1:名無しのJ民
ワイも詳しく知らんけど結構ヤバかったんやろ?
2:名無しのJ民
そら日本史のメインストリームじゃないからやろ
4:名無しのJ民
義務教育で習うぞエアプか?
8:名無しのJ民
習ったけど記憶に残ってないレベル
9:名無しのJ民
でも対馬とか壱岐とか博多とか、九州北部がガチで襲われたんやで
13:名無しのJ民
被害エグかったらしいな
15:名無しのJ民
女子供は連れ去られるし家は焼かれるし酷いもんや
16:名無しのJ民
時期は平安時代中期、1019年な。高麗の東側にいた女真族が海賊化して、対馬、壱岐、筑前を襲ったんや
17:名無しのJ民
高麗が追っ払ったと思ったら日本に来たんだっけ?
20:名無しのJ民
そうそう。高麗から見たら「刀伊」って呼ばれてた連中やね
21:名無しのJ民
なんで高麗が追っ払ったのが日本に来るんだよって当時も思ったわ
25:名無しのJ民
日本側は防衛体制ガバガバだったんか?
28:名無しのJ民
ガバガバというか、まさか襲われると思ってなかったんやろ
29:名無しのJ民
博多まで来られたのはヤバい
32:名無しのJ民
藤原隆家っていう公家がたまたま九州にいて、指揮執って撃退したんやっけ?
33:名無しのJ民
ぐう有能な公家
37:名無しのJ民
九州に左遷されてたのが功を奏した形やな
38:名無しのJ民
たまたま有能なやつがいたから助かったみたいな感じか
41:名無しのJ民
いや、隆家は元々武闘派の貴族で、むしろ左遷じゃなくて赴任や
44:名無しのJ民
正解は赴任。大宰権帥として九州にいたんやで
48:名無しのJ民
大宰府ってあれか、外交と防衛の要みたいなとこか
49:名無しのJ民
それなら有能がおって当然やん
52:名無しのJ民
でも当時の大宰府って結構形骸化してた部分もあったんやで。隆家がしっかり立て直したのがデカい
54:名無しのJ民
要は戦国時代で言うと、信長が本能寺にいるときに、たまたま優秀な家臣が九州で指揮執ってくれた、みたいなもんか
58:名無しのJ民
例えが下手くそかよ
61:名無しのJ民
まあ、被害は大きかったけど、短期間で撃退できたから、歴史的な影響は限定的だったんかな
64:名無しのJ民
元寇ほど日本全体を揺るがす危機感はなかったんやろな
65:名無しのJ民
教科書でも元寇に比べてページ数少ないしな
69:名無しのJ民
元寇は神風とか鎌倉武士とかドラマチックな要素が多いからしゃーない
73:名無しのJ民
刀伊の入寇は、高麗が女真族討伐したって言うから、日本側は「高麗ありがとう!」って思ってたけど、実は高麗も被害者側だったり、結局自国の問題は自国で解決しろってスタンスだったから、ちょっと複雑な話なんだよな
74:名無しのJ民
高麗は被害者ってより、女真族追い払った後に日本に「あいつらそっち行ったぞ」って連絡よこさなかったのがクソ
75:名無しのJ民
いや、高麗が先に被害受けてるし、追い払ったからって日本に連絡する義務はないやろ
77:名無しのJ民
高麗は高麗で戦っててそれどころじゃなかったんやろ
80:名無しのJ民
当時の通信手段考えたらすぐ連絡なんて無理やろ
83:名無しのJ民
まあでも、この事件で朝廷は北九州の防衛体制を見直すきっかけにはなったんやろ?
84:名無しのJ民
なったけど、結局元寇まで本格的な対策は取られなかった感ある
86:名無しのJ民
鎌倉幕府ができてからの方が九州の防衛には力入れたな
90:名無しのJ民
朝廷の貴族どもは都で雅な暮らししてるだけで、地方の危機感なんて薄かったんやろなあ
94:名無しのJ民
いや、隆家は公家やぞ
96:名無しのJ民
そりゃそうだ
98:名無しのJ民
当時の朝廷は、まさか海から攻めてくるなんて思ってなかっただろうし
99:名無しのJ民
古代から北方民族の脅威はあったけど、海賊ってのはまた違うんよな
103:名無しのJ民
しかも異民族がまとまって大挙して押し寄せてくるってのは、それまで経験がなかったんやろ
106:名無しのJ民
結果的に、隆家が撃退したことで、その後の日本の対外防衛意識にどう影響したのかってのも気になるわ
110:名無しのJ民
結局、元寇まで「まあ大丈夫やろ」って感じだったのがヤバイ
112:名無しのJ民
平安時代末期から鎌倉初期にかけて、武士が台頭する要因の一つにはなったかもしれんね
116:名無しのJ民
地方の武士団の重要性が再認識されたみたいな
120:名無しのJ民
それもあるな。大宰府の機能不全を補う形で、現地の武士が動いた部分もあった
124:名無しのJ民
なんか、現代で言うと、離島がテロリストに襲われたけど、たまたまその島にいた元特殊部隊の人が住民と協力して撃退した、みたいな話やな
125:名無しのJ民
例えがちょっと雑だけど、まあそんな感じやな
127:名無しのJ民
でも、そういう「たまたま」に頼る防衛体制ってどうなの?って話よな
129:名無しのJ民
だからこそ、もっと語られて教訓にするべきなんじゃないか?ってことやな
130:名無しのJ民
確かに。マイナーな事件だけど、教訓はデカい
132:名無しのJ民
刀伊の入寇と元寇をセットで語ると、日本の対外防衛意識の変遷が見えて面白いかもな
136:名無しのJ民
世界史的な視点で見ると、当時の東アジア情勢の一端が垣間見れる事件でもある
140:名無しのJ民
女真族ってその後金とかになってデカくなるんだよな
143:名無しのJ民
そうそう。その片鱗が見えた事件とも言える
144:名無しのJ民
金に比べたらこの時の女真族はまだちっぽけだったんやな
147:名無しのJ民
ちっぽけではないけど、まだまとまりきってない海賊集団みたいなもんやな
148:名無しのJ民
被害にあった人たちのこと考えると胸が痛むわ
149:名無しのJ民
特に女性が連れ去られたってのは悲惨
151:名無しのJ民
歴史の闇やね
153:名無しのJ民
でも、この事件があったから、その後の日本人が海防意識を持つようになったのも事実や
155:名無しのJ民
元寇の前に一度痛い目見てたから、まだ準備できた部分もあるんかな
156:名無しのJ民
準備できたか?と言われると微妙やけど、少なくとも「攻めてくるかもしれない」という意識はあったはずや
158:名無しのJ民
まあ、いずれにせよ藤原隆家はもっと評価されるべき
162:名無しのJ民
ぐうレジェンド
165:名無しのJ民
貴族なのに武勇に優れるってかっこよすぎやろ
168:名無しのJ民
藤原氏って言ったら公家のイメージしかないから、余計にギャップがあって面白い
169:名無しのJ民
隆家の子孫が日野家とかになって、武士として活躍したりするんやで
172:名無しのJ民
へえー、血は争えないんやな
174:名無しのJ民
この事件がなかったら、日本の歴史もちょっと変わってたかもしれんな
177:名無しのJ民
何がどう変わってたんや?
178:名無しのJ民
例えば、元寇の時に全く準備してなくて、もっと悲惨な結果になってたとか?
179:名無しのJ民
いや、元寇の頃には鎌倉幕府がしっかりしてるから、そこまで変わらんだろ
183:名無しのJ民
まあ、歴史にIFはないけどな
184:名無しのJ民
でも、こういうマイナーな事件にスポット当てるの好きやで
187:名無しのJ民
歴史って有名どころだけじゃなくて、こういう細かい話にもドラマがあるから面白いよな
190:名無しのJ民
ワイ、これ読んで刀伊の入寇について詳しくなったわサンガツ
191:名無しのJ民
なんJで歴史学ぶとか草
193:名無しのJ民
でも割と真面目なレスも多いからたまになる
194:名無しのJ民
藤原隆家、もっと大河ドラマとかで取り上げられるべき
198:名無しのJ民
主人公にはならんやろけど、渋い役で出てきそう
202:名無しのJ民
マイナーだけど重要、みたいな歴史って結構あるよな
203:名無しのJ民
日本のガラパゴス化を指摘されるけど、ある意味外部からの脅威が少なかった証拠でもある
207:名無しのJ民
結局、侵略された経験が少ないから、防衛意識が低いんやろな
210:名無しのJ民
中国とか朝鮮半島は、常に異民族の侵攻に晒されてたからな
214:名無しのJ民
まあ、それが日本の文化形成にも影響を与えてるんやろな
216:名無しのJ民
この事件を機に、博多湾とかにも水城とか作られたりしたんか?
218:名無しのJ民
水城はもっと昔、白村江の戦いの後やろ
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