1:名無しのJ民
蘇我氏が邪魔だっただけだろ
3:名無しのJ民
いやいや、律令国家形成のための、日本史における超重要ターニングポイントやぞ
7:名無しのJ民
教科書で最初に覚えるやつ
8:名無しのJ民
蘇我入鹿が可哀想だったって話しか覚えてないわ
10:名無しのJ民
中大兄皇子のヤンチャぶりが一番印象に残ってる
11:名無しのJ民
>>4
なんか入鹿って名前がもう不遇っぽいよな
13:名無しのJ民
乙巳の変とかいうリアルデスノート
15:名無しのJ民
>>6
鹿を殺すって書くからな…
18:名無しのJ民
中臣鎌足とかいう影のフィクサー
19:名無しのJ民
>>8
ワロタ
22:名無しのJ民
飛鳥時代って名前がややこしすぎて覚えるの苦痛だったわ
〇〇皇子とか蘇我氏とか
26:名無しのJ民
結局、クーデターだよな
29:名無しのJ民
>>11
蘇我倉山田石川麻呂とか、もう漢字の暴力やん
31:名無しのJ民
>>12
権力闘争ってのはいつの時代も変わらんのやな
34:名無しのJ民
中大兄皇子も鎌足も、もっと上手くやれただろ感
36:名無しのJ民
いや、当時の国際情勢見たら、国内をまとめないとヤバかったのは事実やろ
唐とか新羅とか、クッソ強いし
39:名無しのJ民
>>15
入鹿を直接斬りつけるとか、やりすぎ感あるわな
42:名無しのJ民
>>16
それな
隋唐帝国の存在はデカいわ
律令国家に移行せざるを得なかったってのが真実じゃね
44:名無しのJ民
>>17
なんか宮中で宴会中に斬りつけるとか、ドラマチックすぎんよ
45:名無しのJ民
ワイ将、中大兄皇子のことを「おおきのおおえのおうじ」って読むのに時間かかりすぎて授業についていけなかった模様
49:名無しのJ民
>>19
修学旅行の夜の語り草やん
51:名無しのJ民
中大兄皇子とかいう当時のイケメンチャラ男
55:名無しのJ民
鎌足が全部仕組んだ感
57:名無しのJ民
実際、改新の詔の内容って画期的だったんか?
61:名無しのJ民
>>24
土地と人民の国有化(公地公民)とか、税制の整備とか、かなりデカい改革だよ
62:名無しのJ民
>>25
でも実際には完全に公地公民になったわけじゃないんだろ?
形だけだったって聞いたぞ
65:名無しのJ民
>>26
そうそう。地方豪族の抵抗もあって、理想通りにはいかなかった。
それでも国家の方向性を示したのは大きい。
68:名無しのJ民
結局、教科書で習う「大化の改新」ってのは、後の時代に美化されたり、作られた概念って説もあるんだろ?
69:名無しのJ民
>>27
当時から「改新」って言ってたわけじゃないもんね
71:名無しのJ民
>>28
「大化改新」って言葉自体、江戸時代くらいから使われ始めたらしいな
74:名無しのJ民
え、マジ?
じゃあワイらが習ったことは全部嘘ってこと?
75:名無しのJ民
嘘ではないが、解釈が色々あるってことや
歴史ってそういうもんやろ
79:名無しのJ民
結局、蘇我氏って何がアカンかったん?
80:名無しのJ民
>>33
権力持ちすぎて天皇すら凌駕する勢いだったから、周りからしたら面白くないわな
81:名無しのJ民
天皇の血筋が途絶える危機だったんか?
83:名無しのJ民
天皇を廃して蘇我氏が天下取る可能性もあったんやろ
それを恐れた連中が動いた
84:名無しのJ民
>>35
いや、さすがにそれは言い過ぎ。
蘇我氏は天皇とは違う権威、豪族の盟主としての権威を強めようとしてただけ。
88:名無しのJ民
>>36
なるほどな
でも権力集中しすぎると反発食らうのは世の常やね
90:名無しのJ民
中大兄皇子と中臣鎌足のタッグが強すぎた
91:名無しのJ民
あの時代の「中」って何なん?
中大兄とか中臣とか
93:名無しのJ民
>>39
中臣は氏族名やろ
中大兄は天皇になる前の皇子の呼称
95:名無しのJ民
>>40
氏族名かサンガツ
しかしややこしいな
96:名無しのJ民
入鹿も別に悪人ではなかったんだろ?
98:名無しのJ民
>>42
少なくとも悪逆非道な暴君ってわけではない。
ただ、父の蝦夷と共に権力を集中させすぎた。
100:名無しのJ民
蘇我氏って仏教を積極的に取り入れたり、文化的には先進的だったんだよな
103:名無しのJ民
>>44
せやな。飛鳥文化とか蘇我氏の影響大きいし。
104:名無しのJ民
なんか入鹿が可哀想に見えてきた
107:名無しのJ民
そりゃあ、勝てば官軍、負ければ賊軍やからね
歴史は勝者が作るんや
108:名無しのJ民
結局、乙巳の変はただの権力闘争で、その後の律令制への移行が「大化の改新」って呼ばれるようになったってことか
110:名無しのJ民
>>48
その二つが密接に絡み合ってるから「大化の改新」って一連の出来事として認識されてるんやろな
113:名無しのJ民
ワイの推しは蘇我馬子
117:名無しのJ民
>>50
渋いな
120:名無しのJ民
>>50
馬子にも衣装ってな
121:名無しのJ民
>>52
草
123:名無しのJ民
斑田収授法とかいう鬼畜な税制
126:名無しのJ民
>>54
班田収授法な
127:名無しのJ民
>>55
あっ…
ワイ歴史ニワカバレてまう…
128:名無しのJ民
飛鳥時代はなんかロマンあるよな
まだ国の形が定まってない時期って感じで
131:名無しのJ民
奈良時代になると急にきっちりし始めるからな
133:名無しのJ民
大化の改新って、日本が初めて「国家」としてまとまろうとした大きな一歩だったんやろな
136:名無しのJ民
>>59
それまでは豪族連合みたいなもんだったからな
139:名無しのJ民
聖徳太子も頑張ったけど、結局その後の蘇我氏の暴走を止めきれなかったって感じか
141:名無しのJ民
>>61
太子が死んでからの蘇我氏の独走状態は凄まじかったからな
145:名無しのJ民
結局、クーデター成功→律令制導入→日本という国家の骨格形成
って流れと理解した
149:名無しのJ民
>>63
うん、大体そんな感じやね
152:名無しのJ民
中大兄皇子とかいうガチのリアリスト
154:名無しのJ民
鎌足とかいう陰キャ策士
156:名無しのJ民
>>66
鎌足は名門の出やけど、蘇我氏に比べたら格下やったからな
劣勢からの逆転劇や
159:名無しのJ民
>>67
下克上の走りみたいなもんか
162:名無しのJ民
乙巳の変って、現代の政治ドラマでも通用しそうなドロドロ感
163:名無しのJ民
日本史って、結局権力闘争と外国からの影響の歴史だよな
164:名無しのJ民
大化の改新があったから、今の日本があるって考えると感慨深いわ
167:名無しのJ民
しかし、よくこんな古い時代の事、色々分かってるよな
170:名無しのJ民
>>72
『日本書紀』とか『古事記』とかいう当時の記録があるからな
あとは発掘調査とかも
173:名無しのJ民
>>73
でも書紀とか古事記も、後の時代に編纂されたものだから、どこまで信ぴょう性があるかは議論の余地があるんだろ?
175:名無しのJ民
>>74
そこが歴史の面白いところよな
複数の史料を比較したり、考古学的な発見と照らし合わせたりして、真実に迫っていく
179:名無しのJ民
結局、大化の改新も、いろんな学説があるけど、どれが正しいとは言い切れない、みたいな感じか
182:名無しのJ民
>>76
そうやな。これが絶対の真実だ!って断言できることは少ない。
だから歴史家も研究し続けるんやろ。
185:名無しのJ民
なんJで歴史語るとか草
189:名無しのJ民
>>78
たまにはええやろ
191:名無しのJ民
結局、蘇我氏って何したかったんやろ?
193:名無しのJ民
>>80
権力維持と拡大、それだけやろ
195:名無しのJ民
>>81
まあそうだよな
どの時代も人間は変わらん
199:名無しのJ民
でも、もし大化の改新がなかったら、日本はどうなってたんだろうな
203:名無しのJ民
>>83
もっと地方豪族が割拠して、バラバラのまま外国に攻め滅ぼされてた可能性もあるやろな
205:名無しのJ民
>>84
うわ、それは嫌だな
207:名無しのJ民
大化の改新なかったら、今頃ワイらは中国人になってたかもってことか?
211:名無しのJ民
>>86
さすがにそこまではいかんやろw
ただ、統一国家の形成が遅れて、どこかの属国になってた可能性はゼロじゃないかもね
213:名無しのJ民
歴史ってロマンあるよな
217:名無しのJ民
なんかこう、めちゃくちゃ大きな出来事だったのに、意外と知られてない側面も多いんだな
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