1:名無しのJ民
なんでなんやろな
東北とか言う辺境やからか?
3:名無しのJ民
結局アイヌになったんやろ?
5:名無しのJ民
坂上田村麻呂とかいうレジェンドがいたのに?
9:名無しのJ民
そら朝廷からしたら異世界やろあんなん
12:名無しのJ民
兵站が無理ゲーすぎただけやろ
13:名無しのJ民
そもそも蝦夷って誰だよ
16:名無しのJ民
東北は山多いし、冬は雪深いし、攻める方もしんどい
19:名無しのJ民
古代の東北地方に住んでた人々を朝廷側が「蝦夷」って呼んでただけやで
現代のアイヌ民族の祖先と関連がある説が有力
23:名無しのJ民
朝廷が無能だっただけやろ
都で酒飲んでただけやん
24:名無しのJ民
そうとも言えん。相当な労力と国家予算を費やしてる。
それでも厳しかったってことや
27:名無しのJ民
ゲリラ戦法には勝てんよな
地形熟知してるやつらには
28:名無しのJ民
朝廷軍は平野部での集団戦は得意だったけど、山とか森でのゲリラ戦は苦手だったんやろ
29:名無しのJ民
そら平安京から陸路で何百キロも離れてる場所に大軍送り込むなんて無理やろ
補給線が途切れたら終わりやし
30:名無しのJ民
征夷大将軍とかいう名前だけの役職
34:名無しのJ民
征夷大将軍って蝦夷を「征服する」大将軍やなくて、「征服しに行く」大将軍やからな
達成してないから名前だけってのは違うやろ
35:名無しのJ民
蝦夷も一枚岩じゃなかったんちゃうの?
色んな部族がいて、まとまってたわけでもないんやろ?
37:名無しのJ民
そらそうよ
だからこそ朝廷も手こずった
41:名無しのJ民
騎馬民族は強い
はっきりわかんだね
45:名無しのJ民
朝廷の武力って正直そこまでじゃなかったんかな
49:名無しのJ民
律令制の兵役システムがガバガバだったんやろ
農民兵とか戦いたくもないやろ
53:名無しのJ民
徴兵制やからな。逃げるやつも多かったし、装備も自前とかいうクソ仕様
57:名無しのJ民
都から遠い地方の豪族に兵力出させても、あんまりやる気ないやろ
61:名無しのJ民
結果的に同化政策でなんとかなったんやろ?
63:名無しのJ民
完全に同化したわけじゃないやろ
今の東北の人とか、蝦夷の血が濃い人とかいるんかな
67:名無しのJ民
蝦夷はアイヌと直接繋がるわけではない、って説もあるぞ
縄文人系の血が濃い、ってのが正しいんじゃないか
71:名無しのJ民
縄文系と弥生系の文化摩擦みたいなもんやね
73:名無しのJ民
東北地方って昔から独立心が強いイメージあるわ
伊達政宗とかもそうやし
75:名無しのJ民
東北の雄が中央に反抗する構図は昔からあるんだな
78:名無しのJ民
完全に征服できなかったからこそ、東北には独自の文化が残ったとも言える
81:名無しのJ民
朝廷は経済的なメリットもあんまり見出せなかったんちゃう?
米もそんなに取れんし、金とかは後からやし
85:名無しのJ民
それもあるな。戦略物資とかが少なかったから、そこまで必死にならなかったのかも
86:名無しのJ民
蝦夷って結局、朝廷側から見た蔑称みたいなもんやろ
87:名無しのJ民
当時の日本って、まだ統一国家じゃなかったってことやろな
89:名無しのJ民
都から見たら「野蛮な土地」って認識やったんやろ
93:名無しのJ民
朝廷っていつも都合のいいように歴史を書き換えてるからな
実際はもっと泥沼だったんやろ
95:名無しのJ民
坂上田村麻呂がガチレジェンドなのは間違いないけど、彼でも完全に平定はできなかったんやな
98:名無しのJ民
平安時代にアテルイとかいう強いやついたよな
結局捕まって処刑されたけど
100:名無しのJ民
アテルイは蝦夷側のリーダーで、田村麻呂と戦ったんや
降伏して京都に連行されたけど、朝廷は殺したほうが良いってなって処刑された
104:名無しのJ民
アテルイは英雄やな
107:名無しのJ民
もしアテルイが生きてたら歴史変わってたかもな
110:名無しのJ民
朝廷もそこまで追い詰めようとはしてなかったんちゃうか
緩衝地帯みたいなもんやろ
114:名無しのJ民
いや、当時の朝廷はかなり本気で領土拡大と支配領域の安定を狙ってたぞ。
律令国家の体裁を保つためにも必要だった。
118:名無しのJ民
結局、兵力と兵站の限界やろ
当時の技術では、遠隔地の完全な支配は無理ゲーやった
122:名無しのJ民
あと疫病とかも多かったんやろ
慣れない土地で兵士がバタバタ倒れるとか
125:名無しのJ民
確かに
遠征って兵士の病気との戦いやしな
127:名無しのJ民
現代でも東北は雪国やし、当時はもっと過酷な環境やったろ
130:名無しのJ民
朝廷が征服できたのはせいぜい現在の福島県北部くらいまでちゃうか?
132:名無しのJ民
秋田や山形の一部まで支配下に置いた時期もあったけど、安定的な支配は難しかった。
最終的には奥羽藤原氏が台頭するまで、朝廷の直接支配は及ばなかったな。
133:名無しのJ民
奥羽藤原氏とかいう半独立国家
137:名無しのJ民
平泉とかいう独自文化圏
141:名無しのJ民
結局、中央の支配から離れた地域は、独自の勢力が生まれるんやな
143:名無しのJ民
つまり、朝廷はそこまで強くなかったと
147:名無しのJ民
いや、強かったからこそあれだけ領土を広げられたんや。
ただ、限界があったってこと。リソースは無限じゃないし、当時の技術レベルを考えればむしろすごいことやで。
151:名無しのJ民
中国とかも騎馬民族に悩まされとったしな
あれと同じやろ
152:名無しのJ民
万里の長城とか築くくらいやからな
156:名無しのJ民
騎馬民族VS農耕民族の構図は世界史でもよくある
160:名無しのJ民
蝦夷は農耕もしてたけど、狩猟採集の比重も高かったから、逃げ足が速かったんやろ
164:名無しのJ民
なんかロマサガのモンスターみたいやな
167:名無しのJ民
北方の異民族ってどこも強いイメージあるわ
フン族とかモンゴルとか
171:名無しのJ民
九州の隼人とかも反乱起こしてたけど、あっちは鎮圧できたのになんで蝦夷は無理だったんや?
173:名無しのJ民
隼人は地理的に都に近いし、人口も少なかった。
蝦夷ははるかに広大な地域に住んでて、人口も多かったんや。
176:名無しのJ民
なるほどねー
規模の問題か
178:名無しのJ民
あとは文化的な違いも大きかったんかな
九州は古代から大陸文化の影響も受けてたし
179:名無しのJ民
蝦夷は独自の文化圏やったからな
言葉も通じなかったんちゃう?
183:名無しのJ民
当時の「日本」の概念が現代とは全然違ったんやろな
185:名無しのJ民
北海道は手付かずやったしな
それどころじゃなかったんやろ
187:名無しのJ民
北海道は「渡島」って呼ばれてたけど、ほとんど未開の地として認識されてたな。
征服の対象にすらならなかった。
189:名無しのJ民
朝廷の支配って結局、西日本が中心やったってことやな
190:名無しのJ民
天皇中心の国家が確立されていく過程で、邪魔な勢力を排除しようとしたけど、全部は無理だったってだけやろ
192:名無しのJ民
なんか朝廷も必死やったんやな
想像よりは頑張ってたんやな
194:名無しのJ民
真面目に歴史語るJ民すき
196:名無しのJ民
なんか草
200:名無しのJ民
でも結局、東北の人って中央から見下されてた歴史があるよな
203:名無しのJ民
それはある。近代まで「辺境」「未開」みたいな扱いはされてた。
207:名無しのJ民
今でも東京から見たら東北は田舎扱いやし
210:名無しのJ民
やめたれw
214:名無しのJ民
まあ朝廷も人間やし、限界があるわな
216:名無しのJ民
朝廷が無理だったことを、鎌倉幕府とか江戸幕府はできたんか?
218:名無しのJ民
鎌倉時代以降は、朝廷の直接支配というより、武士政権が地方の有力武士を介して支配を確立していった形やな。
直接的な「征服」というより、時間をかけた「同化」と「支配体系への編入」が進んだ。
221:名無しのJ民
なるほど、支配の仕方が変わったんか
225:名無しのJ民
武士政権の方がより現地の事情に詳しかったり、柔軟に対応できたんやろな
226:名無しのJ民
結局、蝦夷の完全征服はできずに、自然に日本の一部になっていったって感じか
229:名無しのJ民
完全征服というより、緩やかに吸収されたってのが正しい表現かもな
231:名無しのJ民
それって負けじゃないよな?
235:名無しのJ民
勝ち負けで語るような単純な話じゃないんやで。
文化と文化、民族と民族の接触と変容の歴史や。
238:名無しのJ民
深いな…
239:名無しのJ民
蝦夷って名前が差別的ってことで使われなくなったんやっけ?
243:名無しのJ民
そうやね。今は「エミシ」って呼ぶことが多い。アイヌ民族との区別も明確にするために。
244:名無しのJ民
歴史って複雑やなぁ
247:名無しのJ民
征服できなかったからこそ、独自の文化が残り、それが後の日本文化にも影響を与えたって考え方もできるしな
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