1:名無しのJ民
白村江の戦いって結局なんだったん?
歴史の授業でサラッと流された記憶しかないわ
2:名無しのJ民
あれって日本が大敗したやつだっけ?
朝鮮半島でボコボコにされたみたいな
6:名無しのJ民
そうそう、唐と新羅の連合軍にフルボッコされた敗戦や
当時の日本、無謀にも程があったわ
10:名無しのJ民
なんでそんなことしたん?
わざわざ海渡って喧嘩売りに行ったんか?
14:名無しのJ民
百済が新羅に滅ぼされそうになってて、日本が同盟国として助けに行ったんや
義理立てやね
15:名無しのJ民
結局、助けられなかったどころか、こっちまで大損害食らったんやろ?
無駄な犠牲やんけ
18:名無しのJ民
結果的にはそうやけど、当時の国際情勢とか考えると、簡単な話やないんやで
大陸の脅威が目と鼻の先に迫ってたわけやし
22:名無しのJ民
唐と新羅ってそんな強かったんか?
当時の日本じゃ歯が立たんレベル?
24:名無しのJ民
当時の唐は世界最強クラスやで
新羅も朝鮮半島統一を目指して勢いあったし、そら日本が勝てるわけないわ
25:名無しのJ民
当時の日本ってどんな感じだったん?
まだまともな国家体制じゃなかったんか?
27:名無しのJ民
律令国家の形成期やな
中央集権化を進めてた時期だけど、国際的にはまだまだ発展途上国レベル
31:名無しのJ民
もしあの時日本が勝ってたらどうなってたんやろ?
朝鮮半島に橋頭堡築いてたとか?
34:名無しのJ民
無理やろ
補給もままならんのに、唐と新羅相手に領土維持なんかできるわけない
35:名無しのJ民
でも、もし勝ってたら、大陸からの侵攻を恐れて山城とか築かんで済んだかもしれんし、その後の外交も変わってたかもな
36:名無しのJ民
負けた結果、大陸への野心を諦めて国内統一と防衛に注力したってのは、ある意味良かったんちゃうか?
後の遣唐使とかも、へこへこしに行ったようなもんやし
39:名無しのJ民
へこへこは草
でも、それが平和につながったんならええんちゃう
40:名無しのJ民
当時の天皇って誰だっけ?中大兄皇子(後の天智天皇)か?
なんであんな無謀な判断したんやろ
41:名無しのJ民
百済との関係が深かったからやろな
百済から文化とか技術とかたくさんもたらされてたし、恩義があったんやろ
42:名無しのJ民
義理立てで国を傾けかけたとか、無能にも程があるやろ
43:名無しのJ民
まあ、今と価値観が違うからな
当時の為政者にとっては、同盟国を見捨てるのは国の威信に関わることやったんかもしれん
45:名無しのJ民
結局、唐が強すぎたってことでええんやな?
しゃーない切り替えろ
48:名無しのJ民
日本も水軍とかあったんやろ?
海戦でボコられたんか?
51:名無しのJ民
船の数は多かったらしいけど、練度も装備も段違いやったらしいで
唐の水軍は当時世界最先端やからな
53:名無しのJ民
兵站とかどうなってたんやろな
朝鮮半島までどうやって物資送ってたんやろ?
54:名無しのJ民
そこが一番の問題やったらしいな
唐は陸海で連携して補給路を確保してたけど、日本は現地調達も多くて苦労したとか
56:名無しのJ民
百済を助ける意味ってほんまにあったんか?
助けられなかったら意味ないやん
57:名無しのJ民
百済が滅びて、唐と新羅が直接国境を接するようになったら、次は日本が狙われるって危機感もあったんやろ
60:名無しのJ民
てか、朝鮮半島って昔からずーっと揉め事ばっかりやな
三国時代からずっと喧嘩しとる
63:名無しのJ民
三国時代?魏呉蜀?
中国の三国志かと思ったわ
65:名無しのJ民
ちゃうちゃう、高句麗・百済・新羅の朝鮮半島三国時代な
あれもまた複雑で面白いんやで
67:名無しのJ民
結果的に日本は大陸への無駄な介入をやめて、国内の国造りに集中したんやろ
それがその後の日本の発展につながったと考えれば、高い授業料だったと
68:名無しのJ民
負け惜しみにも聞こえるけど、結果オーライってやつか
変に大陸に深入りしてたら、もっと国力が疲弊してたかもしれんしな
69:名無しのJ民
現代のウクライナ紛争とか見てると、安易な介入はほんま怖いなって思うわ
72:名無しのJ民
流石に白村江とウクライナを同列に語るのは草
76:名無しのJ民
でも、大敗北から学びを得て、外交方針を転換したってのは事実やしな
ある意味、日本の平和国家としての原点とも言えるかも
80:名無しのJ民
平和ボケの始まりは白村江だった…?
82:名無しのJ民
草
それは違うやろ
85:名無しのJ民
まあ、負けは負けなんやけどな
でも、その後の歴史を考えたら、悪い選択ではなかったってことか
88:名無しのJ民
負け戦から学ぶことは多いって言うしな
白村江の戦いは、まさにその典型やったんやろ
92:名無しのJ民
当時の日本の軍事力ってどれくらいやったんやろ?
文献とか残ってるんか?
95:名無しのJ民
日本側は数万規模の兵を送ったと言われてるな
唐・新羅連合軍は数十万規模やったらしいけど
99:名無しのJ民
数万送って大敗って…
そりゃ当時の天皇も呆れるわ
100:名無しのJ民
相手は陸海で連携した大軍やからな
兵の数だけじゃなくて、組織力とか戦略とかも違いすぎた
104:名無しのJ民
当時の技術でどうやってそんな大人数を海を渡って動かしたんやろな
すごい労力やったやろ
107:名無しのJ民
人海戦術やな
てか、日本側にも百済の亡命貴族とかたくさんいたんやっけ?
111:名無しのJ民
いたな。彼らが百済再興を願って日本に助けを求めたんや
日本もそれに応えた形やけど、結局は叶わんかった
115:名無しのJ民
悲劇やな
結局、唐と新羅はその後どうなったん?
117:名無しのJ民
唐はしばらく最強だったけど、新羅が朝鮮半島を統一した
その後は、新羅と唐の関係も微妙になっていくんやけどな
119:名無しのJ民
歴史ってほんまややこしいな
白村江の戦いの戦死者ってどれくらいなん?
121:名無しのJ民
数万とも言われるな
正確な数字は不明やけど、当時の人口を考えたらとんでもない数やで
124:名無しのJ民
ひえー、今の感覚だと想像できんな
てか、そこまでして百済を助ける必要ほんまにあったんか?
127:名無しのJ民
百済から伝わった文化や技術は、当時の日本にとって非常に重要やったからな
恩義だけじゃなくて、実利的な側面もあったんやろ
130:名無しのJ民
だからって国を傾けかけるレベルの遠征はやりすぎやろ
134:名無しのJ民
まあ、痛手は大きかったけど、結果的に国内の基盤固めに繋がったと考えれば、歴史的には意味があったんやろな
136:名無しのJ民
負け惜しみにも聞こえるけど、結果的にそうなら良かったのかもな
もし勝ってたら、慢心して後々もっと大きな失敗してた可能性もあるし
140:名無しのJ民
もし勝ってたら、遣唐使とか送らずに、もっと強気な態度でいけたんかな?
それとも唐が強すぎて、結局へこへこするしかなかったんやろか
143:名無しのJ民
唐の国力は圧倒的やったから、勝っても対等な関係は難しかったやろな
朝鮮半島支配を巡って、また争いが起きてたかもしれんし
144:名無しのJ民
結局、日本は孤立を選んだってこと?
それとも大陸とは適切な距離を置くようになったってこと?
147:名無しのJ民
後者やな
それが日本独自の文化を発展させる土台になった、ってのはあるやろ
151:名無しのJ民
まあ、負けは負けなんやけどな
でも、その後の日本の歴史を考えると、悪い選択ではなかったと言える
152:名無しのJ民
負け戦の教訓て大事やな
白村江の戦いって、中学とか高校の歴史でサラッとしか習わんよな
153:名無しのJ民
もっと深く掘り下げても面白いテーマやと思うけどな
先生もあんまり興味ないんやろ
157:名無しのJ民
なんか歴史ロマンあるよな、こういうの
もしこの時、日本が勝ってたら今の世界地図は全然違ってたかもな
159:名無しのJ民
そこまで大袈裟か?
朝鮮半島のパワーバランスが変わるだけで、そこまで世界全体に影響は出んやろ
161:名無しのJ民
いや、東アジア全体の力関係が大きく変わるだけでも、十分可能性はあるやろ
妄想が捗るな
162:名無しのJ民
歴史はifを語るのが面白いわ
結局、負けたけど得るものもあったってことでええんか?
166:名無しのJ民
そういうことやな。高い授業料を払ったと思えば
白村江の戦い、語り継ぐべき敗戦やな
167:名無しのJ民
日本って昔からこういう負け戦で学ぶのが得意なんかな
168:名無しのJ民
日露戦争とかもそうやん
あれも最初は無理ゲーって言われてたけど、なんとか勝ちに持っていったし
172:名無しのJ民
日露戦争は勝ち戦やろ
賠償金が少なすぎて国内で不満爆発したから、負け戦のイメージがあるけど
174:名無しのJ民
あ、そうか
白村江もそうやけど、対外戦争ってほんま難しいな
176:名無しのJ民
安易な介入は危険ってことやね
現代にも通じる教訓やな
179:名無しのJ民
歴史ってやっぱり面白いわ
スレタイの回収もできたし、ええスレやった
182:名無しのJ民
おつかれー
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