1:名無しのJ民
これもう病気だろ
暇すぎやろ昔の貴族
2:名無しのJ民
草
どんだけ体力あったんやろな
5:名無しのJ民
しかも一回やないからな
何回も行くからな
9:名無しのJ民
現代ならメンタルクリニック案件
ストレス発散で山登りしてた説
12:名無しのJ民
パワースポット巡りの走りだよな
当時としては究極の癒しだったのかも
15:名無しのJ民
でも道がクッソきついんだろ?
今でも熊野古道歩いたらヘトヘトになるのに
17:名無しのJ民
平安京から和歌山まで徒歩やぞ
下手したら道中死ぬやろ
19:名無しのJ民
むしろ途中で死んだら極楽浄土直行とかいう思想あったらしいで
ガチで命がけの旅
23:名無しのJ民
ファッ!?死んだら勝ちなんか?
デスゲームやんけ
27:名無しのJ民
貴族の暇つぶしにしてはハードモードすぎるわ
ゲーセンで格ゲーやってた方がマシやろ
30:名無しのJ民
白河上皇なんか30回近く行ったとかいうからな
もはや熊野詣がライフワーク
32:名無しのJ民
白河上皇ガチ勢で草
熊野の常連客ニキやん
36:名無しのJ民
上皇「あっ、新しい草履買ったし熊野行くか」
上皇「そういえばあの滝見てないな熊野行くか」
上皇「なんか今日ムカつくことあったし熊野行くか」
37:名無しのJ民
上皇「あ、そういえば今日の晩飯どうしよう…せや!熊野行こ!」
38:名無しのJ民
なんでそんなに熊野に惹かれたんやろな
よっぽどいいもんあったんか?
39:名無しのJ民
あれって現世での罪を償うとか、死後の世界で幸せになるためとかの信仰的な意味合いが強いんやろ?
それだけ世の中に不安が多かったんやろな
43:名無しのJ民
あと権威を示すためってのもあったらしいで
「俺、こんな大変な旅も余裕で行けるんですけど?」みたいな
45:名無しのJ民
マウント取り合いで熊野詣とか草
49:名無しのJ民
そりゃあんな道歩いたらメンタル強くなるわ
50:名無しのJ民
なんJ民なら途中でリタイアしまくりやろな
ワイは絶対無理
52:名無しのJ民
途中まで車で行ってインスタに上げたろ!
56:名無しのJ民
そもそも平安時代にインスタあったら炎上案件やろ
58:名無しのJ民
熊野の神様「またあいつらか…」
59:名無しのJ民
道中、山賊とか出なかったんかな?
貴族の行列なら金目のもん持ってそうやん
63:名無しのJ民
そこは武士とか連れてくから大丈夫やろ
あと、道中は宿坊とかも整備されてたらしいで
64:名無しのJ民
整備されてた言うても現代のホテルとはちゃうやろ
藁葺き屋根のボロ屋で飯も質素とかやろ
66:名無しのJ民
でもそうやって宿坊とかが発展して、熊野古道が形成されていったんやろな
70:名無しのJ民
蟻の熊野詣って言うくらいやから、貴族だけじゃなくて庶民も結構行ってたんやろ?
72:名無しのJ民
せやで。中世以降は庶民の参詣も増えて、みんなでゾロゾロ歩いたらしい
信仰は貴族も庶民も関係なかったんやな
75:名無しのJ民
庶民からしたら一生に一度の大冒険やろな
76:名無しのJ民
今の感覚だと、お遍路さんとかに近いんかな
80:名無しのJ民
でもお遍路よりは道がキツそう
83:名無しのJ民
ワイ、高野山までしか行ったことないわ
熊野三山は遠すぎて諦めた
84:名無しのJ民
熊野三山コンプリートはマジのガチ勢
88:名無しのJ民
和歌山って地味だけど観光地としてはポテンシャル高いよな
91:名無しのJ民
正直、熊野詣って聞いて何があるのかパッと出てこない奴の方が多いやろ
92:名無しのJ民
熊野本宮大社、熊野那智大社、熊野速玉大社
パワースポット感半端ないで
93:名無しのJ民
特に那智の滝は圧巻やろ
あのデカさはずるい
97:名無しのJ民
あの滝をバックに記念撮影したいわ
98:名無しのJ民
昔は交通手段も未発達だし、移動だけでも大変だっただろうな
馬とか輿とか使ったとしても、山道は無理ゲー
99:名無しのJ民
平安時代に熊野古道走破した上皇とか、現代のマラソンランナーより体力あるやろ
103:名無しのJ民
実際、上皇は鍛えてたらしいで
ただのひ弱な貴族ちゃうかったんや
107:名無しのJ民
当時の健康食品とかも気になるところやな
梅干しとか食ってたんかな
110:名無しのJ民
梅干しは昔からあったし、携帯食として優秀やろな
112:名無しのJ民
なんで今の天皇陛下は熊野詣行かんのや?
116:名無しのJ民
多分、交通の便が良くなったから、無理に歩いて行く必要が無くなったからじゃね?
儀式としては別の場所でやってそう
117:名無しのJ民
あと、昔みたいに政争に疲れて信仰に逃げ込む、みたいなモチベーションがないからでは
119:名無しのJ民
確かに昔は政治の中心地から遠く離れた場所ってことで、俗世を離れたい貴族にはもってこいやったんやろな
122:名無しのJ民
あの世とこの世の境目って言われてたのも、そういう意味合いがあったんやろ
123:名無しのJ民
熊野って聞くと、なんか神聖なイメージあるよな
127:名無しのJ民
日本最古のパワースポットやぞ
128:名無しのJ民
熊野詣のガイドブックとか、昔も売ってたんかな?
131:名無しのJ民
木簡とかに簡単な道案内とかあったかもな
134:名無しのJ民
今熊野古道歩いてる人たちも、昔の人の気持ちを追体験してるんかな
135:名無しのJ民
ワイは熊野古道行くなら、歩きやすい靴と虫除けスプレーは必須やと思うわ
138:名無しのJ民
あと熊野古道は雨降るとマジで地獄やで
滑るし泥だらけになるし
139:名無しのJ民
上皇様も雨の中歩いてたんかな…
ご苦労様です…
143:名無しのJ民
上皇「今日の道はぬかるんでおるな…よし、もう一回熊野行くか」
144:名無しのJ民
草
もう完全にハマってるやん
146:名無しのJ民
というか、そんなに信仰に熱心だったのに、なんで日本ってキリスト教とかイスラム教みたいに一神教にならなかったんやろ?
150:名無しのJ民
八百万の神々やからな
みんな神様なんや
151:名無しのJ民
信仰の多様性が日本の良いところって言えるかもな
155:名無しのJ民
上皇「あっ、熊野行こ」
↑
これもうギャグ漫画のワンシーンやろ
159:名無しのJ民
でもそれが当時のリアリティだったんやな
現代では考えられんけど
162:名無しのJ民
昔の人って、現代人より精神的にタフだったんかな
165:名無しのJ民
生きるか死ぬかの時代やからな
そりゃタフやろ
166:名無しのJ民
病気や飢饉、戦乱とか日常茶飯事やし
そりゃ神頼みしたくなるわ
170:名無しのJ民
熊野詣は、精神的なデトックスやったんかもしれんな
172:名無しのJ民
昔の人が何を求めて熊野に向かったのか、少しだけ分かった気がするわ
174:名無しのJ民
なるほどねー
単なる暇つぶしじゃなくて、切実な願いとか、精神的な支えを求めてたんやな
175:名無しのJ民
そう考えると、上皇様も大変やったんやなって
177:名無しのJ民
結局、上皇が何回も熊野行った理由って何なんや?
180:名無しのJ民
真面目に言うと、世俗の煩悩からの解脱、権力の安定、そして「御幸」という形で民衆への存在感のアピール、とか色々ある。
182:名無しのJ民
なるほど、一石二鳥どころか三鳥くらいだったんやな
183:名無しのJ民
平安後期って、色々と世情が不安定だったからな
仏教的な「末法思想」とかも流行ってて、みんな救いを求めてた
186:名無しのJ民
政治の中心から離れた聖地へ赴くことで、心身のリフレッシュと権威の維持を図ってたんやね
188:名無しのJ民
なんか、現代の激務に疲れたサラリーマンが、週末にキャンプとか登山に行くのと似てる気がしてきた
190:名無しのJ民
確かに!究極の現実逃避やな!
193:名無しのJ民
上皇「よし、今日から無給で熊野の山道歩くぞ」
部下「えっ…」
195:名無しのJ民
部下はさらに大変やったやろな
上皇に付き合わされて
197:名無しのJ民
上皇のワガママに付き合わされる家臣、現代にもいそう
200:名無しのJ民
結局、上皇も人間だったってことやな
203:名無しのJ民
そう考えると、ちょっと親近感湧くわ
204:名無しのJ民
熊野詣って、現代の感覚だとちょっと理解しにくいけど、当時の人にとってはすごく重要な行事だったんだな
208:名無しのJ民
歴史って、そういう当時の人々の感情とか生活を想像すると面白いよな
210:名無しのJ民
たまには歴史スレもええもんやな
213:名無しのJ民
ワイもいつか熊野古道歩いてみるか…体力あればやけど
217:名無しのJ民
でも今はバスとかもあるから、無理せず行けるで!
221:名無しのJ民
それでもしんどそうやけどな!
225:名無しのJ民
まあ、現代に生まれてよかったわ
上皇様お疲れ様でした!
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