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日露戦争の旅順攻防戦とかいう地獄www

1:名無しのJ民

マジでヤバすぎやろあれ

4:名無しのJ民

203高地とかいう血塗られた小山

5:名無しのJ民

乃木将軍が無能すぎたからって話もあるけど、普通に要塞が強固すぎたんやろ

7:名無しのJ民

当時の日本軍の突撃戦術と機関銃の組み合わせはほんま地獄

10:名無しのJ民

機関銃の前に次々倒れていく兵士、想像を絶する

14:名無しのJ民

日清戦争で勢いづいた日本が舐めてかかった結果やろ

15:名無しのJ民

ロシア側の要塞は最新鋭だったからな。そりゃ攻める側は死ぬわ

17:名無しのJ民

日本軍の死傷者数ヤバすぎやろ

19:名無しのJ民

6万とか7万とか言われてるけど、当時の人口考えたらエグい数字やで

22:名無しのJ民

旅順陥落まで約5ヶ月、その間に何万人が死んだか…

25:名無しのJ民

冬の寒さも相まって凍死者とかも多そう

28:名無しのJ民

食料とか衛生状態も劣悪やったんやろな

31:名無しのJ民

コレが近代戦の幕開けって言われるとゾッとする

34:名無しのJ民

突撃!バンザイ突撃!とかアホみたいなことやってた時代や

37:名無しのJ民

今のウクライナ戦争も塹壕戦とか言われるけど、当時はもっと酷かったんやろな

38:名無しのJ民

ウクライナのはドローンとか現代兵器がメインやけど、当時はガチの肉弾戦やったからな

42:名無しのJ民

乃木将軍って結局無能だったんか?

43:名無しのJ民

当時は名将扱いされてたけど、今評価するとどうなんやろ

47:名無しのJ民

そら息子二人戦死させてるから無能扱いされとるけど、実際は陸軍上層部の作戦がクソだったんやで

49:名無しのJ民

いや、いくら上層部でも現場指揮官の責任はデカイやろ

50:名無しのJ民

精神論で兵士を突撃させるだけなら誰でもできるわ

51:名無しのJ民

203高地攻略の指揮権を児玉源太郎に一時的に譲ったのは有能ムーブちゃうんか?

55:名無しのJ民

あれは児玉が「もう見てられん!」って乗り込んできただけやろ

59:名無しのJ民

結果的に203高地取れたから良かったけど、もし失敗してたら乃木の評価はもっと悲惨やったろな

63:名無しのJ民

あそこ落とさないと旅順港のロシア艦隊を砲撃できないから、どうしても必要だったんだよな

67:名無しのJ民

旅順港のロシア艦隊とかいう囮

68:名無しのJ民

バルチック艦隊が来る前に、旅順の艦隊を叩きたかったんやろ

72:名無しのJ民

結局、バルチック艦隊は日本海で全滅したけどな

73:名無しのJ民

日本海海戦はほんま奇跡やろ

77:名無しのJ民

旅順で無駄に犠牲者出したのに、日本海海戦で帳消しにした感ある

80:名無しのJ民

日本海海戦は東郷平八郎が神がかってた

83:名無しのJ民

東郷は有能、乃木は…

85:名無しのJ民

乃木は無能な働き者の典型例やろ

89:名無しのJ民

いやいや、当時の軍人の規範だったんだよ。美学と名誉の塊みたいなもん

90:名無しのJ民

美学で兵士死なせるとか迷惑でしかないわ

91:名無しのJ民

旅順の要塞ってどんな感じだったん?

92:名無しのJ民

コンクリート製の塹壕とかトーチカとか、当時としては最先端の要塞だったらしい

96:名無しのJ民

鉄条網とか地雷とかも仕掛けてあったんやろ?

98:名無しのJ民

うん、機関銃と鉄条網と地雷の組み合わせがヤバい

102:名無しのJ民

まさに鉄壁の防御ってやつか

103:名無しのJ民

そんなところを万歳突撃とか頭おかしい

104:名無しのJ民

当時はそれが普通だったんやろな

106:名無しのJ民

兵士の命の価値が軽すぎた時代

110:名無しのJ民

日露戦争って「近代戦の様相を呈した最初の戦争」って言われるけど、確かにそうやな

113:名無しのJ民

塹壕戦、機関銃、榴弾砲、通信技術、航空偵察の萌芽…全部詰まってる

117:名無しのJ民

でも戦術はまだ前近代的な突撃だったというね

121:名無しのJ民

そこが一番の悲劇やね

125:名無しのJ民

旅順で負傷した兵士は、どうなったんやろ…

127:名無しのJ民

衛生兵とか全然いなかったんやろ?

131:名無しのJ民

医療もクソやから、ちょっとした傷でもすぐ感染症で死ぬ

134:名無しのJ民

麻酔もなしに手足切断とかもあったんやろな。想像しただけでゾッとする

137:名無しのJ民

地獄やんけ

138:名無しのJ民

だからこそ、この犠牲の上に今の日本があるって認識は必要や

142:名無しのJ民

美化するのは違うけど、忘れてはいけない歴史やね

144:名無しのJ民

正直、学校の歴史の授業ではここまで深く教えんからな

146:名無しのJ民

教科書だと「203高地を巡る激戦」で終わりや

148:名無しのJ民

もっとリアルな話を知るべきやと思うわ

151:名無しのJ民

この戦いで生き残った兵士たちは、どんな思いで残りの人生送ったんやろ

155:名無しのJ民

PTSDとか絶対ヤバかったやろな

158:名無しのJ民

当時はそんな概念すらないから、気の持ちようとか言われてそう

161:名無しのJ民

それがまた悲惨やな

162:名無しのJ民

まあ、乃木もあれだけ犠牲者出した責任は感じてただろうけどな

165:名無しのJ民

明治天皇崩御の際に殉死したのも、その責任の一端もあるんやろ

166:名無しのJ民

殉死とかいう今の感覚だと理解不能な行為

169:名無しのJ民

それが当時の武士道精神や

172:名無しのJ民

昭和のインパール作戦とかも、この辺の精神論が引き継がれてるんやろな

173:名無しのJ民

インパールはもっと酷いけどな。補給無視とか正気の沙汰じゃない

174:名無しのJ民

日本の軍部ってなんでこんなに精神論好きなん?

177:名無しのJ民

まあ、そこは日本人の国民性もあるやろ。精神論で何とかなるって思い込みがち

181:名無しのJ民

野球でも「根性論」とかあるしな

183:名無しのJ民

いや、野球と戦争を一緒にすんなやw

185:名無しのJ民

まあでも、兵站とか補給を軽視する傾向は昔からあったんやろな

188:名無しのJ民

旅順攻防戦も補給は相当苦しかったはず

192:名無しのJ民

ロシア側も補給は大変やったやろ。シベリア鉄道一本しかないし

195:名無しのJ民

それでも要塞の防御力は高かったからな

197:名無しのJ民

日本側の犠牲は本当に大きい。でも勝てたのはなぜなんや?

198:名無しのJ民

兵士の士気の高さとか?

201:名無しのJ民

いや、兵士の士気は後半ガタガタになってたらしいぞ

204:名無しのJ民

そりゃ死ぬのが分かってる突撃なんか誰だって嫌やろ

208:名無しのJ民

最終的には火力と物量で押し切ったんちゃうか

212:名無しのJ民

あと、ロシア側の内政不安とか革命の兆候とかも影響したらしい

213:名無しのJ民

ロシアは国内がゴタゴタしてたから、戦争どころじゃなかったんやろ

215:名無しのJ民

日本ももう限界だったらしいけどな。金も兵力も

216:名無しのJ民

だから早期講和を目指してたんだよな

217:名無しのJ民

アメリカの仲介でポーツマス条約締結。講和会議で日本は賠償金取れなくてブチギレ

220:名無しのJ民

賠償金取れなかったから日比谷焼き討ち事件とか起こったんやろ

221:名無しのJ民

国民も犠牲に見合う成果が欲しかったんやな

223:名無しのJ民

まあ、そりゃそうやろ。これだけ死者出してんだから

227:名無しのJ民

旅順攻防戦って、まさに泥沼の戦いって感じやな

228:名無しのJ民

あの時代の兵士たちは、現代の感覚だと想像もつかない苦痛を味わったんやろな

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