1:名無しのJ民
マジで違い分からん
金閣と銀閣があるのがどっちかくらいしか知らん
5:名無しのJ民
室町時代とかいう地味な時代の中でも特に地味な文化やな
教科書でサラッと流されるやつ
6:名無しのJ民
北山文化は足利義満、東山文化は足利義政が中心になった文化やで
金閣寺が北山文化、銀閣寺が東山文化の代表や
7:名無しのJ民
ほーん、で?何が違うん?金閣はピカピカ、銀閣は渋い、くらいしか印象ないわ
10:名無しのJ民
それな。名前も似とるし。
北山の方がちょい前で、東山の方が後世ってイメージ
14:名無しのJ民
北山文化は公家文化と武家文化、それに禅宗の影響が融合した、豪華絢爛な文化やね。金閣寺がまさにその象徴。
明との貿易も盛んで大陸文化の影響もデカかった。
18:名無しのJ民
はえ~、豪華絢爛ねぇ。現代の感覚だとちょっと派手すぎるんちゃう?
21:名無しのJ民
当時の公家は源氏とか平氏とかの末裔で、貴族文化を引っ張ってたんやろ?
武家は新興勢力で、そこに禅宗が流行っててって感じか
25:名無しのJ民
東山文化は侘び寂びの精神が特徴や。
応仁の乱の後で世の中荒れとったから、贅沢より精神的な豊かさを求めるようになったんやな。
銀閣寺とか龍安寺の石庭とか、水墨画なんかが代表的。
茶道とか華道もこの頃に大成したんやで。
28:名無しのJ民
侘び寂びとか言い出したんが東山文化か。なるほどなあ。
29:名無しのJ民
金閣は派手で力を見せつける感じ。
銀閣は渋くて内面を追求する感じ。
将軍の性格も出てるんちゃうか?
32:名無しのJ民
義満は天下統一を夢見たパワフルな男、義政は政治投げ出して遊び呆けてたヘタレやからな
文化に違いが出るのは当然やろ
34:名無しのJ民
東山文化の侘び寂びって今でも日本文化の根底にあるよな
茶道とか華道とか
38:名無しのJ民
茶道とか華道って室町時代からあったんか、意外やわ
もっと江戸とか近代かと思ってた
39:名無しのJ民
能とか狂言もこの頃に完成したって聞くな
世阿弥とかもこの時代やっけ?
43:名無しのJ民
せやで。世阿弥は義満の庇護を受けて能を大成させた。
東山文化では更に能が庶民にも広まっていく。
45:名無しのJ民
庶民にも広まるってのがポイントやな。
北山は将軍とか大名とか金持ち向け、東山はちょっと庶民寄りになってきたんやな。
49:名無しのJ民
なんJ民は結局どっちの文化が好きなん?
ワイは金閣寺の派手さも好きやけど、銀閣寺の落ち着きも捨てがたいわ
52:名無しのJ民
どっちも好きだけど、銀閣寺の方が"わかってる"感あるよな
金閣寺はインスタ映え、銀閣寺は通好みって感じ
53:名無しのJ民
わかってる感wwwww
でもわかるわ
55:名無しのJ民
東山文化は将軍が政治に飽きてて、みんな好き勝手やってるから文化が多様化したって側面もあるんかな
58:名無しのJ民
応仁の乱で京都は焼け野原になったのに、なんで文化は発展したんや?
そこがよくわからん
60:名無しのJ民
焼け野原になったからこそ、新しい価値観が生まれたんちゃうか?
失うものが無くなって、精神的な豊かさを求めるようになったとか
62:名無しのJ民
むしろ、争乱が文化を地方に広めるきっかけになったって説もあるな
京を逃れた公家や文化人が地方に下って、その地の文化と融合したりして
64:名無しのJ民
戦乱でカネ持ってる連中が坊さんとかになって、ひっそり茶でも点ててたのが東山文化の原点か
67:名無しのJ民
東山文化は庶民の生活文化に根ざしたものが多かったから、現代まで残ってるものが多いんやろな
北山文化は将軍の趣味って感じ
70:名無しのJ民
北山文化の豪華絢爛って、結局は「俺、金持ってまっせ」アピールやろ?
義満の権力誇示のためみたいな
73:名無しのJ民
せやで。義満は天皇にもなろうとしたとか言われるくらい権力欲の塊やったからな。
金閣寺も元々は別荘やけど、あれは朝廷への示威行為でもあったんや。
75:名無しのJ民
天皇にもなろうとしたんか、すげえな
でも結局なれなかったんやろ?
78:名無しのJ民
なれんかったけど、院号みたいなの貰って実質的な天皇みたいな扱いされてた時期もある。
80:名無しのJ民
足利義満ってなんであんな偉かったん?
将軍って基本ヘタレのイメージしかないのに
83:名無しのJ民
義満は南北朝を統一したからな。それまで争ってた朝廷を一つにした功績はデカい。
だから権力も強かったんや。
85:名無しのJ民
東山文化の銀閣寺って、結局銀箔貼られてないやんけ!詐欺やろ!
88:名無しのJ民
あれは銀箔貼る予定だったけど、応仁の乱とかで金がなくて貼れなかったって説と、
そもそも侘び寂びの精神から銀箔貼る発想がなかったって説があるな。
個人的には後者の方がロマンあるわ。
92:名無しのJ民
え、銀箔貼る予定だったんか?知らんかったわ
てっきり最初から質素なデザインかと思ってた
95:名無しのJ民
銀箔貼る予定だったけど途中で断念したって、なんか義政のヘタレ具合を表してるよなw
98:名無しのJ民
でもあの銀閣の渋い佇まい、銀箔貼ってたら台無しやろ
結果オーライや
102:名無しのJ民
むしろ銀箔貼ってたら金閣のパチモンみたいになってたやろ
103:名無しのJ民
茶室とか書院造りとか、今の和風建築の基礎って東山文化やっけ?
106:名無しのJ民
せやね。書院造りは武家住宅から発展したけど、東山文化で現在の和室の原型が完成したと言われてる。
茶室も草庵の茶室がこの時期に確立された。
109:名無しのJ民
歴史って結局、その時代の権力者と庶民の流行が混ざり合ってできるんやな
111:名無しのJ民
文化の発展って戦乱と切っても切り離せないな
戦乱で一回リセットされて、新しいものが生まれるみたいな
114:名無しのJ民
北山文化は義満というカリスマが引っ張った文化
東山文化は義政という無能が放任した結果生まれた文化
115:名無しのJ民
義政無能説は草
でもそういう見方もできなくはないな
116:名無しのJ民
義政は政治はダメダメだったけど、文化的なセンスはあったんやろな
じゃないと銀閣とか作れんやろ
119:名無しのJ民
でも銀閣のあの質素さって、将軍が作ったものとしてはちょっと地味すぎん?
121:名無しのJ民
それが侘び寂びよ。豪華さで権威を示すんじゃなくて、精神性で示す。
当時の文化人の間では、そっちの方がイケてるって風潮だったんやろ。
124:名無しのJ民
ミニマリストの走りみたいなもんか
128:名無しのJ民
応仁の乱の後、公家とか武士も金無くなってたから、質素なものしか作れなかったってのもあるんちゃうか
130:名無しのJ民
それはあるかもな。でもそれだけじゃなくて、精神的な流行もあったんやで。
一休宗純とかの影響も大きい。
134:名無しのJ民
一休さん!
あのとんちの一休さんか
137:名無しのJ民
一休さんは足利義満の隠し子説もあるくらいやからな
時代背景的にめっちゃ近いんやで
139:名無しのJ民
まじかよ、一休さんって結構由緒正しいお坊さんだったんやな
140:名無しのJ民
北山文化が中国からの影響モロに受けてたのに対して、東山文化は日本独自の美意識を追求したってイメージ
142:名無しのJ民
まさにそれ。和様化が進んだんやな。
146:名無しのJ民
室町幕府ってなんでこんな文化だけは花開いたんや?
政治はグダグダやったのに
148:名無しのJ民
文化は政治が安定してなくても、富裕層がいれば発展するんや。
特に京都は戦乱の中でも文化の中心地としての求心力はあった。
151:名無しのJ民
ぶっちゃけ室町時代って南北朝のゴタゴタから応仁の乱までずーっとゴタゴタしてるイメージしかない
154:名無しのJ民
そのゴタゴタの中で、将軍の権力が相対的に弱まって、地方の守護大名とか庶民が力をつけていったのが室町時代やな
156:名無しのJ民
結果として、多様な文化が生まれたってことか
159:名無しのJ民
北山文化:義満が金と権力で豪華絢爛な文化をプロデュースした
東山文化:義政が政治放り投げてたら、勝手に侘び寂びの文化が育った
こんなイメージでええか?
162:名無しのJ民
だいたいそんな感じやな。
東山文化は将軍主導というより、文化人や富裕層が主役だった側面が強い。
166:名無しのJ民
でも義政がいなきゃ銀閣寺も生まれなかったわけで
170:名無しのJ民
銀閣寺自体は義政が建てたけど、その背景にある「侘び寂び」の精神は、義政個人の趣味だけじゃなくて、当時の世相や文化人たちの間で醸成されたものやからな
171:名無しのJ民
歴史って深いなあ
教科書だけじゃわからんこと多いわ
173:名無しのJ民
今の日本人が持ってる「和」のイメージって、意外と東山文化がルーツになってるものが多いんやな
176:名無しのJ民
金閣はド派手な金ピカで権力を見せつける感じ。
銀閣は渋くて落ち着いた感じで精神性を重んじる感じ。
やっぱこの違いが一番分かりやすいわ。
180:名無しのJ民
ワイがどっちか住むなら銀閣寺の方やな。落ち着きそう。
182:名無しのJ民
金閣寺は観光客だらけで落ち着かんやろ
銀閣寺は庭園も美しいしな
185:名無しのJ民
金閣寺はまぶしすぎて目が痛い
186:名無しのJ民
室町幕府って結局何だったんやろな。
グダグダなイメージしかないけど、文化的には重要な時代だったってことか。
188:名無しのJ民
戦国時代のプロローグみたいな時代やからな。
地方分権が進んで、新しい価値観が生まれた時代。
190:名無しのJ民
室町幕府の功績は、日本の文化の基礎を作ったことと言っても過言ではない
193:名無しのJ民
おまえら意外と歴史詳しいな
ワイは金閣寺も銀閣寺も修学旅行で行ったきりやわ
195:名無しのJ民
大人になってからもう一回行くと、また違った見え方するで
特に銀閣寺は落ち着いた雰囲気でゆっくり楽しめる
199:名無しのJ民
よし、今度京都行った時、金閣寺と銀閣寺、両方行って違いを肌で感じてみるわ
202:名無しのJ民
ええやん!それが一番の勉強やで
203:名無しのJ民
とりあえずまとめると、
北山文化:足利義満、金閣寺、公家武家融合、禅宗、大陸文化、豪華絢爛
東山文化:足利義政、銀閣寺、侘び寂び、庶民文化、茶道華道能楽、質素で精神的
こんな感じか
206:名無しのJ民
完璧やな
スレ立てた甲斐あったわ
210:名無しのJ民
ありがとうな、ちょっと賢くなった気分や
211:名無しのJ民
スレタイで地味とか言ってごめんなさいでした
213:名無しのJ民
ええんやで、ワイも最初はそう思ってたし
歴史の面白さはこういうところにあるんや
215:名無しのJ民
室町時代、意外と奥深いな
218:名無しのJ民
でもやっぱ義政は無能やろ
220:名無しのJ民
それはまあ、文化的な功績と政治的な功績は別やからな…
222:名無しのJ民
室町幕府の将軍って、義満以外はみんなパッとしないイメージなんだよな。
226:名無しのJ民
それはそれで、個々の将軍のキャラクターと文化の関わりを考えるのも面白いかもな。
228:名無しのJ民
室町時代の文化って、応仁の乱で一旦リセットされたことで、地方にも広がったってのがポイントやな。
231:名無しのJ民
結果として、戦国大名とかがそれぞれの地域で文化を育んでいく土壌になったんやな。
234:名無しのJ民
つまり、戦国時代の多様な文化も、室町時代の戦乱が作ったってことか。
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