1:名無しのJ民
現代と違って道も悪かっただろうし、米とか武器とか、どうやって運んでたんだろ?
2:名無しのJ民
そら人やろ
馬もいたか
3:名無しのJ民
馬借とか車借とかおったんちゃうんか?
あと川とか海とか
7:名無しのJ民
陸路だけじゃないからな。水路が結構重要だったはず。
10:名無しのJ民
飛脚とかは?あれは手紙専門?
12:名無しのJ民
飛脚は主に情報伝達やろ。荷物も運ぶけど大量輸送は無理ゲー。
14:名無しのJ民
戦国時代って言っても期間長いし、初期と後期じゃ全然違うやろ
15:名無しのJ民
兵站が命って言うけど、そりゃそうだわな
どうやって補給してたのか謎すぎる
19:名無しのJ民
ワイは信長が楽市楽座で商業活性化させたんやろ!って思ってるで
22:名無しのJ民
楽市楽座は税金免除とか関所撤廃で市場を活発にしたのであって、物流そのものを直接的に改善したわけじゃないやろ
間接的には影響あるけど
25:名無しのJ民
結局は軍勢が通るとこ通るとこで略奪してたんやないの?
現地調達が基本やったんやろ
26:名無しのJ民
略奪だけだと士気に関わるし、恒常的な補給にはならんやろ
29:名無しのJ民
そら豪商とか有力者が金を出すんやろ
商人と結託して米とか鉄砲とか調達するんや
33:名無しのJ民
戦国時代の道の整備状況ってどんなもんやったんやろな
石畳とかないやろ
36:名無しのJ民
主要な街道はそれなりに整備されてたらしいけど、それでも現代の感覚とは比べ物にならんわな
37:名無しのJ民
馬一頭で運べる量って知れてるやろ?
何百人何千人の兵隊に飯食わせるって考えたら気が遠くなるわ
40:名無しのJ民
戦国時代の馬って今で言うポニーみたいなもんだから、そんなに積めないらしいな
42:名無しのJ民
日本の馬って小さいよな。大陸の馬とは違うんか?
43:名無しのJ民
品種改良とかされてないし、農耕馬が主だからな。サラブレッドみたいなのはおらん。
46:名無しのJ民
つまり人力頼みってことか…
そりゃ足軽は大変やったな
48:名無しのJ民
兵糧米とかどうやって確保してたんだろ
現地収穫?
49:名無しのJ民
基本的に戦場から近いとこで米を買い上げるか、年貢で徴収したものを貯蔵しとくかやろ
51:名無しのJ民
城下町とかが物流の拠点やったんやろな
商人が集まってて
53:名無しのJ民
そうそう、城下町はまさに物流と経済のハブだった。
57:名無しのJ民
関所って通行料取るだけじゃなくて、物資の流れを管理する機能もあったんかな
58:名無しのJ民
あったで。関銭取ることで税収確保してたし、人の往来や物資の出入りを把握してた。
62:名無しのJ民
織田信長とか豊臣秀吉みたいに広範囲を制圧したやつらってどうやって各地の物資を中央に集めてたんやろな
63:名無しのJ民
水運やろ。琵琶湖とか淀川とか瀬戸内海とか、日本は意外と水路が発達してたから。
67:名無しのJ民
海運は最強やな。船で運べば大量に運べる。
71:名無しのJ民
だから港町とか河川の要所が重要だったんやで
堺とか博多とか安土とか
72:名無しのJ民
へえ、だから信長は安土城を琵琶湖の近くに作ったんか
76:名無しのJ民
そういう側面もあるやろね。琵琶湖ってかなりデカいから、水運の利点は大きい。
78:名無しのJ民
中国大返しとかどうやってあんな短期間で移動しつつ補給してたんだ?
あれこそ物流の謎やろ
81:名無しのJ民
あれはもう奇跡やろ。兵士の士気の高さと、秀吉の人心掌握術が異常すぎた。
あと、ある程度は現地調達やろ。
84:名無しのJ民
あと事前に街道に米とか仕込んでたとかいう説もあるやろ?
85:名無しのJ民
それはさすがにバレるリスク高すぎやろw
88:名無しのJ民
いや、兵糧奉行が事前に手配して、宿場町なんかに準備させてたって話もあるで。
89:名無しのJ民
へぇ、それはすごいな。秘密裏にやるんか。
93:名無しのJ民
兵糧奉行って今でいうロジスティクス担当部長みたいなもんか
94:名無しのJ民
まさにそうやね。有能な兵糧奉行はめちゃくちゃ重宝された。
95:名無しのJ民
戦国時代の兵糧奉行の年収ってどんなもんやったんやろ
96:名無しのJ民
現代の物流システムと比べたら、そりゃもう効率悪すぎやろな
97:名無しのJ民
Amazonプライムとか無理ゲーやな。当日配送とか夢のまた夢。
98:名無しのJ民
でも、その時代なりの工夫はあったんやろな。
例えば、米を直接運ぶより、保存食に加工して運ぶとか。
101:名無しのJ民
干飯(ほしいい)とか味噌とか梅干しとか、携帯食は発達してたな。
102:名無しのJ民
味噌は栄養価高いし、保存も効くから重要やったな。
104:名無しのJ民
兵隊が自分で食料持っていく分もあったんやろ?
105:名無しのJ民
あったあった。だから行軍前に各自で用意させたりもした。
108:名無しのJ民
米俵一つって何キロあるんや?
110:名無しのJ民
だいたい60kgくらい。それを馬に乗せたり、人が担いだり。
111:名無しのJ民
60kgを一日中担いで歩くとか無理やろ…
115:名無しのJ民
だから分担したり、牛や馬に頼るんや。
まあ、それでも現代人の感覚からしたら地獄やけど。
119:名無しのJ民
今みたいに冷蔵技術もないし、生鮮食品とかどうしてたんだろ
121:名無しのJ民
基本的に現地で狩猟採集するか、干物や塩漬けで保存するしかないやろ
125:名無しのJ民
やっぱ略奪は避けられんかったんやな…
126:名無しのJ民
略奪は一種の報酬であり、兵糧補給手段でもある。でもやりすぎると反乱起こされるから難しいところ。
129:名無しのJ民
関ヶ原の戦いとか、あんな大規模な軍勢が動くって考えたら、物流網がどれだけ重要だったかよくわかるわ
131:名無しのJ民
徳川家康は兵站重視で有名やしな。
133:名無しのJ民
信長も秀吉も、商業を保護して物流を重視してたからこそ、天下統一に近づけたんやろね
134:名無しのJ民
結局、金と人があればある程度なんとかなるってことか
137:名無しのJ民
あとは効率の良い輸送手段、つまり水運やろ
140:名無しのJ民
街道整備も重要。信長が岐阜から安土まで街道を整備した話もあるし。
144:名無しのJ民
道路整備も大事だけど、橋を架けるとかも大変そう
146:名無しのJ民
木橋がメインやろな。大雨降ったら流されるとかザラやったんちゃうか。
149:名無しのJ民
なんか戦国時代の話聞いてると、現代の物流って本当にすごいんだなって再認識するわ
150:名無しのJ民
当たり前のようにスーパーに並んでる食材とか、感謝せなあかんな
153:名無しのJ民
でも昔の人は昔の人なりに工夫してたってのが面白いな
154:名無しのJ民
昔の人は馬糞とかどう処理してたんだろ
街道とかうんこだらけやろ?
156:名無しのJ民
それは…うんこだらけやったやろな…
160:名無しのJ民
まぁ昔の人は慣れてるやろ
街道の脇に肥料として積み上げられてたんちゃうか?
161:名無しのJ民
ちょっと待て、それはさすがに衛生的にヤバいんちゃうか
162:名無しのJ民
まあ、その辺は現代の感覚とは違うからな
165:名無しのJ民
川とかに流してた可能性も?
168:名無しのJ民
下流の住民ブチギレやろ
170:名無しのJ民
結局、戦国時代の物流は、人、馬、そして水運が主で、現地の調達や商人との連携、そして兵糧奉行のような専門職の働きによって支えられていたってことやな。
171:名無しのJ民
まとめに入ったな
174:名無しのJ民
詳しいニキおる?
実際どのくらいの速度で物資運べたん?
175:名無しのJ民
馬借とかだと、一日で30km~40kmくらい進んだらしいで。現代の徒歩と変わらんくらい。
177:名無しのJ民
そんなもんか。意外と速いな。
180:名無しのJ民
でもそれは馬借のプロが荷物満載で進んだ場合やろ。軍が動かすとなると話は別。
181:名無しのJ民
軍隊は兵士の行軍速度に合わせるから、もっと遅いんちゃうか。
182:名無しのJ民
軍隊が行軍すると、その地域の食料は食い尽くされるから、補給線が延びれば延びるほど大変になる。
183:名無しのJ民
だから遠征は難しいんやな
184:名無しのJ民
遠征先で略奪しまくるしかなくなるわな
187:名無しのJ民
あと、伝令とか情報伝達も物流の一種やろ?
189:名無しのJ民
せやな。早馬とか飛脚とか、情報伝達もめちゃくちゃ重要やった。
190:名無しのJ民
本能寺の変の報が各地に届く速度とかも面白そう
194:名無しのJ民
信長の死が伝わった速度も、当時の情報伝達の限界を示してるな。
195:名無しのJ民
結局、戦国時代の物流って、現代のインフラと比べ物にならないくらい未熟だったけど、その中で最大限の工夫をしてたってことやな。
198:名無しのJ民
戦国時代のAmazonプライムは筋肉と根性やったんやな
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