1:名無しのJ民
誰やそれ
2:名無しのJ民
山口の殿様やろ?陶晴賢に裏切られて死んだ人やっけ
5:名無しのJ民
せやで。大寧寺ってとこで自害したんや
7:名無しのJ民
室町時代の文化人やろ?
8:名無しのJ民
文化人っつーか、武家諸法度かなんか知らんけど、京都に憧れすぎて政治おざなりにしたアホやろ
11:名無しのJ民
あー、なんか聞いたことあるわ。京都の公家かぶれになった結果、部下に裏切られたってやつか
15:名無しのJ民
そんなん歴史の教科書で見たことないぞ
17:名無しのJ民
日本史ガチ勢湧いてきて草
21:名無しのJ民
ワイも詳しくはないけど、大内氏とか毛利元就のあたりで出てくる
23:名無しのJ民
山口の歴史ではめっちゃ有名やで。山口のルネサンスとか言われてた時代や
27:名無しのJ民
ルネサンスってなんやねん草
28:名無しのJ民
マジレスすると、当時の京都が戦乱で荒れてたから、代わりに山口で文化が花開いたんや。だから「西の京」って呼ばれてた
29:名無しのJ民
へえー、それは知らんかったわ
33:名無しのJ民
で、その文化人殿様がどうなったんや?
34:名無しのJ民
家臣の陶晴賢にクーデター起こされて自害したんや。しかもその陶晴賢ってのが、元々は義隆の側近だったっていうね
38:名無しのJ民
信頼してた奴に裏切られるとか、そらメンタルやられるわ
41:名無しのJ民
しかもその陶晴賢、後に毛利元就にボコボコにされるからな。因果応報や
43:名無しのJ民
毛利元就の三本の矢の教えは好き
45:名無しのJ民
それは関係ないやろw
46:名無しのJ民
そいつが文化人になってたらあかんかったんか?ええやんけ別に
48:名無しのJ民
あかんかったんやで。当時の武士社会では武威を軽んじる行為だったから
52:名無しのJ民
公家みたいな格好して和歌詠んだり茶の湯ばっかやってたら、そら武士はブチ切れるわな
53:名無しのJ民
今の会社でも似たようなことあるやろ。現場見ずに会議室で茶しばいてるだけの部長とか
56:名無しのJ民
ぐうわかる
58:名無しのJ民
現場が冷え切ってんのに、上層部はノーテンキなことばっかやってる会社なんて山ほどあるからな
60:名無しのJ民
大内義隆の立場からしたら、文化を奨励したかっただけなんちゃうんか?
62:名無しのJ民
平和な時代ならそれでええんやけどな。戦国時代やから、武士は武士らしくないといかんかった
66:名無しのJ民
そういや息子も殺されてるんだっけ?
70:名無しのJ民
せや、義隆の嫡男もろとも。大寧寺で父子揃って自害させられたんや
74:名無しのJ民
うわぁ…それはきっついわ
76:名無しのJ民
最期はどんな気持ちだったんやろな、ってスレタイに戻るけど、絶望しかなかったんちゃうか
77:名無しのJ民
裏切られて、息子も道連れで、もうどうしようもない状態やろ。そら絶望するわ
78:名無しのJ民
しかも自害する直前まで茶器の話してたとかいう逸話もあったような
80:名無しのJ民
それマジならすごい精神力やな…
84:名無しのJ民
いや、現実逃避してただけちゃうか?
87:名無しのJ民
もはや悟りの境地に至ってたんやろ。武士としての名誉を守るために自害を選んだんや
91:名無しのJ民
でも逃げようと思えば逃げられたんとちゃうの?
95:名無しのJ民
一応、九州に逃げようとしたけど、途中で邪魔されて叶わなかったって話やな
96:名無しのJ民
自害を選んだのは、せめて武士としての誇りを保ちたかったんちゃうかな
97:名無しのJ民
部下に裏切られた上に息子まで殺されて、何が誇りだよって思うけどな
98:名無しのJ民
まあでも、死に方としては潔かったんやろな
100:名無しのJ民
裏切った陶晴賢も、後味悪かったんちゃうか
104:名無しのJ民
毛利元就にやられたのも、その報いやろな
106:名無しのJ民
というか、陶晴賢ってなんでそんなことしたんや?
109:名無しのJ民
義隆が重臣の武断派を冷遇して、文治派を重用してたから、それに不満を持った武断派の頭だった陶晴賢がキレた
113:名無しのJ民
あと、義隆は朝鮮出兵に失敗したり、尼子氏との戦いで負けたりして、武士からの信頼が落ちてたのもある
115:名無しのJ民
なるほどねー。なんか会社のリストラと同じやん。実績あげてる現場のやつら冷遇して、上層部のイエスマンばっか可愛がるみたいな
118:名無しのJ民
それや!歴史は繰り返すんやな
121:名無しのJ民
大内氏って滅びたけど、文化は残ったんだよな。ある意味成功してるんちゃう?
124:名無しのJ民
結果的にはね。でも本人は不本意だったろうな
128:名無しのJ民
武将としては失敗、文化人としては成功って感じか
130:名無しのJ民
まあ戦国時代に文化人で生きようとするのが間違いだったんや
132:名無しのJ民
もし戦国の世じゃなかったら名君になってたかもな
135:名無しのJ民
そう考えると悲劇の主人公って感じするわ
139:名無しのJ民
今の時代でも、文化事業ばっかやってたら予算カットされるのと同じや
140:名無しのJ民
草
144:名無しのJ民
最期は桜でも見ながら死んだんかな…
148:名無しのJ民
茶室で香炉でも焚きながら、静かに腹切ったんやろな
150:名無しのJ民
それはそれでかっこいいな
152:名無しのJ民
裏切った陶晴賢、実は義隆のことは好きだった説
153:名無しのJ民
歪んだ愛情やめろ
157:名無しのJ民
結局、大内義隆って評価分かれるよな。アホって言う奴もいれば、時代の被害者って言う奴もいる
158:名無しのJ民
個人的には後者のほうやと思う。タイミングが悪かっただけ
162:名無しのJ民
でもリーダーとしては失格やろ。部下の不満を抑えられんかったんやから
164:名無しのJ民
まあそれもそうか。トップに立つ人間の責任やね
166:名無しのJ民
じゃあ毛利元就はなんで成功したんや?
168:名無しのJ民
元就は武断派と文治派のバランス取るのがうまかったんちゃうか
169:名無しのJ民
あと、義隆が滅んで空白地になったところをうまく吸収したってのもある
172:名無しのJ民
なんにせよ、戦国の世は非情やね
175:名無しのJ民
大内義隆の死が、毛利元就の台頭に繋がったんだよな。歴史の皮肉や
179:名無しのJ民
ワイも仕事で部下に裏切られそうになったことあるわ…
181:名無しのJ民
それは草
182:名無しのJ民
大内義隆から学ぶこと、って何やろ?
184:名無しのJ民
現場の声を聞け、上層部は現場を見ろ、ってことやろ
186:名無しのJ民
部下のガス抜きは定期的にしろ、とか
188:名無しのJ民
あと、身の丈に合った仕事をしろ、やな
191:名無しのJ民
結局、いつの時代も人間関係が一番難しいってことか
192:名無しのJ民
そうやね。義隆も、もう少し部下とコミュニケーション取れてたら変わってたかも
194:名無しのJ民
なんかちょっと同情してきたわ
196:名無しのJ民
山口に行って大寧寺見てみたくなったわ
197:名無しのJ民
山口は良いとこやで。大内氏の館跡とかもあるし
200:名無しのJ民
歴史探訪の旅もええな。大内義隆の悲劇を偲ぶ
201:名無しのJ民
なんか最後は静かに逝けたんかな…
203:名無しのJ民
きっと最期は「これで終わりか」って思ったんやろな。息子を守れなかった無念とともに
204:名無しのJ民
切ない話やね。時代に翻弄された男の末路か
205:名無しのJ民
歴史ってほんまにドラマやな
206:名無しのJ民
じゃあ、大内義隆のスレはこれにて閉店ガラガラ
209:名無しのJ民
乙
211:名無しのJ民
歴史勉強になったわ。サンガツ
214:名無しのJ民
また歴史スレ立ててクレメンス
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