1:名無しのJ民
わかる
派手な格好して権威に反抗する精神性
まさにヤンキー
2:名無しのJ民
婆娑羅って何や?
バサラ?ゲームか?
6:名無しのJ民
室町時代にあった奇抜なファッションとか常識破りな行動をする人たちのことや
佐々木道誉とか有名
10:名無しのJ民
道誉はガチのイキり野郎だからな
現代で言ったら高級車乗り回してSNSでマウント取ってるDQNそのもの
14:名無しのJ民
ゲームのバサラは戦国時代だろ
室町は応仁の乱くらいしか知らん
17:名無しのJ民
応仁の乱も婆娑羅的な文化が背景にあるっちゃある
武士の価値観が揺らいで、自己主張が強くなった時代やからな
18:名無しのJ民
へー、面白そう
具体的にどんなことしてたの?
21:名無しのJ民
例えば佐々木道誉は、天皇行幸の時にわざと派手な衣装で現れて、他の公家を圧倒したり、
自分の屋敷で盛大な宴会開いて、みんなが帰った後に気に入らない襖とか屏風をぶっ壊したりしたらしい
24:名無しのJ民
草
それもうただの迷惑な金持ちやん
27:名無しのJ民
いや、それが当時の「粋」とか「美意識」とされてた部分もあるんやで
既存の価値観をぶち壊すのがカッコいいみたいな
30:名無しのJ民
現代のインスタ映え狙いの炎上商法と一緒やな
34:名無しのJ民
「傾奇者」との違いは?
あれも派手好きやったろ
36:名無しのJ民
傾奇者は戦国時代で、婆娑羅は室町時代
時代が違うのと、傾奇者は武勇とか武士としての生き様を重視する傾向が強かったけど、婆娑羅はもっと文化的な側面が強い
まあ、根っこは一緒やと思うけどな
40:名無しのJ民
信長の傾奇者は格好良さ重視だけど、婆娑羅はただの目立ちたがり屋って感じか?
44:名無しのJ民
いや、婆娑羅も美的センスはあったぞ
茶道とか連歌とかにも影響与えてるし
ただ、そのセンスが当時の常識をぶっ壊す方向に向かってただけ
47:名無しのJ民
当時のヤンキーは刀持ってて草
50:名無しのJ民
バイクは馬やぞ
52:名無しのJ民
族車ならぬ族馬か
「おい、この馬マジで爆音じゃん」とか言ってたんかな
54:名無しのJ民
「愛馬を改造して、漆塗りに金の飾り付けして、鈴ジャラジャラ鳴らして練り歩く」
これもう暴走族やろ
56:名無しのJ民
草生える
想像したらちょっと見てみたいわ
57:名無しのJ民
婆娑羅って現代で例えるならホストとかV系バンドとかそっち系ちゃうか?
60:名無しのJ民
DQNの最終形態みたいなもんか
61:名無しのJ民
室町時代のDQN「おい、この歌合せマジでつまんねえな。俺がぶち壊してやるわ」
62:名無しのJ民
実際に歌会で奇抜な歌詠んだり、茶会でルール無視して変な茶器使ったりした奴いたらしいで
63:名無しのJ民
それもうただのKYやん
64:名無しのJ民
KYだけど、そのKYさが新しい文化を生み出した側面もあるんやで
茶道のわび・さびとかも、婆娑羅が一度ぶっ壊した後に再構築されたものって見方もできる
67:名無しのJ民
へー、深いやん
70:名無しのJ民
歴史って面白いな
普段は興味ないけどこういう視点で見ると
73:名無しのJ民
婆娑羅って漫画とかゲームにならないんか?
戦国はもう飽きた
74:名無しのJ民
ゲームの「鬼武者」シリーズにバサラっていう武器あったような
あれは関係ないか
76:名無しのJ民
関係ない
78:名無しのJ民
佐々木道誉は足利尊氏の側近だったんだっけ?
あんなイキり野郎がトップと仲良かったってのがまた面白い
80:名無しのJ民
そう、尊氏とは馬が合ったみたいやな
尊氏も結構型破りなところあったし
83:名無しのJ民
将軍がDQNの番長だった時代
85:名無しのJ民
ヤンキーが天下とったんか
89:名無しのJ民
今の政治家もこれくらいぶっ飛んでたら面白いのに
92:名無しのJ民
いや、迷惑やろ
95:名無しのJ民
でも、婆娑羅って結局は滅びていく文化だよな
最終的にはわび・さびとか、質素で洗練された文化が主流になるわけで
97:名無しのJ民
それはそう
でも、一度派手にぶっ壊さないと新しいものは生まれないってことやろ
既存の価値観へのアンチテーゼとしては意味があった
101:名無しのJ民
パンクやな
105:名無しのJ民
室町パンク
107:名無しのJ民
室町時代のパンクバンドとか想像したらシュールすぎる
108:名無しのJ民
「俺たちの歌は貴族の連歌とは違うんだ!」とか叫びながら琵琶をかき鳴らすんやろ
109:名無しのJ民
琵琶パンクってジャンルか
113:名無しのJ民
婆娑羅の末裔が現代のヤンキーとかDQNになってるって考えると胸熱やな
117:名無しのJ民
ワイも婆娑羅になりたい
とりあえず髪を赤く染めてみるか
120:名無しのJ民
それただの痛いおっさんや
122:名無しのJ民
当時の婆娑羅は武士とか貴族の一部だったからな
ある程度の身分と金がないとできない
125:名無しのJ民
そう考えると、今のヤンキーとかDQNは下剋上精神の塊ってことか
ルーツは一緒でも立場は真逆やな
126:名無しのJ民
室町時代のヤンキーは馬に乗って町中を暴走してたのか
129:名無しのJ民
馬の暴走族って絵面がすごそう
130:名無しのJ民
「おら、道を空けろや!」とか叫んでたのかな
134:名無しのJ民
「御免蒙る!」とかやろ
137:名無しのJ民
語尾に「ござる」とか「候」とか付けて煽ってそう
139:名無しのJ民
「この拙者の馬を見よ!いとをかし!」
142:名無しのJ民
佐々木道誉が現代にいたら、どんなことしてたやろ
146:名無しのJ民
間違いなくYouTuberやろ
炎上系で登録者数爆伸び
149:名無しのJ民
ヒカキンとか恭ちゃんみたいな感じか
152:名無しのJ民
それか港区女子とつるんで六本木でドンペリ開けまくってそう
154:名無しのJ民
絶対それや
そしてSNSで自慢
156:名無しのJ民
あと、織田信長も傾奇者の一人だけど、あれも婆娑羅の流れを汲んでるって言えるんかな
157:名無しのJ民
間違いなくそうやな
信長も既存の価値観をぶち壊して新しいものを生み出そうとしたタイプやし
婆娑羅が信長を生んだって言っても過言ではないかも
158:名無しのJ民
信長が婆娑羅の集大成みたいなもんか
162:名無しのJ民
日本の歴史ってDQNが常に新しい時代を切り開いてきたのか
165:名無しのJ民
まあ、権威に反抗する精神ってのは進歩の原動力ではあるよな
168:名無しのJ民
でも、婆娑羅って最終的には足利義満とかが押さえつけようとしたんだろ?
170:名無しのJ民
そうやね
義満は公家文化を取り入れて、武家と公家の融合を図ろうとしたから、婆娑羅の自由奔放さは邪魔だった
でも、完全に消えたわけじゃなくて、後に傾奇者とかに繋がっていくんやで
171:名無しのJ民
結局、ヤンキー文化っていつの時代にもあるってことやな
174:名無しのJ民
むしろヤンキーがいなかった時代なんてないんじゃね?
175:名無しのJ民
縄文時代にもヤンキー的なやついたんかな
「おら、この土器マジでダセェな!もっと派手なのにしろや!」とか言ってそう
177:名無しのJ民
土器にスプレーで落書きしてた縄文DQN
180:名無しのJ民
弥生時代のDQNは田植えサボって狩りばっかしてそう
181:名無しのJ民
古墳時代のDQNは古墳に落書きしてそう
182:名無しのJ民
「俺の名前を彫ってくれ!」とか
186:名無しのJ民
奈良時代のDQNは写経サボってナンパしてそう
189:名無しのJ民
平安時代のDQNは源氏物語読みながら「こんなリア充爆発しろ!」って叫んでそう
191:名無しのJ民
鎌倉時代のDQNは御家人集会で暴れてそう
195:名無しのJ民
室町時代のDQNは婆娑羅
197:名無しのJ民
戦国時代のDQNは傾奇者
200:名無しのJ民
江戸時代のDQNはかぶき者(町人文化の方)
201:名無しのJ民
明治時代のDQNは書生気取りの不良
204:名無しのJ民
大正時代のDQNはモガ・モボ
208:名無しのJ民
昭和初期のDQNはアプレゲール
210:名無しのJ民
昭和中期のDQNはカミナリ族
211:名無しのJ民
昭和後期のDQNはツッパリ、暴走族
214:名無しのJ民
平成のDQNはチーマー、ギャル男
216:名無しのJ民
令和のDQNはトー横キッズ?
219:名無しのJ民
こう見るとDQNって時代によって形を変えるだけで、本質は変わってないんだな
221:名無しのJ民
まさに人間文化の本質やん
222:名無しのJ民
婆娑羅の精神って、現代のストリートカルチャーとかにも通じるものがあるよな
既存のルールや美意識をぶち壊して、自分たちの表現を追求する
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