1:名無しのJ民
ほんこれ
3:名無しのJ民
後鳥羽上皇って名前からしてイキってそうだよな
5:名無しのJ民
実際イキリ散らしてただけという
歌は上手いけど政治はド下手っていう典型
9:名無しのJ民
歌だけはガチの一流なんよな
その才能を政治に活かせなかったのが残念や
13:名無しのJ民
雅な世界に浸りすぎて現実見えてなかったんやろな
鎌倉の武士を舐めすぎた
17:名無しのJ民
舐めきってた結果が隠岐への島流しやからな
19:名無しのJ民
しかもその隠岐でさらに歌作りまくるという
どんだけ歌好きやねん
23:名無しのJ民
まあでも気持ちは分からんでもない
朝廷の権威を回復させたいって思いはあったやろ
でもやり方がね
27:名無しのJ民
いやいや、気持ちは分からんやろ
あれは完全に自分の都合やん
31:名無しのJ民
せやな
結局、御所の周りの公家衆とキャッキャしてただけで、武士の力を見誤った
33:名無しのJ民
しかもよりにもよって北条政子相手に喧嘩売るんやからな
あの尼将軍の演説は鳥肌もんやろ
36:名無しのJ民
「頼朝公のご恩は山よりも高く海よりも深い!」
37:名無しのJ民
あれ聞いたら武士はそりゃ燃えるわ
38:名無しのJ民
「仏敵」呼ばわりはやりすぎやろって思ったけど、結果的に大成功だったな
武士の忠誠心に火をつけた
40:名無しのJ民
政子ってほんと肝座ってるよな
女傑中の女傑やろ
41:名無しのJ民
源氏が三代で途絶えた後だから、武士たちの心が離れかけてたところを見事に引き戻した
やっぱカリスマは違うわ
42:名無しのJ民
あの時代の鎌倉幕府って一枚岩じゃなかったんやろ?
でも政子の演説で結束したってのはすごい
44:名無しのJ民
むしろ源氏が途絶えたからこそ、北条家の実力と、政子の求心力が際立ったんやろな
45:名無しのJ民
後鳥羽上皇もまさかあそこまで一枚岩になるとは思わんかったやろ
49:名無しのJ民
完全に誤算やったな
京都の公家衆の感覚で物事進めすぎた
51:名無しのJ民
武士は武士で幕府が頼朝公の築いたものって認識だったからね
朝廷に敵対する=頼朝公への裏切りって感覚だったんちゃうか
52:名無しのJ民
そういう「御恩と奉公」の精神を分かってなかったんやろな
56:名無しのJ民
後鳥羽上皇「ワイは天皇やぞ!逆らうな!」
北条政子「頼朝公のご恩を忘れたんか!?」
武士「うおおおおおおお!!!」
って感じか
59:名無しのJ民
この一件で鎌倉幕府の武家政権としての地位が完全に確立した
朝廷は二度と武士に逆らえなくなったからな
60:名無しのJ民
まさに「武士の世」の始まりを決定づけた事件やね
62:名無しのJ民
真面目な話、承久の乱は、後の室町幕府、江戸幕府の基礎を作る上で非常に重要な転換点だったと言える。朝廷が政治の実権を失い、武士が日本の統治者となる流れを決定づけた。
63:名無しのJ民
歴史の教科書でもサラッと流されるけど、めちゃくちゃ重要なイベントなんよな
67:名無しのJ民
後鳥羽上皇って結局、自分の首絞めただけやん
71:名無しのJ民
でも、それくらいやらないと朝廷の権威を取り戻せないって焦りもあったんちゃうか
72:名無しのJ民
焦ってたのは分かるけど、相手が悪すぎた
義時と政子のコンビは強すぎる
74:名無しのJ民
義時とかいうラスボス
泰時も有能だし、北条家はチート一家
76:名無しのJ民
義時は腹黒いけど有能だよな
政子を前面に出して自分は裏で糸引いてた感
78:名無しのJ民
義時「政子殿、あのセリフでお願いします」
政子「お安い御用よ」
武士「うおおおおお!」
79:名無しのJ民
草
ありそう
82:名無しのJ民
実際、義時が政子に演説をお願いしたという説もあるしな
83:名無しのJ民
あの演説、もし失敗してたらどうなってたんだろうな
84:名無しのJ民
失敗してたら多分日本の歴史は全く違うものになってたやろな
鎌倉幕府は瓦解して、朝廷が権力を取り戻してたかもしれん
88:名無しのJ民
でも武士の力が強くなりすぎてたから、結局また別の武家が台頭してただけな気もする
92:名無しのJ民
それか南北朝時代みたいにグダグダになってたかも
95:名無しのJ民
承久の乱の後の地頭への監視強化とかも、北条家のやり手っぷりが分かる
96:名無しのJ民
北条義時、めっちゃ冷徹なリアリストだよな
権力を掌握するためなら手段を選ばない
98:名無しのJ民
そういうところが武士の棟梁として必要だったんやろな
99:名無しのJ民
でも後鳥羽上皇も、まさか自分の子孫が二度と天皇になれないとは思わんかったやろ
103:名無しのJ民
真面目な話、承久の乱後、幕府は院政を停止させ、京都に六波羅探題を設置して朝廷を監視下に置いた。また、上皇側の公家や武士の所領を没収し、多くの地頭を配置したことで、幕府の支配力を西日本にまで拡大させた。
107:名無しのJ民
六波羅探題ってあれか、幕府の出先機関みたいなやつ
108:名無しのJ民
そうそう。朝廷を監視し、京都の治安維持を担った。
111:名無しのJ民
幕府からしたら「もう好きにはさせねぇぞ」って感じだったんやろな
114:名無しのJ民
上皇の所領没収って、めちゃくちゃ厳しい処分やん
115:名無しのJ民
そらそうよ
完全に喧嘩売って負けたんやから
118:名無しのJ民
後鳥羽上皇は隠岐で何を思ってたんやろな
「ちくしょう、歌はこんなに上手いのに…」とか?
119:名無しのJ民
多分、自分が絶対正しいと思ってたから、なんでこんな目にって思ってたやろ
123:名無しのJ民
プライドが高いほど、現実に直面したときの反動は大きいよな
124:名無しのJ民
この乱の前に鎌倉幕府のトップがころころ変わってて、朝廷はチャンスだと思ったんだろうな
128:名無しのJ民
チャンスと見るのは悪くないけど、相手を見誤ったな
130:名無しのJ民
結局、武士は血筋じゃなくて実力と忠義で動くってことをわかってなかった
132:名無しのJ民
現代の会社でも、上の人間が現場のこと分かってないと失敗するのと一緒やな
136:名無しのJ民
後鳥羽上皇は完全に「お客様は神様」感覚だったんやろ
武士は客じゃねえっての
137:名無しのJ民
承久の乱って、鎌倉時代初期のハイライトやな
ここから北条氏の天下が始まる
141:名無しのJ民
北条家が天下を握ったんじゃなくて、武士が天下を握ったんやろ
144:名無しのJ民
まあ北条家が武士の代表として実権を握ったってことやね
146:名無しのJ民
この乱がなかったら、室町も江戸も全然違う形になってたと思うと面白いな
148:名無しのJ民
もし後鳥羽上皇がもう少し冷静で、北条氏と協調路線を選んでたら…
151:名無しのJ民
たぶんそれは無理やろ
イキリ散らかすのがDNAに刻まれてたタイプやろ
154:名無しのJ民
歌人としては本当に素晴らしい人なんやけどね
新古今和歌集とかガチの名作やし
156:名無しのJ民
そう、文化的な功績は大きいんよ
政治家としてはアレだったけど
158:名無しのJ民
芸術家が政治家やるとロクなことにならん法則
160:名無しのJ民
まあ、芸術家肌の人間が現実離れした理想を追い求めるのはよくある話やな
161:名無しのJ民
でも、その理想を力で実現しようとするから問題になるんやけど
163:名無しのJ民
この時代って、武士と公家の文化が混じり合ってた頃合いなんかな
166:名無しのJ民
いや、まだまだ別物って感じだったんじゃないか?
だからこそ衝突したわけで
170:名無しのJ民
京都の雅な公家文化と、鎌倉の質実剛健な武士文化
価値観が違いすぎた
173:名無しのJ民
後鳥羽上皇「ワイの歌は素晴らしいやろ?」
武士「それ食えるんすか?」
175:名無しのJ民
草
めっちゃ分かりやすい
176:名無しのJ民
承久の乱って、朝廷と幕府のパワーバランスを決定づけた戦いだから、日本史の中でもかなり重要な戦いだよな。
177:名無しのJ民
その割には教科書でサッと流される印象
もっと詳しく知りたいわ
181:名無しのJ民
大河ドラマとかでもっと掘り下げてほしい題材だよな
183:名無しのJ民
鎌倉殿の13人でも少し触れてたけど、もっと深くやってほしかった
186:名無しのJ民
後鳥羽上皇の人生って、ある意味悲劇的だよな
自分の才能とプライドが裏目に出た
187:名無しのJ民
でも自業自得やん
周りの意見に耳を傾けてたら違う結果になったかもな
191:名無しのJ民
歴史に「もしも」はないけど、それでも考えちゃうよな
193:名無しのJ民
承久の乱がもし逆だったら、歴史は全然違うものになってたのは間違いない
196:名無しのJ民
日本史における「武士の時代」の始まりを象徴する出来事だよね
198:名無しのJ民
そして、武士の時代が終わるのが戊辰戦争か
200:名無しのJ民
なんかちょっとロマンあるよな
イキリ散らした結果、歴史を大きく動かしたっていう
204:名無しのJ民
まあ、本人はそんなつもりなかったやろけどな
207:名無しのJ民
この時の北条家の判断が、鎌倉幕府をさらに100年近く存続させることになったんだからすごい
211:名無しのJ民
まさに転換点だったってことやな
213:名無しのJ民
後鳥羽上皇は、隠岐で亡くなるまで幕府を恨んでたらしいからな
216:名無しのJ民
そら恨むやろ
自分の人生をめちゃくちゃにされたんやから
217:名無しのJ民
でも自分のせいなのに、って思わないのがイキリの極致やな
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