1:名無しのJ民
ワイが今から伊勢神宮行こうとしたら電車でピューだが、江戸時代とかどうやって行ってたんやろ?
まさかチャリとかねーよな?
5:名無しのJ民
徒歩に決まってるやろガイジ
7:名無しのJ民
アホかお前は
江戸から伊勢まで歩いていけるわけないやろ
11:名無しのJ民
江戸から伊勢なんて新幹線で2時間半やぞ
そんな距離歩けるわけないやろ
17:名無しのJ民
江戸から伊勢やと500kmくらいあるんちゃう?
健脚のワイでも無理やろ
19:名無しのJ民
今の感覚で語んなや
普通に徒歩やぞ
22:名無しのJ民
普通にみんな歩いてたで。江戸から伊勢まで約15日~20日くらいかかる。
23:名無しのJ民
20日!?
仕事とかどうしてたの?
27:名無しのJ民
みんなで金を出し合う「講」っていう組合みたいなのがあったんや
んで、講の代表者がみんなの分まとめてお参りに行く
31:名無しのJ民
え、じゃあみんなが行ってたわけじゃないんか?
35:名無しのJ民
いや、講の代表者だけでなく、普通に個人で何回も行く人もおったし、家族で行く人もおったで。
代表者が行くのは「代参」って言って、それが一般的な形の一つやったってこと。
36:名無しのJ民
はえ~
金持ちしか行けなかったんやろ?
39:名無しのJ民
意外と庶民でも行けたらしいで
特に「抜け参り」って言って、親とか職場に無断で家出して行くやつも多かった
40:名無しのJ民
抜け参りワロタ
ワイみたいに無断欠勤するやつが当時もおったんやな
44:名無しのJ民
抜け参りは旅費とかどうしてたの?
乞食みたいなことしてたんか?
45:名無しのJ民
道中の人々に食べ物恵んでもらったり、銭を貰ったりしてたらしい。
そういう「お伊勢さんに行く人には施しを」っていう文化があったから、なんとかなった。
48:名無しのJ民
すごいな
現代じゃ考えられんわ
52:名無しのJ民
そりゃ当時の人にとってはお伊勢さん参りは一生に一度の大イベントやからな
現代の「富士山登頂」みたいなもんや
54:名無しのJ民
江戸から歩いて20日とか足パンパンになるやん
56:名無しのJ民
ワイなら3日で足の裏に水膨れできてリタイアやわ
59:名無しのJ民
今みたいなコンクリ舗装もされとらん道やしな
まじでタフネスやわ
61:名無しのJ民
途中の宿とかどうなってたの?
ビジネスホテルとかあったんか?
64:名無しのJ民
宿場町とか門前町に旅籠っていう宿泊施設があったで
今の旅館みたいなもんやな
67:名無しのJ民
旅籠って泊まるとこやろ?飯とかどうしてたの?
69:名無しのJ民
旅籠で飯も出るし、茶屋とかで軽食も取れたりしたで。
自分で弁当持ってったりもするけど、基本的に途中補給できるんや。
70:名無しのJ民
移動中に盗賊とかおらんかったんか?
73:名無しのJ民
普通に山賊とか強盗はおったで
だから集団で行動したり、武士が護衛についたりすることもあった
74:名無しのJ民
物騒やな
ワイなら速攻でカツアゲされて終わりや
77:名無しのJ民
女の人は無理やったんかな?
80:名無しのJ民
女性も多かったで。
むしろ女性の方が一生に一度の信仰心強くて頑張ったとかいう話もある。
81:名無しのJ民
へー意外やな
女は男と違って体力ないし無理かと思ったわ
85:名無しのJ民
当時の女さんて結構ガタイええやろ
農作業とかしてたし
88:名無しのJ民
道中、娯楽とかあったんかな?
ひたすら歩くのはきついべ
92:名無しのJ民
道中には神社仏閣はもちろん、景勝地もあったし、猿回しとか大道芸人とかもいたらしいで。
あと旅人同士の交流も娯楽の一つやったんとちゃうか。
95:名無しのJ民
スマホとかない時代やし、暇やったらみんなで話すしかないわな
98:名無しのJ民
スマホあったらみんな下向いて歩いてるんやろな
風情もクソもないわ
100:名無しのJ民
江戸時代のお伊勢参りパックツアーとかあったんかな
102:名無しのJ民
「講」がそういうツアーみたいなもんやろ
105:名無しのJ民
旅行代理店みたいなところもあったで
旅のプランを組んだり、宿の手配したりする「旅宿」とか「仲間」っていう商売もあったんや
107:名無しのJ民
マジかよ
江戸時代にも旅行会社あったんか!
108:名無しのJ民
今のJTBの先祖みたいなもんやな
112:名無しのJ民
移動手段も徒歩だけじゃなくて、馬とか駕籠(かご)もあったで
まあ金持ち限定やけどな
116:名無しのJ民
駕籠ってあれか、担いでくれるやつか
ワイもあれ乗りたいわ
117:名無しのJ民
駕籠、乗り心地最悪やろ
ずっと揺れてるんやぞ
119:名無しのJ民
途中で病気になったり怪我したりしたらどうするんや?
121:名無しのJ民
宿場町には「旅籠医者」っていう医者もおったらしいで
あとは民間療法とか、薬売りとかに頼ることもあったみたいやね
123:名無しのJ民
現代なら救急車呼んで終わりだが、昔は命がけやったんやな
126:名無しのJ民
まあ今みたいに清潔な環境でもないし、死ぬことも珍しくなかったやろな
127:名無しのJ民
お土産とかどうしてたの?
伊勢うどん持ち帰ってたんか?
129:名無しのJ民
伊勢うどんは無理やろwww
干物とか、伊勢暦、お守り、あとは伊勢木綿みたいな工芸品とかやな
132:名無しのJ民
伊勢うどん、今でも美味いのに当時食ったら感動するやろな
136:名無しのJ民
当時の伊勢うどんは今と味ちゃうやろな
138:名無しのJ民
まあでも現代みたいに写真とか残せないから、記憶と土産品が全てやったんやろな
140:名無しのJ民
だからこそ旅の思い出がより鮮明になったりするんちゃうか
142:名無しのJ民
なんか聞けば聞くほど、江戸時代のお伊勢参りの方がロマンある気がしてきた
146:名無しのJ民
そりゃそうよ
今みたいにSNSで旅行記上げるわけでもなし
自分の目で見て、肌で感じて、記憶に刻むだけやからな
150:名無しのJ民
道中に出会う人たちとの交流も旅の醍醐味やったんやろな
153:名無しのJ民
現代の旅行って効率的すぎて、なんか味気ないんだよな
伊勢神宮も車で行って数時間で帰ってきちゃうし
155:名無しのJ民
当時は何日もかけて行くから、着いた時の感動も半端なかったやろな
156:名無しのJ民
神社の境内に着いた瞬間、自然と涙が出た、みたいな話よう聞くよな
157:名無しのJ民
お参り終わって帰る時も名残惜しかったんやろな
159:名無しのJ民
人生の大半を占める一大イベントやからな
現代の価値観とは全然違うわ
162:名無しのJ民
伊勢神宮は今でもええとこやで
是非行ってみて欲しい
166:名無しのJ民
当時は本当に「現世でのご利益」を求めて行く場所やったんやろな
167:名無しのJ民
うん、そうやね。
豊作祈願とか、病気平癒とか、家内安全とか、そういう切実な願いを込めて旅に出てた。
169:名無しのJ民
娯楽が少ない時代だからこそ、そういう非日常の旅が精神的に大きな意味を持ったんやろな
172:名無しのJ民
庶民の旅の夢と希望が詰まってるな
今のディズニーランドみたいなもんか?
176:名無しのJ民
まあそれよりもっと信仰心が強い感じやな。ディズニーランドよりは巡礼に近い。
179:名無しのJ民
現代はネットでどこでも見れるし、交通網も発達してるからな
183:名無しのJ民
当時の人たちは、道中の風景や宿場町の賑わいとか、すべてが新鮮で刺激的やったやろな
184:名無しのJ民
SNSに上げられないのにみんなで行ってたとかすごいな
186:名無しのJ民
江戸時代にも「インスタ映え」する場所はあったんやろか
187:名無しのJ民
インスタ映えというより、みんなに語って聞かせる「土産話」のために記憶に刻んでたんやろな
189:名無しのJ民
そういや、道中の安全祈願とかお守りとかもあったんかな?
191:名無しのJ民
もちろんあったで。道中安全のお守りとか、無事に帰れますようにって言って出かけるんや。
193:名無しのJ民
当時は今以上に治安悪かったり、疫病のリスクもあったしな
無事に帰ってこれるかもわからない旅やったんやろ
197:名無しのJ民
それでも行きたかった伊勢神宮
199:名無しのJ民
なんか感動してきたわ
今の「旅行」とは全く意味合いが違うんやな
201:名無しのJ民
江戸時代の「お伊勢参り」、これって日本人の旅行文化の原点かもしれんな
205:名無しのJ民
交通手段が発達して、いつでもどこへでも行けるようになった今だからこそ、当時の旅の重みを感じるわ
209:名無しのJ民
ファッキュー江戸時代ニキ達
勉強になったわ
211:名無しのJ民
歴史って面白いな
214:名無しのJ民
たまにはこういうスレもええな
218:名無しのJ民
ワイも来年、江戸時代のルート辿って伊勢まで歩いてみるか!
222:名無しのJ民
やめとけ、死ぬぞ
226:名無しのJ民
でも昔の人のそういう情熱ってなんかええよな
今の時代に足りないもんやわ
227:名無しのJ民
結局、人間の根源的な「旅をしたい」っていう欲求はいつの時代も変わらんのやな
231:名無しのJ民
ちょっと江戸時代の旅に興味湧いてきたわ
当時のガイドブックとか読んでみるか
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