1:名無しのJ民
まじこれ
字面だけ見るとクッソかっこいいんだよな
3:名無しのJ民
なお末路
4:名無しのJ民
信長「仏敵は焼き討ちに限るわ」
7:名無しのJ民
なんJ民「下克上!革命や!」
8:名無しのJ民
あのフレーズだけ切り取ると歴史ロマンあるよな
結局ああなるの分かってたけど
11:名無しのJ民
いや、あれ200年近く続いたんだろ?
結構すごくね?
14:名無しのJ民
それ室町幕府が弱体化してたからじゃね?
18:名無しのJ民
完全に守護を追い出して「百姓の持ちたる国」状態になってからは100年くらいちゃうか?
それでもすごいけどな
19:名無しのJ民
実際、その国力は守護代時代の加賀より上だったらしいで
20:名無しのJ民
結局、宗教と政治が結びつくとロクなことにならんって歴史の教訓やな
22:名無しのJ民
政教分離の重要性よ
26:名無しのJ民
ワイ一向宗門徒、低みの見物
30:名無しのJ民
でもさ、完全に理想的なコミュニティだったわけじゃなくて、坊主が実権握ってて内部で権力争いとかもあったんでしょ?
32:名無しのJ民
そらそうよ
人間が作る組織に理想郷なんてない
坊主も人間やからな
36:名無しのJ民
門徒間の貧富の差も結構あったらしいしな
金持ってる門徒は発言権強かったとか
40:名無しのJ民
初期は良かったけど、世代交代で指導層が腐っていった典型例だろ
42:名無しのJ民
信長が強すぎただけだろ
あれは不可抗力や
45:名無しのJ民
石山本願寺もそうだけど、信長相手は運が悪かったとしか言いようがない
47:名無しのJ民
信長とかいうチートキャラ
49:名無しのJ民
まーた信長ageか
50:名無しのJ民
なんか一揆って聞くと暴徒のイメージあるけど、あれは立派な組織だったんだろ?
自治政府みたいなもんやろ?
52:名無しのJ民
そうそう
ただの暴徒が守護を追い出して国を運営できるわけないわな
行政も軍事も自分たちでやってた
53:名無しのJ民
その行政で坊主が税金巻き上げたり、言うこと聞かないやつ処刑したりしてたんでしょ?
56:名無しのJ民
それはどの政権でも一緒やんけ!
58:名無しのJ民
むしろ当時の守護よりマシだったって話もあるぞ
守護は年貢バンバン取り立てて、戦で兵隊に使うだけやからな
60:名無しのJ民
加賀一向一揆がなぜ崩壊したか?
1.内部対立(坊主の権力争い、門徒間の格差)
2.外部からの圧力(信長、上杉)
3.宗教的求心力の低下(世代交代で信仰が形骸化)
4.そもそも武力で奪った政権に正統性がない
こんな感じか?
63:名無しのJ民
全部やろな
完璧な組織なんてないんやから、どこかで綻びは出る
67:名無しのJ民
4はちゃうやろ
武力で奪った政権ばっかやろ当時
68:名無しのJ民
それはそう
戦国時代なんて武力で奪ってナンボやしな
69:名無しのJ民
一向一揆っていうか、本願寺の勢力が強くなりすぎたのが問題だった
70:名無しのJ民
本願寺はまさに巨大な宗教結社であり、同時に一大軍事勢力だったからね
73:名無しのJ民
信長さん、お寺と喧嘩しすぎ問題
76:名無しのJ民
仏敵信長
77:名無しのJ民
でも信長も最初から焼き討ちしてたわけじゃないんだよな
交渉もしてたけど、本願寺側が徹底抗戦選んだから…
79:名無しのJ民
結果論やけど、信長相手に徹底抗戦は悪手やったな
82:名無しのJ民
坊主が国を治めるってどう考えても無理やろ
戒律とかで縛られてて自由に政策もできんし、外様の武士からしたら反発するわ
84:名無しのJ民
浄土真宗は妻帯OKだし、武士も門徒になってたからそのへんは柔軟やったんちゃう?
87:名無しのJ民
当時の坊主って今で言うエリート官僚やで
知識層やから政治向きっちゃ政治向き
91:名無しのJ民
「百姓の持ちたる国」って言うけど、実際は「坊主の持ちたる国」だったんでしょ?
92:名無しのJ民
坊主も元は百姓出身が多いし…
94:名無しのJ民
いや、本願寺の連枝衆とか、結構いいとこの出やで
97:名無しのJ民
ぶっちゃけ、信長が天下統一するタイミングで戦ったのが運の尽き
もし、もっと早い時代だったらどうなってたか分からん
101:名無しのJ民
室町幕府がまだそこそこ力あった頃なら、幕府が介入して鎮圧されてたかもな
102:名無しのJ民
逆に、信長がいなかったら、本願寺が天下取ってた可能性も微レ存…?
103:名無しのJ民
それはない
本願寺はあくまで宗教組織で、天下統一のビジョンは持ってなかったと思う
あくまで「信仰の自由」と「自治」が目的だったから
105:名無しのJ民
現代の宗教団体が政治やってるようなもんだろ
カルトやん
109:名無しのJ民
当時はそれが普通やぞ
比叡山とか興福寺とか、みんな巨大な武装勢力やった
111:名無しのJ民
今でこそカルトって言われるけど、当時の宗教は政治、経済、文化の中心だったからな
114:名無しのJ民
一揆って聞くと団結してるイメージあるけど、内部は結構ドロドロしてそう
117:名無しのJ民
そら人間集まればどこでもそうよ
特に権力が絡めばな
118:名無しのJ民
なんかさ、一向一揆って言っても、加賀だけじゃなくて、越前とか越中とか、いろんなとこで起きてたんだよね?
120:名無しのJ民
そうそう
しかも地域によって指導者が違ったりして、連携が取れてなかったりしたから、信長は各個撃破できた
121:名無しのJ民
北陸の歴史って地味だけど奥深いよな
123:名無しのJ民
加賀百万石とか有名だけど、その前段にこんな歴史があったって考えると面白いよな
126:名無しのJ民
金沢城って元々、一向一揆の拠点だった場所に建てられてるんだっけ?
128:名無しのJ民
そうやで
金沢御坊が前身やな
信長に焼かれて、秀吉の時代に前田利家が入って金沢城にした
131:名無しのJ民
一揆側からしたら、信長は悪魔の所業に見えただろうな
132:名無しのJ民
そらそうよ
仏敵中の仏敵や
136:名無しのJ民
結局、加賀一向一揆って何がしたかったの?
理想郷を作りたかったのか、それとも単に守護の支配から逃れたかっただけなのか?
138:名無しのJ民
多分、両方やろ
信仰を拠り所として、自分たちの手で自分たちの生活を守りたかった
139:名無しのJ民
支配される側から支配する側になったってだけで、構造は変わらなかったってことやね
140:名無しのJ民
いや、支配する側になったけど、守護時代よりは年貢もマシだったし、自治もできたから、住民からしたらだいぶ良かったんじゃないの?
142:名無しのJ民
それはあるだろうな
特に初期はね
146:名無しのJ民
「持ちたる国」って響きがなんか中世の共同体っぽいよな
現代の民主主義とは違うけど、なんか惹かれるものがある
148:名無しのJ民
自力で支配階級を倒して自分たちの国を作るってのは、まさに民衆革命やん
151:名無しのJ民
信長がいなかったら、戦国時代はもっと長引いたんやろな
152:名無しのJ民
信長がいなかったら、信長みたいなやつが別に出てきてたと思う
あの時代はそういう時代だった
154:名無しのJ民
まあ、加賀一向一揆は失敗したけど、歴史に名を残したという意味では成功と言える
156:名無しのJ民
まあ、200年近く続いた実績は伊達じゃないわな
158:名無しのJ民
でも、その後の徳川幕府のキリスト教弾圧とか見ると、やっぱ宗教勢力は国家にとって脅威だったんだろうな
161:名無しのJ民
国家が安定するには、求心力は一つにまとめたいからな
宗教が別の求心力持つのは避けたい
164:名無しのJ民
一向一揆の強さの秘密って何だったんやろ?
167:名無しのJ民
信仰心やろ
死を恐れない集団は強い
170:名無しのJ民
あと、組織力とネットワークの広さ
本願寺が全国に門徒抱えてたから、情報戦とか物資の調達とかも強かった
171:名無しのJ民
武士だけじゃなく、百姓も町人もみんな戦力になったからな
数も多かった
175:名無しのJ民
加賀一揆の末期は、坊主が贅沢三昧で堕落してたって話もあるし、そりゃ求心力も落ちるわな
176:名無しのJ民
人間は権力を持つと変わるんや…
178:名無しのJ民
結局、坊主も人間やったってことやな
180:名無しのJ民
一揆衆のリーダーって結局誰だったの?
182:名無しのJ民
初期は蓮如の息子たちや、その子孫が中心だったけど、徐々に門徒の地侍とかも力を持つようになった
186:名無しのJ民
でも最終的には本願寺の指導者(顕如とか)の意向が大きかったはず
187:名無しのJ民
加賀一向一揆って結局、日本の歴史における一種の「実験」だったのかもな
191:名無しのJ民
確かにそうかも
民衆が主体となって国を運営するという、当時としてはかなり異例の試みだった
193:名無しのJ民
もしも加賀一向一揆が独立を維持できてたら、日本の歴史はどうなってたんだろうな?
加賀共和国とかになってた?
196:名無しのJ民
それは流石に夢見すぎ
周りが戦国大名だらけの中で孤立無援やし
197:名無しのJ民
でも、例えば独立を保って、海外と貿易してたりしたら面白かったかもな
201:名無しのJ民
信長のやったことは確かに残虐だけど、あの時代を終わらせるためには必要悪だったって考え方もできる
202:名無しのJ民
まあ、結果的に天下統一の道筋を作ったのは事実やしな
205:名無しのJ民
一向一揆ってさ、今の感覚だとテロ組織みたいに思われがちだけど、当時としては当たり前の自衛手段だったんだよな
209:名無しのJ民
搾取されまくって、他に頼れるものがない中での最後の抵抗だったんだろ
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