わせて、柔軟に体制を変化させてきたからやろ
217:名無しのJ民
固定観念に囚われず、常にベストな選択をしてきたんやな
219:名無しのJ民
ビザンツの歴史って波乱万丈すぎて、全部追うのは大変そうやけど面白いよな
222:名無しのJ民
ゲームとか漫画の題材にもっと使われてもええと思うわ
224:名無しのJ民
AoE2のビザンツとか、建物が頑丈で防御特化だったな
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