1:名無しのJ民
あれマジで何だったんだよ
4:名無しのJ民
尊氏と直義の兄弟喧嘩が国を二分するってヤバすぎやろ
7:名無しのJ民
高師直が有能なのか無能なのか未だにわからん
10:名無しのJ民
ぐうわかる
14:名無しのJ民
室町幕府のガバガバ運営の原点やろ
17:名無しのJ民
尊氏の優柔不断さが招いた結果や
21:名無しのJ民
直義が真面目すぎたのもある
22:名無しのJ民
真面目と優柔不断の組み合わせは最悪やな
25:名無しのJ民
間に挟まれた師直が可哀想だろ
26:名無しのJ民
師直は悪役顔やけど実務能力は高かったらしいやん
29:名無しのJ民
悪役顔ってなんやねん草
33:名無しのJ民
実際、尊氏が武士の支持を集めるカリスマ、直義が政務を司るブレーンって役割分担だったのに、それが崩れたからな
35:名無しのJ民
詳しいニキおるやん
38:名無しのJ民
尊氏、直義、師直の関係性って結構複雑よな
40:名無しのJ民
尊氏と直義は兄弟で、師直は尊氏の執事やっけ?
42:名無しのJ民
せやで。高師直・師泰兄弟は足利家の譜代中の譜代
44:名無しのJ民
で、直義が幕府の法律とかシステムを整備しようとするんやけど、師直はその古い価値観に縛られすぎたってこと?
48:名無しのJ民
いや、師直は革新的な面もあって、武士の所領安堵とかを素早くやって武士からの支持は得てた。直義が統制を強めようとしたのが対立の原因の一つ
49:名無しのJ民
ほう
51:名無しのJ民
直義が尊氏と対等にやりたかったんちゃうか
55:名無しのJ民
いや、そこまでではない。直義は兄を立ててたけど、政治理念が違いすぎた
59:名無しのJ民
尊氏「武士みんな仲良くしようや!」
直義「いやいやルールは守れよ」
師直「ルールとかええから俺に付いてきた奴には恩賞与えたるわ!」
こんな感じ?
61:名無しのJ民
大体そんな感じやな
63:名無しのJ民
師直、現代ならベンチャー企業の社長になってそう
67:名無しのJ民
尊氏、直義は父ちゃん死んでから兄弟喧嘩ばっかりしてるイメージ
70:名無しのJ民
そらお父ちゃん(貞氏)がちゃんと手綱握ってたらな…
71:名無しのJ民
まあ、父親が生きててもどうなってたか分からんけどな。足利家の血筋は元々争い好きやし
73:名無しのJ民
尊氏が室町幕府開いたまではええけど、その後のグダグダ感は異常
76:名無しのJ民
建武の新政もあっさり裏切ったしな。
78:名無しのJ民
あれは後醍醐天皇がアホすぎたからしゃーない
79:名無しのJ民
でも尊氏もその後すぐ身内に裏切られるのは草
80:名無しのJ民
因果応報やね
81:名無しのJ民
結局、誰が一番得したんやあの泥沼で?
84:名無しのJ民
誰も得してないように見えるけど、結果的に室町幕府の基盤は固まったとも言える
85:名無しのJ民
どういうことや?
89:名無しのJ民
尊氏が「将軍は絶対やで!」ってことを内外に示したから、室町幕府の支配体制が確立したんや
92:名無しのJ民
犠牲になったのは直義と師直、そして南朝やな
96:名無しのJ民
南朝は漁夫の利を狙って一時的に盛り返したけど、結局また負けたしな
100:名無しのJ民
正平一統とかいう一時的な和解、すぐに破綻してて草生える
101:名無しのJ民
あれは尊氏が南朝に降伏するフリしただけやからな
102:名無しのJ民
マジで性格悪いな尊氏
106:名無しのJ民
戦略的には正しかったんやろけど、なんかモヤモヤするわ
109:名無しのJ民
戦国時代よりも室町時代初期の方が人間関係ドロドロしてて面白いまである
111:名無しのJ民
南北朝時代は複雑すぎて授業でついていけなかった
113:名無しのJ民
わかる。後醍醐天皇の院政で頭がこんがらがった
114:名無しのJ民
歴史の教科書に出てくる人物相関図が複雑怪奇だったわ
118:名無しのJ民
高師直の悪役イメージって後世の創作も入ってるんやろ?
121:名無しのJ民
太平記のイメージが強いな。実際は有能な官僚やったって評価もある
124:名無しのJ民
太平記は物語として面白くするためにかなり盛ってるからな
128:名無しのJ民
でも高師直が直義の奥さんを奪ったとかいうエピソードは事実らしいで
130:名無しのJ民
マジかよクズやんけ
132:名無しのJ民
それが事実なら悪役イメージもやむなしやな
136:名無しのJ民
いや、それは直義が先に関白の娘を略奪して、師直がその報復として直義の妻を奪ったという説もある
140:名無しのJ民
どっちもどっちで草
141:名無しのJ民
なんJ民みたいなことしてんなこいつら
142:名無しのJ民
鎌倉武士の価値観からすれば、女の略奪とか普通だったんやろか
146:名無しのJ民
それはさすがに無いやろ。武士の誉れとは関係ない
148:名無しのJ民
いや、当時の価値観で言えば、戦に勝った側が相手の財産を奪うのは当然だった。女も財産の一部とみなされることもあった
150:名無しのJ民
悲しいなあ
152:名無しのJ民
尊氏が仏門に入ろうとしたり、精神的に不安定な部分があったのも、この泥沼の影響やろか
153:名無しのJ民
そらストレス半端ないやろ。身内同士で殺し合いしてるんやから
154:名無しのJ民
尊氏ってめっちゃ信心深かったらしいな。寺社への寄進も多かったし
158:名無しのJ民
それで精神のバランス保ってたんかもな
162:名無しのJ民
結局、直義は尊氏に殺されたんだっけ?
164:名無しのJ民
毒殺された説が有力やな。尊氏が関与したかどうかは諸説あるけど
166:名無しのJ民
まあ、周りの人間が動いたんやろな。尊氏を慮って
169:名無しのJ民
権力闘争って怖いなあ
171:名無しのJ民
直義亡き後も、その養子である直冬が反幕府活動を続けたから、さらに泥沼化した
175:名無しのJ民
直冬、地味に強かったよな
179:名無しのJ民
九州を拠点に勢力拡大してたからな
181:名無しのJ民
足利一族ってほんま血の気が多い
185:名無しのJ民
足利家は源氏の棟梁やし、血筋からして争い好きなんやろ
186:名無しのJ民
結局、観応の擾乱は室町幕府の構造的な欠陥を露呈した事件や
189:名無しのJ民
将軍と執事、兄弟の役割分担が曖昧だったんやな
193:名無しのJ民
室町幕府って将軍の権力がそこまで強くなかったからな。守護大名の方が力持ってたし
194:名無しのJ民
いや、将軍が弱かったんじゃなくて、将軍を支える体制が未熟だったんやろ
195:名無しのJ民
それが擾乱で確立されたんや
199:名無しのJ民
でもその後も応仁の乱とか、身内喧嘩ばっかやんけ
203:名無しのJ民
足利将軍家は代々苦労が絶えんな
206:名無しのJ民
観応の擾乱がなければ、南北朝はもっと早く終わってたんかな?
208:名無しのJ民
いや、むしろあれがあったから、室町幕府が南朝を完全に潰す方向に舵を切れたのかもしれん
211:名無しのJ民
南朝の息の根を止めるきっかけになったってことか
215:名無しのJ民
泥沼の果てに得たものってことやな
219:名無しのJ民
日本史って内ゲバ多くね?
221:名無しのJ民
鎌倉幕府も内ゲバで滅んだしな
223:名無しのJ民
戦国時代も群雄割拠に見えて、実は身内同士の裏切りとか多いし
225:名無しのJ民
人間の歴史は争いの歴史や
228:名無しのJ民
悲しいけどこれが現実
229:名無しのJ民
ところで高師直の肖像画ってどれも悪人ヅラしてるけど、あれは当時からそうだったんか?
231:名無しのJ民
いや、あれは太平記のイメージが先行して描かれたものが多いらしい。実際はもっとインテリでスマートな容貌だったかもって説もある
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