1:名無しのJ民
なんでや?
4:名無しのJ民
ワイも詳しくないけどなんかあったん?
5:名無しのJ民
地味言うなや!めっちゃメインステージやぞあそこは
6:名無しのJ民
秀吉の中国大返しとか官兵衛とか、かなり重要な場所だったやろ
7:名無しのJ民
いや地味は地味やろ。信長とか秀吉みたいな主役級がおらんし
9:名無しのJ民
でも信長が上洛してきていきなり織田対毛利の最前線になったんやで
12:名無しのJ民
まさに草刈り場
13:名無しのJ民
播磨って今のどこらへん?姫路とか?
14:名無しのJ民
せや。姫路とか加古川とか明石とかあの辺
15:名無しのJ民
地理的に京と西国を結ぶ要衝やからな。そら争われるわ
17:名無しのJ民
戦国初期は赤松氏が守護で幅きかせてたけど、内紛でグダグダになって浦上とか置塩とか色んな勢力に分裂するんや
18:名無しのJ民
ほーん。で?ヤバいのはどこなん?
21:名無しのJ民
まず赤松家が分裂しまくって内部抗争でボロボロになる
24:名無しのJ民
家臣の浦上氏が台頭してきて、その浦上氏もまた家臣の宇喜多氏に食われる
28:名無しのJ民
そして織田と毛利の緩衝地帯になって、秀吉が侵攻してくる。もうぐちゃぐちゃ
29:名無しのJ民
つまり「誰が味方で誰が敵かわからん」状態がずっと続いてたんやろ?
30:名無しのJ民
せや。昨日まで味方やった奴が今日敵になってるなんてザラ。謀略渦巻いてたで
31:名無しのJ民
黒田官兵衛とか竹中半兵衛とか有能な軍師が生まれたのも納得やな
34:名無しのJ民
生き残るために頭使わんとあかんかったんやろ
37:名無しのJ民
三木城の別所長治とか悲劇の主人公やで
40:名無しのJ民
別所長治は最初秀吉についとったのに、急に裏切って毛利側についたんやっけ
43:名無しのJ民
裏切ったっていうか、毛利の説得と信長の播磨への支配強化に反発したって感じやな
45:名無しのJ民
播磨の国衆からしたら、織田も毛利もどっちも外様やし、自分らの領土は自分らで守りたいって気持ちも強かったんやろ
49:名無しのJ民
でも秀吉の兵糧攻めがエグすぎた
53:名無しのJ民
三木城の干殺しな。あれはガチでヤバい
55:名無しのJ民
城内の兵糧が尽きて、最終的には人肉食にまで至ったとかいう話あるよな
59:名無しのJ民
マジかよ畜生過ぎるやろ
63:名無しのJ民
飢えに苦しむ兵士や住民のために、別所長治が自刃して開城したんや。悲しいなぁ
64:名無しのJ民
あれは秀吉の冷酷さがわかるエピソードやな
67:名無しのJ民
長治はまだ若かったんやろ?20代前半くらいやったはず
69:名無しのJ民
弱冠23歳で自刃。悲壮感半端ない
70:名無しのJ民
そう考えると、戦国時代の播磨って、人のエグさと悲劇が凝縮されとる場所やな
72:名無しのJ民
地味とか言うけど、かなりドラマチックやんけ
75:名無しのJ民
播磨出身の武将で一番有名なのって誰なん?
79:名無しのJ民
そりゃ黒田官兵衛やろ
80:名無しのJ民
姫路城の城主やったしな
81:名無しのJ民
秀吉に重用されて、九州征伐でも活躍した超有能軍師
82:名無しのJ民
官兵衛は播磨の小寺氏の家臣やったはず
85:名無しのJ民
小寺も播磨の有力者やったけど、秀吉に降って、その過程で官兵衛が活躍するんや
87:名無しのJ民
官兵衛って信長に疑われて幽閉されたりもしたよな
91:名無しのJ民
伊丹城に幽閉された時、信長に殺されたと思った竹中半兵衛が、官兵衛の息子である松寿丸(後の黒田長政)を匿ってたんやで
95:名無しのJ民
友情アツすぎやろ
96:名無しのJ民
史実ではそこまで劇的じゃなかった説もあるけどな
99:名無しのJ民
でもそういうエピソードが生まれるくらい、播磨は人間ドラマの宝庫やったんやろ
103:名無しのJ民
戦国時代の播磨の勢力図って誰か詳しいやつおる?
104:名無しのJ民
簡潔に言うと、赤松家が本流やけど、その家臣の浦上家が力つけてきて、さらに浦上家から宇喜多家が独立。それに加えて小寺家、別所家、赤松の分家、さらには毛利と織田の侵攻、みたいなカオス
108:名無しのJ民
ひえっ…
109:名無しのJ民
群雄割拠ってレベルじゃねーぞ!
113:名無しのJ民
播磨の国衆は結局、毛利につくか織田につくか、究極の選択を迫られたんやな
115:名無しのJ民
毛利と織田、どっちも強いし、どっちについても裏切ったら終わりやし
116:名無しのJ民
そんで三木城の別所長治みたいに、一度味方したのに寝返った奴は徹底的に潰される
120:名無しのJ民
生き残った官兵衛がすごすぎたってことやな
124:名無しのJ民
秀吉の中国攻めが播磨から始まったのは、地の利が良かったからか
128:名無しのJ民
京から近くて、大坂湾からもアクセスしやすい。毛利への最前線やし
131:名無しのJ民
姫路城も今みたいにデカくなる前は、官兵衛が普請してたとか
133:名無しのJ民
今の姫路城の原型を築いたのは官兵衛。秀吉も播磨に入った時に官兵衛の姫路城を拠点にしたらしい
135:名無しのJ民
官兵衛はまさに播磨のレジェンドやな
136:名無しのJ民
地味とか言われてるけど、天下統一の動乱の最前線だったのは間違いない
139:名無しのJ民
播磨は結局、織田・豊臣政権下で完全に平定されるんか?
142:名無しのJ民
秀吉が天下統一した後も、姫路には池田輝政とかが城主として入って、西国の押さえとして重要視され続けたで
144:名無しのJ民
関ヶ原の戦いでも、播磨は重要な拠点になったんやろ?
145:名無しのJ民
池田輝政は徳川側について、西軍の毛利や宇喜多と対峙する重要な役割を担った。姫路城もその時に大規模改修されたんや
147:名無しのJ民
あの白鷺城は関ヶ原後にできたんか
148:名無しのJ民
せや。だからこそ、播磨は天下の要衝として常に注目されてたんやで
152:名無しのJ民
つまり地味どころか、かなり重要な場所やったってことやな
155:名無しのJ民
なんでワイは地味やと思ってたんやろ…
156:名無しのJ民
有名すぎる武将がいないから、パッと見は地味に見えるかもしれんけど、歴史を紐解くととんでもない場所ってことやな
160:名無しのJ民
ワイの地元の歴史も深掘りしたら面白そうやな
164:名無しのJ民
播磨の悲劇のヒーロー、別所長治をもっと評価するべき
166:名無しのJ民
ワイも三木城跡行ったことあるけど、城山公園になってて全然面影ないんよな
169:名無しのJ民
でもその場所で人肉食が…って思うとゾッとするわ
171:名無しのJ民
戦国時代ってやっぱエグいな
172:名無しのJ民
播磨の国衆は「自分たちの土地は自分たちで守る」っていう気概があったんやろうけど、時代の流れには抗えなかったんやな
173:名無しのJ民
結果的にそれが悲劇を呼んだという…
176:名無しのJ民
黒田官兵衛は最後まで生き残った勝ち組やけど、長治は悲劇の負け組
177:名無しのJ民
でも長治の選択も、播磨の国衆としての誇りだったんやろな
181:名無しのJ民
歴史って、勝った側からしか語られないことが多いけど、負けた側のドラマも深いよな
183:名無しのJ民
播磨って聞くと、播磨灘とか明石焼きとかそういうイメージしかなかったわ
186:名無しのJ民
戦国播磨、意外とアツかったんやな
189:名無しのJ民
これを機に官兵衛のドラマ見直すか
190:名無しのJ民
戦国時代の播磨って、まさに「動乱の縮図」って感じやな
193:名無しのJ民
いろんな勢力が入り乱れて、謀略と裏切りと悲劇がてんこ盛り
194:名無しのJ民
地味どころか、主役級の面白さがあるわ
196:名無しのJ民
日本の歴史はどこ掘ってもおもろいな
199:名無しのJ民
三木城の兵糧攻めはマジで鳥肌立つわ
201:名無しのJ民
秀吉が播磨を拠点に天下取りを始めたって考えると、播磨は日本の歴史における重要なターニングポイントだったんやな
203:名無しのJ民
播磨の国衆からしたら、たまったもんじゃないけどな
204:名無しのJ民
秀吉が播磨に入ってきた時、どれくらいの兵力やったんやろ?
205:名無しのJ民
諸説あるけど、最初は2万とか3万くらいで入ってきて、徐々に兵力を増強していったはず
208:名無しのJ民
毛利との最終決戦も播磨が舞台になる可能性もあったんやろ
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