1:名無しのJ民
マジでどこから来たんやろな。地図で見ても遠すぎやろ
3:名無しのJ民
普通に喜望峰回ったんやろ。スエズは通れんかったはず
5:名無しのJ民
スエズは中立国管轄やし、大型艦隊が通ると迷惑やから断られたんやなかったっけ?
8:名無しのJ民
いや、スエズ通ろうとしたけどイギリスが嫌がらせしたんやろ。ロシアがアジアに勢力伸ばすの嫌やったから
10:名無しのJ民
イギリスは日本と同盟組んでたからな。そりゃロシアを利するわけないわ
14:名無しのJ民
喜望峰ルートってどんだけ遠回りやねん。現代の感覚やと想像つかんわ
15:名無しのJ民
南アフリカの先の喜望峰やろ?地球の裏側やん
18:名無しのJ民
ワイなら途中で「もうええわ」って引き返してるわ
22:名無しのJ民
何ヶ月かかったんやっけ?半年くらいかかったんちゃうか?
24:名無しのJ民
確か8ヶ月くらいやなかったっけ?バルト海から大西洋、インド洋、太平洋やぞ
28:名無しのJ民
途中で石炭どうしてたんだろ?補給が一番大変そう
32:名無しのJ民
それが問題で、ドイツが秘密裏に補給船出してたりしたらしいで
36:名無しのJ民
ドイツもロシアと仲良かったんか?
39:名無しのJ民
いや、当時のドイツは世界戦略でごちゃごちゃやってて、イギリスとロシアを争わせて国力を削がせようとしてた側面もある。どっちにも良い顔してたわけやない
40:名無しのJ民
へー、世界史って複雑やな
42:名無しのJ民
乗組員の士気とかどうなってたんやろ?毎日毎日海の上で飯もまずそうやし、病気も流行るやろ
46:名無しのJ民
そらもう荒れてたらしいで。途中で酒に溺れたり、反乱寸前みたいな話もあったとか
47:名無しのJ民
そりゃそうやろ。ワイならノイローゼになるわ
48:名無しのJ民
しかも途中で漁船を日本の水雷艇と勘違いして撃沈する事件起こしてるしな。ドッガーバンク事件
49:名無しのJ民
あれはひどかったな。イギリス激怒やろ
52:名無しのJ民
イギリスの漁師を殺しちゃったからな。国際問題になった
55:名無しのJ民
そのせいでイギリス領の港には寄港できなくなって、さらに補給が厳しくなったんや
56:名無しのJ民
マジかよ。自業自得とはいえ、さらに絶望的やん
59:名無しのJ民
あの長距離航海で艦隊の整備とかもまともにできんかったやろ
60:名無しのJ民
その通り。艦底にはフジツボびっしりで速度も落ちてたし、機関もボロボロやったらしい
62:名無しのJ民
はぇー、ボロボロの状態で日本まで来てたのか
63:名無しのJ民
んで、日本海で待ち構えてたのが東郷平八郎率いる連合艦隊やろ?
65:名無しのJ民
そうや。しかも当時の最新鋭の戦艦揃い
66:名無しのJ民
日本艦隊はイギリスで建造された艦も多かったからな。性能も上やった
68:名無しのJ民
ロシアは長距離航海で疲弊、日本は万全の準備。そら結果は見えてるわな
70:名無しのJ民
ワイやったら「もう帰りてえ」って言いながら日本海突入するわ
72:名無しのJ民
ワイは途中で逃げ出す自信あるわ。太平洋のど真ん中で「エンジン故障したわ」って言って漂流するフリする
73:名無しのJ民
でも途中で逃げ出したり、反乱起こしたりしたら軍法会議もんやろ
76:名無しのJ民
まあそやな。ロシアは超階級社会やし、逆らったら射殺されかねん
79:名無しのJ民
艦隊司令官のロジェストヴェンスキーも大変やったな。上からの命令は絶対やし、途中で引き返す選択肢なんて無かったやろ
83:名無しのJ民
むしろよく日本まで来れたなってレベルやわ
85:名無しのJ民
あれだけ苦労して辿り着いたのに、たった一日で壊滅って絶望しかないやろな
88:名無しのJ民
日本海海戦は本当に一方的だったからな。バルチック艦隊、ほぼ全滅やで
91:名無しのJ民
旅は人生の縮図って言うけど、バルチック艦隊は地獄の縮図やな
94:名無しのJ民
当時ってGPSもないし、どうやって航海してたんだ?星とか?
97:名無しのJ民
六分儀とか天測航法やな。でも天候悪かったら誤差出まくりやし、大変やったと思うで
99:名無しのJ民
あと、途中で日本の情報収集活動もすごかったらしいで。ロシア艦隊の動向は筒抜けやったとか
101:名無しのJ民
そうそう。日本の諜報網が優秀やったから、どこをどう通って、どこで補給するかまで把握されてた
104:名無しのJ民
日本の民間人も協力してロシア船見つけたら報告するとかあったみたいやね
108:名無しのJ民
現代ならGoogleマップで「バルチック艦隊の航路」とか表示できるのにねぇ
111:名無しのJ民
途中でインスタライブとかやって欲しかったわ。「#航海なう #極東まであと何キロ #飯まずい」
115:名無しのJ民
ハッシュタグでバレそう
119:名無しのJ民
当時って船の速度も今と全然ちゃうからな。平均10ノットとかやろ?
120:名無しのJ民
ノットって時速何キロやっけ?
124:名無しのJ民
1ノットは約1.852km/hやから、10ノットで18.52km/hくらい。自転車よりちょっと速い程度やな
128:名無しのJ民
自転車より速いって言われてもピンとこねぇな。原付くらいの速度か?
129:名無しのJ民
うーん、原付よりは遅いんちゃうか。チャリで頑張って出す速度くらいやろ
132:名無しのJ民
そんな速度で何ヶ月も旅するのか。気が遠くなるな
136:名無しのJ民
ロシアもなんであんな無茶なことしたんやろ?陸路で援軍送る方がマシやったんちゃう?
138:名無しのJ民
満州鉄道の輸送力には限界があったし、制海権がないと補給も危ういから、どうしても海軍を送りたかったんやろ
140:名無しのJ民
当時のロシアは海軍が弱かったから、なんとかして日本を叩きたかったんや
143:名無しのJ民
でも結果的に海軍力を喪失して、ロシア革命の遠因になったんだから皮肉な話やな
144:名無しのJ民
ロマノフ朝の終わりの始まりやね
145:名無しのJ民
バルチック艦隊の航海は、当時の技術、政治状況、兵士の精神力、全てが極限状態にあったんやな
147:名無しのJ民
遠く離れた海で国のために戦う兵士たちのことを思うと、胸が締め付けられるな
149:名無しのJ民
まあ、そういう美談だけで片付けられるもんでもないけどな。ロシア側の将兵はかわいそうやが
150:名無しのJ民
日本側からしたら、来るなら来い!って感じだったんかな
152:名無しのJ民
むしろ「よくぞ来た!」って感じやったやろ。遠征で疲弊したところを叩くのが戦略だったわけやし
156:名無しのJ民
それにしても、よく日本海まで無事にたどり着けたもんやで。それだけでも奇跡ちゃうか
158:名無しのJ民
ある意味、当時の世界情勢と技術力の限界が生み出した、究極の兵站作戦失敗例やな
160:名無しのJ民
歴史の教科書では数行で終わるけど、裏には凄まじいドラマがあったんやな
161:名無しのJ民
現代の豪華客船クルーズですら飽きるのに、当時の軍艦で8ヶ月とか正気じゃない
163:名無しのJ民
ワイは船酔いするから無理やわ。想像するだけで吐きそう
166:名無しのJ民
船内で野球とかしてたらしいで。気晴らしに
169:名無しのJ民
広い甲板で運動はしてたやろな
173:名無しのJ民
魚釣りとかもしてたのかな?
174:名無しのJ民
新鮮な食料確保のために釣りはしてたかもな
178:名無しのJ民
でも釣った魚で士気が上がるかと言われると…
180:名無しのJ民
まあ、マシにはなるやろ。毎日同じ塩漬け肉とか食ってたら発狂するわ
183:名無しのJ民
当時の水兵の平均寿命とかも短かったんちゃうか?
186:名無しのJ民
そりゃ短いやろ。衛生状態も悪いし、食料も偏るし、怪我や病気になったら終わりやし
187:名無しのJ民
バルチック艦隊がもうちょい早く出港して、冬の日本海に来てたらどうなってたんやろ
191:名無しのJ民
冬の日本海とか荒波でさらに大変やろ。艦隊行動もままならんくなるし、さらに不利になった可能性もある
192:名無しのJ民
まあ、いずれにせよ詰んでたってことやな
194:名無しのJ民
あの長旅で、結局日本海で全滅やもんな。艦隊の存在意義を問われるレベル
198:名無しのJ民
ロシアの国力と指導者の無能さが露呈した戦いとも言える
201:名無しのJ民
それでも、あの時代にユーラシア大陸半周して艦隊を派遣したロシアの執念はすげーよな
205:名無しのJ民
執念が空回りした結果やけどな
206:名無しのJ民
ロジェストヴェンスキー提督は日本海海戦で重傷負って捕虜になったんだよな。それで日本で治療受けて帰国後に軍法会議にかけられたけど無罪になったとか
207:名無しのJ民
無罪になったのは、彼が引き返すことを何度も上層部に進言してたけど聞き入れられなかったことが考慮されたかららしいで
210:名無しのJ民
はぇー、やっぱ彼も無茶だと思ってたんやな
214:名無しのJ民
そら素人目に見ても無茶苦茶やからな。プロなら尚更やろ
217:名無しのJ民
歴史ってほんま奥深いわ
218:名無しのJ民
日本海海戦の勝利は日本の国威発揚に繋がったけど、ロシア側から見ると悲劇の極みやったんやな
222:名無しのJ民
まさに勝てば官軍負ければ賊軍やね
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