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山城国一揆、これ革命だろ

1:名無しのJ民

これマジで室町時代のソビエト連邦だろ

2:名無しのJ民

国人とか百姓が自分たちで国を運営するって発想がすげえわ

4:名無しのJ民

なお短命

8:名無しのJ民

でも一時的にでも守護大名を追放して自治実現したってのがポイント高い

11:名無しのJ民

応仁の乱で中央がグダグダだったからできた奇跡やろ

12:名無しのJ民

京都のすぐ隣でよくやったなと思うわ

15:名無しのJ民

山城国一揆とか土一揆とごっちゃになってる奴いるけど全然違うからな

19:名無しのJ民

土一揆は暴動、山城国一揆は政治運動ってイメージ

23:名無しのJ民

実際、国人衆と農民が連携した「国人土一揆」って言われることもあるで

25:名無しのJ民

「国人」ってのがミソやな。ただの農民蜂起じゃなくて、地方の有力者が主導したからこそできた

26:名無しのJ民

今の日本も見習うべきやろ

28:名無しのJ民

自治厨湧きすぎやろ

30:名無しのJ民

でも守護を追放して8年間も自治を維持したってのは偉業やろ

34:名無しのJ民

8年って意外と長いな

36:名無しのJ民

結局畠山氏が復活して終わったんやっけ

38:名無しのJ民

畠山氏が二つに割れて内乱やってる隙を突いたんやろ

39:名無しのJ民

そうそう、応仁の乱で畠山義就と畠山政長が争ってたから、それに嫌気がさした国人衆が「もうええわ、自分らでやるわ」ってなったんや

40:名無しのJ民

疲弊した民衆の不満が爆発した形やな

42:名無しのJ民

「国中掟」とかいう自分たちで作ったルールで統治してたってのが熱い

43:名無しのJ民

今の憲法みたいなもんか

46:名無しのJ民

民主主義の萌芽みたいなもんやな

48:名無しのJ民

でも当時は「下剋上」って言われて嫌われたんやろ?

52:名無しのJ民

そりゃ当時の権力者からしたら革命分子やからな

53:名無しのJ民

室町時代後期ってめちゃくちゃ面白いよな。下剋上の時代

56:名無しのJ民

織田信長とかも下剋上の体現者やし

59:名無しのJ民

山城国一揆って、現代で言えば「県民が知事と県議会を追放して、自分たちで住民議会作って自治する」みたいなもんか

61:名無しのJ民

それは草

65:名無しのJ民

さすがに規模が違いすぎるわ

68:名無しのJ民

でもその精神は通ずるものがある

71:名無しのJ民

結局、統治能力が足りなかったんやろ

74:名無しのJ民

いや、当時の状況考えたらむしろよくやった方ちゃうか?

75:名無しのJ民

戦国時代の序章やね

79:名無しのJ民

この流れが各地に波及してたら日本史大きく変わってたんやろか

82:名無しのJ民

いや、山城国っていう立地が特殊すぎたから、全国には広まらなかったんやろ

84:名無しのJ民

京都の隣やからこそ、中央の混乱を間近で見てたし、中央の勢力も簡単に手出しできなかったんやろ

86:名無しのJ民

逆に言えば、守護がまともに機能してたら一瞬で潰されてた

89:名無しのJ民

自衛のために武装もしてたんだよな

90:名無しのJ民

そう、国人衆が武士やから、兵力もあったんや

94:名無しのJ民

百姓だけじゃ無理ゲーやろ

95:名無しのJ民

山城国一揆の中心人物って誰やったんやろ?

96:名無しのJ民

特に誰か一人ってのは難しいけど、国人衆の井手氏とか筒井氏とかが主導的な役割を果たしたって言われてるで

100:名無しのJ民

つまり有力者が自分たちの利益と民衆の不満をうまく絡ませた形か

103:名無しのJ民

なんかちょっと胡散臭くなってきたな

106:名無しのJ民

いや、そこが歴史の面白いところやろ。純粋な民衆運動だけじゃない

109:名無しのJ民

理想と現実の狭間やな

113:名無しのJ民

でも、武士と百姓が手を取り合うっていうのが当時としては画期的すぎる

114:名無しのJ民

身分制社会をぶっ壊す試みだったとも言える

115:名無しのJ民

だからこそ「革命」って言いたくなるんや

118:名無しのJ民

室町幕府も末期になるとマジで何も統治できてなかったんだな

120:名無しのJ民

応仁の乱で京都は焼け野原やし、地方なんて知ったこっちゃない状態やったからな

122:名無しのJ民

むしろそういう状況だからこそ、下から力が湧いてきたんやな

125:名無しのJ民

これ、日本史の授業でもうちょい詳しく教えるべきやろ

126:名無しのJ民

ワイの高校の先生は「なんやかんやで終わった」で済ませてたわ

127:名無しのJ民

山城国一揆の「国中掟」って現代に残ってないんかな?

131:名無しのJ民

いくつか史料として残ってるはずやで

133:名無しのJ民

「武家が勝手に領民に徴収するのをやめさせる」とか「国人同士の争いを停止する」とか、かなり具体的な内容やったみたい

137:名無しのJ民

ちゃんと法治国家作ろうとしてたんやな

140:名無しのJ民

その辺がただの暴動と違うとこやね

143:名無しのJ民

結局、畠山氏に裏切られた形なん?

145:名無しのJ民

畠山義就と政長が和睦したことで、矛先が山城国一揆に向かうことになったんや

146:名無しのJ民

つまり、敵の敵は味方だったのに、その敵同士が手を組んでしまったと

150:名無しのJ民

悲しいなあ

154:名無しのJ民

歴史は繰り返す

156:名無しのJ民

この後も一向一揆とか土一揆とか続くけど、山城国一揆ほどの政治的組織性はないんよな

157:名無しのJ民

加賀の一向一揆も「百姓の持ちたる国」とか言われたけど、あれは宗教的な結束やし

160:名無しのJ民

山城国一揆はもっと世俗的で、政治的な自治を求めた点で異質やね

163:名無しのJ民

ワイも山城国一揆に参加したかった

167:名無しのJ民

君は百姓側?それとも国人側?

170:名無しのJ民

ワイは傍観者やな、絶対巻き込まれたくない

171:名無しのJ民

なんJ民はすぐ自治とか革命とか言うけど、実際にやると大変やで

175:名無しのJ民

食料どうするんや?税金どうするんや?

178:名無しのJ民

そこまで考えてたら一揆なんて起きへんやろ

180:名無しのJ民

でも彼らは考えて「国中掟」作ったんやから偉い

183:名無しのJ民

結局、人が集まって自治すると必ず内ゲバ起きるんだよな

187:名無しのJ民

人間の性やね

191:名無しのJ民

信長がいれば解決したのに

193:名無しのJ民

信長はまだ生まれてないぞ

194:名無しのJ民

いや、信長はまだ尾張でうつけやってた頃やろ

195:名無しのJ民

室町時代の終わりを告げる事件の一つやね

196:名無しのJ民

まさに時代が動く瞬間

197:名無しのJ民

山城国一揆のあった場所って今どうなってるんやろ

198:名無しのJ民

京都府南部やから、宇治とか京田辺とか八幡市とかその辺りやね

201:名無しのJ民

当時はめちゃくちゃ荒れてた地域なんやろな

203:名無しのJ民

京都が近いから、文化的には豊かだったんやろうけど、政情は不安定だったろうな

205:名無しのJ民

歴史って面白いな

206:名無しのJ民

こういうマイナーな話掘り下げると沼やで

208:名無しのJ民

山城国一揆が日本史の授業でサラッと流されるの勿体ないわ

211:名無しのJ民

もっと評価されるべき

214:名無しのJ民

ワイは「下剋上」って言葉で一括りにされるのが気に入らんわ

217:名無しのJ民

単なる成り上がりじゃなくて、明確な思想があったんやから

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