1:名無しのJ民
要は軍人兼農民やろ?
5:名無しのJ民
ワイのひいじいちゃんが屯田兵だったって言ってたわ
6:名無しのJ民
北海道開拓の要になった制度やね
9:名無しのJ民
ロシア対策でしょ
樺太とか千島列島から来るから、入植者兼兵士で開拓も国防もって
13:名無しのJ民
あれって士族の救済策って側面もあったんやろ?
戊辰戦争とかで職失った武士を北海道に送ったみたいな
17:名無しのJ民
せやで。俸禄失って路頭に迷ってた士族たちにとっては、土地と職を保証される最後のチャンスだったとも言える
19:名無しのJ民
開拓しつつ、いざって時に武器とるんやろ?
北の守りとして重要な役割やったんやな
22:名無しのJ民
今の視点で見るとブラック企業もいいとこやろ
最北の地で開墾させられ、軍事訓練までって
26:名無しのJ民
いやでも土地もらえるんやろ?それ考えると当時の日本人にとっては悪くなかったんちゃうか
27:名無しのJ民
初期は支給品も結構手厚かったらしいで
住居とか農具とか、数年分の食料とか
31:名無しのJ民
へぇ、意外と手厚いんやな
35:名無しのJ民
タフやなぁ
当時の人間にしかできんわ
37:名無しのJ民
札幌の開拓記念館で見たけど、厳しい環境でよくやったもんや
39:名無しのJ民
冬とかどうしてたんやろ?
本州の人間が急に北海道の冬とか無理ゲーやろ
42:名無しのJ民
住居は支給されても、暖房とかどうしてたんだ?燃料とか
46:名無しのJ民
最初は本当に大変だったらしいよ
入植初年度はほとんど収穫できなくて飢えに苦しんだ屯田兵も多かったとか
49:名無しのJ民
まぁそれはそうよな
開墾したばっかの土地でいきなり米作れるわけないし
52:名無しのJ民
でもそういう苦労があったから今の北海道があるんやね
53:名無しのJ民
確か家族単位で入植したんやろ?
子どもも駆り出されてたのか?
57:名無しのJ民
子どもは教育の機会も与えられたで
屯田兵子弟のための学校も併設されてた
59:名無しのJ民
教育もか
結構システム化されてるやん
63:名無しのJ民
軍隊組織やから規律は厳しかったらしいけどな
命令は絶対、自由な外出も制限されてたとか
64:名無しのJ民
そりゃそうやろ
兵士やし
65:名無しのJ民
士族の救済って話で言うと、新政府からしたら不平士族が内乱起こす前に遠くに送っちゃうって意図もあったんちゃうか?
67:名無しのJ民
うわ、怖
68:名無しのJ民
それはあるな。西南戦争とか明治初期は士族の反乱が多かったから、ガス抜き効果もあったんやろ
70:名無しのJ民
しかも給与もちゃんと出てたらしいで。結構高給だったとか
73:名無しのJ民
高給なのか
当時のインフレとか分からんけど、土地ももらえて給与もなら、そりゃ行くわ
74:名無しのJ民
当時の公務員みたいなもんか
77:名無しのJ民
当時の北海道って未開の地だったし、政府からすればただで開拓してくれる上に防衛力も得られるとあって、かなり都合のいい制度だったんだろうな
78:名無しのJ民
でも、屯田兵の人たちも、ちゃんと自分たちの故郷や家族のためにって思って頑張ってたんやろな
81:名無しのJ民
ワイなら無理ンゴ
今の快適な生活捨てて極寒の地とか
85:名無しのJ民
今の札幌駅周辺がまだ森だった頃の話やろ?
想像つかんわ
89:名無しのJ民
それがわずか100年ちょっとで大都会になったんだからすごいよな
92:名無しのJ民
屯田兵制度っていつまで続いたんやっけ?
95:名無しのJ民
明治の終わり、日露戦争のあたりで廃止されたはず
97:名無しのJ民
日清・日露戦争で屯田兵部隊が大活躍したのが大きいらしいな。正規軍に匹敵する戦力と認められて、普通の陸軍部隊に改編されていった
98:名無しのJ民
なるほど、任務完了って感じか
99:名無しのJ民
北海道の開拓も進んだし、ロシアとの関係も少し変わったし、時代の流れで役割を終えたってことやな
101:名無しのJ民
今でも北海道には屯田兵の子孫がいっぱいいるんやろ?
104:名無しのJ民
せやな、ワイの友達にも結構いるで
107:名無しのJ民
地名にも残ってるよな。屯田〇〇とか
109:名無しのJ民
屯田開拓の精神は今も北海道に受け継がれてるな
111:名無しのJ民
なんかちょっと感動してきたわ
113:名無しのJ民
ただでさえ厳しい開拓地で軍事訓練とか、人間やれることの限界超えてるやろ
114:名無しのJ民
屯田兵の集落って、碁盤の目みたいに綺麗に区画整理されてたらしいね
効率的に開拓を進めるため
118:名無しのJ民
街並みも計画的やったんか
122:名無しのJ民
だから札幌とか旭川とか、北海道の主要都市は街路が直線的できれいなんやな
125:名無しのJ民
へー、知らんかったわ
126:名無しのJ民
当時は農具も今みたいに高性能じゃないし、トラクターとかもないから、全部人力でしょ?
129:名無しのJ民
馬とか牛は使ってたやろけど、基本は人力やろな
133:名無しのJ民
想像を絶する重労働や
134:名無しのJ民
屯田兵の子孫って、なんか根性ありそうなイメージあるわ
138:名無しのJ民
そりゃご先祖様があんな場所開拓したんやからな
DNAに刻まれてるやろ
142:名無しのJ民
ロシアとの国境防衛ってマジで切羽詰まってた時代なんやな
145:名無しのJ民
日露戦争とかまさにそれやろ
ロシア南下政策エグかったし
149:名無しのJ民
北海道ってなんか独自文化的なものがあるけど、それも屯田兵由来なんかな?
151:名無しのJ民
食文化とか生活様式とか、結構影響はあったと思うで
154:名無しのJ民
ジャガイモとかタマネギとか、寒冷地作物も屯田兵たちが広めたんやろな
155:名無しのJ民
札幌ビール園の近くにある「開拓の村」行くと、当時の屯田兵の家とか見れるで
158:名無しのJ民
結構地味な建物やったけど、あれが当時の最先端やったんやろな
162:名無しのJ民
なんJ民なら屯田兵になっても一日で逃げ出すやろな
165:名無しのJ民
逃げ出したら即刻射殺やろ
軍人やぞ
168:名無しのJ民
いや、当時の日本で逃げ出す場所なんてほとんどないやろ
本土に戻っても路頭に迷うだけやし
171:名無しのJ民
まあ、背水の陣よな
175:名無しのJ民
今の北海道民からしたらご先祖様が命懸けで開拓してくれたって感謝しかないやろな
176:名無しのJ民
そらそうやろ
179:名無しのJ民
ワイの友達の家系、士族やからって屯田兵の子孫であることを誇りにしとるわ
181:名無しのJ民
それは誇ってもええやろ
185:名無しのJ民
しかし、この制度、歴史の教科書ではそこまで詳しく扱われないよな
188:名無しのJ民
確かに。開拓と国防、士族救済という複数の目的を持った、かなりユニークな制度なんやけどね
189:名無しのJ民
受験には出ないからな…
190:名無しのJ民
北海道の近代史を語る上では外せない重要テーマなんやけどな
191:名無しのJ民
これを機にちょっと調べてみるわ
194:名無しのJ民
NHKで特番やってたの見たわ
過酷な生活だったけど、コミュニティの絆は強かったって話
198:名無しのJ民
やっぱ隣人と助け合わんと生きていけない環境だったんやろな
199:名無しのJ民
それはそうやろ
集落全体が一つの家族みたいなもんやったんやないか
202:名無しのJ民
なんか今の都会の希薄な人間関係とは真逆やな
206:名無しのJ民
当時の共同体の強さって異常やったやろな
210:名無しのJ民
今でも北海道の地域コミュニティって、他の地域より結びつき強いとこあるよな
214:名無しのJ民
それは屯田兵精神が残ってるのかもな
215:名無しのJ民
ワイも一回開拓の村行ってみるわ
216:名無しのJ民
結構広いから半日潰れるで
218:名無しのJ民
まあ、北海道旅行のついでに行くとええわな
220:名無しのJ民
てか、屯田兵って軍人としての訓練もしてたわけやろ?
どんくらい強かったんや?
222:名無しのJ民
日清戦争や日露戦争では精鋭部隊として活躍したらしいで。特に冬の戦いには強かったとか
226:名無しのJ民
そりゃ北海道の冬で訓練しとるんやから、雪中戦のプロやろ
227:名無しのJ民
ロシア兵もビビったやろな
「こいつら雪の中を普通に移動しとる!」って
230:名無しのJ民
そらそうよ
雪の中をスキーで移動して、銃撃って、開墾してる奴らやぞ
234:名無しのJ民
当時のロシア兵からしたら、日本の北の方に異次元のタフネス集団がいるって感じだったんか
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