1:名無しのJ民
なんでやろな?藤原不比等の息子たちが仕組んだんやろ?
2:名無しのJ民
仏教推進派と対立してたとか聞いたで。当時は仏教の力が強かったからな
4:名無しのJ民
皇族なのに自害とかヤバすぎやろ。よっぽど追い詰められたんやろな
6:名無しのJ民
結局、密告が全てやったんか?密告者得する仕組みとか闇深すぎやろ
9:名無しのJ民
奈良時代とかいう権力争いの闇。ドロドロしすぎやろ
11:名無しのJ民
知識人だったらしいな。もったいないわ
15:名無しのJ民
長屋王の遺族もろとも…ってのが恐ろしいわ。徹底的すぎる
18:名無しのJ民
藤原四兄弟とかいう悪の枢軸。歴史の教科書で顔写真載ってないけど絶対悪人顔しとるわ
22:名無しのJ民
聖武天皇もビビりまくりやったんやろな。そりゃ大仏とか作るわ
26:名無しのJ民
結局は藤原氏が権力握るための踏み台にされただけやろ。皇親政治の終わりを告げる事件
27:名無しのJ民
当時の仏教の力って半端なかったんやろな。今の宗教法人とか目じゃないレベル
29:名無しのJ民
知識人って権力争いだと損するよな。策士策に溺れるってやつか
32:名無しのJ民
なんでクーデター起こさんと自害したんやろ。一矢報いるとかできんかったんか
33:名無しのJ民
↑追い詰められとったんやろ。抵抗の余地なしって状況だったんやろな
36:名無しのJ民
長屋王の邸宅跡から木簡大量に出たらしいな。あれすごいよな
38:名無しのJ民
↑リアルタイムで当時の庶民の暮らしが見えるのロマンあるわ
39:名無しのJ民
怨霊になったとかいう話も好き。奈良時代のおどろおどろしさがよく出てる
41:名無しのJ民
結局、藤原氏も天然痘でバタバタ死ぬんだよな…
45:名無しのJ民
↑因果応報やね。長屋王の怨霊の仕業やろ(適当)
46:名無しのJ民
いや、マジで長屋王の祟り説あるからな。藤原氏の壊滅的な死に方見ると
49:名無しのJ民
聖武天皇が盧舎那仏作ったのも、あの事件の後遺症やろ。精神的にヤバかったんやろな
51:名無しのJ民
↑大仏建立の動機の一つではあるな。鎮護国家思想とかもあるけど
54:名無しのJ民
でも、長屋王も結構なやり手だったらしいで。ただの被害者じゃない
57:名無しのJ民
↑どんな?詳しく
59:名無しのJ民
皇族のトップとして政治を主導してたし、律令政治の安定を目指してたらしい。かなり有能だったんや
61:名無しのJ民
皇親政治の最後の砦だったんだよな。だから藤原氏からしたら邪魔でしかなかった
65:名無しのJ民
密告した奴ってその後どうなったんや?美味しい思いしたんか?
67:名無しのJ民
↑賞与されてるで。まさに密告奨励。しかも密告内容はでっち上げだった可能性もある
69:名無しのJ民
密告社会とか怖すぎやろ。隣の奴がいつ裏切るか分からんとか
72:名無しのJ民
今の時代もネットで密告とかあるからあんま変わらんかもな
73:名無しのJ民
↑草。ほんまそれ。なんJ民も密告とか得意そうやし
77:名無しのJ民
歴史は繰り返すってやつか。人間は進歩しない
81:名無しのJ民
長屋王邸跡ってどこらへんなん?観光できるん?
83:名無しのJ民
↑今の平城宮跡の東側とかそのへんやで。史跡として整備されてる
86:名無しのJ民
奈良時代って闇深いエピソード多いよな。華やかな仏教文化の裏側で
88:名無しのJ民
↑仏教と政治がグチャグチャになってたからな。政教分離とかない時代やし
92:名無しのJ民
聖武天皇の娘と結婚してたのに、なんで殺されたんや?親戚筋やん
93:名無しのJ民
↑それが藤原氏の巧妙な手口やで。娘を嫁がせておいて、その夫を潰す。権力の掌握のためなら手段を選ばん
94:名無しのJ民
大仏開眼供養とかいう一大イベントの裏側で、こんなドロドロした事件があったとは
97:名無しのJ民
奈良時代は貴族が私腹を肥やす時代やからな。庶民は税に苦しんでるのに
100:名無しのJ民
長屋王がもし生きてたら、日本の歴史どうなってたんやろ
103:名無しのJ民
↑皇親政治が続いて、藤原氏の専横は抑えられたかもな。摂関政治が遅れてた可能性
105:名無しのJ民
↑でも、仏教勢力との対立は避けられなかったやろな。そこが長屋王の限界だったかも
107:名無しのJ民
結局、権力争いって人間の本能よな。どの時代も同じ
109:名無しのJ民
長屋王の呪いとか今でも効いてるんかな?藤原姓の奴とかビビりそう
112:名無しのJ民
↑コロナとかもそうなんちゃう?(適当)
115:名無しのJ民
長屋王の変から学ぶことって何や?
118:名無しのJ民
↑密告はダメ絶対。通報厨は歴史から学べ
121:名無しのJ民
↑権力者には逆らうな。特に藤原氏みたいな悪辣な奴には
124:名無しのJ民
↑知識人は政治に関わるな。理想主義者は潰される
127:名無しのJ民
↑歴史は勝者によって書かれる。長屋王の真実なんて闇の中
131:名無しのJ民
当時の貴族の暮らしぶりってどんな感じやったんやろ。木簡見るとリアルやな
134:名無しのJ民
↑豪華絢爛やろな。でもトイレとかどうしてたのか気になるわ
138:名無しのJ民
でも、庶民は飢えてたっていうね。格差社会の極みや
142:名無しのJ民
長屋王の邸宅ってどのくらいの規模やったんやろ。半端ない広さやったんやろ?
144:名無しのJ民
↑平城宮に匹敵するレベルの広さだったらしいで。敷地内に役所みたいな機能もあったとか
147:名無しのJ民
マジかよ。そりゃ目つけられるわ。藤原氏も嫉妬したんやろ
151:名無しのJ民
権力者ってなんでいつも金と女と権力を求めるんやろな。欲の塊や
154:名無しのJ民
↑人間の欲やで。それが歴史を動かしてきたとも言える
157:名無しのJ民
藤原四兄弟って誰と誰やったっけ?名前がごっちゃになる
159:名無しのJ民
↑武智麻呂、房前、宇合、麻呂や。全員不比等の息子。覚えとけ
162:名無しのJ民
↑覚えとるやんけ!ワイは武智麻呂しか覚えてないわ
163:名無しのJ民
長屋王って名前がもう高貴やん。なんか雅な響き
164:名無しのJ民
↑皇族やからな。草壁皇子の子やし
165:名無しのJ民
奈良時代って漢字難しすぎやろ。読み方もわからんの多い
166:名無しのJ民
↑古文読解得意な奴尊敬するわ。現代語訳してくれんと読めん
170:名無しのJ民
平城京遷都とかもなんか裏があったんちゃうの?結局、奈良から離れたかったんか?
171:名無しのJ民
↑まあ、遷都っていつも政治的な思惑あるからな。大仏作った後に都を移すとか、普通に考えたら意味不明やし
172:名無しのJ民
仏教って元々、国を治めるための道具だったのに、いつの間にか権力を持つようになってたのが闇やな
175:名無しのJ民
↑鎮護国家思想やね。それが暴走した結果が奈良時代の混乱
179:名無しのJ民
長屋王も仏教推進派だったんやろ?だから力を持てたのかと
181:名無しのJ民
↑いや、むしろ逆。仏教の介入に否定的だったんやで
183:名無しのJ民
↑あれ?そうなの?ワイの知識が古かったわ
186:名無しのJ民
↑そうやで。それも藤原氏との対立の一因。藤原氏は仏教勢力と結びついてたから
188:名無しのJ民
マジか。ワイの知識がアップデートされたわ。ありがとう^ニキ
191:名無しのJ民
長屋王は律令制を重んじてて、仏教寺院の勝手な行動を制限しようとしてた
193:名無しのJ民
↑だから藤原氏と対立したんやね。権力構造のど真ん中でバトルしてたわけか
195:名無しのJ民
結局、藤原氏も天然痘でいなくなるし、世の中って分からんもんやな。因果応報とはこのことか
197:名無しのJ民
↑歴史の皮肉やね。結局、誰も得してないってのが悲しい
200:名無しのJ民
長屋王の変って何年やったっけ?もう忘れた
203:名無しのJ民
↑729年やで。覚えやすいやろ?(適当)
207:名無しのJ民
奈良時代初期のドロドロした事件やな。聖武天皇も可哀想や
208:名無しのJ民
天皇の血筋でも安心できないのが歴史の教訓やね。力なき皇族は潰される
210:名無しのJ民
藤原氏の策略もすごいけど、長屋王も隙があったんかな。もうちょい賢く立ち回れたんちゃうか
213:名無しのJ民
↑完璧な人間なんておらんやろ。追い詰められたら誰でもミスする
214:名無しのJ民
結局、長屋王の死で藤原氏がやりたい放題になったんやな。摂関政治への布石
215:名無しのJ民
↑藤原氏の全盛期の始まりやね。ここから平安時代まで続く
218:名無しのJ民
大仏建立とかも、この事件の贖罪の意味もあったんか。聖武天皇の良心が痛んだんやろな
221:名無しのJ民
↑聖武天皇の精神的な動揺は大きかったやろうしな。後の仏教信仰の深さにも繋がる
222:名無しのJ民
奈良時代は仏教と政治が絡み合ってて、現代人には理解しがたい部分が多いけど、そこが面白い
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