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飛鳥時代の仏教伝来、当時の豪族間でどんだけ揉めたんや?

1:名無しのJ民

ガチで仏教伝来ってそんな重要だったんか? 軽く考えてたわ

3:名無しのJ民

これ蘇我氏と物部氏の権力闘争の口実だっただけやろ?

5:名無しのJ民

当時の価値観ではガチもガチよ。新興宗教が国に入ってくるレベルやぞ

7:名無しのJ民

ワイの先祖が物部守屋って信じてる奴いる?

8:名無しのJ民

物部氏が負けて悔しいンゴねぇ

10:名無しのJ民

蘇我氏「ワイら最先端の百済から来た仏教取り入れるンゴwww」
物部氏「いやいやwww日本の神様が怒るやろwww」

12:名無しのJ民

仏像壊したりしてるんだからガチもガチよ。物部尾輿とかヤバすぎやろ

14:名無しのJ民

>>8
あの仏像、今なら国宝級なんやろなぁ…

16:名無しのJ民

疫病流行ったから仏教のせいだって言って仏像捨てたんだっけ?

18:名無しのJ民

それそれ。水に投げ込んだり、燃やしたり。

22:名無しのJ民

現代の感覚だと頭おかしいけど、当時はそんなもんよな。

25:名無しのJ民

>>12
今の感染症騒動でも得体の知れないもんには過剰に反応するやつおるやろ?あんな感じやろ

26:名無しのJ民

てか、天皇はどっち派だったんや?

29:名無しのJ民

欽明天皇「まぁ、ええんとちゃう?」みたいな感じ。優柔不断やろ

32:名無しのJ民

>>15
結局、蘇我氏が押し切った形やな

36:名無しのJ民

百済から仏教が伝わったって言うけど、なんで仏教伝えたかったんやろ?

39:名無しのJ民

>>17
百済も先進文化アピールしたかったんちゃう?外交ツールやで

42:名無しのJ民

蘇我氏ってゴリ押しで権力掴んでったイメージ

45:名無しのJ民

馬子とかいうラスボス

46:名無しのJ民

物部氏もガチで強かったんやろ?普通に戦って負けたのが悔しい

47:名無しのJ民

>>21
そら当時の日本じゃトップクラスの武闘派豪族やし

50:名無しのJ民

物部氏、蘇我氏、どっちにしても権力闘争やんけ

51:名無しのJ民

宗教が利用されただけって結論やろ?

52:名無しのJ民

いや、そう単純でもないぞ。
仏教は当時の先進的な大陸文化の象徴でもあったから、単なる信仰だけでなく、政治体制や技術、思想もセットで入ってくる意味合いがあった。
蘇我氏はそれを理解してて、物部氏は伝統的な大和の神々(つまり自分たちの祭祀権)を守りたかった。
ガチの文化衝突でもある。

54:名無しのJ民

>>25
なるほど、深いな

55:名無しのJ民

つまり、文明開化vs攘夷論みたいなもんか?

57:名無しのJ民

>>27
イメージとしては近いかもな。開国か鎖国かみたいな。

59:名無しのJ民

でも仏教の技術って?寺作る技術とか?

61:名無しのJ民

>>29
建築、彫刻、絵画、医学、律令制度の考え方まで。
文字文化の発展にも繋がるし、国家運営のノウハウも付いてくる。

64:名無しのJ民

物部氏ってガチでヤバい奴らだったん?

68:名無しのJ民

>>31
武力は最強クラスだけど、新しもん嫌いの保守派だったから、時代の流れに乗れなかった感

71:名無しのJ民

まあ宗教なんてどれも一緒やろ

73:名無しのJ民

仏教伝来からたった数十年で聖徳太子とか出てくるの冷静に考えると凄い

77:名無しのJ民

>>34
聖徳太子が間に入ってくれたらもっと穏便に済んだんかな

79:名無しのJ民

当時って天皇も今ほど絶対的じゃなかったんやろ?

80:名無しのJ民

>>36
豪族連合の盟主みたいな立ち位置やな。だから有力豪族の意向がデカかった。

82:名無しのJ民

仏教伝来って言うけど、具体的な年号とかってあんの?

84:名無しのJ民

>>38
538年説と552年説があって、教科書によって違うんよな。
公式に「公伝」された年がそう言われるけど、それ以前から朝鮮半島との交流で入ってきてた可能性もある。

86:名無しのJ民

>>39
へー、そんな曖昧なんか

90:名無しのJ民

538年とか、聖徳太子まだ生まれてないやん!

92:名無しのJ民

守屋さんの最期、悲惨だったよな。木に登って抵抗したとか。

96:名無しのJ民

>>42
蘇我氏軍に包囲されてたからな。物部氏の居城が奈良の渋川とかいう説あるけど、どこだったんやろな?

100:名無しのJ民

弓で射殺されたんだっけ?

103:名無しのJ民

>>44
そう。蘇我氏側についた秦河勝がトドメ刺したとかいう話もある。

105:名無しのJ民

物部氏が勝ってたら日本の歴史どうなってたか気になるわ

109:名無しのJ民

>>46
仏教文化は遅れて、神道中心の政治体制がもっと続いてたかもしれんな。
寺社勢力とかも生まれてこなかった可能性。

111:名無しのJ民

>>47
今の寺とか神社とか、あんまり区別ないけど当時は明確に敵対しとったんやろな

114:名無しのJ民

てか仏教ってそもそもインドの宗教やろ?なんで百済から?

117:名無しのJ民

>>49
シルクロード通って中国、朝鮮半島経由やで。
日本に伝わったのは中国や朝鮮で独自の発展を遂げたものが多かった。

119:名無しのJ民

蘇我氏って権力握りすぎて最後滅びるんだよな。諸行無常やで

123:名無しのJ民

>>51
聖徳太子の息子、山背大兄王を滅ぼしたあたりからおかしくなる

125:名無しのJ民

聖徳太子といえば十七条憲法も仏教精神入ってるんだっけ?

128:名無しのJ民

>>53
そうだよ。「和を以て貴しとなす」とか、仏教の精神が根底にある。
天皇中心の国家体制を確立するために仏教を利用した面もある。

131:名無しのJ民

結局、何が言いたかったかっていうと、当時の人々はガチで命かけて宗教観や文化観を争ってたってことやろな。
現代の俺らから見ると想像しにくいけど。

134:名無しのJ民

なんか今の韓国と日本の歴史認識問題みたいなもんか?

136:名無しのJ民

>>56
いや、それは違うやろ。国の内政問題やし。

140:名無しのJ民

当時は疫病とか天災の理由が分からないから、そういう得体の知れないもんのせいにしがちやったんやろな

144:名無しのJ民

>>58
今でも未確認飛行物体とか信じるやつおるし、本質は変わらんのかもな。

145:名無しのJ民

蘇我氏と物部氏の戦いは、単なる豪族間の勢力争い以上の意味があったんやな。
日本の国家形成の方向性を決める大きな転換点だったってことか。

149:名無しのJ民

そう考えると、物部氏の頑なな態度も理解できなくはないわ。
自分たちのアイデンティティが揺らぐ危機やったんやろ。

151:名無しのJ民

飛鳥時代って意外とドラマチックやな。

155:名無しのJ民

>>62
漫画のネタになりそう

156:名無しのJ民

仏教伝来の史料ってあんまり残ってないんだっけ?

158:名無しのJ民

>>64
『日本書紀』と『元興寺縁起』あたりが主な史料やな。
特に『日本書紀』は蘇我氏の視点が強いと言われてるから、物部氏側の資料はほとんどない。

160:名無しのJ民

>>65
歴史は勝者の視点で書かれるってやつか。

162:名無しのJ民

物部氏が勝ってたら日本はもっと神道色強かったんかな?

164:名無しのJ民

>>67
そうなってた可能性は高い。
でも大陸文化の流入は止められないから、別の形で仏教が入ってきたり、あるいは独自の宗教体系が発展したかも。

167:名無しのJ民

蘇我氏が仏教持ち込んだから、今の日本は仏教寺院だらけなんやな

170:名無しのJ民

>>69
そうやで。あと、この後遣隋使とか遣唐使を派遣するモチベーションにもなった。
先進的な国づくりのためにも仏教は必要だったと。

173:名無しのJ民

もし仏教がもっと遅れてたら、日本の文字とかも遅れてた?

175:名無しのJ民

>>71
可能性はある。仏典を写経したり、そのための文字が必要だったからな。
漢字の受容も仏教と深く関わってる。

179:名無しのJ民

飛鳥時代とか、大河ドラマにしたら面白そうやけど、地味なんかな?

180:名無しのJ民

>>73
いや、結構ドロドロの権力闘争と文化導入で面白いと思うで。
聖徳太子を主人公にするのが定番やけど、蘇我馬子とか物部守屋を主役にしたら渋いかも。

181:名無しのJ民

てか仏教って平和を説くのに、なんで導入で戦争起きるねん…

184:名無しのJ民

>>75
それは宗教に限らず、思想や文化の導入で権力構造が変わる時は大体揉めるもんや。

186:名無しのJ民

今の仏像って割と穏やかな顔してるけど、当時の仏像ってどんなんだったんやろ?

187:名無しのJ民

>>77
飛鳥時代初期の仏像は北魏様式とか南梁様式の影響を受けてて、ちょっと無骨で威厳のある感じが多いで。
法隆寺の釈迦三尊像とか、飛鳥大仏の顔見るとええ。

190:名無しのJ民

>>78
なるほど、今とは結構違うんやな。

191:名無しのJ民

結局、蘇我氏が勝ったのは、時代が変化を求めてたってことなんかね

195:名無しのJ民

>>80
そういう側面は強いな。国際情勢的にも、国家として統一されて強い日本を作るには、先進的な思想や技術が必要だった。
蘇我氏はその流れに乗った。

197:名無しのJ民

物部氏が保守って言われるけど、単に日本の神を大事にしたかっただけって考えたら、別に悪者でもないよな

198:名無しのJ民

>>82
どっちが悪者って話じゃなくて、歴史の転換期での選択の違いやな。
物部氏の立場からすれば、先祖代々伝わる信仰を捨てるわけにはいかんかったやろうし。

202:名無しのJ民

飛鳥文化って、仏教抜きには語れないってことやね

203:名無しのJ民

>>84
ほんまそれ。この対立があったからこそ、仏教は日本で独自の発展を遂げていくんやし。

206:名無しのJ民

仏教伝来がなければ、聖徳太子もあんな活躍できんかったんかな?

207:名無しのJ民

>>86
聖徳太子の政治の中心に仏教があったのは間違いないから、存在は大きく変わったやろうな。
十重二十重に仏教に支えられてたし。

211:名無しのJ民

仏教伝来と蘇我氏の勃興はセットで語られるべきやな

212:名無しのJ民

>>88
権力と宗教と文化。これ全部絡んでるから面白いんやで。

215:名無しのJ民

昔の偉人って何が正解か分からん状況でデカい決断してたんだから凄いよな

217:名無しのJ民

>>90
現代の俺らから見たら「なんでやねん」って思うことでも、当時の常識や状況を考えたら必死だったんやろな。

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