1:名無しのJ民
あいつら絶対何か勘違いしてたよな
征夷大将軍ぶっ殺すとかアホちゃうか
3:名無しのJ民
嘉吉の乱やろ?室町幕府の将軍足利義教殺した奴ら
頭おかしい
4:名無しのJ民
まあ義教も相当な暴君だったからな
「万人恐怖」って言われるくらいやし
8:名無しのJ民
でも将軍殺すのはやりすぎやろ
そら全国から討伐されるわ
9:名無しのJ民
赤松満祐ってやつやっけ?
あいつが実行犯
10:名無しのJ民
播磨の守護大名が将軍殺すってスケールデカすぎんだよな
どんだけ力あったんやろ?
12:名無しのJ民
そりゃ当時の赤松氏はかなりの有力大名だったよ
播磨、美作、備前とか持ってたし
でも将軍殺すほどの力はない
16:名無しのJ民
つーか、なんであそこまで義教に恨みがあったんや?
家督争いに介入されまくったとか?
19:名無しのJ民
そうやね
義教がめちゃくちゃ赤松家の家督に口出ししてきて、満祐の弟を寵愛したり、領地没収しようとしたりしてた
満祐はブチ切れたんやろな
22:名無しのJ民
ブチ切れて将軍殺すとか漫画の主人公かよ
24:名無しのJ民
リアル刃牙定期
将軍「俺が最強」
満祐「へー、そっか(殺意)」
27:名無しのJ民
義教はマジでキレやすい将軍やったからな
気に入らない大名はすぐ潰すし、些細なことで粛清しまくってた
それを見て満祐も「やられる前にやるしかない」って思ったんやろ
29:名無しのJ民
でも結果的に赤松氏滅んだやん
自爆やんけ
32:名無しのJ民
一時的にな
後に再興するし
山名宗全とか細川勝元とか、将軍殺しに加担した奴らが後ろで糸引いてた説もあるで
34:名無しのJ民
いやいや、嘉吉の乱は満祐が主催者やんけ
山名細川は後から討伐に加わっただけやろ
37:名無しのJ民
そうだけど、裏で満祐に焚き付けた連中がいたとしてもおかしくはない。
義教の暴政にみんな辟易してたからな。特に山名は義教に何度も睨まれてたし、領地没収されてたこともあった。
39:名無しのJ民
その頃の足利将軍家ってなんであんなに力落ちてたの?
室町時代って室町幕府の力が弱くて守護大名がイキってたイメージしかないわ
42:名無しのJ民
足利義満の時代は強かったんだけどね
義持、義量あたりからちょっとずつ権威が落ちてきて、義教で強引に取り戻そうとしたけど暴君すぎて反発食らった
45:名無しのJ民
てか赤松って名前がもうザコっぽいやん
赤松って松やろ?青松ならまだ強そう
47:名無しのJ民
赤松は縁起の良い木材やぞ。
日本の城にもよく使われた高級材や。
51:名無しのJ民
赤松満祐の満は足利将軍家から与えられた偏諱だからな。
それなのに将軍を殺すという皮肉
52:名無しのJ民
満祐の館、当時としては相当豪華だったらしいな
将軍を接待できるレベル
播磨ってそんなに裕福な土地だったんか?
56:名無しのJ民
播磨は海運の要衝だし、農業生産も高い。
山陽道の宿場町も多くて物流も盛ん。
赤松氏が支配してたから潤ってたんやろ。
57:名無しのJ民
で、嘉吉の乱のあとどうなったん?
赤松氏滅亡したんやろ?
60:名無しのJ民
一度は滅亡したけど、遺臣たちが赤松政則を擁立して再興を試みたんや。
応仁の乱に乗じて播磨を取り返した。
62:名無しのJ民
え、じゃあ嘉吉の乱で滅んだって言われるのはちょっと語弊あるんか
一時的に追放されたみたいなもん?
63:名無しのJ民
そうやね。完全に滅亡したわけではない。
応仁の乱で西軍についた山名氏と対立し、東軍についた赤松氏が山名氏を追い出す形で播磨を奪還した。
66:名無しのJ民
ややこしいな。
結局、赤松氏って戦国大名としてはあんまりパッとしなかったよな。
有名どころって嘉吉の乱くらいやん。
69:名無しのJ民
いやいや、赤松氏は守護大名としては相当な名門だぞ。
鎌倉時代から続くし、足利氏とは同族に近い関係。
播磨守護職は代々務めてたし、文化事業にも熱心だった。
72:名無しのJ民
守護大名って結局戦国時代になって自滅するパターン多いよな
室町幕府に忠実すぎて変化に対応できなかったり
75:名無しのJ民
赤松氏は応仁の乱で一度は復権したものの、その後は家臣の浦上氏や小寺氏に下克上されて勢力を失っていくんだよな。
最終的には織田信長に攻め滅ぼされたと記憶してる。
78:名無しのJ民
そうそう。最後の当主が赤松則房とかだったかな?
秀吉の播磨攻めで滅びる。
80:名無しのJ民
結局将軍殺しても未来は開けなかったんやな
81:名無しのJ民
将軍殺しというより、室町幕府の体制が時代遅れになっていった結果やろ
守護大名制自体が限界だったんや
83:名無しのJ民
しかしよく考えたら、将軍を自分の屋敷で暗殺するって、セキュリティどうなってたんやろ?
いくら義教が傲慢とはいえ無警戒すぎない?
87:名無しのJ民
将軍暗殺は宴会の席やったからな。
護衛も酒飲んでたかもしれんし、将軍が護衛を遠ざけてた可能性もある。
満祐が周到に準備してたのは間違いないけど。
89:名無しのJ民
満祐の覚悟やろな
もう死ぬ気やったんちゃうか
93:名無しのJ民
いや、満祐は嘉吉の乱の後も抵抗して、最期は自害してるから、死ぬ気ではあったかもしれんけど、ただ暴れるだけではなかった
95:名無しのJ民
なんか赤松氏って、義教殺した功績だけで歴史に残ってる感あるよな
他の守護大名と比べたら地味じゃない?山名とか細川とかのほうが
96:名無しのJ民
地味とか言うなよ。
播磨の歴史を語る上では絶対外せない大名やぞ。
姫路城の礎を築いたのも赤松氏やし。
99:名無しのJ民
姫路城?マジで?
102:名無しのJ民
今の姫路城の原型は池田輝政が築いたけど、その前身である姫山城を築いたのは赤松氏だと言われている。
黒田官兵衛が改修したのも赤松氏の城がベース。
103:名無しのJ民
へー、知らんかった
ちょっと見方が変わるわ
105:名無しのJ民
赤松家自体はその後も細々と続いたらしいで
江戸時代には旗本として存続した家もあったとか
106:名無しのJ民
へぇ、意外とそこそこしぶといやん
109:名無しのJ民
でも将軍殺しちゃったら、その後の人生めちゃくちゃハードモードになりそう
子孫にまで影響ありそうやん
110:名無しのJ民
実際に赤松家はその後苦難の道を歩んだし、一度は所領を失ってるからな
自業自得と言えば自業自得
114:名無しのJ民
赤松満祐は現代で言えば、社長に不満を持つ社員が、パーティで社長を殺したみたいなもんか?
スケールが違いすぎるかw
115:名無しのJ民
満祐は専務くらいの実力はあったんやない?
一応、有力守護大名やし
118:名無しのJ民
当時の将軍ってどれくらいの権力あったん?
今の総理大臣どころじゃないよね
122:名無しのJ民
そりゃ当時の将軍は天皇から征夷大将軍の任命受けてるわけやから、絶対的な権力持ってるように見えたやろ
でも実態は守護大名とのバランスで成り立ってた時代やね
126:名無しのJ民
義教は絶対的な権力者になろうとして、そのバランスをぶっ壊そうとしたから反発食らったんや
127:名無しのJ民
つまり義教は守護大名をリストラしようとして、満祐がそれに反抗したってことか?
129:名無しのJ民
リストラというか、もっと露骨なパワハラやろ
気に入らない奴はどんどん潰す、領地も奪う、家督も勝手に決める
そりゃ反発するわ
133:名無しのJ民
赤松満祐、実は反体制のヒーローだった説
135:名無しのJ民
ヒーローは言い過ぎやろ
ただ自分の家が潰されることに抵抗しただけや
138:名無しのJ民
でも義教の死で多くの大名がホッとしたのは間違いない
将軍殺しが肯定されたわけではないけど、義教の暴政は止まったわけやし
140:名無しのJ民
嘉吉の乱のせいで、幕府の権威がさらに低下したって側面もあるよな
「将軍も殺せるんだ」って思われたら終わりやん
143:名無しのJ民
まさに下克上の始まりやね
守護大名が将軍を、家臣が守護大名を、って連鎖していった
145:名無しのJ民
そう考えると赤松満祐は室町幕府の崩壊を早めた戦犯なのかもな
147:名無しのJ民
いや、それは義教の責任も大きいやろ
満祐にそこまでの影響力はない
時代が下克上を求めてただけや
150:名無しのJ民
結局、歴史は勝者によって語られるからな
赤松満祐は負けたから暴君殺しの義士にはなれなかった
152:名無しのJ民
赤松満祐が勝ってたら日本の歴史変わってたんかな?
154:名無しのJ民
いや、勝てないだろ
いくら将軍殺したとはいえ、全国の大名を敵に回して、さらに室町幕府というシステム自体を変えるほどのビジョンはなかったと思う
155:名無しのJ民
播磨の赤松氏って、なんか現代のスタートアップ企業で、既存の大企業(幕府)に喧嘩売って、一時的に注目浴びたけど、結局力及ばずみたいな感じか?
157:名無しのJ民
面白い例えやな
ベンチャー企業が業界最大手に喧嘩売って、創業者が消えてったみたいな
160:名無しのJ民
で、そのベンチャー企業の残党が、業界再編(応仁の乱)に乗じて、一時的に旧勢力(山名)から土地を取り戻したと。
しかし、時代は既にそのビジネスモデル(守護大名体制)の終焉に向かっており、新しいテクノロジー(戦国大名)に吸収されていったと。
163:名無しのJ民
うまいこと言いやがったな
歴史を現代に置き換えるとなんか腹落ちするわ
167:名無しのJ民
結局、赤松氏って室町時代という枠組みから抜け出せなかったんやな
170:名無しのJ民
守護大名としては一流だったけど、戦国大名としては二流止まりだったってことやな
172:名無しのJ民
室町時代の守護大名ってなんかエモいよな
将軍との微妙な距離感が
176:名無しのJ民
赤松氏の家紋って何だったっけ?
177:名無しのJ民
丸に三つ引やで
足利氏の二つ引とはちょっと違うけど、似たようなデザイン
源氏の流れを汲む武家らしい家紋やね
179:名無しのJ民
そうか、足利も赤松も源氏やもんな
だから将軍と対等だと思ってたのかも
180:名無しのJ民
いや、足利将軍家は清和源氏の中でも特別な地位だから
赤松氏も源氏だけど、足利氏とは格が違うってのが当時の認識
そこを勘違いしたのが満祐
181:名無しのJ民
勘違いというか、義教がその格をわざと踏みにじってきたから満祐もキレたんやろ
185:名無しのJ民
結局、傲慢な将軍と、それに反抗した守護大名の衝突ってことやな
186:名無しのJ民
人間関係のもつれで将軍死ぬって、歴史って結構しょーもない理由で動くんだな
188:名無しのJ民
しょーもない理由やないやろ
命懸けの権力闘争や
191:名無しのJ民
まあ、嘉吉の乱で室町幕府の権威が地に落ちたのは間違いないし、戦国時代へのきっかけの一つではあったな。
赤松満祐は評価が難しい人物やな。
192:名無しのJ民
評価が難しいというか、後世に将軍殺しってインパクトだけ残して、あとは地味なイメージが定着しちゃったんやろ
193:名無しのJ民
でも姫路城の基礎を築いたとか、地味にすごいことしてるんやな
そう思うと、もうちょい評価されてもいい気がしてきた
195:名無しのJ民
赤松氏は文化人としても結構有名だよ。
連歌とかに熱心で、当時の文化の中心地の一つだった播磨を統治してたし。
197:名無しのJ民
へえ、そうなんだ
暴君殺しの武闘派イメージしかなかったわ
199:名無しのJ民
室町時代の武将はみんな教養あったからな
武芸と文化、両方できるのが当たり前だった
202:名無しのJ民
赤松氏の絶頂期は、嘉吉の乱の少し前だったんやろな
あの事件で全部ひっくり返った
205:名無しのJ民
嘉吉の乱がなければ、赤松氏はもっと安定して播磨を支配し続けられたんやろか?
208:名無しのJ民
それは無理やろ。
遅かれ早かれ下克上は起きてたはず。
赤松氏も山名氏に攻められたりしてたし。
209:名無しのJ民
でも将軍殺しという最大の禁忌を犯したことで、一気に命運が尽きたのは確かやろ
213:名無しのJ民
その判断が愚かだったのか、それとも義教を止めるためのやむを得ない手段だったのか
意見が分かれるところやな
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