1:名無しのJ民
これは間違いない
晩年見る影もなくて草
3:名無しのJ民
ドン・フランシスコやぞ
聖なる戦やぞ
6:名無しのJ民
洗礼名とか意識高すぎやろ
9:名無しのJ民
キリスト教に傾倒しすぎて本業おろそかになった典型
11:名無しのJ民
耳川の戦いで大敗したのってほぼコイツのせいだよな
15:名無しのJ民
宗麟が直接指揮してたわけじゃないけど、無謀な鶴崎城攻めに拘ったのは宗麟の鶴の一声みたいなもんやからな
17:名無しのJ民
家臣「豊前攻めますわ」
宗麟「ええで、でもその前にキリストの教えに従って寺社仏閣燃やしたろ!」
19:名無しのJ民
↑これほんとひで
21:名無しのJ民
キリスト教徒になるまでは九州の覇者だったのに
23:名無しのJ民
最強の大友家がなんであんなんなったんや…
24:名無しのJ民
耳川で竜造寺と島津にボコボコにされて大友家弱体化
27:名無しのJ民
晩年は島津に領土ほとんど取られて豊臣秀吉に泣きつくしかなかったからな
31:名無しのJ民
でも南蛮貿易とか鉄砲とか大砲とか積極的に取り入れたのはすごいと思う
35:名無しのJ民
新しいもの好きだったんやろな
ファッション感覚でキリスト教入信した可能性
37:名無しのJ民
あの時代にファッションは草生える
40:名無しのJ民
いや実際そういう側面もあったらしいで
最先端の文化や思想に触れたかったんやろ
41:名無しのJ民
しかも洗礼受ける前に側室と離婚してるからな
めっちゃガチやん
44:名無しのJ民
それもキリスト教の教えに合わせたかららしい
47:名無しのJ民
ガチすぎて引くレベル
49:名無しのJ民
キリスト教にハマった結果、仏教寺院焼きまくった畜生やぞ
52:名無しのJ民
坊主に対するヘイトがすごかったんやろな
55:名無しのJ民
いや、宣教師に言われたからだよ
神と仏は相容れないって
58:名無しのJ民
現代で例えるなら、外資系コンサルに心酔して伝統企業をぶっ壊しまくった社長みたいなもんか
62:名無しのJ民
なんかちょっと違う
65:名無しのJ民
南蛮文化に魅せられすぎた男
69:名無しのJ民
豊臣秀吉の九州征伐の時、宗麟は秀吉に「肥前国と肥後国をキリシタン大名に与えて欲しい」ってお願いしたらしいで
真面目な話、相当キリスト教に心酔してたのは間違いない
73:名無しのJ民
そこまでか
マジでガチ勢やん
75:名無しのJ民
キリスト教徒としては有能だったのかもしれないけど、大名としてはなぁ
77:名無しのJ民
キリスト教に傾倒する前は普通に有能な大名やったのにな
80:名無しのJ民
大友宗麟って結局どこまでが史実でどこまでが創作なんやろ
82:名無しのJ民
全部史実やで
86:名無しのJ民
九州の三強(大友、島津、龍造寺)の中で一番最初に没落したのが大友家やもんな
88:名無しのJ民
龍造寺も後に滅ぶから…
92:名無しのJ民
島津は粘り強く生き残ったのにな
93:名無しのJ民
宗麟がもうちょっとバランス感覚あれば大友家はもっと長く続いたやろな
96:名無しのJ民
イエズス会から見たら最高の広告塔やったやろな
99:名無しのJ民
ポルトガルとかスペインからすれば宗麟みたいな大名囲い込むの大正義やもん
100:名無しのJ民
大砲とか鉄砲とか最新兵器持ってたのに使いこなせなかったんか?
104:名無しのJ民
耳川の戦いでは大砲も鉄砲も投入されてたけど、戦術が拙すぎて宝の持ち腐れだったんや
107:名無しのJ民
悲しいなぁ
111:名無しのJ民
なんか晩年が悲惨すぎて可哀そうになってきた
113:名無しのJ民
キリスト教にハマったからって領土捨てたりはしないやろ
なんか他に理由あったんちゃうか
117:名無しのJ民
そりゃ領土は捨てないけど、判断がキリスト教に引っ張られすぎたってことやろ
118:名無しのJ民
高山右近とか小西行長とかもキリシタン大名だけど、宗麟ほど極端な印象はないわ
121:名無しのJ民
宗麟は別格やな
122:名無しのJ民
宗麟は洗礼を受けた後に隠居してるし、直接的な政治は息子に任せてた時期もある
その隠居後にさらにキリスト教にのめり込んでいった側面もあるんやで
125:名無しのJ民
なるほど、隠居したからこそ暴走できたってことか
128:名無しのJ民
キリスト教は宗麟にとって、新しい世界観と権威の源だったんやろな
仏教勢力との対立もあったし
132:名無しのJ民
大友家の家督争いもキリスト教絡んでたとかいう闇
134:名無しのJ民
それそれ
息子が仏教寄りだったからな
137:名無しのJ民
家の中まで宗教対立とか地獄かよ
139:名無しのJ民
宗麟の家臣団もキリスト教徒とそうじゃないので分かれてたからな
内部崩壊の一因になったのは間違いない
142:名無しのJ民
秀吉のバテレン追放令とか、宗麟からしたらどんな気持ちだったんやろな
146:名無しのJ民
宗麟は秀吉の命で豊臣政権に仕えてたから、追放令自体には従わざるを得なかった
でも心の中では相当複雑やったやろな
148:名無しのJ民
結局、宗麟が本当に求めてたものって何だったんだろうな
150:名無しのJ民
新しい文化、新しい思想、そして自らの権威
全部キリスト教に見出したんやろな
153:名無しのJ民
なんか現代の意識高い系と似てる気がする
154:名無しのJ民
確かに
156:名無しのJ民
大友宗麟とかいう異文化に傾倒しすぎて本質を見失った悲劇の人
157:名無しのJ民
でも、彼がいなかったら九州の南蛮文化はここまで発展しなかったかもな
159:名無しのJ民
それもそうやな
功罪あるって感じか
160:名無しのJ民
日本に初めて大砲をもたらしたのって宗麟やろ?
164:名無しのJ民
そう、フランキ砲とかいうやつ
167:名無しのJ民
まあ歴史ってのはそういうもんよな
極端な人が新しい道を開くこともあるし、失敗することもある
170:名無しのJ民
大友宗麟の人生、ドラマチックすぎて好きだわ
172:名無しのJ民
最期は秀吉に助けられて、わずかな領地を与えられて病死
なんか切ないな
174:名無しのJ民
九州の覇者だった男の末路としては寂しいよな
177:名無しのJ民
でも、その生き様は後世に名を残したわけだから
179:名無しのJ民
歴史のifを考えると面白い人物やな
もし耳川で勝ってたらどうなってたんやろ
180:名無しのJ民
九州統一してたかもな
そしてキリスト教国になってた可能性も
182:名無しのJ民
日本の歴史が大きく変わってたやろな
185:名無しのJ民
キリスト教にハマりすぎた宗麟
現代のソシャゲにハマりすぎたワイ
186:名無しのJ民
草
190:名無しのJ民
草も生えない
191:名無しのJ民
宗麟は少なくとも領民を巻き込んでたからな…
195:名無しのJ民
ワイもソシャゲで金溶かして家族巻き込んでるからセーフ
199:名無しのJ民
アウトやろがい!
200:名無しのJ民
歴史上の人物って人間味あって面白いよな
201:名無しのJ民
大友宗麟はまさにそういうタイプ
202:名無しのJ民
キリスト教徒としてはある意味理想的だったんじゃね?
205:名無しのJ民
殉教精神もあったやろな
208:名無しのJ民
でも大名としてはアカン
209:名無しのJ民
大友家の領地は肥沃で経済力もあったのに、ほんま惜しい
213:名無しのJ民
家臣の不満も相当溜まってたらしいからな
214:名無しのJ民
そりゃあんな暴君じみたことしてたら不満も溜まるわ
216:名無しのJ民
耳川の戦いで、宗麟の息子が「父上、無謀です」って止めたのに聞かなかったんだっけ?
219:名無しのJ民
そう、義統が止めたのに宗麟は聞き入れなかった
まさに暴走老害
221:名無しのJ民
暴走老害は草
224:名無しのJ民
あの時もし宗麟が義統の意見を聞いてたら…
228:名無しのJ民
日本の歴史は変わったかもしれん
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